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上杉隆によるDAYSJAPAN編集長・広河隆一インタビュー「一番大事なのは子供たちを <これ以上の> 被曝から守ること」
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65781770.html
2011年12月22日20:55 ざまあみやがれい!
※タイトルは敬称を略させていただいています。
2011年12月21日(水)、DAYSJAPAN編集長でフォトジャーナリストの広河隆一さんが、上杉隆氏がパーソナリティーを伝えるTOKYOFM「TIMELINE」に出演。チェルノブイリ事故の経験から、福島に出来ることを語っています。
音声
上杉隆さんのお話 (12月21日) 追加 - YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=oG4SXcnq7cQ&feature=player_embedded
※初稿です。誤字脱字は随時修正していきます。
=====(文字おこし、ここから)
上杉隆「福島第一原発事故の終息宣言をほんと早々と出してしまった野田総理。世界からの目も厳しい状況の中、これは収束イコール終を迎えたわけでは当然ありません。情報修正もないままですね。情報の見直しもないまま、福島に、ま、子供たち、それから避難をしている方々を戻そうとしているのが現在の政府の状況です。果たして本当にそれでいいのか。えーまあそのことに関してですね、今日は、スタジオにお迎えしているのはフォトジャーナリストでDAYSJAPAN編集長の広河隆一さんです。広河さん、よろしくお願いします」
広河「よろしくお願いします」
上杉「さきほどご紹介もしたんですが、広河さんは20年ぐらいですね、チェルノブイリに取材を続け、途中からはですね、取材を続けというか、チェルノブイリ子ども基金というかたちで現地の子供たちを、まあ助けようという活動をされております。」
上杉「それで今のウクライナ政府から勲章などをもらい、日本ではですね、大手メディアの、記者クラブのせいでしょうが、えーほとんど、まあ登場されないんですが。海外では、えー有名なジャーナリストの広河さんですが。その広河さんが今度福島の方では、未来の福島子ども基金というのをこの春に立ち上げて、チェルノブイリのその経験さらに実績などを活かして、今後の日本を見つめる先頭に立たれようとしてるわけですが。
えー、広河さん、この25年前の、中からずうっと見られてきたものに関しては、色んな形で発表されています。」
上杉「特にDAYSJAPANというですね。世界では、誇るべき日本の唯一のフォト雑誌ですが、まあこういう物もありますし。あと広河さん自身もご覧になったと思われる、えー、今年4月にですね、フィンランドの放射性廃棄物処分プロジェクトを取材したドキュメンタリー映画『100000年後の安全」、これも公開されています。
上杉「パンフレットには広河さんも言葉を寄せております。こうしたものもありますが、そのまずはですね、この映画の監督であるマイケルマドセンさんに福島原発事故についてお話を伺っておりますので、これをお聞きください」
※
マイケル・マドセン「この映画の中で私はその科学者たちを多く出てきますね。彼らの姿勢というのもとても良く見ていただけたと思うのですけど。彼らの中には応えられないことも結構あるんですね。で正直に逆に未来の人たちがちゃんとこの廃棄物をきちっとやってくれるかどうか、信頼できるとは限らないということまで言ってくれている人がいると。で、この正直に認めるということが私たちは今後どうしたらいいのかわからないんだということを認めることもすごく大事なことだと思うんです。確かに事件直後、その責任をもってパニックを避けるために、あの冷静になるためということがあったかもしれない。だけでもある程度ここまできた時には、今度は真剣にそれを直視して長い目でみるときに、その聴衆、人々たち、多くの人達に、本当の真実、わからないんだってことを、手に負えない状況になってるんだというのを認めることもとても今こそ大事な時期じゃないかと思います。もしこの真実を認めなかった時こそが、真の悲劇の始まりだと私は思っています」
※
上杉「えー、マドセン監督もですね、真実を認めない時が真の悲劇の始まり、つまり科学者たちもわからないことはわからないと言わなければいけないというのにもかかわらず、えー科学者というか日本の時に政府、行政などは、最初安全ですと、えー、ま、そういう事を繰り返していました。底に誠実さは果たしてあったのかと言うことも考えられるんですが。えーま、この、ソ連のチェルノブイリと比較しながらまずちょっとお伺いしたいんですが。えーこのマドセンさんの、マドセン監督の言葉、広河さんどのように捉えられましたか」
広河「そうですね、あの、放射能のことってのは、学者たちは、本当はぼくら、わかってるっていうふうに勘違いしてるところがあるんですけれども。医学者は病気のこと知ってて、放射能のことは科学者たちが知ってると思うのは、全部、私たちはほんとうに知ってるこは、ほんのひと握りの小さなことなのに、それが全てに当てはめようとするから、次々と新しいことに対応できないと。
ただあの人達のやる仕事ってのは、放射能と、それから病気の関係を、あのー、なんでもない、安全だって言うための仕事をやるわけで。そのためのお金を貰ってたりするわけですから。だから最初に答えありきでやるから余計あとでつじつまが合わなくなってくるわけですね。それが悲劇をどんどん増やしていくんだと思います。」
上杉「うん。まさにあの、3月当初、発災当初ですね、広河さんに教……お電話で話したんですが、3月13日でした。もう広河さん現地に行かれて、えー、原子炉、原発から3キロ地点ですね、にいらっしゃってガイガーカウンターをお持ちで。どれもが振り切れてる。この番組でも何度か紹介しましたが、えー実際行ってみた人たち、人の言葉、つまり広河さんの言葉よりも現地にも行っていないメディアやあるいは政府の言葉のほうが日本に広まってしまったと。この悲劇というのはやはり25年前のソ連とあまり変わんないんじゃないかと、そういうふうに思うんですが。」
広河「えっとですね。25年前は、日本の事故対策委員会ってのはほとんど政府と電気会社…電力会社だけだったですね。」
上杉「はい」
広河「だけど25年前にはそれに軍が入ってて」
上杉「はい」
広河「それからあと、市民の代表も入ってたんです。だからその人達の力っていうのが、あの、反映されていったんですね。もう1つウクライナのあの時のチェルノブイリを起こしたウクライナにとって幸福だったことは」
上杉「はい」
広河「ひどい目に会ったんだけれども、少しでも良かったのは、あの、指導者が女性だったんですよ。だから女性の感覚で、そのなんか……見るときには、日本だったらその男達、健康な男を基準にして安全だって言ってても、向こうはじゃあ小さい子供はどうなのかって、妊婦はどうなのかっていう視点を、その、女性の指導者は考えることできたわけですね。こないだあの水を飲んでパフォーマンスをした人がいるじゃないですか」
上杉「園田政務官ですね」
広河「だけどあれは大人の男の彼がやってそれでいいかもわからないけど、あの人のむす……あの子どもの、娘の、それの孫にそういう生活、あれ飲みながら生活できるかっていったらそれはできない。そのことを知ってんのは向こうの女性の指導者だったんですね」
上杉「そうですね。まあリスナーの方は、えっ、と思ったと思うんです。広河さん、まだソビエトのほうが良かったのはって言ったんですね。実は世界的に見ると今回の日本の福島の政府の対応が、もうチェルノブイリをはるかに超えてひどいと、なってるんですね。えー特に女性のリーダー、これキエフの、えーまあ避難のことなんですが。えー当時キエフのその女性のリーダーは、決断をして、クリミア半島などに逃がしたとかも広河さんの本に詳しく書かれてますが。それが幸福だったと。その1ヶ月後くらいにいったと思うんですが」
広河「いやもう20日間あとでしたね」
上杉「20日間。ってことは日本はそれまでやってないどころか戻そうとしてんですね」
広河「そうですね」
上杉「この、状況ってのは果たしてどうなんのかと。」
広河「うん。世界の常識でまずとにかく事故が起こったらすぐすることは、女性と子ども逃がすことなんですね。
でもそれをすると困る人達いるわけです。あ、事故そんな大きかった、っていうふうに、広がってしまうと、あ、原子力のこれからの建設に差し支えると、だからなんとか何でも内容にしたいと。だったら、子どもや女性を逃がしてしまうよりも、それはなかったことにして、あるいは逃げた人でも戻そうと一生懸命するわけですね。」
上杉「あのー、先ほど紹介した広河さんは、チェルノブイリ子ども基金というのを、まあ、その一人、創始者のメンバーとしてずうっとやって来たんですが。今現在チェルノブイリ、つまりウクライナ、ベラルーシで起きていることは25年後の日本と、いうように近いと見てもいいと思うんですが。現状、えーこのチェルノブイリの周辺っていうのはもう、その放射能問題っていうのは解決したんでしょうか。」
広河「いえ。もうあの、半減期がえっと、あとまだ25年ですから、まだ半減期、セシウム137なんかはなってないわけですけれども。それでとにかくそこは人が住めないまま、になって荒れ放題です。除染して住もうとしたけど、だけど除染してあの、洗ったり下をコンクリートで固めたりしたのは全て失敗しました。」
上杉「そういうことがまず伝わってきてないと。えー言うことですが。そのチェルノブイリの教訓を政府もマスコミもまあ活かそうとはしておりません。えーただ、放射能の現実というのはこれは間違いなくやってくるのですが。果たして何ができるか。少なくとも子どもを守るには、どうしたらいいのか。そこのへんをチェルノブイリ、えー、から、教訓としてえるものはどういう点でしょうか」
広河「あの時は少なくとも、うまく、あのー、えっとヨード剤なんかを配ったりとか飲まそうという動きはあったんですけどね。日本の場合、非常に、誰が責任取るのかってことだけで、政府も指示を出さないし自治体も長もださなかったって。ほんの少しの人たちだけ飲みましたから、もしかしてそれの被害っていうのはもっと恐ろしいことで現れるかもわかりませんよね。」
上杉「現実として、現実問題として、チェルノブイリの子供たちの中には、え…甲状腺癌の手術をしたり。これはすぐそのまま放射能がまあ由来ということは断定できませんが、ただ、数は増えてるのは確かですね。えーそういうのが日本、ではなく、あのチェルノブイリではなく福島で起こるんではないかと。この、子供たちへの健康被害、えー特にですね、血液の病気や小児がん、これがどういうふうに対策を今たてればいいんでしょうか」
広河「一番大事なのは、あの、子供たちをこれ以上の被曝から守るってことなんですね。だからそれは内部被曝を守るってことで。そうすると、同じ一つのクラスでもある子は病気にある子は病気にならないんですね。それであの、えっと、体の調子を、抵抗力をつけるってことしかないんです。それは医者にはできないかもわからないけど、一般の人には出来るんですよね。その保養させたり、リラックスさせたり、ここは危険だと思いながら家の中とその外、一歩外に出た途端にマスクの生活をしなきゃいけないとか、そういうものは全部体に良くないんですよね。それが1つと。もう1つは、あの早期発見をすぐできるようなシステムを作るってことです。あの、甲状腺癌っていうのは早期発見さえすれば、命に関わる病気じゃないですから。」
上杉「あのー、かなりメールもたくさん着てるんですが。イマイさん」
今井「えー今日はですね。えーこれから25年後自分や家族はどんな生活を送ってると思いますかというテーマでメッセージいただいているんですが。まずはこの、だいすけさんたまりあさんなんですが。このかた73歳になってると。生きていたいです。スマホや家電は今が未来と思いましたが、25年後は手塚治虫や藤子不二雄、キューブリックも超越し、いてそうなきがするなあと。いうことでいただいているんですが。こちらラジオネームあきさんはですね、ホームページから頂きました。え、社会問題に地道に声を上げるおばさんになっているかな。原発事故以降、特に文句いってるだけじゃだめだ、声出せ、抜けだせ、そう強く思いました。ただの専業主婦ですが危機感だけは持っています。でも動かなくては何も始まりません。まずは、一歩前へということなんですけど」
上杉「うん。そうですね。一歩前へという言葉もあるんですが。あの、一歩前に行くのは実は子供たちなわけですね。その日本を背負う。その子供たちに関しては、DAYS被災児童支援募金ということで、まあ、学校サナトリウムのことに関しても一番新しいDAYSにまあ、募集要項等のっていますが。その25年後、日本、そして福島の子供たちが、まあ少なくとも幸せな生活を送るためには、今、何をすべきか。これを最後にお伺いしたいんですが」
広河「抵抗力つけさせて、栄養のある、そして放射能の全くないもの、検査済みのものをどーんどん与えていくっていう、そのことで、できたらもう放射能うまく、あの、福島にいるかなり高いところでも人が住んでますよね、その人達が遠くへはなれなきゃいけないと。今の時期は子供たちはとにかく離れて、それで病気から遠ざけるっていう。それで自分の体は自分で、あの、守る。そういうような体力つけていくっていう、そういう環境を我々つくらなきゃいけないんです。」
上杉「なるほど。そういうことを政府と今の日本社会は逆行してるということなんですが。えーその広河さんがですね、編集長を務める月刊誌『DAYSJAPAN』1月号が昨日発売されました。えー特集は2012年何が起こるか、といことで、私も寄稿しております。2011年のニュースからひもとく幸せの研究。えー今日(※聞き取れず)したのは、25年の日本の姿、フォトジャーナリストの広河隆一さんにお話を伺いました。広河さんありがとうございました」
広河「ありがとうございます」
=====(文字おこし、ここまで)
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