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日経ビジネス オンライントップ>ライフ・健康>伊東 乾の「常識の源流探訪」
正しく怖がる放射能【3】なぜ原子炉の冷却に長い時間がかかるのか
2011年4月26日 火曜日
東京電力は4月23日、福島第一原発の2号機のタービン建屋や立て坑にたまった高濃度の放射性物質を含む水の移送の継続中に、被曝線量が緊急時の上限、100ミリシーベルトを超えた作業員がまた1人増え、23日までに30人に達したことを発表しました。
原子炉の冷却によって生じた汚染水の処理は、作業の長期化が確実で、作業員の被曝線量が今後も増えることが予想されています。それにしてもどうしてそんなに長い時間、冷却にかかるのでしょうか。震災の直後には「原発を停止した直後にも、余熱を取る必要がある」などと報じられもしましたが「余熱」だけだったら、もうそろそろ無くなってもよさそうな時期です。
今回はこの原子炉の「余熱」と「冷却」について、少し掘り下げて考えてみたいと思います。
「余熱」の正体は「崩壊熱」
運転を停止したあとの原子炉から発せられる熱は、なべややかんの余熱ではなく、使用済核燃料である放射性物質から出てくる「崩壊熱」が正体であること。まずここから確認しておきましょう。
同じ「ヨウ素」でも、ふつうに昆布などに含まれているヨウ素と、水道水に混入したりして問題になるヨウ素131はちょっと様子が違います。普通に存在するヨウ素127が「安定同位体」であるのに対して、ヨウ素131は「放射性同位体」である、という違いです。
この「同位体(アイソトープ)」について少しおさらいしておきます。ある元素が「ヨウ素」であるか、あるいは「キセノン」とか「セシウム」とか違う物質であるかは、原子核に含まれる陽子の数で決まってしまうのでした。陽子の数を「原子番号」と呼ぶことは前々回に記した通りです。
この陽子は一つひとつがプラスの電気を帯びています。プラス同士ですから反発してしまい、そのままでは大人しく1つの原子核にまとまってくれません。そこに中性子という陽子の兄弟分のような電気的に中性な粒子が加わることで、原子核が安定するのでした。
さっきのヨウ素を例に取れば、原子番号は53つまり陽子が53個集まっているのに対して、普通のヨウ素127は中性子74個で安定、これに対してヨウ素131は中性子が78個で合計53+78=131個の核子が集まった中性子過剰な核種です。
そしてこの中性子が多すぎると、原子核は不安定になってしまうのです。エネルギー過剰で不安定な状態から、放射線を出してより安定な状態に崩変して行く。これが不安定な同位体が放射線を出す基本的なアウトラインです。
ストロンチウムに要注意
さて、こんな風に書くと放射性同位体というのは何でも大変危険なもののように思われるかもしれません。しかし、現実に放射性同位体は思うよりよほど普通に存在しています。例えばあなた自身の体の中にも、普通に含まれています。
「カルシウム」という元素を考えてみましょう。私たちの骨を作っている主要な材料はリン酸カルシウムですから、人間と切っても切れない関係にあります。
このカルシウム、自然界に存在する96%以上はカルシウム40という安定な核種ですが、残り3%ほどは別の同位体が占めています。カルシウム48という放射性同位体は大変に長い半減期(6×10の18乗年!)で「ベータ崩壊」してチタン48になりますが、このカルシウム48が自然界には0.187%ほど含まれています。
0.187%と言えば、1000分の2ほどですから割合としては大変に少ないようにも見えます。しかし原子や分子は大変に小さく、私たちの体の中には10兆の10兆倍(10の26乗)個ほどのもカルシウムが含まれているので、その1000分の2といえば10兆の100億倍個ほどの放射性カルシウム48も含まれていると察しがつきます。
私たちの体のなかでは消化とか吸収とか、生化学的な反応が常に起きています。そしてこの生化学反応の中では、カルシウム40もカルシウム48も同じカルシウムとみなされて、区別することができません。そこで、一度体の中に取り込まれてしまうと、私たち自身の骨を作る材料として放射性元素も取り込まれてしまいます。こういう状態を「体内に放射性物質が蓄積する」と言います。
しばしば問題になるヨウ素131は、私たちの体の中で他のヨウ素の同位体と区別されることなく甲状腺に取り込まれてしまいます。一度取り込まれると、私たち自身の体の材料に組み込まれるわけで、放射性の原子だけ取り出すことはまず不可能です。チェルノブイリで甲状腺全体を摘出する手術が多く行われたのは、こういう事情がありました。
実は私たちは、お母さんのおなかの中で存在し始めた瞬間から、かなり多数の放射性元素も材料に使いながら作られ、この世の中に「おぎゃあ」と生まれ出てくるのです。大人はもちろん、生まれたばかりの赤ちゃんも、お母さんに作ってもらった体や骨の中に多くのカルシウムを持っており、当然その中には放射性カルシウムも含まれています。これらは半減期に応じた割合で崩壊しているはずですが、私たちの新陳代謝や免疫の機能が十分に強いので、体内に起きた異常はさっさと掃除されてしまい健康に特段の影響は出ません。
人間が生まれつき放射性元素と無関係であるように思い込む“変な潔癖症”が、大きな誤解を生んでいる気がします。
先ほどのカルシウムの例に関連して言えば、原発事故で放出された放射性同位元素の中では「ストロンチウム90」が要注意です。
ストロンチウムは化学的にはカルシウムとよく似ており、いったん体の中に取り込まれると骨に沈着しやすく、容易に取り出すことができません。ストロンチウム90はベータ崩壊で強い電子線を出し「イットリウム90」という別の原子核に崩変します。
骨の中に沈着したストロンチウムによって、このベータ線を浴び続ける体内被曝が継続すると、健康に大きな影響が出ることが懸念されます。ストロンチウムを体内に取り込まぬよう、極力注意すべきと思います。
ポイントは「頻度」
いま「体内被曝」は恐ろしい、健康に大きな影響が懸念されると記しました。しかし改めて、それはなぜなのでしょうか。実はそのポイントは「頻度」にあるのです。
私たちの体のシステムが正常に働いて、異常な振る舞いをする細胞をきちんと掃除できる範囲内であれば、多少の放射線や体内の放射性同位体が暴れても、まあ、カルシウムの例などもあり、いつものことですから特に変化はありません。普通に体の中を掃除して、普段どおりの健康という秩序を保つことができます。
問題は、短期間に集中して強い放射能を浴びてしまうこと、つまり頻度が急すぎる過剰な被曝をしてしまい、人間の自然治癒の処理能力を超えたダメージを負った場合です。こうなると放射線障害を発症してしまいます。放射線の害は短期集中型で攻撃を受けすぎてしまうことによって引き起こされる、と考えて、大きく外れません。
放射能汚染で「線量率」が問題になるのはこのためです。1日当たり、あるいは1秒当たりに人間が処理できる限界以上の放射線を被曝してしまうと、回復が困難になるでしょう。
あるいは「総線量」と呼ばれているものも、実は1人の人間の人生を70年程度と仮定して、この期間内に浴びても大丈夫な放射線被曝の頻度、つまり生涯の線量率を言っているものなのです。
核にとっても頻度が決定的
実はこの「頻度」が決定的だという事情は人間だけのものではありません。原子核たちにとっても同じなのです。
原子炉の運転や停止は「制御棒」という棒を抜き差ししてコントロールします。これは実はウラン235という放射性物質が核分裂を起こす「頻度」をコントロールしているのですね(今ここでは本題から外れるので、このメカニズムには深く踏み込みません。回を改めてお話します)。
原子力発電所で用いられる核燃料は「低濃縮ウラン」と呼ばれるもので、核兵器に用いられる高濃縮ウランよりもウラン235の濃度が薄いものですが、この濃度が薄いということは、そのまま原子核反応の頻度が少ない、つまり激烈な反応をしないということを意味します。
ウラン235の濃度が低ければ、核分裂の反応はまれにしか起きない、つまり反応の頻度が低く、(後でお話するように)そこで発生するエネルギーも少ないですが、一定以上の頻度で反応が進むと低濃度核燃料であっても「連鎖反応」が起きるようになりコンスタントにかなりの熱を発生します。これが原発の運転原理です。連鎖反応が継続して起きるようになることを「臨界に達した」と呼びます。
原子炉を停止する、とはこの核分裂の連鎖反応を止めること、つまり頻度を下げることなのです。
さて、ところが今、制御棒を差し込んで反応の頻度を下げ、新たな連鎖反応が止まっても、今までの核分裂反応の結果作られた「娘核」たちが、まだ続けて核分裂反応しているために熱が出続けます。この熱が娘核たちの「崩壊熱」なんですね。余熱ではなく、現在進行形で原子核が壊変し続け、熱が出ている。ここに注意しなければなりません。
福島第一原発事故で、海水や真水を注入して原子炉を冷やしているのは、この連鎖反応終了後も続く崩壊熱が膨大で、継続して冷やし続けないと原子炉が溶けてしまうほど強いから、というわけです。
今ここで述べている、原発を運転する低濃縮ウランでもこんな具合ですし、さらに高濃縮ウラン核燃料では連鎖反応が爆発的に起きるために膨大なエネルギーが放出されます。これが原子爆弾の動作原理です。すべては「頻度」、別な言葉で言えば「確率」の違いだけで起きる、ということを、覚えておいて下さい。
冷却に長い時間がかかる理由
さて、前々回、幾つかの「マジックナンバー」と呼ばれる数、陽子あるいは中性子が集まると安定するというお話を紹介しました。
先ほど、ウランが核分裂してできた娘核たちは放射性同位体で、核の中に抱え込んでしまった過剰なエネルギーを放射線として外に出して安定な状態まで落ち込んで行く、それが「崩壊熱」だとお話したわけですが、ウランが壊れて生まれた娘核たちは、大半が中性子過剰で不安定な状態にあるのです。
例えば
ウラン235 + 中性子 → クリプトン92 + バリウム141 + 中性子3個
という反応を考えると、核分裂で生まれた娘核2つは
クリプトン92 = 陽子36個 + 中性子56個
(クリプトンの安定同位体は中性子42〜50個)
バリウム141 = 陽子56個 + 中性子85個
(バリウムの安定同位体は中性子74〜82個)
と、いずれも中性子が多すぎる状態になっています。詳しくは踏み込みませんが、この中性子を作っていると考えられる3つのクオークの1つが変化し、電子と「反電子ニュートリノ」という素粒子を放出するのが、しばしばベータ崩壊と呼ばれる「ベータマイナス崩壊」で起きている現象の中身にもう半歩踏み込んだ表現になります。このうち反電子ニュートリノは物質とほとんど関わりを持たないので、人体に影響などは及ぼしません。
さて、このベータ崩壊によって、中性子が1つ陽子に変わりますから、中性子数は1減り、陽子数は1増えて、都合「陽子と中性子」の差は2つ縮まることになります。例えば、
ストロンチウム90 = 陽子38個 + 中性子52個 (両者の差 14)
イットリウム90 = 陽子39個 + 中性子51個 (両者の差 12)
といった具合。このベータ崩壊は陽子と中性子の数のバランスがよく取れる「ベータ安定」と呼ばれる状態に到達するまで続きます。これにはかなり長い道のりがあり、一概に言えませんが相当の年月を要します。ここが今回のポイントです。この状態に到達するまでの間、ずっと崩壊熱が出続けるわけです。
通常の核燃料サイクルでは、使用済み核燃料はまず3〜4年ほどプールで冷却し、再処理ができる温度になってから別の工場に運ばれます。しかしこれは、完全に崩壊熱が無くなったというのではなく、あれこれ扱う上で危険が少なくなったという程度のものであって、多くの放射性物質の娘核はまだ残っています。
例えばセシウム137の半減期は30年ですから30年でやっと半分、60年たってもまだ4分の1がしっかり残って崩壊熱を発し続けています。娘核の大半が無くなる目安を仮に1000分の1程度になる半減期の10倍と考えるなら、ヨウ素131は半減期8日ですから80日で済みます。しかし、セシウム134だと半減期約2年ですから20年、セシウム137なら半減期約30年ですから300年かかることになります。
使用済み核燃料の中に含まれる核種の割合はケースバイケースですが、崩壊熱の大半が出なくなるまでの時間は、概して数十年から数百年程度見ておく必要があると言われています。
実際には、私たちの“手に負える代物”になり次第、処理の工程を進めていくことになるわけですが、それにしても2週間とか3カ月でどうにかなる、というものではない。このことを最初から覚悟しておく必要があると、3月12、13日ごろからずっと考えていました。
「オオカミ少年」になることが怖い
4月に入ってから東芝や米国の原子炉メーカーなどが、炉心冷却5年、解体までにもう5年、最低でも10年程度、といった期間見通しを含む工程を出し始めましたが、福島第一原発の現状を本当に正確に知っている人は本稿を書いている4月23日の時点で、まだ誰もいません。
中身がよく分からないブラックボックスなら「何をいつまでモタモタやってるんだ!」とイライラしたりしそうです。あるいは、もうそろそろ良い頃だろうと早合点したり(不勉強な政治家などがこういうことをしないようにしてもらいたいところです)。
あるいは、延々と続くことで、大変危険な状態に慣れっこになってしまったり、飽きてしまったりする、そういう状態が一番危ないと思います。『オオカミが来た!』という知らせに慣れすぎて、本当にオオカミが来た時に正しく判断できないことを怖れています。
そうではなく、長い間「正しく怖がり続ける」気持ちを支えるために、一定の範囲でメカニズムまで踏み込んで、時間がかかる理由を最初から分別しておくのが大切であるように思うのです。
作業が長期戦になれば、当然ながら作業員の作業時間も膨大になり、その間の総計被曝量も、相当な値になることを、当初から覚悟しておかねばなりません。
これが少数の人、短期間に集中すると「頻度」が上昇し、危険の可能性が増大します。大切な作業です、だからこそ作業員の安全を確保しなければなりません。
冒頭に引いたような福島第一原発現場での作業、どうか、長期戦に耐える安全対策を講じてもらいたいと、改めて強く思う次第です。
(つづく)
このコラムについて
伊東 乾の「常識の源流探訪」
私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。
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著者プロフィール
伊東 乾(いとう・けん)
伊東 乾
1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。
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