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補償対策で広がる「毛髪、乳歯保存」
内部被ばくの実態を「物証」で残す一手段として
藍原 寛子
2011/12/21
「毛髪保存運動 何十年か後、万が一健康障害が表れた時に毛髪で放射能が原因かどうかを判断できるという学説があります」
福島市内でも比較的線量が高めの蓬莱地区にある理容店「ワイルド」。待合コーナーのガラステーブルと、髪のカットコーナーの鏡には、大きな文字で書かれたお知らせの紙が掲示されている。
ガラステーブルに掲示された「毛髪保存運動」のお知らせ
同店を含む県内約1600の理容店が加盟する福島県理容生活衛生同業組合(中野竹治理事長、事務局・郡山市)は今年9月から、毛髪の保存運動を始めた。将来、何らかの病気になった時に、被ばくが原因かどうかを分析したり、補償や治療に役立てることを目的に、希望する利用客にカットした髪を封筒に入れて渡すサービスで、「お客さんからも、『理髪店が頑張っているね』と好評です」(中野理事長)という。
同組合が毛髪保存運動を展開するきっかけになったのは、中野理事長ら同組合員らが「住民の健康を守るために、自分たちで何かできることはないか」と考え始めたこと。震災後、同組合の各加盟店舗の従業員らは、避難所や仮設住宅でのヘアカットサービス、炊き出しなど、被災者の支援活動をしてきた。髪を切る1時間から2時間、従業員は被災者や利用客と話をするが、その時に最も話題に上ったのは、当然のことだが、東京電力福島第一原発事故や放射線の影響のこと。ともに放射性物質の影響を憂うる被災者として、中野理事長らも利用客と同じ不安を感じたという。
自分の店も、震災後の断水で閉めざるを得ず、市役所支所に来た給水車の前に並んだという中野理事長。「同じ被災者として、放射線に対するお客さんの心配がよく分かる。髪を切ったり、シャンプーをしたりという点ではもちろん協力できるが、健康面での対策はどうしようもない。それでも、何かお客さんのためにできることはないのかと調べ始めた」。
ある日、矢ヶ崎克馬・琉球大学名誉教授(物性物理学)が「現実的な個人の対策として髪の毛の一部を取っておくことを勧める。放射性物質が含まれており、がんになった時の証拠になる」と述べた毎日新聞の記事があることを知人が知らせてくれた。
理事会で決定 新しい住民サービスに
記事を読んだ中野理事長は「切った髪を保存するということなら、組合でも協力できるのではないか」と考え、組合理事会に「毛髪保存運動」を提案。理事からも「それはいいことなので、組合でもぜひ取り組んでみたい」と賛同が得られた。組合の決定と前後して、利用客から、「切った髪の毛を持ち帰りたい」と頼まれた事例も報告されたという。
組合では理事会の決定を受けて、組合員に向けて、中野理事長名で「放射線によるがん発病の証拠となる毛髪の保存について」と題した文書を配布。
「原発事故による放射性物質が大量に漏れ出し被ばくしたのではないか、という心配が頭から離れません。目に見えるものではなく、その影響が表れるのは何年も先のことであり、学者によってその意見もまちまちですが放射能が健康を害すること、がんなどを誘発することは間違いない事実だと思います」
「その様な病気にならないことを願っておりますが万が一、発病した時に今回の原発事故による放射能が原因であるかどうかを判断するのに、毛髪が証拠になるとの学説があります」
「県組合としては、お客様の安心を願って毛髪の保存運動を展開することに致しました。趣旨説明の上、希望されるお客様に毛髪の保存をお伝えください」として、住民のニーズに対応するよう求めた。利用客の中にも様々な意見があることから、あおるような取り組みはしないこと、従業員から利用客に尋ねるのではなく、店内の張り紙を見て申し出た人に対応することとした。
希望者からの申し出があれば、従業員が切った髪をビニール袋に入れ、さらに茶封筒に入れて、「原発事故当時住んでいた場所」「採取日」「サロン名」などを明記した用紙とともに利用客に渡す。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20111219/225337/
「ワイルド」を取材した日、店を訪れていた27歳の4児の母は、この日カットしてもらった幼稚園児の3男の髪を早速、袋に入れてもらって受け取った。「こちらのお店に来たのは初めてですが、髪の毛の保存運動があるのを初めて知りました。上のお兄ちゃん2人もここにきて髪をカットしてもらって、髪の毛を持ち帰りたい」。
「毛髪の保存が、将来、安全を守ったり、地域社会にも役立てばと思う」と中野理事長。福島県内での内部被ばくに対する不安を受け止め、地域住民に貢献する業界の活動を考えた結果、生まれた毛髪保存運動。美容院でも、顧客サービスとして取り入れる店舗が出ているといい、利用客に対する新しいサービスとなっている。
千葉県松戸市では「乳歯保存運動」
体内の放射能や被ばく量を測定するためには、生体試料分析に含まれる放射能を測定する「バイオアッセイ法」による測定が可能で、使われる生体試料は、髪の毛だけでなく、血液や尿などが有効だとされている。
また、歯や骨にはストロンチウムが取り込まれやすいと言われることから、千葉県松戸市内では、生え変わりで抜けた子どもの乳歯を保存して、含まれているストロンチウムなどを分析することによって、明らかになっていない放射性物質の影響を解明していこうと、歯科医院の医師や保育所の保母さんと職員、地域住民らによる勉強会などが始まった。
松戸市内で乳歯の保存に向けて議論を始めたのは、新八柱の歯科医師、藤野健正所長、松戸市の子すずめ保育園の職員、地域で活動している住民、子育て中の母親、福島県の浜通りにある原発立地町から千葉県に避難してきた人など。
11月10日に最初の会合を開いて意見交換をしたほか、その後も事務レベルで集まって意見交換などを行ってきた。12月22日にはきょうどう歯科を拠点として、医療や福祉について理解を深める「きょうどう交流会」の開催を計画しており、この中では、地域の除染や放射線量の測定、乳歯を保存する活動などについて理解を深め、意見交換を図る予定になっている。
乳歯の保存について、これまでの議論も含めた案としては、以下のようなものが挙がっている。
[1] 生え変わりで抜けた乳歯(脱落乳歯)を自宅で保管したり、医療機関に預けてもらう。
[2] 医療機関は専門機関に依頼するなどして分析。学術的な研究として、松戸のどの地域が被ばくが多いかを分析する。
[3] 乳歯を提供した子どもの3月11日を起点とした行動も記録しておく。
[4] 一連の方法などについては、独自の倫理委員会を設けて、倫理的な問題点の有無について確認・議論できるようにする。
藤野所長は、「乳歯を保存することは、特別な知識や技術も必要がなく、簡単にできる。松戸市内を含む東葛地域は線量が高くなっており、ホットスポットも指摘されていることもあり、お母さん方は相当心配されている。きょうどう歯科に来ているお子さんの親御さんに聞いてみると、『それはいいことなので、やってみたい』と言う人がほとんど」と、市民の関心の高さを指摘する。
さらに「乳歯を調べて、結果的に測定されなければそれに越したことはなく、住民の安心感が担保される。長期保存によって将来的な追跡調査も可能になる。福島県南相馬市など、福島県内の歯科医師とも情報交換を始めており、広域的な調査によって、被ばくなどの影響が明らかにできる可能性もある」と話す。「乳歯保存運動」はまだ議論の途中だが、放射性物質が健康に与える影響について解明しようと、市民が進んで取り組む姿の現れとも言えるのではないだろうか。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20111219/225337/?P=2
広域化する内部被ばく問題
千葉県松戸市の「乳歯保存運動」は、内部被ばくの問題が福島県だけはなく、関東も含む広域的な問題であることを示したが、同様に広域的な内部被ばくを指摘する調査が16日、参院議員会館で開かれた記者会見で発表された。「福島老朽原発を考える会」(阪上武代表)が行った尿検査で、岩手県一関市在住の子どもの尿から放射性セシウムが検出されたという内容だ。
岩手県一関市の子どもの尿から放射性セシウムが検出されたことが発表された記者会見
同会は、フランスの放射能測定機関ACRO(アクロ)と連携して、5月と7月にも子どもの尿に含まれる放射性物質を測定。9月から10月にかけて行われた今回の調査は3回目になる。過去2回は福島県福島市の子どもを調べたが、今回は同市のほか、福島県の郡山市、白河市、二本松市、伊達市、そして岩手県一関市の子どもが協力した。
このうち、一関市在住の4歳の女の子の尿から、1リットルあたり4.64ベクレルの放射性セシウムを検出。これは過去3回で最高値になった。また検査対象20人のうち12人の尿から放射性セシウムを検出。過去調査と同様、内部被ばくの問題が指摘された。
また今回は初めて、福島県福島市、郡山市、伊達市、二本松市のほか、岩手県一関市、同奥州市、千葉県柏市、大阪府吹田市で、掃除機で集めた家の中のちりやほこり(ハウスダスト)に含まれる放射性物質について調査。その結果、最高値は福島県渡利地区で1キログラム当たり1万9500ベクレルだったのを最高に、千葉県柏市や岩手県一関市でも6,000ベクレルを超える値を計測。同会は、福島県内外の広域的な範囲で内部被ばくと汚染が広がっていることを指摘した。
「事故収束宣言」で消し去ってはならない現実
福島老朽原発を考える会の記者会見から約3時間後、野田佳彦首相による原発事故の「事故収束宣言」が行われた。原子力緊急事態宣言が解除されないなかでの収束宣言。海外のメディアからも「収束宣言後も危機を脱してはいない」などとする報道が相次ぐ。
「収束宣言」後から2日後の18日に県は、福島市と伊達市の3戸の農家で収穫された玄米から、国の暫定基準値を超える放射性セシウムが検出されたと発表した。「収束宣言」後も、放射性物質の問題は引き続き、福島の人々に突きつけられている。むしろ内部被ばくの問題は時間の経過とともに、拡散が明らかになっている。
髪の毛や歯の保存運動で将来の補償に備えようとしている市民がいる。子どもの内部被ばくを少しでも減らそうと苦悩する父母らの姿がある。福島の人々にとって、何十年にもわたる日常の放射能問題は今始まったばかりだ。
毛髪や乳歯の保存運動の始まりは、福島県外の人からは奇異に見えるかもしれないが、突然降りかかった放射能問題と人々の苦悩を象徴的に伝える厳しい現実の断片を明確に示した出来事なのだ。「収束宣言」によって、解決すべき現実の問題を消し去るようなことがあってはならない。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20111219/225337/?P=3
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