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「耳鼻科医として内部被曝と防塵対策に憂慮すること」
■ 山野辺滋晴:共立耳鼻咽喉科院長
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政府は、福島第一原発事故後に発生した放射能汚染に対して「直ちに健康被害はな
い」と繰り返していますが、原爆が投下された被爆地、長崎に住む私は、政府と原子
力安全保安院の対応に疑問を抱かざるを得ません。現在行われている被曝による健康
被害の推測は、原爆投下後に発生した放射線障害に基づいて想定されています。しか
し、DS86やDS02といった原爆放射線量評価体系は、飲食や呼吸による内部被曝の影響
を十分には反映していないとする意見も存在しています。つまり、低線量の外部被曝
だけが繰り返される環境であれば被曝量は分割されて健康被害は少なくなると評価で
きますが、呼吸や飲食による内部被曝が長期にわたって継続する環境では、たとえ内
部被曝の増加が少量ずつであっても放射能による健康被害は確実に蓄積していくと考
えるべきではないでしょうか。さらに、原子爆弾では放射性物質の拡散は一回だけで
すが、原発事故では放射性物質の拡散が低線量ではありますが継続します。したがっ
て、今回の福島原発事故では、今後長期間にわたって内部被曝の危険性が継続する可
能性があるわけですから、空間放射線量の積算だけで人々の安全性を論じることはで
きないと思います。
内部被曝の中の呼吸による内部被曝では、放射性物質の飛散範囲が問題になります。
今回の福島原発事故では、原子炉建屋の爆発やドライベントがあった時に大量の放射
性物質が空気中に放出されました。米エネルギー省の調査によると、3号機の爆発の
後で風下になった北西方向に30〜40キロにわたって高濃度の放射能汚染地帯が拡がっ
ています。今後も同様の爆発やベントが起きる可能性は否定できませんから、原発の
風下で発生する放射性降下物による内部被曝を防ぐ対策を啓蒙する必要があると考え
ます。もし再び爆発やドライベントが起こって放射性プルームが発生する様な事態が
あれば、行政は風下地域に被曝に対する警報を出すべきでしょう。
また、一旦地上に粉塵が降下しても、塵の状態なら風によって再び舞い上がること
が知られています。これはスギ花粉でも観察される現象ですが、放射性降下物でも発
生します。気象庁気象研究所の環境放射能研究では、セシウム、プルトニウム、スト
ロンチウムなどの放射性降下物は風によって砂塵とともに舞い上がることが推測され
ていますから、放射能汚染が強い屋内退避地区などでは、風が強い日などにも内部被
曝を防ぐ防塵対策が必要になるはずです。こうした放射性物質を含む粉塵の危険性は、
内部被曝の反復を防ぐために、警察や消防関係者だけではなく一般住民やボランティ
アにも周知しておくべきだと考えます。
このように、放射性物質を含む粉塵による内部被曝は無視できません。粉塵を肺に
吸い込むばかりではなく、鼻粘膜、咽頭粘膜、気管壁に付着した粉塵は、繊毛機能に
よって鼻汁や喀痰とともに嚥下されるからです。特に生物学的半減期が長い核種につ
いては注意が必要でしょう。現在、放射性のヨードやセシウムばかりが計測されてい
ますが、セシウム-134の生物学的半減期が約100〜200日であるのに対し、ストロンチ
ウム-90の生物学的半減期は約50年にも及びます。ストロンチウム-90はβ崩壊するの
で計測が煩雑で、これまで観測対象になっていないようです。しかし、放射性ストロ
ンチウムは白血病の原因にもなるわけですから、たとえ少量ずつの内部被曝といえど
も軽視するべきではないでしょう。できれば、福島原発における爆発事故で発生した
プルトニウムやストロンチウムなど様々な放射性核種が拡散した範囲と量を確認する
べきだと思います。東京電力(参照1,2)と福島県原子力センター福島支所(参照3)
は、事故発生前に行っていた環境試料中のプルトニウムとストロンチウムの測定を事
故発生後は中止したままですから、直ちに再開すべきです。
参照1: http://www.tepco.co.jp/fukushima1-np/monitoring/index9.html
参照2: http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19780929001/t19780929001.html
参照3: http://www.atom-moc.pref.fukushima.jp/branch.html
呼吸に伴う内部被曝を防ぐためには、放射能防護マスクや防塵マスクが必要となり
ます。現在、半径20キロ圏内の避難区域で作業する警察や消防関係者の皆さんは、
DS2,3区分などのN95やN99規格に匹敵する防塵マスクを使用しているようですが、テ
レビの放映を見ていると隙間が開いた状態で使用している人々も多く、内部被曝を適
切に防ぐことが出来ていないのではと危惧します。放射性物質による被曝を防ぐ目的
でマスクを使用する場合、マスクの漏れ率が問 題となります。たとえN95クラスのマ
スクを使用しても、マスクの漏れ率は約50%前後にも及ぶという報告もあります。し
たがって、放射性物質を吸入しないためにはマスクを正しく使用することが必須です
し、高濃度に放射能汚染された地域では原発敷地内で作業員が行っているようにテー
プ等でマスク周囲を密封することも必要でしょう。新型インフルエンザが流行した時
には、実際にテープでマスク周囲を密閉するN99マスクも市販されましたから、放射
能汚染の場合でも爆発後の風下など本当に危険性が高い環境では実践すべきだと思い
ます。手袋の着用や肌を露出させない服装などの基本的な被曝対策は言うまでもあり
ません。
原子力安全保安院も被曝対策としてマスクの着用を勧めてはいますが、前述のよう
なマスクの選択や着脱について具体的な使用方法を説明していません。このため、屋
内退避地域でマスクを使用する場合でも一般的な花粉症用マスクを勧める人々もいま
す。しかし、スギ花粉の大きさは30〜40μmで、花粉症用のマスクにはN95マスクに匹
敵するようなフィルター機能がありませんから、十分に説明することなく、ただ単に
マスクの使用を勧めるべきではありません。また、マスクを使うと周辺の塵を集塵し
ますから、高濃度の放射能汚染がある地域では一定時間使用したマスクは使い捨てと
し、適切に廃棄する必要があります。長期間使用したり、使用したマスクを触った後
で手洗いを怠ったりすれば、かえって内部被曝を誘発する危険があります。
いま、主に放射性ヨードやセシウムの計測結果だけが公表されていますが、空間や
食物や土壌に放射性ヨードやセシウムが存在するということは、その他にも観測され
ていない様々な放射性核種が存在していることを意味します。現在のように福島原発
からの放射性物質の拡散が少ない状況が続けば問題ありませんが、今後、3号機が爆
発し4号機で火災が起きた時のような状況が繰り返された場合、セシウムばかりでは
なくストロンチウムなどの様々な放射性核種による内部被曝が増加する危険性が高ま
ります。3月14日から16日にかけて北西30〜40キロの広範囲に拡がった放射能汚染が
再発する危険性は今後とも実在するわけですから、内部被曝による被曝者の増加を最
小限に抑えるために、正しい防塵・被曝防護対策を啓蒙して頂きますようお願い致し
ます。
共立耳鼻咽喉科院長
山野辺滋晴
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