16. 2011年3月24日 12:38:39: cqRnZH2CUM
いろんな人が、いろんな立場から、提案しているな 相互依存なら良いが、一方的な依存は搾取と同じで長続きしないから 持続可能に変えていく必要はあるだろう http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20110310/218937/ 日本経済復活の長期シナリオ 「3つの依存症」から脱却しよう
* 2011年3月24日 木曜日 * 濱田 康行 日本経済 依存症 リーマンショック 景気回復 大企業 ベンチャー 中小企業 「3.11大震災」の経済的損失がどれくらいになるかまだ分からないが、どこかの時点で回復のシナリオを、しかも長期のそれを立てることが必要だ。日本経済は既に世界第3位に転落し、「日の沈む国」として世界から見られつつあったが、この難局から立ち上がる展望を示せなければ、今回の災害は経済大国ニッポンにとどめを刺した事件として世界史に書き記されるだけだ。 震災前の日本はどんな状況だったか。政治的にはともかく、経済は楽観的見方にあふれていたようだ。その状況の根底を分析しながら、復旧への道筋を考えてみよう。 新しい年になって、企業決算の好調が続いていた。東京証券取引所第一部上場企業(572社・金融除く)の2010年4〜12月の決算は、営業利益84%増、売上高9.2%増となった。これはリーマンショック前の2007年の同期に比べて約90%の回復であった。 新興企業の決算(ジャスダック証券取引所と東証マザーズ市場に上場する企業の合計589社)も好調で66%増(連結経常利益)である。このような数字をみて、もはやリーマンショックは癒えたとも思った。あの時、全治3年と言われた予想は当たったかのようであった。 企業決算の好調もあって株価も回復していた。エジプト・アラブ世界の混乱、それにつられた原油高、そして基本底流としての円高という不利な条件のあるものの、日経平均が1万円の大台を維持していた。もちろん、カネ余りという金融要因という下支えもあった。 平均では語れないような2極分化が進行 しかし、である。この繁栄・回復をよくみていくと様々な問題点も目についた。企業業績についていえば、平均値では語れないような2極分化が進行していた。金融を除く分野では、輸出に関連するか、さらに輸出の仕向先に中国の比率がどれだけあるかで明暗が分かれていた。 格差がはっきりしていたのは、中小企業と大企業である。上場企業はほぼ大企業だが、日本の企業のほとんどは中小企業である。中小企業のなかでも比較的大きい企業を取引先としているのが商工組合中央金庫(商工中金)だ。ここが発表している景況判断指数によると、2010年11月のそれは45.0でやや低下した。 表 2010年半年間の動き(景況判断指数) 5 6 7 8 9 10 11 46.7 47.4 48.1 48.4 47.3 46.4 45.0 (商工中金取引先1000社) 上の表で確認できるように、最も高かった2010年の夏でも判断の分かれ目となる50を上回っていない。それが年末にかけて低下し始めている。分野別にみると、これまた、かなりのバラつきがある。減税のあった、電気機械、一般機械、輸送機(自動車他)などは50を超えた月もあったが、小売業などは夏から急落し11月の数字は38.0であった。 儲かっていても、その内容に首をかしげたくなる。そういう分野もある。典型は金融業であった。 金融業は、株価的にはかなり出遅れていたが、1月に入って回復した。メガバンクも地方銀行も利益はかなりの高水準だが、よくみると金融業の本業の儲けは縮んでいた。貸出は伸びず、その分、国債を中心とした債券保有が増大した。決算が良好だったのは、2010年を通して長期金利は低下傾向だったため、国債価格が値上がりしたからである。 地方に目をやれば、輸出関連企業が少ない北海道などは、ほとんど好転の兆しもない。景気ウォッチャー指数は12月から1月にかけ、マイナス0.8%で44.3である。全国11地区の単純平均ではまだ50以下であった。 景気回復の本筋である消費は長期の低迷が続いていた。スーパーの売り上げは14年連続で減少。これはこの業種の構造問題、そしてデフレ直撃業種ということもあるが、日本という国に住む人々の貧困化が背景にあるのは間違いない。百貨店はもっと状況が悪い。2010年の売上高は28年ぶりの低水準、既存店レベルで前年比マイナス3.1であり、やはり14年連続マイナスだ。 平たく言えば「おカミ頼み」 日本経済は数字上では回復していたが、質的には、構造的には回復していなかった。リーマンショックを契機に日本の資本主義は変質していたのだ(参考『オバマ大敗から読む「資本主義の第4楽章」』)。この構造変化を象徴するのが次の3つの依存症である。 第1は国家依存。平たく言えば「おカミ頼み」である。リーマンショック直後の危機対応で、政府も日本銀行も大盤振舞を演じた。日本銀行は巨額な資金をマーケットに供給し続けゼロ金利を常態化させた。政府は財政支出だが、今回は特定商品への減税という手法が使われた。2010年に日本で一番売れたクルマはプリウス(約30万台)である。プリウスはカローラの年間売上台数の記録を塗り変えたわけだが、それはどうみても減税のおかげだ。同じようなことは住宅メーカーにも家電メーカーにも生じた、エコポイントである。 誤解のないように述べておこう。今回のような大天災があれば国家が出動するのは当然だ。危機管理、災害からの復旧は古今東西、国家の役割の第一である。当面は財政危機も政治対立もすべて棚上げにして対応することになろう。ここで問題にしているのは、政治国家ではなく、いわゆる“経済国家”の過度の露出であり、その恒常化だ。 国債格付けへの心配 減税・補助金の散布は自民党支配の時代は広範な業種に展開されていた。民主党はこれを批判していたため、“環境”という看板を利用したが、この看板ではそれを相当に広くとらえたにしても、狭さは避けられない。また、減税・補助金の恩恵が、特定の企業に集中する傾向を生み出した。民主党の政策、あるいは展開しようとした様々な補助金政策は、“コンクリートからヒトへ”のスローガンに象徴されるように企業からヒトへ、を意図したものだったが、あまりにも構想が甘く、逆に“バラ撒き”批判にさらされることになった。 日本の財政は、政権をこえてバラ撒きを続けているうちに悪化の一途をたどり、財政赤字の対GDP(国内総生産)比が先進国中で最悪とか、税収より国債発行額の方が多くなるなど、前代未聞の事態に至っていた。 2010年末で日本という国の借金総額は919兆(国債だけで753兆円)、国民1人当たり722万円となった。もはや、国債の持ち手が国内にいる日本人か、海外の外国人かという問題を云々している場合ではなさそうだ。日本国債へのCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の保証料率は昨年10月の 0.52%を底に上昇に転じ、今年の1月20日には0.82となった。ほぼ同じ頃、日本国債の格付も下げられた。長期金利は傾向的に上昇している。 中国に足を向けて寝られない 第2の依存は輸出依存である。経済があれば、ある部分は輸出であるのは当然だ。しかし、その部分があまりに大きくなると、企業収益の動向が外国為替の動向に大きく左右されることになる。国内にある程度の規模の市場を持つのが安定した型であろう。 しかしここ数年間の状況は異常である。輸出依存度の伸びが急であり、かつ仕向け先が中国を中心とするアジア諸国に集中しつつある。その昔、輸出先といえば軽工業、重工業、エレクトロニクス産業でも、おしなべて米国であったが、対米依存度は1997年頃から下がり始め現在では全輸出の10%程度となった。一方で対アジアは伸び続け、リーマンショックで一時的にダウンしたものの45%程度になっている。もはや、中国には足を向けて寝られないのである。 賃金は上がらず人々の所得は増えていないのだから国内市場は拡大しようがない。国内市場が狭隘なのは、賃金(ボーナスを含めて)が伸びないからである。大企業の収益が回復し増配・復配が数多く発表される中、賃金の上昇がなければ当然のこととしてある現象が生じる。それは労働配分率の低下だ。 大方の国民は豊かさから遠い 2009年4月〜6月は77.9(国民経済計算)だったものが2010年1〜3月では66.0まで、10ポイント以上も下がっている(注1)。大方の国民は貧乏で、中国・アジア向けの輸出産業とその周辺、そして政府に支援された大企業だけが儲かるというのは“正常”ではあるまい。しかも、失業は5%という高水準(2010年2月は4.9%、注2)、新卒大学生の就職率は60%台(2010年12月末)である。 (注1)労働分配率の国際比較をすると、欧米よりも日本の方が高いという数字上の現実もある。これは日本の企業が雇用を維持する傾向があるのに、欧米はリストラが容易という事情もあるという。しかし、それは数年前までのことである。 (注2)当然のことだが、失業率と所定内賃金伸び率は逆相関である。厚生労働省の統計等(毎月勤労統計)では、失業率4%で低賃金伸び率がゼロであるから、現下の4.9%では伸び率は1%近くのマイナスである。 この度の大災害で人々の消費が大きく後退することは避けられない。その分を国家が補うことになる。しかし、これは緊急措置であり復興までの期間限定であるべきだ。輸出依存も国家依存も危機を背景に増幅し定着してしまうとしたら、それは長期的には問題が多い。 ベンチャーなどという言葉は誰も口にしない 第3の依存は大企業依存である。1970年代から日本では新しい企業を生み出す運動が盛んになった。一群の成長力のある中小企業はベンチャー企業と称されるようになり、それらに資金を供給する機関はベンチャーキャピタルとして金融界にある位置を占めた。政策的にも経済産業省を中心に“ベンチャー支援策” が展開し、これにともなって証券市場の開放が進んだのである。 2000年にはネット系の急成長ベンチャーがつまずき、その後、“ホリエモン事件”まであったが、リーマンショックが起きる前までは、ベンチャー路線は日本資本主義の再生の1つの方法として認識されていたかに見えた。しかし、それは幻想であったようだ。 新しい企業の誕生と成長で資本主義の若さを保つ。ちょうど古い森を再生するように少しずつ若木を育てるというベンチャー路線は吹き飛んだ。そして、残ったものは、寄らば大樹という保守の心である。 現在ではベンチャーなどという言葉は誰も口にしない。象徴としてのIPO(新規株式公開)は低迷し、2010年はピーク時の10分の1、20社のみ。ベンチャーキャピタルは投資先がなく(2010年は約200億円、ピーク時の4分の1の額に落ち込んでいる)、資産運用会社、単なるファンド管理会社、あるいはやや怪しげだが“経営コンサルタント”としてようやく生き延びている。 日本は原価割れの安売り競争をしている これらの依存症は、既に弊害をもたらしている。 国家依存が財政危機をもたらしているのは既に述べた。もう1つ重大な弊害が見えている。それはインフレーションの危機だ。最近の一次産品、特に原油と穀物の値上がりは急である。世界が不作であるという情報はないから、この値上がりはマネー要因である。 ドルという基軸通貨が米国政府のバラ撒き政策から世界に流出したためという説明は、経路の説明に難点はあるが、説得的である。これらの事情に、中国やインドの食糧需要、エネルギー消費が加われば、一次産品から全面的なインフレーションへの拡大は展望し得るのである。ペーパーマネーの信頼が一夜にして崩れるという悪夢である。金価格の高騰、連日の市場最高値の更新は、脳出血の前の血圧値のようにもみえる。 今回の危機が、モノ不足、供給不足をもたらし、インフレの火付け役にならないとも限らない。国は便乗値上げの監視をおこたらないことだ。 輸出依存の限界も見え始めている。交易条件指数(輸入した原材料の価格上昇をどれだけ輸出価格に転化できるかを示す)を見ると2004年頃から基準値の 100(2000年の計算値)を切って下がりはじめ、2008年のショック時に60を記録、その後、やや回復したものの2010年の値は75である。この数字には、最近の現象である穀物価格の上昇は反映していないから、現状はもっと低いであろう。つまり、輸出という頼りにするマーケットでも、日本は原価割れの安売り競争をしているのだ。これが長続きするわけがない。 復興のために 週明けの株式市場は下げた。天災に加え、原発という人災も加わった。この程度の下げを関係者は覚悟していたろう。むしろ、思ったより下げなかったという印象もある。おそらく、日本経済への世界の信頼はかなり高いのだろう。この信頼に長期的にどう応えるかを考えねばなるまい。 言うまでもなく、現下の危機を乗り切る事が第一である。だから、日本経済の将来への戦略云々するのは早すぎるのかもしれない。しかし、日本経済を再出発させ、再建するという望みを大切だ。その望みを達成にするには、日本経済が3つの依存症に陥っているという事実から目をそらさない事が必要だ。 古来、歴史の中で長持ちしたものを観察してみると2つの事に気づく。1つはほかに依存していないこと、もうひとつは自律したサイクル・循環構造を持つことだ。おそらく強い経済というのもそうなのだろう。回復・復興とその後の繁栄は強い経済によってのみ達成される。 このコラムについて ニュースを斬る 日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、NBonline編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。 ⇒ 記事一覧 著者プロフィール 濱田 康行(はまだ・やすゆき) 濱田康行 札幌国際大学長、札幌国際大学短期大学部学長、北海道大学名誉教授 金融論やベンチャー論が専門。著書に「邦銀ロンドン支店」(東洋経済新報社)や「日本のベンチャーキャピタル」(日本経済新聞社)、「地域再生と大学」(中央公論新社)などがある。 日経BP社 |