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原発は何処から、何処へ (日経ビジネス) 4 独自の資源外交を展開して失脚 米国の「核の傘下」から跳び出そうとした田中角
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投稿者 BRIAN ENO 日時 2011 年 10 月 12 日 07:40:41: tZW9Ar4r/Y2EU
 

独自の資源外交を展開して失脚
米国の「核の傘下」から跳び出そうとした田中角栄

• 山岡 淳一郎  

(前回から読む)
 日本はエネルギー資源の96.5%を輸入に頼っている。
 その99%以上が船で運ばれる。石油、天然ガス、石炭、ウランなどは、日々、何千キロにも及ぶ海路を通ってくる。資源供給国の政情や海域の治安の安定が望まれるのは言うまでもない。タンカーがひっきりなしに行き来するマラッカ海峡で紛争が起きたら、日本は窮地に陥る。
 だが、私たちは、このようなエネルギー資源の根本的問題に鈍感だ。エネルギー資源の獲得に「厳しさ」が伴うことを忘れている。それでいて、何かの事情で電力の不足が告知されると、上を下への大騒ぎとなる。
 エネルギー政策をコントロールする側からみれば、これほど御しやすい国民もいないだろう。「大停電がやってくる!」と叫べば、一斉に慌てふためく。為政者がタイミングを見計らって「持たざる国」の危うさを口にすれば、そりゃ大変だ、と民意は煽られて一方向へ靡きかねない。われながら、なんとも情けない。冷静に根本的問題とも向き合いたい。
 エネルギー資源は、政治と密接にかかわっている。
 「エネルギー白書2010」によれば、日本のエネルギー自給率は水力、地熱、太陽光、バイオマスなどを含めて、わずか4%だという。この国が真に自立するには、再生可能エネルギーの割合を高める。世界第6位の広さを誇る「領海・排他的経済水域」の海底深くに眠るメタンハイドレートなどの資源を利用する。あるいは今はまだ信じられないような話だが、「水」を燃料に変え、人工的に「光合成」を成し遂げる、といった革新的技術開発を進めねばならないだろう。
 ところが、経済産業省は、ウランを「準国産エネルギー」と位置づけ、エネルギー自給率は「原子力を含めると18%」とアナウンスしてきた。その理由は、ウランのエネルギー密度が高くて備蓄が容易であり、使用済燃料を再処理することで資源燃料として再利用できるから(=高速増殖炉、プルサーマルを想定)だという。
 常識的に考えて、これは牽強付会だろう。天然ウラン産出国のカナダ、オーストラリア、カザフスタン、ウズベキスタン、モンゴルなどは日本の属国ではない。それに青森県の六ケ所再処理工場は93年に着工したものの完成延期18回、未だに稼動していない。当初7600億円だった建設費用が2兆1930億円に膨張しているにもかかわらず、である。
 さらに高速増殖炉は全然見通しが立たず、プルサーマルは原発に溜まり続けるプルトニウムを処理できない。このように理屈が破たんしているにもかかわらず、経産省はエネルギー源の「多角化」を掲げて原子力に執着してきた。なぜ、だろうか?
 国がウランを準国産エネルギーとみなすようになったのは、石油ショックがきっかけだった。田中角栄が総理だった、あの時代にさかのぼり、核資源をめぐる国際的攻防に焦点を当ててみよう。多角化の向こうに資源を牛耳る巨大な存在が浮かび上がってくる。
* * * * *
(文中敬称略)
 73年10月6日、イスラエルとエジプト、シリアの間で第4次中東戦争が勃発した。アラブ産油国は、石油価格を引き上げ、生産量を削減。イスラエルが占領地から撤退するまでイスラエルを支持する米国、オランダへの石油禁輸を決めた。
 中立の日本は、イスラエルを直接支援していなかったが、米国の同盟国とあって禁輸の危険が高まった。石油を断たれたら日本は沈没する。田中首相は、副総理の三木武夫をアラブ諸国に送って説得に当たらせ、総需要抑制策を採ることになる。省エネへと舵を切る。


http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20111004/223006/?P=1

一方で、エネルギー資源を多角的に確保するため、「資源外交」に拍車をかけた。
 この局面で田中は「中央への反骨」という本性に目覚めた。資源外交の世界で、中央は日本ではない。日本にとって中央とは、米国だった。
 たとえば、日本の石油会社は、戦後、GHQ参謀4部の「石油顧問団」によって系列化され、石油メジャーの下請けに組み込まれた。以来、原油供給の元栓を握るのは石油メジャーで、日本の石油会社はもっぱら精製と販売に当たってきた。「日の丸原油」と称して中東の油田を開発する日本企業もあったが、大勢には影響を及ぼさなかった。

「世界の川上」、国際資源資本に照準を絞った田中

 そんな米国主導の体制に田中は限界を感じ、自主外交で資源獲得に乗り出す。
 「川上から攻めろ」が角栄の口癖だった。選挙は企業や団体といった川下の組織に頼るのではなく、有権者一人ひとりという川上を狙え、と弟子の小沢一郎らに説いた。エネルギー資源の確保においても、世界の川上に照準を絞った。
 そこには、多国籍化した欧米の石油メジャーやユダヤ系の国際資源資本がどっしりと構えていた。かれらは帝国主義の時代から数百年に及ぶ植民地経営を通して、資源の探査と獲得、流通をコントロールするノウハウを蓄積している。
 欧米の富の源泉を握る者たちに、田中は各国政府首脳との膝詰談判を通じてアプローチしようとした。石油については、戦後賠償の利権が絡むインドネシア、北海油田を抱える英国、シベリアのチュメニ油田開発を望むソ連などに直接、掛け合った。田中の行動は、従来の秩序を重んじる米国をいたく刺激した。
 ウラン資源においても、田中は独自の獲得交渉をくり広げる。
 ここで当時の原子力産業の世界的な拡がりを整理しておきたい。

当時の「核燃料サイクル」

 原子力発電を目的とするウラン燃料が流れていく回路は「核燃料サイクル」と呼ばれ、ウラン探鉱と採掘から始まる。オーストラリア、米国、カナダ、ソ連、そしてアフリカに権益を有する企業や機関が、最上流部分を握っていた。
 天然ウランは、精錬、転換を経て、燃えるウラン235を「濃縮」させる工程へ回る。この分野は米国の独占状態だった。そこに西独、フランスが殴り込みをかける。日本は、濃縮を全面的に米国に依存。「核不拡散」の観点からその管理下に置かれていた。世界中で買い付けたウランはテネシー州オークリッジの濃縮工場などに輸送される。濃縮後、日本に持ち込まれて原子炉に装填する燃料棒に加工され、原子炉で燃やされる。 
 原子炉メーカーでは、米ゼネラル・エレクトリック(GE)と東芝・日立のグループ、米ウエスチングハウス(WH)と三菱の系列、フラマトム(仏)、KWU(西独)、AECL(カナダ)などが覇を競っていた。
 炉で燃やされた使用済み燃料は「再処理」されて、プルトニウムが取り出され、回収ウランと混ぜてMOX燃料となる。再処理も核開発への転用が可能なので、ラ・アーグ(仏)、ウィンズケール(英)、ハンスフォード(米)などの施設に限定されていた。
 MOX燃料は、高速増殖炉で燃やす。ふたたび軽水炉に戻して使えば、プルサーマルと呼ばれる。使い物にならない放射性廃棄物は数十年間冷却のために貯蔵された後、地下深く埋設処分される、というのが核燃料サイクルの基本的な筋書きだ。
 下図は、拙著『田中角栄 封じられた資源戦略』に掲載した「核燃料サイクルと70年代の原子力産業」である。この図を見れば、核燃料開発の川上にどのような勢力が根を張っていたか想像できよう。パリのロスチャイルド家とニューヨークに拠点を置くロックフェラー財閥が東西の横綱といえるだろうか。
 田中が挑んだ「中央」には、こういう巨大な集団が蟠踞していたのである。

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石油危機が到来する直前の73年9月末、田中は2週間に及ぶ欧州歴訪に旅立った。最初の訪問国、フランスの大統領、ジョルジュ・ポンピドゥはロスチャイルド銀行の頭取を経て、政界に入っている。ロスチャイルド家の当主、ギー・ド・ロスチャイルドの親友だった。
 田中は、まずポンピドゥの忠実な代理人、ピエール・メスメル首相と対面した。両者は、アフリカのニジェールでのウラン共同探鉱のレベルを上げ、開発を急ごうと意気投合する。
 気を良くしたメスメルは、デリケートな「濃縮」の共同開発への参加を求めてきた。フランスは、西独が英国、オランダと立ち上げた濃縮の研究開発企業「ウレンコ」に対抗し、スペイン、イタリア、ベルギーとの濃縮共同会社「ユーロディフ」の創設を決めていた。

米国の「核の傘」の外へ跳ぶべきか、否か…

 フランスの核戦略の基本は「第三の極」だ。米国にもソ連にも与せず、超大国の核支配と対峙する。前年には南アフリカでユダヤ系の資源企業が「秘密クラブ」をつくり、ウランの価格カルテルを結んでいた。その輪のなかに日本も入れ、と誘いかけてきたのだった。
 フランスとのパイプ役は、通産事務次官を退官したばかりの両角良彦と目された。両角は、50年代に在フランス日本大使館の一等書記官を務め、フランス流の官民協調の混合経済を実地で学んだ。資源エネルギー庁の生みの親で、「資源派の首領」であった。
 しかし、さすがの田中もウラン濃縮への直接参加はためらった。
 「ご提案はありがたいが、7月の日米首脳会談で、ウラン濃縮の第四工場を日米合弁でやろうと確認したところです。日米には同盟関係もあり、すぐには応じられない」
「それなら、われわれの工場で加工する濃縮ウランを購入していただけませんか」
 と、メスメルは濃縮ウランを売り込んできた。ユーロディフの成否は、日本がまとまった濃縮ウランを買うかどうかにかかっていた。
 資源外交の山場は、いきなりやってきた。田中は、米国の「核の傘」の外へ跳ぶべきか、否か、考えた。ウラン濃縮は米国に任せ切ってきた。どうするか……田中は……傘の外へ、跳んだ。
 「日本の原子力発電は急増します。ウラン資源が不足する怖れがある。わかりました。ウランの濃縮加工を発注しましょう」
 随行した財界人たちは「おおッ」と声をあげそうになった。田中は事前のシナリオより数段踏み込んだ発言をしたのだ。

米国益の擁護者、キッシンジャーの登場

 偶然にも、田中とメスメルの会談の日、ワシントンではヘンリー・キッシンジャーが新しい国務長官として国務省に初登庁した。それまでの国家安全保障担当の大統領補佐官という隠密役から、晴れて外交の主役に抜擢されたのである。
 キッシンジャーは、ハーバード大学で教鞭をとっていたころからロックフェラー一族の経済的支援を受けてきた。大統領の椅子を狙ったネルソン・ロックフェラーの参謀役も務めた。キッシンジャーの二度目の結婚相手は、ニューヨークのマンハッタン五丁目にあったネルソン事務所の研究員だ。当時ロックフェラー財閥は、石油のエクソン、原子炉メーカーのウェスチングハウスなどを抱え、エネルギー産業界に莫大な利権を保持していた。
 キッシンジャーはロックフェラーに代表される米国益の擁護者であり、同時にユダヤ人脈で欧州の情報も把握していた。田中が米国の核の傘の外へ跳んだ日に、このような人物が米国外交のひのき舞台に立ったことは、あまりに皮肉な巡り合わせだった。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20111004/223006/?P=3

日本の外務省は、田中とメスメルの会談内容をつまびらかにはしなかった。最低限の情報しか流していない。しかし、メディアもことの重大さを報じた。
 「日本がフランスに濃縮ウランの委託加工を依存することは、米国の『核支配』をくつがえすことをねらったフランスの原子力政策を一段と推進するばかりか、米国の核燃料独占供給体制の一角が崩れることを意味し、世界的に与える影響は極めて大きい」(朝日新聞73年9月28日)

記者団との懇談で出た爆弾発言

 続いて田中はポンピドゥと会談し、中部アフリカのガボンでの鉄鉱石と森林資源の共同開発で合意する。ガボンには、ロスチャイルド家が買収したウラン鉱山があった。日本側はガボン内陸部からギニア湾に鉄道を敷くプロジェクトを提案する。ポンピドゥは、ダ・ビンチの名画「モナリザ」を日本に貸しだすと応じた。
 田中は英国を経由して西独に入った。この間、田中はウラン濃縮の話に触れようとしなかった。外務省がワシントンを刺激してくれるな、とすがりついたようだ。
 だが、西独のブラント首相との会談で目ぼしい成果を得られなかった田中は、同行記者団との懇談で、爆弾発言をする。
 「メスメル首相と、80年から年間1000SWUトンの濃縮ウランを輸入すると約束した」と、パリ会談の内容をぶちまけたのだった。濃縮委託量は、米国分に比べればはるかに少なかったが、堤を崩す一穴とも映った。
 東京では東電の木川田隆一会長が「まったく聞いていない」と憮然として取材記者に言った。電力業界が米国に気兼ねしてフランスの濃縮ウランの引き取りに難色を示すと、田中は「政府が備蓄をして、いざというときに放出すればいい」と言ってのけた。

石油ショック、そして失脚

 田中一行は、西独の静養先クローンベルクで旅装を解く。対ソ交渉の打合せをしていた、まさにその日、10月6日、ユダヤ教の休日にエジプト軍はスエズ運河対岸からイスラエル軍の占領地を砲撃。第4次中東戦争が火を噴いたのである。
 モスクワに入った田中は、ブレジネフ書記長を相手に交渉テーマを資源から北方領土へ切り替えた。「領土問題は解決済みだ」とブレジネフは机を叩いて反発した。が、田中は押し返し、共同声明の「未解決の諸問題」のなかに領土問題が含まれることをブレジネフとの間で確認して、欧州歴訪を終えた。
 石油ショックは庶民の生活を直撃した。買いだめや売り惜しみが横行する11月14日、キッシンジャー米国務長官が来日した。キッシンジャーは、イスラエルが不利にならぬよう先進消費国を団結させるのに懸命だった。その動きは「石油消費国会議」をへて「国際エネルギー機関(IEA)」の創設へとつながっていく。
 キッシンジャーは田中に単刀直入に言った。
 「われわれは中東紛争の解決に全力を傾けている。中東和平は進んでいる。日本も政策変更などしないで、静観してほしい」
 田中は日本の苦境を伝え、逆に訊ね返した。
 「仮に日本がアメリカと同じような姿勢を続け、アラブから禁輸措置を受けたら、アメリカは日本に石油を回してくれるのか」
 「それはできない」とキッシンジャーは突っぱねる。
 「事態の進むままに任せるのでは、国民の理解は得られない。何も手を打たなければ、日本が窒息死する。何らかの形でアラブの大義に共感表す必要がある。日本は独自の外交方針をとるしかない」
 話は物別れに終わり、田中は、その後も石油とウランを求めて、東南アジア、豪州、ブラジル、カナダと飛び回った。だが……、田中は金脈問題で失脚し、ロッキード事件での刑事告発へと追い込まれていく。
 田中は回想録で、こう語っている。
 「世界の核燃料体制は、やはり、アメリカが支配しているんだな。わたしはそのアメリカを逆なでして、何かをやりたいわけじゃない。(中略)しかし、あんなにアメリカがキャンキャンいうとは思わなかったなぁ。わたしとしては一生懸命になって話をまとめようとしたし、フランスも日本と一緒にやろうということで、前向きになっていた。そこを後ろからいきなりドーンとやられたようなものだ」(『早坂茂三の「田中角栄」回想録』)

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20111004/223006/?P=4

もう一度、「核燃料サイクルと70年代の原子力産業」の図をご覧いただきたい。その後、組織と組織の合従連衡は進んだ。フラマトムはシーメンス系の原子力部門を買収し、フランス原子力庁の核燃料系子会社のコジェマと共同持株会社を設立してアレバが生まれている。日本の東芝が三菱と組んでいたウェスチングハウスを買収して世界を驚かせたのは記憶に新しい。米国の商業用原子炉向けのウラン濃縮役務は、USEC社(United States Enrichment Corporation)に集中している。
 だが、現在も大きな構図は変わっておらず、最上流のウラン鉱はリオ・ティント、BHPビリトン、アングロ・アメリカンなどの国際資源資本が押さえている。

本物の情報に疎い「天下りや横滑り」経営者

 では、日本はどうか。商社や電力会社が資源確保に躍起となっているが、通商外交力の弱さは十年一日の如し。グルノーブル大学で構造地質学と石油地質学の博士号をとり、中東、アフリカ、欧米諸国の資源開発に携わった後、米国で石油会社を経営した藤原肇は、石油ショックを半年以上前に予告した記念碑的著作『石油危機と日本の運命』で、日本の資源開発の弱点を組織と機能の面から次のように記している。
 「問題なのは、……(国際情勢の複雑さや外交感覚とは関係なく)日本の内部事情だけによって、石油事業の上に立つ人びとの顔ぶれが決まってしまうという点である。いってみれば大蔵省や通産省出身のお役人や銀行や精油所、あるいは電力会社出身の経営陣が、石油事業における首脳部を構成してしまっている。(彼らの役目が)政府や財界をくどきおとして、補助金や支援の約束をせしめてくる目的であることは、誰の目にも明らかである」
 「石油事業」は資源開発事業全般に敷衍できる。天下りや横滑りの経営者は、世界相手の資源開発で遅れをとる。ソロバン勘定と根回しでは資源は獲れない。本物の情報に疎いのだ。藤原は地質学のスペシャリティを強調する。
 「(欧米の資源会社では)有効なデータを作るために、地球物理学や特殊な地質分野のスペシャリストたちが協力して作業をしている。このように、確実に石油資源を発見する目的のために、組織全体が知識と技術を最高限度に動員できる体制を形成しているのが、石油会社の中枢部である開発部門。(中略)知識と技術という情報を媒体にしながら、『モノ』としてのエネルギー源を社会にもたらすための企業活動であるといえるだろう」
 航空写真の解析では世界で何本かの指に入ると言われた藤原らしい見方だ。
 思えば、資源外交に突進する田中の周りには官僚や財界人しかいなかった。その状況は、野田政権でも変わっていない。違う点は、米国との距離が極めて近くなったことだろうか。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20111004/223006/?P=5

原発は何処から、何処へ――(日経ビジネス)
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/718.html
投稿者 BRIAN ENO 日時 2011 年 9 月 22 日 16:32:58: tZW9Ar4r/Y2EU


原発は何処から、何処へ――(日経ビジネス) 2 「原子力の父」の称号を背に狙った総理の座
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/852.html
投稿者 BRIAN ENO 日時 2011 年 9 月 28 日 15:13:01: tZW9Ar4r/Y2EU

原発は何処から、何処へ (日経ビジネス) 3 原発立地をめぐる利権と電源三法
http://www.asyura2.com/11/genpatu17/msg/223.html
投稿者 BRIAN ENO 日時 2011 年 10 月 05 日
 

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コメント
 
01. 2011年10月12日 15:28:01: sgolhP60mA
日経ビジネスは、昔のことより

「もし脱原発があちこちで進み始めたら、
核燃料に関連して、どの会社・どの国がどのくらい左前になるか」
を書いてくれないものか。その前に脱原発で、日本はウラン燃料を売り抜けるのが良い。


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