36. 2011年3月10日 07:50:52: cqRnZH2CUM
米国経済:停滞か格差か 2011.03.10(Thu) The Economist 米国経済は容易に手に入る成長の源泉を使い果たしてしまったのか?今年一番話題となっている経済書が出版されたことに気づかなくても無理はない。著者であるジョージ・メイソン大学の経済学者タイラー・コーエン氏は、自身のブログへの投稿で静かに本の出版を公表した。「The Great Stagnation(大停滞)*1」は電子書籍で、しかも、わずか1万5000ワードとコンパクトだ。 しかし、この新著はブログ界で騒々しい議論を巻き起こし、主流メディアにも騒ぎが及んできた。 新著は、1970年代以降、標準的な米国人の賃金停滞が続く不可解な現象について研究している。これまでの支配的な見解は、賃金の中間値の停滞は所得格差の拡大によって説明できる、というものだった。 賃金停滞の原因は成長そのものの不足にある? しかしコーエン氏は、賃金停滞は成長そのものの不足に原因があるとしている。評価が難しい産業の貢献度が上がり、国内総生産(GDP)の統計が実際よりかさ上げされてきたと同氏は考えている。さらに悪いことに、先進国経済のエンジンは、各国が急成長の容易な源泉を使い果たすに従って稼働速度を落としているという。 数字はコーエン氏の話を裏づけているようには見えない。1970年代の石油ショック後の数年間は経済成長と生産性はお粗末だったが、1990年代までには回復が軌道に乗っていた。 生産性は1996年から2000年にかけて年間2.8%のペースで拡大し、その後5年間はもっとペースが速まった。実質GDPの成長率は1997年から2000年にかけて年率4%を超えていた。これが果たして停滞なのか? しかし、コーエン氏はこれらの数字は錯覚だと言う。医療や政府部門の生産高の拡大は、実質的な改善と一致していないかもしれない。例えば、健康状態が向上されることなく、費用の高い手術が普及するかもしれない。また、危機以前、金融業界は目覚ましい生産性向上を果たしたが、評価が疑わしい商品をたくさん生み出した。 もし米国の過去が一般に考えられていたほど立派なものでなかったとすれば、米国の未来はさらに困難なものになる。コーエン氏は「容易に収穫できる果実」の供給が徐々に減少していると論じている。つまり、簡単に繰り返すことができない急成長の好機だ。 *1=“The Great Stagnation; How America Ate All the Low-Hanging Fruit of Modern History, Got Sick, and Will (Eventually) Feel Better”, by Tyler Cowen, January 2011 かつて米国西部に移住する入植者が手に入れられた膨大な土地が、その一例だ。このほか、教育的な成果もある。1900年の米国では、優秀な人材の多くは農業に従事していた。今はほとんどの人が単科大学に行く。しかし、このような重大な転換は1度きりの出来事だ。現在学位を取得していない学生を総合大学に進ませる方がはるかに難しいだろう。 コーエン氏によれば、さらに悪いことに、この200年に及ぶ急速なイノベーション(技術革新)の収穫を概ね使い果たしてしまい、新たな発見はかつてのような画期的な性質を欠いているという。 イノベーションが尽きてきたのか 一例を挙げると、冷蔵庫、電子レンジ、食器洗い機を備えた1973年の台所は、1900年に生きていた人を驚嘆させただろう。一方、1973年からのタイムトラベラーは、現在の台所を見ても、特段代わり映えしないと感じるはずだ。 世界は大躍進から改良へ移行し、改良は次第に尽きてきた。コーエン氏は、成長要因を分解した経済統計を利用して様々な時代の進歩の担い手を究明する経済学者チャールズ・ジョーンズ氏を引き合いに出す。 ジョーンズ氏によれば、1950年から1993年にかけての成長の8割は、昔のアイデアの新規応用であり、今やこうした昔のアイデアはほとんど使い果たされたという。同様の考え方は、ほかのデータでも示されている。先進国はかつてないほど研究開発にカネを使っているが、新たな特許の数は頭打ちになっているのだ。 「最もグリーンな電化製品」ランキング、アップルは不参加 スマートフォンなどの開発は進んでいるが、過去の技術ほどには広範な所得増加につながらない?〔AFPBB News〕 もちろん、イノベーションは今も続いている。どこにでもあるスマートフォンは、想像の産物ではない。しかし、新しい発見はもはや広範な所得増加につながらないと、新著は主張している。 粋なファッションデザインや複雑な構造の金融商品は、社会全体のためになることなく、その制作者を裕福にするかもしれない。近代のイノベーションの中で最も大きな変革を及ぼしたインターネットは、過去の技術ほど多くの雇用と所得を生まない。 ゼネラル・モーターズ(GM)はかつて60万人以上の従業員を雇っていたが、フェイスブックは2000人のスタッフで5億人の顧客にサービスを提供している。米国人はインターネット出現以前と同じくらいカネを使い、借りている。 コーエン氏の主張は、実際の成長率ではなく、所得増加の分配が問題だとする「Great Divergence(大乖離)」と呼べるかもしれない論理と好対照を成している。クローディア・ゴールディン氏やローレンス・カッツ氏といった経済学者は、賃金格差の拡大の原因は、高い技術を持つ労働者に対する需要の高まりにあると考えている。 一方、政策環境の責任だと考える経済学者もいる。ポール・クルーグマン氏は、労働者の交渉力低下は、労働組合と規制を攻撃したレーガン時代の産物だと考えている。その結果、搾取される労働者階級が稼いだ剰余金を金持ちが奪い取る新たな金ぴか時代が訪れたというわけだ。 これら相反する米国観は、大きく異なる政策対応を要求する。クルーグマン氏のような人たちにとっては、労働者の弱い立場を補うために累進課税と所得再分配が求められる。一方、停滞している世界では、より限定的な国家の役割が求められる。拡大する財政支出が低成長経済が自ら資金を調達する能力を超えないようにするためだ。 台所に入るな 「乖離」陣営の方が、理にかなっているように思える。新興国の工業化が低スキルの労働者の地位を損ねたように、生産性の向上によって、中程度のスキルの米国の雇用が数多く失われた。 これらの要因を調整すれば、説明すべき賃金停滞はさほど残らないかもしれない。イノベーションの速度が落ちたかどうかも明白ではない。改良が進んでいる証拠はいたるところにある。 通信はつい10年前と比べても劇的に価格が下がり、操作性も質も向上した。台所は30年前とほとんど変わらないように見えるかもしれないが、居間と机の上は明らかに違う。イノベーションの停滞期は過去にも認められたが、後になって停滞を論じた人が恥をかくことも多かった。 それにもかかわらず、大停滞という考え方は完全には否定できない。先進国は土地利用と教育から、収穫が容易な利益を獲得してきた。従属人口指数の上昇は成長に重くのしかかり始めている。新興国全域で進む急速な工業化は、特に安い資源に依存している先進国に大きな課題を突き付けている。 経済成長の急速な伸びを当然と思うことはできないし、国がその国民に対し、今まで以上に多くの保護を与える能力も当てにできない。新著は小さな本ではあるが、価値のある大きな疑問を投げかけている。 日経ビジネス オンライントップ>BusinessWeek>Bloomberg Businessweek バフェット氏が次に目をつけるのはどの企業か?
* 2011年3月10日 木曜日 * Bloomberg Businessweek マネー 投資 ウォーレン・バフェット 株式 Rita Nazareth(Bloomberg News記者) Michael Tsang(Bloomberg News記者) 米国時間2011年3月3日更新「 What Will Warren Buffett Buy Next?」 米投資大手バークシャー・ハザウェイ(BRK.A)を率いるウォーレン・バフェット会長(80歳)は、400億ドル(約3兆3000億円)近い投資資金を持ち、大型買収の標的にふさわしい企業を探している。バフェット会長は2月26日付の株主宛年次書簡で、「象を倒せる巨大な銃に銃弾を詰め直した。私の指は引き金を引きたくてウズウズしている」と述べた。 バフェット会長は株主向けの報告で、「私が通常、投資先として好むのは、分かりやすい事業を営み、7500万ドル(約62億円)以上の税引き前利益と安定した収益力、良好な株主資本利益率(ROE)を誇り、なおかつ債務がほとんどない企業だ」と述べている。同会長をはじめとする投資家は、過去の水準から見て割安な企業の株式を買おうとする。 このところ同会長は買収戦略を変え、バークシャーは発電会社や鉄道会社など、インフラや設備投資に多額の資金が必要な「資本集約型企業」への投資に力を注いでいる。同会長のような投資家が買いたがるのは、過去の水準から見て割安な企業の株式だ。同会長は2010年、米鉄道大手バーリントン・ノーザン・サンタフェを265億ドル(約2兆2000億円)で買収した。これは同会長にとって過去最大規模の買収案件だ。同会長はこの記事に関するコメント要請には応じなかった。 バフェット会長の投資条件を満たす企業をピックアップ 米メディア・情報サービス大手ブルームバーグの調査によれば、バフェット会長が株主宛の年次書簡で挙げた買収条件を満たす企業は45社ある。ビジネスジェット機メーカーのガルフストリームを傘下に持ち、エイブラムス戦車を製造する米防衛大手ゼネラル・ダイナミクス(GD)や、米原子力発電最大手エクセロン(EXC)、穀物世界最大手の米アーチャー・ダニエル・ミッドランド(ADM)などだ。 米資産運用会社ジェームズ・インベストメント・リサーチ(オハイオ州ジーニア)のバリー・ジェームズ社長は「バフェット会長はおそらく、こうした企業を投資先として狙っているだろう。今後、防衛やエネルギー、農業分野が投資対象になるのは明らかだ」と語る。ジェームズ社長は25億ドル(約2000億円)の投資ファンドを運用している。 バフェット会長は10年以上前からゼネラル・ダイナミクス株に投資してきた。ガルフストリームのビジネスジェット機の需要が伸び、ゼネラル・ダイナミクスの2010年第4四半期の純利益は19%増加した。同社のジェイ・L・ジョンソンCEO(最高経営責任者)は「今年の航空宇宙部門の売上高は、最低でも10%以上増える」との見通しを示している。同社の広報担当ロブ・ドゥーリトル氏はコメントを避けた。 バフェット会長の息子が米ADMを退任している 米資産運用会社キャンビアー・インベスターズ(デンバー)のブライアン・M・バリッシュ社長は「バフェット会長はADMに食指を動かすかもしれない。ADMは食品や穀物の輸送、貯蔵で優れた競争力を持ち、競合他社が対抗するのは容易ではない」と見ている。 バフェット会長がADMについて懸念する材料があるとしたら、同社が独占禁止当局から価格操作問題を指摘され、1996年に当時過去最高額の1億ドルの課徴金を支払ったことだ。 バフェット会長の息子ハワード・バフェット氏は1992年にADMの一員となり、取締役と広報担当責任者に就任した。ハワード氏は、1995年7月に同社を退社している。米経済紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)は当時、「ハワード・バフェット氏がこの独禁法問題に対する同社の対応に不満を抱き、辞任した」と報じている。ADMの広報担当ローマン・ブレイホスキー氏はこの件に関してコメントを拒否した。 バフェット氏は「エクセロンに目をつける可能性もある」 2億7000万ドル(約220億円)のファンドを運用する米資産運用会社レディー・アセット・マネジメント(カリフォルニア州ラヨラ)のハリー・レディーCEOは「バフェット会長は、公益事業会社や発電会社を投資先として狙っており、エクセロンに目を付ける可能性がある」と予想する。 エクセロンの株価収益率は10.1倍で、過去5年間の平均値14.7倍と比べて割安になっている。「エクセロン株は投資家の間で人気が低下している。バフェット会長はこうした銘柄を好む」(レディーCEO)。エクセロンの広報担当ポール・エルスバーグ氏はこの記事へのコメントを避けた。 バフェット会長は傘下の保険会社を新たに増やす可能性もある。米証券会社サンドラー・オニール・アンド・パートナーズのアナリスト、ポール・ニューサム氏は「保険大手の米チャブ(CB)や米トラベラーズ(TRV)、米オールステート(ALL)はいずれも、簿価に対する株価が、過去の水準に比べて割安になっている。保険会社株は間違いなく狙い目だ」と語る。 © 2011 Bloomberg L.P. All Rights Reserved 米国の中産階級に広がる苦難 2011.03.09(Wed) Financial Times 米ワシントンのうらぶれた地区にある福祉事務所の前。ジェイミー・クレミーンズさん(31歳)はボーイフレンドと並んで座り、タバコをふかしている。自分たちの暮らしを支えてくれる手当の受け取りを待っているのだ。
視力障害のあるボーイフレンドは何年も前から障害者手当をもらっているが、クレミーンズさんにとっては初めての体験だ。彼女は金融危機で打撃を被った大勢の米国人と同じく、人生初のフードスタンプ(食料配給券)を受け取ろうとしている。 急増して過去最高となったフードスタンプ受給者 肥満対策に効果「ジャンクフード課税」、米研究 食費の一部をSNAPに頼る米国人は4410万人に上っている〔AFPBB News〕 フードスタンプは現在、最近、栄養補助支援計画(SNAP)と名称が変更された数百億ドル規模の給付制度の一環として配布されている。 南カリフォルニアで暮らしていたクレミーンズさんたちは、米国の多くの中産階級の人々と同様に先の景気後退で職を失い、仕事を求めてワシントンにやって来たが、ここでSNAP制度を利用することになった。 「引っ越してきたのは、向こうに仕事がなかったからです」とクレミーンズさん。「ただ、働きたいだけなんです。週に5カ所は求職活動をしていると思います」 最近公表された数字によると、現在、4410万人の米国人が少なくとも食費の一部をSNAPに頼って生活している。これは、フードスタンプ制度の50年の歴史の中で最も高い数字だ。米国が高止まりした失業率と苦闘し続ける中、SNAPを利用する米国民の数は、過去3年間で1700万人近く増えた。率にして61%の増加だ。 歳出削減を巡る感情的な争いの中にあって、2010年に690億ドルを支出したSNAP予算は全く削減されずに済んだ。困窮の拡大ばかりがその理由ではない。 予算が削られない背景に政治的な理由も 「この制度が(政治的に)支持を得ている理由は、これが農場や牧場の経営者の利益になるからだ」。SNAP制度を管轄する米農務省食料栄養局の幹部、ケビン・コンキャノン氏はこう説明する。また、この制度が支えている地域は、国内でも民主党よりも共和党が強い地域だという。 さらに、SNAPが赤字に厳しい目を向ける財政タカ派の批判を免れている背景には、これにより実際カネが使われる各地域に恩恵がもたらされるという事情もある。農務省の試算によると、SNAPで5ドル使われるたびに、その地域社会には9ドルの経済活動が生み出される。フードスタンプを使わずに取っておける余裕のある人などまずいない。 家庭の稼ぎ頭は40%が女性、全米世論調査 景気後退を脱してから1年半経っても、失業率はまだ9%近い・・・・〔AFPBB News〕 現状では、SNAPへの登録要件を満たす米国人の3分の2しか実際に受給登録をしていない。これはつまり、5900万人の米国人、全人口の約2割がSNAPの受給資格を持っているということだ。 マイノリティー(少数民族)では、この比率はもっと高くなる。入手できる最新の記録がある2006年で見ると、SNAPを受給した世帯主の44%が、自分たちはヒスパニック系またはアフリカ系だと報告している。米国人全体では、ヒスパニック系とアフリカ系が占める割合は29%だ。 「我々は米国人として、この国の良いところを高く評価したいと思っている。我々の中にお腹をすかせる人がいるという事実を認めるのは苦しいことだ」とコンキャノン氏は言う。 月130ドルでは不十分 1カ月分の食品を賄うために支給されるSNAPの手当は平均130ドル。クレミーンズさんによると、十分な額ではない。「食べ物が十分なことは決してなく、時には食べずに済ませます。でも、様々な支援プログラムがたくさんあって、多くの教会が食べ物を配ってくれますから」 SNAPは、政府の定めた貧困レベルを下回り、流動資産が2000ドル未満で家を所有していない人なら誰でも受けられる。給付金はデビットカードの形で支給され、月初に自動的に補充される仕組みだ。 金融危機を受けて、多くの中流世帯がSNAPに頼らざるを得なくなり、従来SNAPによる支払いを受けつけなかった食品関連企業に再考を促した。金融危機の前は、例えば倉庫型スーパーのコストコとビージェーズはSNAPに参画していなかったが、その後、プログラムに加わっている。 コストコは、参画を見合わせるという当初の判断が間違っていたことに気づき、ニューヨーク市内の新店舗でSNAPによる支払いを受けつけることになった。 だが、多くの人は、こうした新店舗が参画しても、SNAPの給付金は健康的な栄養レベルを維持するには不十分だと訴える。 「食の砂漠」に暮らす人も 公的研究と支援活動を手がけるフード・リサーチ・アンド・アクション・センターのジム・ワイル所長は「すべての証拠が示すのは、健康的な食生活を送るには、これでは不十分だということだ。人が飢えたり、非常に深刻な栄養不良に陥ったりするのを防げる程度だ」と言う。 SNAPに登録している人々を栄養不良に陥らせる原因は、資金不足だけではない。「彼らは、健康的な食べ物が不足していて、仮にあっても概して値段が高い、いわゆる『食の砂漠』に暮らしていることもある」と、SNAPの申請手続きを手助けするDCハンガー・ソリューションズの支援コーディネーター、アレクサンドラ・アッシュブルック氏は話している。 By Matt Kennard ユーロ圏が生き延びる理由 2011.03.10(Thu) Financial Times
「祝!定年生活」、通行人に1ユーロ配る ドイツ 今後さらなる混乱に見舞われようとも、ユーロ圏は存続できるはず〔AFPBB News〕 2010年12月16日、欧州の首脳たちは厳かに、ユーロ圏を守るために「必要なあらゆる措置を取る用意がある」と宣言した。言うは易しだ。懐疑派は、これらの言葉をまじめに信じていいのかと疑問に思うかもしれない。ただ、この場合は信じるべきである。 ユーロ圏が存続する可能性は非常に高い。たとえさらなる混乱に襲われたとしても、だ。 本稿では、ユーロ圏が存続する3つの理由を提示したい。第1に、ユーロ圏は強力な政治的コミットメントに支えられている。第2に、ユーロ圏は参加国の長期的な利益に裏打ちされている。第3に、参加国は金銭的にユーロ圏を支える余裕がある。 要するに、ユーロ圏には、ユーロという実験的な試みを続けていくだけの意思と力があるということだ。 よほどのことがなければユーロ圏分裂はない 「欧州は機能する」と題された興味深いリポートが、このほどノムラ・グローバル・エコノミクスから発表された。ジョン・ルウェリン氏とピーター・ウェスタウェイ氏の指揮下でまとめられたこのリポートは、ユーロ圏が生き残る根拠を挙げている。 リポートでも触れられているように、ユーロ圏は第2次世界大戦直後に始まった欧州統合の動きから生まれたものだ。大戦の記憶が各国国民の間で薄れつつある今でも、欧州首脳にとっては、これは実存するプロジェクトなのだ。 さらに、経済統合がユーロ圏を存続させる強力な動機を生むという前提も、正しかったことが判明している。最後に、たとえ一部でもユーロ圏からの離脱が起これば、その結果は計り知れない脅威的なものとなる。よほどのことがない限り、欧州首脳がこの選択肢を検討することはないだろう。 ゆえに、ドイツ国民の多くが一部の参加国のだらしない有り様に怒りを感じているとはいえ、同国のエリート層は孤立の危険性と、すべての近隣諸国との関係に安定性をもたらした欧州統合プロジェクトのメリットを今でも認識している。同様に、現在苦境にある国々の首脳も、ユーロ圏から離脱することで、のけ者扱いされることを危惧している。 だからと言って、何らかの形の分裂が全くあり得ないということではない。ドイツは、国民の総意としてユーロ圏への参加が金融の安定と相容れないと判断した場合には、離脱するだろう。周縁諸国も、ユーロ圏への参加が経済的繁栄と相容れないと判断した場合、やはり離脱するはずだ。 今のところは、どちらも近々こうした決断を下す状況にはない。債務の再編が行われる可能性は高いが、それと比べて、何らかの分裂が起きる可能性は非常に低い。 うまくいきすぎたことが悲劇を生んだ ギリシャで大規模デモ、緊縮財政に反対 警官隊と衝突 多額の債務を抱え込み救済を受けたギリシャでは先月も、緊縮財政に反対する大規模デモが起き、警官隊と衝突した〔AFPBB News〕 逆説的な言い方になるが、ユーロ圏の悲劇は、あまりにうまく機能しすぎた点にある。認識されるリスクが収斂したことで、所得の「収斂」も加速した。 当時の多幸感あふれる空気の中で、無謀な貸し手が、無責任な政府(ギリシャの場合)や浅はかな民間企業(アイルランドやスペインの場合)にカネを貸したことは、首つり用の縄を貸したも同然だった。その結果、膨大な債務が発生した。 最終的には、どれほど鈍い貸し手でも正気に返る。だが、民間の貸し手が首つり縄の輪を絞める時、名目上は民間のものであるはずの債務が公的債務に転じる傾向がある。政府が危機に陥った金融システムを救済し、崩壊しそうな経済活動を維持しようとするためだ。 アイルランドやスペインのように財政が健全な国も、今回のような困難に直面する場合がある。アイルランドの公的債務が国内総生産(GDP)に占める割合は、2007年の25%から2013年の125%へと急上昇する見込みだ。この急増した債務のうち約3分の1は、銀行救済により生じている。 市場が自らの過ちを認識したことは朗報と言える。反面、その認識があまりに急激すぎたことは問題だ。その結果、困難を抱える国には巨額の債務問題が残され、ユーロ圏にとっては大きな頭痛の種となっている。 膨大な公的債務 ノムラのリポートが指摘しているように、公的債務がどれほど管理可能かは、わずか3つの要素によって決まる。(利払い前の)基礎的財政収支、「スノーボール」(雪だるま:金利と予想成長率の関係)、「ストック=フロー」調整が公的債務に及ぼす影響の3つだ。 3番目の例としては、銀行救済の必要性や「債務デフレ」(国内の物価が下落したり、債務が外貨建てで自国通貨安になったりした時に債務の実質負担が急増する現象)がある。危機というのは本質的に、これら3要素をすべて悪化させる。 予想成長率、財政状況と債務デフレの脅威に関して特に重要なのは、ユーロ創設後の「収斂」の時期に、債務国が急速に競争力を失っていったという事実だ。1999年から2007年にかけて、ドイツと比較した単位労働コストはアイルランドで31%、ギリシャとスペインでは27%、ポルトガルでは24%上昇している。これらの国々が競争力を取り戻すまでには、長い道のりが必要だ。 ノムラのリポートは、困難を抱える国々を待ち受ける財政的な課題の規模について、不穏な数字を挙げている。 例えば、公的債務を2030年までに、マーストリヒト条約の基準であるGDP比60%に抑えることを目指すとしよう。さらに、金利は名目GDP成長率よりわずか1%高い水準だと仮定する。この場合、2009年から2020年にかけて必要とされる構造的な基礎的財政赤字の縮小幅は、ギリシャでGDP比16〜18%、アイルランドで14〜16%、スペインで10〜12%、ポルトガルでは8〜10%だ。 課題の大きさの一部は、最初の基礎的赤字の規模によって説明できる。これはギリシャではGDP比9.8%、アイルランドでは9.7%、スペインでは7.5%、ポルトガルでは5.4%だ。ここで挙げた一部の国に対し、市場が持続可能な条件での融資をためらうのも不思議ではない。 アイルランドにまつわる許し難い判断 財政難のアイルランド、金融支援要請 EU受け入れ ブライアン・カウエン首相(写真)率いるアイルランド前政権は、国家の信用を犠牲にして、自国の銀行債権者を救った〔AFPBB News〕 これらの目標達成はとてつもない課題だ。すべての国で債務の再編を回避できるとは、筆者にはとても思えない。 アイルランドの前政権があれほど無頓着に銀行債務を保証し、他の欧州連合(EU)加盟国がこの判断を支持したことは、許し難い話だと思っている。 主権国家が自らの信用を犠牲にして自国の銀行の債権者を救うというのは、どう考えても間違っている。そのような救済を行うのが主に他国の金融システムを守るためだとしたら、まだましどころか、もっと悪い。 それでもなお、債務再編はユーロ圏にとって重大な脅威ではない。ギリシャ、アイルランド、ポルトガルを合わせてもユーロ圏全体のGDPに占める割合がわずか6%であることを覚えておくことは重要だ。スペインでさえ、11%を占めるにすぎない。さらに、ユーロ圏全体で見ると、公的債務はGDP比84%、財政赤字は6%で、どちらも米国よりも良い数値だ。 ユーロ圏は3つの目標を達成しなくてはならない。銀行と財政のパニックを抑える、困難を抱える国々の経済を健全な状態に戻す手助けをする、そして将来的にこうした危機の発生を防げる体制を構築する、の3点だ。 これらの目標を達成するうえで、「収斂」に酔った時代が過ぎ去ったことは、ユーロ圏にとって大きな強みとなる。その一方で、一部の参加国が大きな困難を抱えてしまっている点は、大きな障害だ。現在議論されているアイデアで、これらの困難に対抗できるだろうか? 来週のコラムではこの疑問を掘り下げたい。 By Martin Wolf 金融市場異論百出 【第169回】 2011年3月9日 需給ギャップがプラスのなか金融緩和はインフレ圧力へ ドル紙幣発行残高は2月に奇妙な動きを示した。過去10年の平均に比べ3倍も増加した。海外要因ではないかとL・クランドル・ICAPチー フエコノミストは指摘している。北アフリカや中東で、市民の騒乱を見て、金融資産をあわてて大量のドル札に換えている超富裕層がいる可能性がある。彼らは 海外の銀行口座が凍結されることを警戒しているのかもしれない。一方、ユーロ札はあまり増えていない。緊急時の資産確保手段としては、ドル札のほうが相対 的には人気があるようだ。 とはいえ、そのドル札を発行しているFRBの“QE2”(量的緩和策第2弾)は、多方面から非難を受けている。代表的な批判者の1人に、貧困・飢餓問題に長く取り組んできたJ・サックス・コロンビア大学地球研究所長がいる。 彼は、飢餓対策としてアフリカ諸国の農産物収穫率を引き上げることの重要性を指摘しつつ、「この問題に対処するための、最初で、かつ最も容易なス テップは、FRBが量的緩和をやめることにある」と述べている(「フィナンシャル・タイムズ」2月17日)。FRBは食品・エネルギー価格高騰の炎に油を 注ぎながら、「ブーム・破裂サイクル」のリスクを冒していると痛烈に批判している。「ウォールストリート・ジャーナル」も2月24日に、「FRBは海外で 混乱を引き起こしている」「FRBを綿密な監視下に置くべき緊急性がある」という見解を掲載した。 次のページ>>経済規模で加重平均すればグローバルな需給ギャップはプラス 批判を意識して、J・バラッド・セントルイス連銀総裁は、「FRBはグローバル需給ギャップに配慮すべきか」との議論を講演で取り上げた。先進国 の需給ギャップは現在マイナスだが、新興国はプラスである。経済規模で加重平均すれば、グローバルな需給ギャップはプラスだという。 そんなときにFRBが国内事情で大規模な金融緩和を行えば、世界経済にインフレ圧力を加えることになる。「QE2を完遂すべきか、資産購入額をい くらか減らすべきか、と議論することは現時点では自然」と彼は述べた。しかし、バーナンキ議長らFRB主流派はQE2を完遂させると思われる。 同政策の問題の一つに、「今の米国は世界経済のリーダーとしての責任に関心がない」という印象を多くの新興国の人びとに植え付けてしまった点が挙 げられる。QE2は長期的にはドル基軸体制にネガティブな影響をもたらすだろう。前回、上海の大手書店に貨幣戦争の本が多数平積みされていると紹介した。 そのうちの1冊に、ドル札がトイレットペーパーになった合成写真が掲載されていた。量的緩和の将来の帰結だという。 (東短リサーチ取締役 加藤 出)
高橋洋一の俗論を撃つ! 【第9回】 2011年3月10日 高橋洋一 [嘉悦大学教授] 新興国のインフレから資源価格の急騰までなんでも米国の金融緩和が原因なのか? 米国経済はゆっくりながらも回復している。2008年9月のリーマンショック以降、FRB(連邦準備制度)はバランスシートを拡大して強烈な金融緩和措置をした。10年11月にも、追加的な金融緩和を決めた。 マーケット関係者は、これを2度目のQUANTITATIVE EASINGからQE2として、豪華客船のクィーンエリザベス2世号をもじっている。このため、マネーが大量に米国内に供給され、そのおかげで、米国は景気回復している。 FRBは、雇用の確保にも責任をもっているが、雇用状況は徐々に改善してきた(図1)。 ところが、そのマネーが新興国に流れて、食料価格や商品価格の高騰を招いているといわれる。識者もそう解説するし、マスコミもそれを鵜呑みにして 報道する。さらに、中東の動乱までQE2のせいであるという人まででている。はたして、QE2が世界にバブルをまき散らしているのだろうか。
国際金融のトリレンマ固定相場制と米国の金融緩和の関係 中東の動乱はさておき、QE2によって余ったカネが新興国に流れたという見方は、マクロ経済学から見るとかなり問題だ。 次のページ>>為替変動の7〜8割程度を説明できるマネタリーアプローチ はじめに、為替決定理論で標準的とされるマネタリーアプローチを用いて、QE2がどのように世界経済に影響するかをみてみよう。マネタリーアプローチは投資家のソロスも重用し、古くからの購買力平価説とも整合的なものだ。 なお、このマネタリーアプローチは、短期的な動きを除いて長期的には各為替変動の7〜8割程度を説明できる。ちなみに、リーマンショック以降もよく説明できる。 米国が金融緩和すると、各国の通貨に対して相対的にドルが多くなる。するとドルの希少価値が低下して、各国通貨に対しドル安になるはずだ(図2、図3)。 その時、米国以外の国はどうなるのか。新興国では自国通貨と米ドルを一定レートに保つドルへのペッグが多いが、簡単化のために固定相場の国を考えよう。 次のページ>>中国のインフレはなぜ起こったか 為替相場を維持するために、新興国では、ドル買いの為替介入をしなければいけない。となると、新興国内では、ドルが相対的に増えたことを相殺する ように、自国通貨が増加する。となると、新興国内で金融緩和状態になる。あたかもカネ余りの米国から、カネが流入したような状況になるわけだ。 この状態は、国際金融のトリレンマから説明できる。国際金融のトリレンマでは、固定為替相場、自由な資本移動、自由な金融政策の3つ全てを、同時に達成できないことが知られている。 固定相場制の上では、自由な資本移動を優先し資本移動規制をしないと、金融政策を放棄せざるをえない。ということは、固定相場制を維持するために は、米国の金融緩和に自動的に追随して、自国も金融緩和になってしまうのだ。ここでのポイントは、決して米国の金融緩和のカネが新興国に流れているのでは ない、ということだ。 すると、金融緩和によって新興国内の物価がインフレ気味になる。そうした状態では、何かの拍子に、個別価格が急激に上昇することがある。もともと食料品価格や商品価格は、需給状況で価格が上下しやすいので、中東の動乱などのきっかけによって跳ね上がる。 中国のインフレは為替ペッグを維持しようとする結果起こった このような固定相場制の国の代表例は中国だ。中国は人民元を固定したいがために、中国国内にカネをまいてしまった。 5日に開幕した第11期全国人民代表大会(全人代)では、温家宝首相はインフレ抑制が今年の最優先事項と位置づけている。 これまで、中国は米国の金融緩和を批判してきた。その発言の狙いはドル安に対する牽制とともに、国内インフレを避けたいからだ。政治的には、現状では為替ペッグを維持して人民元を安くして、中国国内の輸出勢力を味方につけたい。 次のページ>>日本は「お人好し」の国 そこで、中国は、為替ペッグを維持することを第1に考える。その場合、米国が金融緩和すると自国の金融緩和を通じて国内がインフレになるが、まずそれを避けたいから、米国の金融緩和を批判する。それは、同時に、ドル安を牽制することになる。 つまり、米国の金融緩和を牽制するのは政治発言で、経済現象を説明するための発言ではない。だから、ほかの国が中国の発言を真に受ける必要はない。 金融政策の自由度が確保されている変動相場制採用国 次に、先進国で多い変動相場の国ではどうなるか。 変動相場制の国では自国為替が高くなり、一定の期間(例えば1年)が経過すると対米輸出が減少し対米輸入が増える。その結果、対米経常収支黒字が 減少し、対米資本収支赤字(例えばドル債券の取得=自国からカネが出る)も減少する。ということは、米国へのカネの流出が減り、さらにカネが入ってくるよ うになる。 これらを米国サイドに立って順を追って言うと、金融緩和→通貨安→輸出増→経常収支(黒字)増→資本収支(赤字)増=資本輸出増、という流れになる。もっとも、米国からカネが入ってくるのは、経常収支が変化した後で、はじめからかなり時間が経過した段階だ。 やはり国際金融のトリレンマを使うと、一定期間後には米国からカネが流入するが、金融政策の自由度はその間も確保される。ということは、国内の物価の動きは、基本的にはその国の金融政策によるので、米国が金融緩和しても変わらない。 もっとも、米国と同じような金融緩和をしないと、為替レートが自国通貨高になって、輸出活動は落ちる。だから、金融緩和をしないと、近隣窮乏化ではなく「自国窮乏化」になってしまう。 今の日本がその例だ。他の先進国はみんな米国並みの金融緩和をしているにもかかわらず、日本はそれを行っておらず、円高となって、「自国窮乏化」を選んでいる。世界からみれば、なんと「お人好し」の国だろう。 次のページ>>資本収支はマクロ的にみれば経常収支で決まる なお、ブラジルのマンテガ財務相が昨年、各国が通貨切り下げを競い合う状況を「通貨戦争」と呼んで警告した。その背景に、ブラジルはインフレー ション目標を採用しており、インフレ率が目標を突破しそうだったことがある。だから、米国に対抗して金融緩和してレアル安にできない。その不満がマンテガ 発言の背景にある。 もちろん、マーケット関係者のいうように、部分的には米国から新興国へのカネの流入もあるだろう。 しかし、国際収支については、経常収支(黒字)プラス資本収支(赤字)は常にゼロだ。これはモノの動きとともにカネの動きが同時に起こるので、複式記帳から会計的に当然だ。つまり、資本収支はマクロ的にみれば、経常収支で決まるということである。 マーケット関係者の話は、資本収支の個別の中身の変化であるが、1国におけるその総量の変化ではない。 もっとも、世界の貿易額は年間で約12兆6000億ドルであるのに対し、金融取引の分野では、為替だけでも1日で4兆ドルの取引額がある。モノの取引よりも桁違いに大きい。 こうしてカネの取引額が膨らむのは、回転数(取引の回数)が多くなるが、回転数が増えたからといって、カネの総量が増えるわけではない。ただ、回 転数が多いと流動性資金の動きが活発になるので、カネが増えたように感じ、時としてバブルのような状況を作り出すこともある点には要注意だ。
質問1 新興国のインフレや資源価格の急騰は、米国の金融緩和が原因だと思いますか? 61.5% 一部は原因がある 26.9% 全くそうは思わない 11.5% そう思う わからない
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