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『from 911/USAレポート』第510回
「1周年を迎えたBP油田爆発事故は原発事故の参考になるのか?」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第510回
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「1周年を迎えたBP油田爆発事故は原発事故の参考になるのか?」
今からちょうど1年前の2010年4月20日、ルイジアナ州の沖合50マイルの
メキシコ湾内で操業していたBP社の「ディープウォーター・ホライズン」という油
井プラットフォームが爆発し、作業員11人が行方不明になりました。この事故は、
単に爆発事故にとどまりませんでした。深度1500メートルの海底での掘削を行う
ためのパイプが爆発により破損、3ヶ月後の7月15日に流出ストップに成功するま
で大量の原油がメキシコ湾に流出したのです。
事故から1周年の20日、新聞やTVは一斉に特集を組んでいますが、湾岸の復興
はまだまだ先のようです。現時点で整理すると問題点は大きく三つに集約できると思
います。
(1)BP社単独での補償スキームとしたために、しかも負担額の上限を切ったため
に、被災者への金銭的援助が十分ではありません。まず、このBPの事故に関しては、
当初から公的資金での救済ということは真剣には検討されませんでした。「小さな政
府論」の共和党側が「一企業の失態に税金を投入するのはダメ」と強硬に出たために、
オバマ政権としても公的資金投入は政治的に命取りになるという空気が早期に固まっ
てしまったからです。
その背景には「リーマン・ショック」以来の文脈があります。ブッシュとオバマの
実行した金融機関や自動車会社への公的資金注入が大きな批判を浴びる中、このBP
に対しては、大統領として公的資金の投入という選択肢はありませんでした。
そこで大統領は事故から2ヶ月経った6月中旬にメキシコ湾岸を訪れたのですが、
これと前後してBPとのネゴを行い「全額をBP社の負担で20ビリオン(1兆7千
億円)の基金を創設して補償する」という発表を行ったのです。政治家たちは快哉を
叫び、オバマは危機を脱しました。ですが、その後の補償は難航しています。BPが
基金を作ったのは、裁判所が資金を保全するためでしたが、そのために厳密な補償認
定が必要となったことで申請手続が複雑になり、今でも多くの漁業関係者などが補償
金を受け取れずにいます。
今から考えれば、BPが裁判所による資産保全(エスクロウ)などという屈辱的な
形でキャッ書を提供したのは、その上限額以上の負担は免責されるからと言わざるを
得ません。後述しますが、風評被害などへの救済は極めて限定的になっているのもそ
のためです。
その一方で、今回の日本の原発事故(+リビア情勢)による原油高もあって、BP
の業績は好調です。事故前には50から60ドルのレンジであった株価は、事故後は
27ドルまで暴落しましたが、今では50ドル近辺まで戻って安定しているのです。
ということは、株主責任はゼロということになります。それどころか、BPは高利益
体質に戻りつつあるという評価さえある中で、事故後に安値で買った人々が大儲けし
ただけでなく、事故前から保有している人のリターンもプラスになる可能性も濃いの
です。
こうした状況を受けて、今週になってBP社は事故を起こした「油井プラットフォ
ーム」の製造メーカーを告訴しました。社会的な制裁が一巡したので、今度はリーガ
ルな面でも攻勢に出て、20ビリオンの「ロス」を取り返そうということのようです。
これもBPの今の立場を象徴した動きです。
(2)環境政策は大きく変化しませんでした。事故を契機に「高深度の海底油田掘削
は危険」という声が高まりましたが、結局はなし崩しになっています。理由としては、
海洋汚染で被害を被った地域は、同時に大量の海底油田労働力を出している地域でも
あり「雇用を守れ」の大合唱が、ありとあらゆる環境懸念を押しつぶしたのだと言え
ます。
民主党内には「環境への懸念から高深度海底油田掘削には反対」という意見が強か
ったのですが、オバマ大統領としては「現実的な」発想からということで「掘削再開」
を許可した直後の事故となっています。ですが、結果的に「雇用を守った」ことで
「大統領の方針は一貫した」という格好となり、政治的失点にはならなかったのです。
更にこの問題でも、日本の原発事故のために「エネルギーの多様化と自給」の優先度
は高くなっており、原油高も加わって、この地域での掘削は進むムードとなっていま
す。
(3)その一方で、風評被害は収まっていません。漁業の方はかなり安全確認が進み、
100%とは言えないものの再開が進んでいますが、問題は観光業です。メキシコ湾
岸の観光業というのは巨大な産業です。例えばルイジアナからミシシッピ、アラバマ
にかけては、庶民的な長期滞在型の夏のリゾートが続いていて、夏季にはレストラン
などフードビジネスを中心に賑わうのですが、これが2010年は全くダメ、今年も
楽観できないと言います。
南に下って、フロリダ州の半島西岸になると、サラソタとかネープルスといった高
級なリゾートが続きます。こちらのダメージも大きく、海の透明度も海岸の清掃状態
も「全く問題がない」にも関わらず特に海外からの観光客、長期滞在客が大きく落ち
込んでいるのです。私が最近強く感じている「風評は被災地から遠くなればなるほど、
選択肢が拡大する中で悪化する」というセオリーの通りです。
大きく整理すると問題点はそんなところですが、影響の大きかったのは政治です。
事故一周年にあたって、ルイジアナ州のボビー・ジンデル知事がNBCのニュースで
インタビューに応じていました。共和党のホープと言われたジンデル知事ですが、事
故以前と比較すると、オーラは薄くなっており「観光の打撃が深刻です。皆さん、ど
うかバケーションの時には湾岸に来て下さい」と繰り返すばかりでした。
地元の知事としては、補償はちゃんとやってもらいたい一方で、共和党の政治家と
しては公的資金の負担には賛成できなかった、それがジンデル知事の立場です。その
点で、20ビリオンの基金創設をオバマが引っ張ってきたところで、彼としては切れ
るカードはなくなったわけであり、風評被害を入れるととても20ビリオンでは足り
なかったということを今言っても後の祭りです。厳しすぎる見方かもしれませんが、
オーラが薄くなったというのはそういうことです。ある意味では「小さな政府論」の
呪縛にはまってしまったための政治的失敗ということが言えるでしょう。
オバマ大統領はどうかというと、事故から1ヶ月経って漏出を止めるメドがつかな
い中では、「BPはオバマのカトリーナになる」などと言われる始末でした。更には
公的資金が使いたくても使えないジレンマなどで苦しんだのです。6月のメキシコ湾
岸視察も「何をしに来たんだ?」と散々な言われようでした。ですが、その下旬に漏
出が止まったのと、BPの基金で政治的には危機を脱出、更には掘削再開の判断で、
環境より雇用対策という姿勢を打ち出すと、批判はピタッと止まりました。
結局はBPもオバマも実に上手く「立ち回った」ということが言え、損をしたのは
地元ばかりという結果です。ブレット・ダイキスというフリーの記者が「ヤフーニュ
ース」に書いていたのですが、元来は保守で石油産業にも近かった湾岸の釣り人たち
が、「結局汗をかいてくれたのは、リベラルの環境活動家だけだったね。しかし自分
があんな連中と仲良くなるとは思わなかったよ」と愚痴っていると書いていますが、
何とも皮肉な、しかし興味深い話です。
この教訓を福島第一原発に当てはめるとどうでしょう?
(1)BPのスキームは一つの極端ですが、東電存続という前提から東電の負担額の
上限を決めるのはモラルハザードになると思います。またBPについては結果的に株
主責任はゼロ(あるいはマイナス)だったわけで、これも参考にはなりません。公的
資金とのバランスはもっともっと深い議論が必要と思います。
(2)BPの場合は、エネルギー政策を変更しないという判断でも収拾が大変だった
わけです。福島の場合は、対応策の納得感がエネルギー政策に関する世論も左右する
ということで、全く次元の違う緊張感が必要と思われます。
(3)BPの場合は、風評被害救済のスキームが全く十分ではありません。福島の場
合は、これからも相当長期にわたって深刻な風評に晒されていくと思われるので、そ
の分の補償額は相当な枠を確保しておく必要があると思われます。
しかし、教訓という言葉はこの場合は余り当てはまらないように思います。BPの
事故と比較すると、東電の事故は被害の規模も、そのインパクトも桁が違うからです。
オバマやBPの巧妙なやり方も含めて、とにかく「こうやってはいけない」例だと言
うしかないのかもしれません。
(お詫びと訂正)
先週の記事「『移民という個』に救われる世界」の中で紹介した千々岩英一氏のCD
ですが、タイトルの綴りが間違っておりました。正しくは "Solo Migration" です。
千々岩氏をはじめ、関係各位にお詫びをすると共に訂正させていただきます。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』など
がある。最新刊『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーショ
ンズ)( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484102145/jmm05-22 )
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●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。
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JMM [Japan Mail Media] No.632 Saturday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】 ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
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