01. 2011年2月17日 15:18:14: nJF6kGWndY
日経ビジネス オンライントップ>投資・金融>Money Globe ― from London ユーロ危機、注目イベントが目白押し2月25日、アイルランドの前倒し総選挙で皮切り 2011年2月17日 木曜日 池田 琢磨 欧州 ユーロ EFSF アイルランド ECB EU ギリシャ 欧州では、欧州金融安定機構(EFSF)による初の債券発行が大きな需要を集めて成功したことなどを受けて、ユーロ圏周縁国の国債利回りは昨年11月初旬の水準まで低下している。依然として不透明感が強いながらも、周縁国問題は小康を得ている。 一方、実体経済では2極化が進んでいる。周縁国経済が落ち込む一方、ドイツなど輸出の恩恵を受けてきた諸国では、設備投資や消費など内需にも回復が広がっている。ドイツなどでは雇用も改善し、資源・食品価格の高騰も重なってインフレ懸念が出始めているほどだ。 こうした状況の中、3月末に向けて、ユーロ周縁国問題の行方を左右する重要日程が目白押しである。 アイルランド政権交代で市場混乱の可能性 第1は、2月25日に行われるアイルランドの前倒し総選挙だ。アイルランドは、昨年11月に欧州に支援を要請し、850億ユーロの融資を受けることになった。その条件が、歳出削減などを盛り込んだ予算案を通過させ次第、経済運営を失敗した責任をとって議会を解散し、総選挙を行うことである。世論調査によれば、与野党の支持率は大きく逆転しており、選挙によって政権交代する可能性が大きい。 経営破綻した金融機関を救済した負担が、財政破綻、ひいては欧州や国際通貨基金(IMF)からの救済につながったこと。そして、支援策の条件が、歳出削減など重い負担となっていること。この2点に対するアイルランド国民の反発は強い。そのため、野党は支援資金の金利減免や、債券を保有する金融機関の損失負担を政策に掲げている。政権交代によって、ひとたび決まっていた条件を見直す事態となれば、市場が混乱する場面も想定される。 欧州首脳会合とドイツ州選挙も波乱要因 第2は、3月24〜25日に予定されている欧州首脳会合と、その直後27日に予定されているドイツ州選挙である。 欧州首脳会合では、財政資金調達が困難に陥る国が出ても、これをバックアップする「包括的な計画」が打ち出されると期待されている。それは、ユーロ圏の安定を図る仕組みの恒久化や、財政規律や域内の競争力格差を縮小させる構造改革の監視などだ。 周縁国問題を解決するカギを握るのは、ドイツなど支援の中心となる主要国の財政負担である。しかし、ドイツでは周縁国支援による負担増に対する国民の反発が強く、しかも3月末には重要な州選挙を控えている。そのため、ドイツ政府が首脳会談に向けて、大きな譲歩をするのは難しいと見られている。 支援策が借金返済を困難にする悪循環 だが、ここにきて、現在の対策を見直そうという議論が、水面下で進んでいるとも主要メディアがたびたび報じている。それは以下のような内容だ。 債務の返済可能性を高めるためには、(1)債務減免、(2)プライマリーバランス(利払い前の資金収支)改善、(3)金利低下、(4)成長率向上が必要になる。しかし、現状はむしろ、これらの点に逆行する事態が起きている。 まず(1)については、欧州は支援策の下で、むしろ周縁国に資金を貸し付けることで債務を増やす結果となっている。また、財政立て直しを狙った緊縮政策によって(2)を実行すると、(4)が悪化してしまい、市場の信任が低下して金利が上昇してしまう。それによって、今度は(3)も成り立たなくなる。つまり、現在の支援策は、周縁国の当面の資金繰りは解決するものの、将来の債務返済可能性をむしろ悪化させる恐れがあるのだ。 ギリシャの債務リストラ議論も そこで、公式には確認されていないが、欧州金融安定機構(EFSF)の規模拡大のほか、返済期限延長、金利減免、周縁国政府に国債買戻し資金の貸し出しなどが検討されている模様である。額面を3割程度割り込んでいるギリシャ国債を時価で買い戻すことが出来れば、投資家が自発的な債務減免に応じたことになり、市場の混乱は限定的で、債務減免でギリシャの債務返済可能性の改善も期待される。 注目されるのは、こうした見直し案に支援のカギを握るドイツが関与していると見られている点である。前述のように国民感情や選挙日程を考えれば、依然としてドイツ側の譲歩を期待することは難しいと見られる。しかし、もしこれが実現すれは、周縁国問題が解決に近づくという期待が出やすい。 ECBの「正常化」が早まる可能性 同時に国債買戻しなどの支援策の見直しは、欧州中央銀行の政策にも影響を及ぼしそうだ。前述のようにドイツなどのユーロ圏主要国では、資源・食品価格の高騰もあいまってインフレ懸念が出始めている。これまで緊急避難的に危機に対処を強いられてきたECB(欧州中央銀行)の政策自由度が高まれば、異例な緩和政策の「正常化」が早まる可能性も浮上することに注意が必要である。 もっとも、仮に国債買戻し案が実現の運びになっても、十分多くの投資家がこれに応じなければ効果は小さい。まず、時価での国債買戻しに応じれば、その分、投資家側には売却損が生じる。主な国債保有者である金融機関が、収益で売却損を吸収し切れなければ、自己資本が毀損し、追加資本注入に追い込まれる可能性もある。これに政府が応じることは、今や容易ではない。 政府債務減免で銀行に資本再注入のリスク 公表されたECBおよび欧州民間33行の国債の保有状況に基づき、いくつかの想定をおくと、ギリシャ国債発行残高の20%をECBが、27%を民間33行が保有している。民間33行保有分のうちギリシャの民間4行は58%(国債発行残高比15%)を保有しており、債務減免に応じるとすればその負担がギリシャの民間銀行に集中することになる。 アイルランド国債についても、事情は似通っている。政府債務問題を民間の負担で軽減しようとすれば、公的負担によって解決を図ったはずの民間金融セクターの問題を再燃させかねない問題をはらむ。 ECB保有国債の買い戻しは効果薄 これに対して、ECBが買い戻しに応じることは、周縁国問題が激化している時期に国債を買い取ってきたことを踏まえれば、損失も少なく容易であろう。ECBは国債買取プログラムの元で765億ユーロの国債を保有している(2011年1月21日時点)。しかし、ECB保有国債の買戻し償却によるギリシャ政府の債務減免効果は、債務残高比で5%程度にとどまると試算される(表参照)。 国債買戻しプログラムの効果の試算 (100万ユーロ) ギリシャ アイルランド ポルトガル スペイン イタリア 合計 民間銀行33行の保有額(A) 69,543 15,670 27,285 129,861 245,400 487,760 保有比率(A)/(C)% 26.5 20.2 29.4 35.0 24.3 債務削減効果 %* 6.6 5.1 7.3 8.7 6.1 ECBの国債買取 プログラムの保有額(B) 53,550 11,475 11,475 0 0 76,500 保有比率(B)/(C) % 20.4 14.8 12.4 0.0 0.0 債務削減効果 %* 5.1 3.7 3.1 0.0 0.0 国債残高(C) 262,413 77,465 92,912 371,281 1,009,485 882,873 (A)は2010年3月末時点、(B)は2011年1月21日時点のデータ ECBの国債買取プログラム残高のうち70%がギリシャ、15%がアイルランド、15%がポルトガル向けと仮定 *国債買戻し価格が額面を25%下回ると仮定 (出所)CEBS,ECBからNIPlc作成 また、債務減免に応じる投資家が多く、残った債務の返済の可能性が高まると期待されるならば、買戻しに応じない投資家が有利になる。このため、有利な立場を求める投資家が買い戻しに応じない可能性が残る(フリーライダー問題)ことも指摘できる。 エジプト革命で世界の目は北アフリカから中東地域に注がれているが、実は欧州の債務問題はまだ解決したわけではない。3月末の首脳会合における議論の行方に注目したい。 Money Globe ― from London
環境、会計など様々な分野で影響力を誇示する欧州の経済情勢を、現地の専門家がマクロ、為替、金融政策、M&A(合併・買収)など様々な観点から分析する。 ⇒ 記事一覧 池田 琢磨(いけだ・たくま) ノムラ・インターナショナル シニアエコノミスト
1990年東京工業大学工学修士課程修了、96年東京大学経済学修士課程修了。野村総合研究所、郵政研究所、野村総合研究所アメリカ、ノムラ・セキュリティーズ・インターナショナルを経て、2007年より現職。Institutional Investor Magazine誌の2010年欧州経済調査部門で2位にランク された。 |