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『from 911/USAレポート』第508回
「東電福島第一原発事故をめぐる、現時点での論点」冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第508回
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「東電福島第一原発事故をめぐる、現時点での論点」
アメリカでは、ここへ来て日本の原発事故のニュースは一段落してきました。実は
それどころではなくなってきている、というのが真相です。連邦政府の予算案につい
て与野党合意ができず、現時点では「ガバメント・シャットダウン(政府閉鎖)」と
いう事態が切迫してきたからです。本稿の時点では、ギリギリの時点で「シャットダ
ウンの3日繰り延べ」が模索されています。
原発事故の報道が一段落したと言いましたが、その前の今週半ばには「ニューヨー
ク・タイムス」が二本ほど、悲観論に基づく記事を載せています。まず6日の水曜日
にのA1面に出たグランツ記者とブロード記者による『危険な状況が次々に発生する
日本の原発、米政府は注視』という記事ですが、その前日に日本側が「低濃度」の汚
染水を海洋に放出したことが問題視されているのに乗じて、日本側の対応を批判しつ
つ悲観論を展開したものという印象を私は持ちました。
その「次々に発生する危険」の中身ですが、例えば海水の塩分で冷却系が「詰まっ
ている」ために1号機の圧力容器内は「再びカラになっている」とか、放水した水の
重みで格納容器の底部が破損しているとか、科学の常識に反する内容も含まれていま
した。また、燃料棒の爆発した破片が周囲に散乱しているという可能性を指摘してい
ましたが、これが本当なら大変な問題であり、こちらも無責任な指摘だと思います。
この記事に関しては、NRC(米原子力委員会)の秘密報告書を根拠にしていますが、
信頼できるのは「窒素注入の実施についての勧告」という部分だけで、あとは精度の
低い記事でした。
翌日7日の同紙は、ワシントンのワルド記者とポラック記者による『事故炉の炉心、
漏出の可能性を政府筋が指摘』という記事を載せていました。こちらも「2号機の圧
力容器は底が抜けており、格納容器の底に溶けた燃料が溜まっている。そのために、
コンクリートと反応して一酸化炭素の爆発を起こし、放射性物質を散乱させる危険が
ある」という、これも根拠の薄い超悲観論でした。
二日続けて、別の記者がそれぞれに憶測を交えた悲観論を伝えた背景には、「窒素
注入の実施へ」という内容だけでは記事にならないので、考えられるあらゆる悲観的
なシナリオを書いたということではないか、私はそう見ています。同じような指摘は
CNNもこの日は繰り返していましたが、やがて信憑性に欠けることが判明すると沈
静化していきました。こうした一連の「超悲観論」を最後に、アメリカとしてはこの
問題は「長期戦モード」に入ったと言えます。その意味で、報道が沈静化していった
のは悪い兆候ではないと思うのです。
以降は、この間、アメリカで日米双方の情報を収集しつつ、専門家とのディスカッ
ションを繰り返してきた結果をもとに、筆者として「現時点での論点」をまとめたも
のです。私自身は専門家ではないので、以降の記事を根拠として個人や法人の判断を
される場合の責任は負えませんが、議論の一助になればと思い整理してみた次第です。
<窒素注入をどう見守るべきか?>
基本的には冷却が成功しつつある中での、通過しなくてはならないステップという
理解が正しいように思います。1号機から3号機については、圧力容器に多少の損傷
はあるという前提で考えるにしても、例えば1号機の格納容器内の気圧が1.5まで
下がってきたというのは、沸騰がかなり沈静化しており、水蒸気発生が落ち着いてき
た証拠と考えることができます。
ですから、恐らくはこれ以上の「ベント」はやらないで済むという判断があるのだ
と思います。その一方で、格納容器内の水蒸気量が減って圧力が下がり過ぎると、反
対に水素濃度が相対的に上がって水素爆発の危険が出てきます。そこで圧力を少し上
げるために、安定度の高い窒素を注入しているわけですが、格納容器に破損がある中
で圧力を上げると、放射性物質が外部に漏れる危険があるわけで、慎重に周囲の線量
を図りながらゆっくりやっているというのは理解できます。
ちなみに、2号機だけは、格納容器下部にある圧力抑制室に破損があるという見方
がされており、1号機・3号機に比べると、より慎重に実施する必要があるのではと
思います。時間はかかると思いますが、1号機から3号機まで全部この窒素注入が成
功すると、直接そのために燃料の状態が改善するわけではないのですが、水素爆発の
危険を下げながら更に冷却を続行できるのだと思います。
<水素爆発は想定外なのか?>
8日の夜に安全・保安院から「1号機、3号機の水素爆発は想定外」という発言が
あったようです。ですが、アメリカの専門家によればGEのこのタイプの炉では、
「最悪の場合はベントを建屋内」に行って圧力容器の水蒸気爆発を防止するのは仕様
のようです。何故「建屋内」にベントするのかというと、放射性物質をいきなり外気
に放出はしたくないからであり、にもかかわらず建屋内での水素濃度が上がって爆発
する際には、わざと格納容器を守っている建屋のコンクリ構造を上三分の一だけ「鉄
骨と薄い板」にしてあるので、そこが壊れることで爆発の衝撃波を吸収して建屋の下
半分を守る、それも設計上の仕様だというのです。
これは、スタンフォード大学のCISAC(国際安全保障協力センター)の客員で、
仏アレヴァ社系列の燃料処理企業の現役の幹部、また元IAEAの研究員であったア
ラン・ハンセン氏がハッキリそう発言しており、同氏の示したスライドでは、そのプ
ロセスが図示されています。またCNNが3号機の水素爆発を「中継」していた際に、
宮城県で恐怖感にかられていたキャスターのアンダーソン・クーパーに対して、リア
ルタイムでMIT=SSP(マサチューセッツ工科大学、セキュリティ研究プログラ
ム)のジム・ウォルシュ研究員が「大丈夫、それは水素爆発だから、それは起きるよ
うに設計されているのだから」と発言しています。
今となっては、この二回の水素爆発のために放射性物質が拡散したのは事実であり、
安全・保安院としては後悔の念を込めつつ「想定外」と言っているのだと思いますが、
ここまでの経過からすれば不可避であったとするしかないと思います。
後は、2号機の場合です。専門家(例えば前述のハンセン氏)の指摘するように、
現在まで高濃度の汚染水と格闘しているのは水素爆発が圧力抑制室で起きたからとい
う説明が可能です。仮に事実であれば、1号機、3号機とは「ベント」のタイミング
が異なったからか、あるいは早期に圧力容器に漏れが発生していたのかもしれません。
<3号機の鉄骨構造破損の理由は?>
ここへ来て無人機による近接撮影を含めた、事故後の各建屋上部の鮮明な映像が
ネット上などで閲覧可能になりました。そこで、「3号機の建屋の鉄骨の壊れ方」が
「1号機とは違う」ことから、いわゆる「プルサーマル」つまり、プルトニウム混合
のMOX燃料を使っている3号機では、「何か恐ろしい爆発が起きたのではないか?」
というような憶測が出回っているようです。
ですが、この件に関しては、水素爆発の火炎温度は2000度ぐらいあるという前
提で、3号機は水素の濃度が相当になっていて1号機よりも激しいものであった(爆
発の瞬間の映像もそうでした)とすれば、水素爆発でも鉄骨が曲がるということはあ
り得ると考えられます。
3号機の水素爆発が激しくなった理由ですが、まず「ベント」の際に建屋内に放出
された水素が多かった可能性があります。その理由としては、MOXの燃料棒を使用
していたために制御棒の効果が低く、通常の燃料より早期に高温になりジルコニウム
被覆管の損傷と水素の発生が進んでいたということも考えられますが、それも軽々に
判断はできず、ベントのタイミングやその際の圧力容器内の温度や圧力を見て総合的
に判断すべきと考えます。
MOX燃料を燃やしていたという理由で、3号機だけ建屋上部で他とは違うタイプ
の高温の爆発が起こるというのは考えにくいと思います。また、使用済燃料プールか
ら800度以上の高熱が出て鉄骨が溶けるというのも、水素爆発以外でそうなるので
あれば危機的であり、これも可能性は低いと思われます。残る可能性は水蒸気爆発で
すが、その場合は温度が低すぎて鉄骨は曲がらないでしょうし、放射線物質の放出は
危機的なレベルになるわけで、これも違うと思います。
1号機より規模は大きかったものの、3号機もやはり水素爆発であったという理解
が妥当ではないでしょうか?
<「石棺化」の問題をどう考えるか?>
ここへ来て、廃炉処分後の各炉をどうするか、具体的には「石棺化」か「更地化」
かという論争が始まっています。まず指摘しておきたいのですが、この論争にはやや
イデオロギー的な区別が入っているということです。原子力発電に消極的な立場から
は、事故の責任問題をハッキリしたいという態度、あるいは事故の記憶を永遠に形に
とどめて教訓にすべきという発想から、チェルノブイリのような「石棺化」の主張が
出てきていると見ることができます。一方で、この事故に関する当事者や原発推進派
の方からは、その逆の理由、つまり「惨めな残骸を残したくない」という理由から
「廃炉の場合は更地化」という主張になるわけです。
この論争に関しては、論点が足りないという印象があります。まず、即時石棺化と
いうのは現実問題として不可能です。崩壊熱の放出が下がるまでは、水の循環で十分
に燃料を冷却することが必要で、こちらには最低で数年は必要である思います。その
後に完全に燃料を取り出し、更に冷却を続行するのが安全です。その際に、仮に部分
的に溶融の見られた燃料でも、安全に冷却して形態としても安全な中間貯蔵、安全な
長期貯蔵にもって行けるような技術なり体制を作ることは避けては通れないように思
います。
その上で、「モニュメント」として石棺がいいのか更地が良いのかという議論にな
るわけですが、その場合も「跡地を立ち入り可能にするのか?」という問題が出てき
ます。土壌の除染は必要と思いますが、その上であえて石棺にして、あえて立ち入り
禁止にするという判断もあるでしょう。
その他には跡地利用として色々なオプションがありますが、これは地元の意向を尊
重すべきだと思います。例えば、完全に自然の姿に戻す、風力発電所にする、緑地公
園にする、原子力の安全性と危険性を学ぶ「記念館」にするというようなアイディア、
あるいは大前研一氏のように「立ち入りが嫌がられる場所」ならば、ここに使用済み
核燃料の「中間貯蔵・永久貯蔵施設」を作るという案も検討されていいと思います。
<脱原発論と中間貯蔵、永久貯蔵>
その「使用済み核燃料の貯蔵」ですが、とにかく現時点ではむつ市に「中間貯蔵施
設」が建設中であるだけで、その容量も既に予約でいっぱいなのだそうです。ちなみ
に、震災後ストップしていた工事を再開する動きもあるようですが、このニュースを
聞いて「事故の最中からどんどん原子力関連の工事を再開するのは不謹慎」という印
象を持つとしたら、それは少し違うと思います。
というのは、仮に今日現在で日本が原発について「即時運転停止、即時全機廃炉」
を決断したとしても(その場合は日本経済は壊滅しますし、あくまで仮の話です)、
この「使用済み核燃料の貯蔵問題」は避けて通れないからです。ちなみに、中間貯蔵
施設というのは、原子炉から取り出してまず1年から2年水を循環させて冷やし、運
搬可能にしてから更に乾燥した容器内で3年から5年冷やすプロセスのことを言いま
す。
どうして「中間」なのかというと、その後でないと「再処理」はできない(暖かい
うちは放射線が出るので)ということと、仮に「再処理」をしないという場合は、千
年とか1万年単位の「永久貯蔵」となり、別の安全基準での貯蔵施設が必要になるか
らです。
ということは「安全」の見地から「脱原発」を主張している人こそ、「中間貯蔵」
や「永久貯蔵」の施設づくりには「場所探し」を含めて、積極的な関与をすべきだと
いうことになります。こうした貯蔵施設にも反対するようであれば、その人の脱原発
論はあくまで抽象論だということになると思います。
今回の窒素注入が上手くいって、放射性物質の漏出を増やさずに各格納容器内の圧
力をコントロールできれば、更に温度を下げ、線量を下げて、循環冷却を安定的に続
けるための工事を進めることになるのではないかと思います。一難去ってまた一難と
いうような「難所」は、まだまだあるのだと思いますが、とりあえずここを乗り切れ
ば、いい意味で「長期戦モード」になってゆく、そう考えて良いように思います。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』など
がある。最新刊『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーショ
ンズ)( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484102145/jmm05-22 )
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