04. 2011年3月29日 11:04:00: cqRnZH2CUM
日経ビジネス オンライントップ>企業・経営>東日本大震災 震災対策:喫緊の課題は円高防止 地震の被害は「天災」よりも「人災」が大きい * 2011年3月29日 火曜日 * 高田 創,柴崎 健 阪神・淡路大震災 円高 政治 国債 財政規律 東日本大震災 企業マインド 投資 消費 バブル崩壊 金融危機 不良債権処理 バランスシート 「飢饉は人災」 筆者の一人、高田は1980年代半ば、留学先の英オックスフォード大学でアマルティア・セン教授の講義を聞いた。この中で同教授が取り上げた飢饉に関する分析が今でも忘れられない。 セン氏はベンガル(現在のバングラデシュ)の出身。この地域は洪水などの自然災害に幾度となく見舞われてきた。そこでの体験も含めた同氏の分析によると、飢饉が生じる理由の多くは、社会的混乱などで物流機能が不全になったことに伴う「人災」であった。洪水などの「自然災害」が直接的な原因ではなかった。 すなわち、深刻な飢饉が生じるのは、 ・凶作の後に社会不安が高まる ・情報の不足などが買い占めを引き起こす ・これが価格高騰などを招き、分配メカニズムが混乱する からだ。 「人災」の側面が強い。 地震の直接被害は限定的、問題はその後の影響 1995年の阪神・淡路大震災の被害総額はおよそ10兆円程度とされる。今回の大地震の規模について、いくつものグループが「その水準を大きく上回る」との試算を公表している。 ただし、その水準は、大きくても阪神大震災の2倍の20兆円程度とされる。大きな額ではあるが、実は回復できない額はない。バブル崩壊に伴う金融機関の不良債権処理額はゆうに100兆円を上回った。また、バブル崩壊に伴う国富の消失額は1000兆円以上とGDPの2年分近い金額に上った。回復できない額はない。 自然災害が人災へと広がる「複合災害」を懸念 筆者がここで問題提起したいのは、先にセン氏が飢饉論で示したように、飢饉という悲劇は、自然災害そのものによって生じるものではなく、むしろ、その後の影響・混乱によって引き起こされる「人災」的なものであることだ。 すなわち、地震そのものの直接的被害は限られたものであっても、企業マインドの低下、投資の減退、消費の減少などがスパイラル的に働き成長率を引き下げる。その結果、金融機関に問題が生じて、それに伴う一層の信用収縮が大きな負の影響を日本経済に与える。 1995年の阪神・淡路大震災はその後の金融危機の引き金を引いた 歴史的には、山一証券や北海道拓殖銀行の倒産を象徴とする1997年以降の金融危機の引き金を引いてターニングポイントのような形になったのが 1995年阪神大震災であったと振り返ることができる。阪神・淡路大震災の直接的な被害金額は10兆円と限られていたが、その後、為替が急激に円高に振れ、企業マインドが冷えこんだ。さらに地下鉄サリン問題も加わり、民間セクターに不安が生じた。しかも、1990年にバブルが崩壊して以降、深刻なバランスシート調整(不良債権処理)が進行していたことから、阪神・淡路大震災は「複合災害」となった。これが、1997年の金融危機を導き、膨大な被害をもたらした。 「人災」への波及には円高回避が不可欠 東日本大震災におけるポイントも、自然災害が人災を引き起こす「複合災害」への拡大を防ぐことにある。そのカギを握るのは、まず、為替の円高対策だと考える。 1995年の大震災で生じた被害を人災に波及させた主因は急激な円高にあった。1995年初めに1ドル=100円の水準にあった円の対ドル為替レートは、4月には、80円割れという過去最高値に達した。短期間で20%以上の円高になった。この動きが、企業マインドに大きな影響を及ぼし、その後活発に議論される日本経済の空洞化論の起点にもなった。輸出関連企業や工場が円高を嫌って海外に拠点を移す、という議論だ。 今回の地震後も、円の対ドル為替レートが、3月17日には一時的に77円まで上昇し、歴史的円高の再来となった。「複合災害感染」を遮断するには、この円高の防止が不可欠になる。 過去16年の“ダイエット”のおかけで企業は成長力を蓄えた 1995年の大震災を機に、日本経済は本格的なバランスシート調整に入った。そこでは企業や銀行の債務負担を、政府が国債を発行して肩代わりするプロセスが進行した(関連記事 『国債は「身代わり地蔵」である――バランスシート調整(1)』。民間が持つ債務を公的部門が肩代わりした結果、企業と銀行のバランスシートは健全になった。しかし、肩代わりした国のバランスシートは大幅に悪化し、今や日本の債務問題が大きな話題になるに至っている。国のバランスシートの悪化は1995年と現在とで大きく異なる点である。 企業や金融機関は過去16年の間に不良債権処理を行なう過程で負債の返済を進めた(信用を圧縮)。いわば1980年代のバブル期に「暴飲暴食」した分を“ダイエット”したようなものだ。しかも、金融監督当局が毎年、過去の行いを咎め、「悔い改めよ」と促し続けた結果、企業も金融機関も信用を圧縮しレバレッジを極端にかけない「体質」へと転じた。 日本の低成長の背景に、経済を拡大させる原動力であるレバレッジを、企業と金融機関がかけたがらない状況が存在する。日本だけが過去20年、周辺の国々の成長や資産価格上昇から取り残されたのはこうしたデレバレッジ状況がある。 日本のこうした「体質」は高い成長を目指す成長シナリオには向かない。だが一方、低成長状況に対しては抵抗力を持つ。 確かに我が国のバランスシートは財政支出拡大で伸びきって、もう一段の拡大余地は乏しくなったが、本来のエンジンである企業や金融のバランスシートは長年にわたる“ダイエット”のおかげで健全化している。マインドセットさえ変われば拡大に向う余地を残している。 外人の円高期待は強いが 3月11日の地震の後と、我々は多くの海外投資家から質問を受けた。質問は「日本の金融機関、中でも保険会社が外国債を売却するのではないか」という点に集中した。 先に触れたように、1995年の阪神・淡路大震災の後、円の対ドル為替レートが1ドル=100円から80円割れまで20%近くも円高に触れた。これに対応するため、日本の企業と金融機関は外国債の売りに転じた。当時の日本企業・金融機関はレバレッジを高めて高水準の資金調達を行なっており、そこで 20%の円高という急激な経営危機に対応するため、保有資産の一部を換金し、円資金を確保する必要性が生じた。 海外投資家の質問は、1995年に日本企業・金融機関が取った行動を思い出し、「パブロフの犬」のように条件反射的に抱いた懸念だ。日本企業がレバレッジをかけることに積極的だった1990年代半ばまでの日本企業の状況を前提としているわけである。しかし、16年が経過した今日の環境においては、たとえ直接的な保険金の支払いは存在しても、外貨資産を売却して確保しなければならない円資金の金額は自ずと限られる。そのため、本来、円高に振れるような環境ではないのだ。現在の局面を円高と思い込む、また、そうした思惑をはやし立てる動きで極端な円高に振れたのではないか。こうした思惑には断固とした姿勢を日本として示すことがまずできる最大の景気対策だ。 今回の課題は、いかにこれ以上マインドを悪化させないか、つまり「複合災害」を防ぐかにある。このためには、為替介入や国際的な協調も含めて円高を回避する外交力が不可欠になる。日本に対して外国ができる最大の震災援助は円高回避と言っても過言ではない。日本はこの点を、外交面からも強く世界へアピールするべきだろう。こうした局面で日本が不得意とする海外への発信力が問われるのである。 政治は複合災害の回避に指導力を発揮せよ 1995年と2011年とを比較する時に、もう一点注目すべきは政治環境である。 図表のように1993〜95年と2009〜2011年の日米の政治環境には類似性がある。どちらの時期も、日米ともに政権が交代した。日本では細川・村山両政権が成立し、それまでの自民党単独長期政権からの転換が起こった。 非自民政権が円高や震災対策に政治が時間を要した結果、阪神・淡路大震災を「複合災害」へと拡大させ、1990年代後半の金融危機へと向う第一歩にしてしまった。 今回の巨大地震では、被災の範囲が広域にわたり、原発問題まで生じている。これに挙国一致で当たるためには、政治家の指導力が重要だ。今後も政治の安定と、再建に向けた国家意思の統一は不可欠である。 ■図: 1993-95年と2009-11年の比較 1993-1995年 2009-2011年 米国の政治 1993/1、クリントン政権誕生(共和党から転換) 1994/11、クリントン政権中間選挙敗北(民主党) 2009/1、オバマ政権誕生(共和党から転換) 2010/11、オバマ政権中間選挙敗北(民主党) 日本の政治 1993/8/9、細川内閣誕生 1994/4/28、細川内閣退陣(在任263日) 1994/6/30、村山内閣誕生(62日後) 1996/1/11、村山内閣退陣(橋本内閣誕生) 2009/9/16、鳩山内閣誕生 2010/6/8、鳩山内閣退陣(在任266日) 2010/7/11、参院選 2010/9/14、民主党代表選、菅内閣誕生 日本経済 環境 1993年からの景気回復 金融問題再燃(住専) 2009年のリーマンショックからの景気回復 為替 1995/3までの急激な円高 2010/11までの急な円高 その他環境 1995/1/17、阪神淡路大震災 1995/3/20、地下鉄サリン事件 2011/3/11、東日本大震災 出所: 筆者作成 必要なポジシーミックスの総動員と「経済戒厳令」 東日本大震災に対応するための政策は、“経済戒厳令”を敷くのも辞さないほどの危機感を持ち、人々の気持ちを前向きにさせるリフレ策を実現することにある。そのカギは、安心感と先行き期待の実現にある。具体的には、(1)金融緩和による流動性の大量供給の継続、(2)財政支出の拡大でサポートすることだ。 以上の政策を、国家が強い意志を持って実行することが重要だ。 今こそ「事業仕分け」が必要な局面 被災地を復旧させるためには財政支出の拡大が不可欠だ。その負担を賄うための財源を、いかに安定的に調達するかが重要となる。財政規律を含めた政府の姿勢への信認が問われる。 筆者の一人、高田は2009年の事業仕分けに仕分け人として参加した。本当に仕分けが求められるのは現在ではないか? 財政支出の相応の拡大は不可避であるが、その実行に際しては従来の固定観念にとらわれることなく、既存のマニフェスト項目も聖域にすることなく、せず予算を抜本的に見直すことが不可欠だろう。市場は一定の国債の発行増加を受け止める余力を持っている。しかし、「被災地復旧に対する財政の姿勢は従来と変わらないバラマキ」であれば、投資家はそこに不信感を覚える。政府はこの点を認識しておく必要がある。 また、日銀に対して、国債を引き受けるよう安易に迫ることは禁物だ。財政に対する投資家の信認を危うくし、国債を安定的に消化する力を削ぎかねない。国債の追加発行を成功させるための、機をてらった一発逆転策はあり得ない。なぜ国債を追加発行しなければならないのか、その理由を投資家に説明するともに、財政の健全性を保つ姿勢を、愚直かつ誠実に市場に示していくしかない。 このコラムについて 東日本大震災 3月11日午後、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の極めて強い地震が起き、宮城県北部で震度7の烈震を観測。過去最大規模の地震災害となった。大きな被害の出た東北、関東地方などの被災地ではライフラインが破壊され、都市機能が回復するまでには長い時間がかかる見通しだ。 ⇒ 記事一覧 著者プロフィール 高田 創(たかた・はじめ) みずほ証券金融市場調査部長チーフストラテジスト 1982年東京大学経済学部卒。1986年英オックスフォード大学開発経済学修士課程修了。1982年日本興業銀行入行。日本興業銀行市場営業 部、審査部、興銀証券投資戦略部、みずほ証券市場調査部を経て、2008年より現職。 日本証券アナリスト協会証券アナリストジャーナル編集委員、日本不動産金融工学会評議委員を歴任。日経ヴェリタス債券アナリスト・エコノミスト人 気調査2009年度債券アナリスト部門1位。 著書に「国債暴落」中央公論新社(共著)、「日本のプライベート・エクイティ」日本経済新聞社(共著)。柴崎との共著で「銀行の戦略転換」、「金 融社会主義」東洋経済新報社など。 柴崎 健(しばさき・たけし) みずほ証券金融市場調査部チーフファイナンシャルアナリスト 1989年一橋大学経済学部卒。2002年一橋大学大学院国際企業戦略研究科修士課程修了。1989年日本興業銀行に入行し、日本興業銀行札幌支 店、興銀証券市場営業グループ第一部、投資戦略部、みずほ証券市場調査部を経て、2008年より現職。
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