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中国共産党と自民党&東電、ズブズブの原発関係---(反米嫌日戦線「狼」)
2011年04月03日
中国共産党と自民党&東電、ズブズブの原発関係
フライデー4/15号に気になる記事が。
「第1次オイルショックを経て、1982(昭和57)年に首相になった中曽根康弘が長期政権を維持できたのは、ロナルド・レーガン大統領とロン・ヤス≠ニ呼び合える関係を築いたこともありますが、日米とも原発を国の重要なエネルギー政策として推進した結びつきもありました。
中曽根は日本で初めての原子力予算の通過に尽力した推進派ですからね。
この頃から自民党にはエネルギー族が跋扈するようになり、旧田中(角栄)派が土木利権を牛耳る一方、中曽根派の議員が原子力関係の利権を握るという構図でした」(自民党幹部代議士)
政界の背景を理解し、抜群の政治力を駆使できたのは、後にも先にも東電第6代社長・平岩外四(故人)をおいて他にない。
平岩は1984(昭和59)年、那須翔に社長をバトンタッチしたが、経団連副会長として専ら財界活動に専念し、1990年には同会長に就任している。
「北京郊外に中国と日本のVIPが使う高級ゴルフクラブがあるのですが、金板に黒文字で刻まれたメンバープレートを見ると、中曽根康弘、橋本龍太郎という首相経験者と平岩さんの名前が並んでいました。
平岩さんが経団連会長の座を退いていた1998年頃のことです」(商社マン)
この時期、平岩氏は実に精力的な動きを見せている。1997年9月に元首相の竹下登(故人)と訪中して、江沢民国家主席と会談。これは柏崎・刈羽原発に取り入れたABWR(改良型沸騰水型原子炉)の売り込みの布石であった。
そして、政界へのよりダイレクトなパイプをつくろうとしたのもこの頃である。
橋本首相の退陣のきっかけともなった1998年の参院選で、東電は原子力担当の副社長だった加納時男氏(76)を自民党比例区から出馬させ、逆風の中、10位で当選させた。
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元東電原子力担当副社長だった加納時男が化石御用評論家相手に中国に擦り寄るな、と言っている↓
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YouTube 「竹村健一の「世相をきる!」あえて国益のために4」
http://www.youtube.com/watch?v=maCGEvQnTME&feature=player_embedded
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東電が原発で儲けたいために中国に擦り寄っていた過去を隠してよく言うよなぁw
国益を考えれば、原発は廃止だろうさw
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[コメント]
こういう事実があるのに「国益」を言っている加納時男の発言は胡散くさい。
経団連、財界の中心たる方々の国益は自分たちの利益が国益なんでしょ。アホ草
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