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地震・津波、放射線、心理学分野の書籍・本文無償公開 丸善出版株式会社
http://pub.maruzen.co.jp/index/kokai/
東北関東大震災(東北地方太平洋沖地震)により被害を受けられた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
小社では、心ばかりではございますが、これまでに刊行した書籍のうち、災害、放射線、心理学分野に該当する文献の本文を公開させていただくこととしました。
各タイトルとも、章ごと、項目ごとにPDFでご覧いただけるようになっております。
一部タイトルについては急遽画像スキャンによる作業を行ったため、必要な箇所をお読みいただくに際し、少々取り扱いにくいものがございますが、何卒ご了承ください。
多少なりともお役に立てていただければ幸いです。
◆身近な放射線の知識
放射線医学総合研究所 編
佐々木 康人 著
私たちは放射線や放射能とともに生きている。医療での放射線利用はよく知られているが、宇宙や大地、さらに身体の中にある放射性同位元素による放射線からは逃れられない。一方、多量の放射線は身体に害を及ぼす。正しい知識を身につけ、リスクと便益のバランスを判断できるように、放射線の受け方、受ける量等による影響を、身のまわりの具体的な話題の中からまとめた。
まえがき・目次
第1章 放射線の経歴書
第2章 低いレベルの放射線の世界
第3章 放射線と生命
第4章 低いレベルの放射線の人体への影響
第5章 放射線と医療
35.放射線はわずかな量でも影響があるのか―国際的な大論争
http://pub.maruzen.co.jp/index/kokai/mijika_houshasen/04.pdf
放射線はどんなにわずかな量であっても人体に影響を与えるものであろうか。例えば私たちの周囲は自然放射線に満たされている。毎日食している食べものにも放射性物質は含まれているし、ラドン温泉でゆったりと温泉を楽しむ間にも放射線をあびている。また世界的に見ると、通常よりも高いレベルの自然放射線を、毎口あびて暮らしている人々もいる。しかしこれらの地域の人々が放射線によって何かの不都合を生じているという報告はない。こうしてみると、わずかな放射線なら人体に影響はないと考えてもよさそうにも思える。
しかし、これまでもたびたび登場してきた国際放射線防護委員会(ICRP)などをはじめ、現在の放射線防謹の基本的な考え方は「このレベル以下だったら安全という放射線量はなく、被ばく線量に応じてがんや白血病が発生する確率が増える」、言い換えると「放射線はどんなに低いレベルのものであっても、人体への影響があり得る」という考え方に立っている。これを〃しきい値のない直線反応関係(LNT:Linear nonthreshold Dose-Response)〃と言い、一般に直線仮説あるいはLNT仮説と呼び習わしている。このLNT仮説は、世界各国でも、ICRP勧告を受け入れる形で、国内の原子力に関する規制の法律や放射線障害の防止にかかわる法律に取り入れている。
しかしこのLNT仮説に疑問を呈する考え方もある。それはある値以下の低レベルの放射線は影響を与えない、つまり〃しきい値″があるという考え方だ。例えば、がんの発生に関して、中国やインドの高自然放射線地域の住民を初めとした、低線量に被ばくした集団を対象とした多くの疫学研究では、がんのリスクは統計学的に意味があるほどの増加が見られていないため、それら集団が受けた数十〜数百ミリシーベルトをしきい値と考えていいのではないか、といったものだ。
果たして放射線の影響には、しきい値があるのか、それともLNT仮説のように、放射線量に応じて影響があるのか、これが世界的な論争の焦点なのである。
36.直線仮説か“しきい値”があるのか―最近の論争
LNT仮説かそれとも〃しきい値″があるのかという論争は、近年また新たな局面を迎えている。
一九九○年ICRPは、最新の生物学的・疫学的知見をもとにLNT仮説の妥当性について検討し、以下のような報告を行った。その要点は次のようなものである。
@LNT仮説は、放射線からの防護目的としては妥当である。
ALNT仮説は科学的にも矛盾はないが、しかし絶対に正しいとも言えない。
このように若干矛盾した報告となっているのは、ICRPのリスク評価の基本になっている広島と長崎の被爆者の調査では、若年者に対するリスクや遺伝的障害について信頼できるデータがなく、「放射線量」と「それによる影響」との関係や「リスク推定値」に不確かさがつきまとうためだ。
しかしLNT仮説には、ICRPとは別の組織からもそれを擁護する見解が発表された。二○○五年に発表された、「放射線の生物学的影響に関する米国科学アカデミー委員会(BEIR委員会)」の第七次報告書(BEIRlZ)でも、「不確実性はあるが、疫学、動物、メカニズムに関する研究データを踏まえた結果から、低線量(一○○ミリシーベルト以下)における放射線量と発がんリスクとの間には単純な比例関係があるとするLNT仮説と、現在の科学的証拠は矛盾しないと結論する」とし、その理由をおおむね次のように述べている。
@DNA損傷、それによる突然変異、放射線による初期段階のがん化のいずれもが直線的に影響が認められる。
Aさまざまな動物実験データ、疫学データはLNT仮説と矛盾しない*。
また最近世界保健機構(WHO)の附属組織である国際がん研究機構(IARC)のカーディス博士らは、一五ヵ国の原子力産業従事者の疫学調査結果を解析した報告書を発表した。それによると「放射線業務従事者が受けた典型的な低線量、低線量率の被ばくにおいてさえ、小さくても発がんのリスクがあることを示唆している」というのである。
一方、こうしたLNT仮説に立つICRPやBEIR委員会とまったく異なる見解を示したのが、二○○五年に発表されたフランス科学アカデミーの報告書であった。その報告書でフランス科学アカデミーは「細胞レベル及び細胞以下のレベルに対する放射線の作用メカニズム、および、放射線の発がん効果に対する細胞、組織及び個体全体の防御反応に関する最新の知見を重視すると、腫傷の種類によってはしきい線量がある」という考えを示したのであった。なお、この報告書では、しきい線量の値や線量効果については示されていない。
このように見てくると、LNT仮説を支持する見解が多数を占めているように思えるが、しかしICRPも述べているように、「LNT仮説は科学的にも矛盾はないが、しかし絶対に正しいとも言えない」とも言っているので、低線量放射線の影響についてはまだ議論が多く、結論が出せる状況には至っていない、というのが実状であろう。
*BEIR委員会のリスク推定によれば、もしアメリカ人一○○人がそれぞれ一○○ミリシーベルト被ばくすると、生涯において、その中の一人が放射線被ばくを原因とする白血病か固形がんになり、四二人は放射線以外の原因で白血病か固形がんになると計算している。このリスク推定値自体は、これまでの報告書等によるものと近い値である。一○○ミリシーベルトという線量は、国際的に許容されている職業被ばくの上限価として、ICRPが勧告した他(五年間で一○○ミリシーベルト)である。
37.直接的な証拠はあるか
LNT仮説かそれとも〃しきい値″があるのか、この論争は主に広島・長崎の原爆被ばく者の疫学的データを基にしている。ところがデータが十分ではないので、論争になかなか決着がつかない。もっと直接的に、たとえば実験によって放射線の影響を確かめることはできないのか、とは誰しも思うことであろう。
実は近年、新たな手法や機器が開発され、低線量放射線の影響を細胞レベルで調べることが可能になってきているのだ。
例えば「マイクロビーム」は、ねらいを定めた細胞中の核あるいは細胞質に、望みの放射線量を当てることができる装置である。ビーム状に放射線を発生させる加速器と顕微鏡を組み合わせている。これを使った研究により、照射された細胞の近くにある照射されていない細胞にも被ばくの情報が伝わる、バイスタンダー効果と呼ばれる現象が明らかになった。
また遺伝的不安定性と呼ばれる現象も明らかになった。これは、被ばくした後、見た目には正常細胞と変わらない細胞が、被ばくした情報を保有したまま細胞分裂を繰り返し、数世代後になって異常が現れる現象である。
これらの現象は、放射線で遺伝子が直接傷つけられなくても、また被ばくしても正常のように見えている細胞でも、その後、細胞に突然変異や発がんが起きる可能性があることを示している。
一方、「低線量放射線により免疫機能が高まり、発がんが抑制される」、「あらかじめ微量の放射線を照射しておくことによって、その後の高線量放射線に対して抵抗性を示す(適応応答現象)」といった低線量放射線の効果を有益と解釈する現象(放射線ホルミーシス)についても報告されている。この効果が本当に有益かどうかはまだ議論のあるところであるが、一部の研究者が、発がんリスクにはしきい値があると考える根拠となっているのである。
コメント:
丸善出版株式会社が、地震・津波、放射線、心理学分野の書籍・本文の無償公開を決断したことを称賛する。
一般のかたはご存知ないかもしれないので、ここに紹介した。低用量放射線の長期暴露の問題について、直接仮説が正しいのか、しきい値があるのかの論争がある。許容値を超えた放射能にさらされるのは良くない。
国が、原発作業従事者の許容限度を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトまであげたことは、人道的にも、国際的なルールにも反している。幸いなことに、東電側は100ミリシーベルトを守っているようだが。
原発関連の情報公開が十分になされていないことや、地震直後の状態が最近になって公表されたことに多いに不満を感じる。
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