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事故以降後を絶たない母子避難/別離の生活長期化で、家族関係に影響/宮崎
http://mainichi.jp/seibu/news/20120108sog00m040003000c.html
毎日新聞 2012年1月8日
東京電力福島第1原発の事故以降、幼いわが子が被ばくする不安に耐えきれず、故郷を離れて移住する母親たちが後を絶たない。
宮崎県内に避難した母親らのネットワーク「うみがめのたまご」は昨年7月の発足以来、参加者が100家族を超えた。その6割が父親を除いた母子避難だ。先が見えない原発事故の影響で、家族のあり方を見直す人たちも少なくない。【川上珠実、写真も】
◆放射能巡って離婚
宮崎市内の2LDKアパート。埼玉県の女性(41)は放射線量の受け止め方を巡って夫と溝を埋められず、昨年秋に離婚して6歳と3歳の息子2人と移住した。
原発事故以来、子どもたちの体内被ばくを防ごうと神経をすり減らし「もう向こうでは生活できない。せめて幼いこの子たちだけでも移住させたかった」と涙ぐむ。横で飼い犬と遊んでいた長男は母親の涙に気付き「ママ、また放射能の話?」と不安げにじゃれついた。
健康や食の安全に神経質な方ではなかったが、原発事故を機に「国も東電も事故の深刻さを隠してばかり」と何も信じられなくなった。
子どもにはマスクを着けさせ極力室内で過ごさせた。飲料水はミネラルウオーターに変え、風呂にも浄水器を付けた。夫は「そんなに心配しているのはお前だけ」と相手にしてくれず、自分の生命保険を解約するなどして宮崎にやって来た。
まだ職も見つからず、生活は苦しい。だが「影響が分からない以上、原発から遠い場所で育てたい」という思いは変わらない。
◆先見えぬ避難に悩む
「うみがめのたまご」は、千葉市から宮崎県綾町に避難した古田ひろみさん(43)ら3家族で発足した。関東からの自主避難者が中心で、これまで25回交流会を開いたが、こうしたグループは九州では少なく、他県への避難者を含め参加者が増え続けてきた。
会によると、昨年10月の集計では、参加者のうち▽ 移住を決めた家族は24▽長期避難16▽夏休みなどの一時避難16▽移住予定7▽移住検討中7。昨年秋以降、移住についての相談が急速に増えたといい、母親は30〜40代が多く、子どもは未就学児がほとんどだ。
避難の長期化で離ればなれの生活をいつまで続けるのか悩む家族は多く、離婚を考えている夫婦も少なくないという。
千葉県から震災直後に母が住む宮崎市に長男(1)と避難した渋木あけみさん(39)は、息子の成長が著しい時期に夫と離れることが不安だった。近所の男性の後ろ姿を見て、息子が「パパ」と戸惑った表情を見せることがある。
あけみさんは「すごく父親を求めている。家族そろった当たり前の生活がしたい」と言い、夫の猛さん(41)も「子どもの成長をそばで見守りたい」と仕事を辞め、2月に宮崎に移住することを決めた。
代表の古田さんは「宮崎での生活を楽しみ始めた人がいる一方、家族の今後について悩んで精神的に追い詰められる人もいる。原発事故からもうすぐ10カ月。多くの避難者が岐路に立たされている」と話している。
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