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福島原発 元東電幹部証言/10b低く建てた/コスト削減で津波直撃
「しんぶん赤旗・日曜版」2011年10月9日号 1面
安全性よりも経済性が大事だった−。深刻な放射能汚染事故を起こした福島第1原子力発電所。その建設のさい、コスト削減のため、海面からの高さを当初案より10b低い海抜10bにし、今回、津波の直撃を受ける結果になったことが東京電力元幹部らの証言でわかりました。驚きの証言内容は−。 取材班
1966年12月に建設が始まった同原発1号機。アメリカのGE(ゼネラル・エレクトリック)社が、原子炉の製造・据え付けから建屋の設計・建設も担当しました。当時、東電には原発の経験がなく、まったくの“おまかせ”状態でした。
当初案は20b
そのGEの当初案は、海抜35bだった建設予定地を海抜20bまで削り、その高さに原発を設置する案。提案どおりなら、高さ約15bの今回の津波でも被害が軽減された可能性があります。
しかし―。元東電幹部が語ります。
「原子炉と建屋などはすべてGEまかせだったが、海抜20bという案は受け入れず、海抜10bにした。今はそのまま20bにしていれば、と思うが…。そうしなかった理由は原発の運転コストが余計かかるからだ」
建設経過に関わった元東電顧問は、さらにくわしい事情を証言します。
「原発には冷却するために大量の海水が必要だ。1号機だと1秒間に25dも海からポンプでくみ上げる。もし海抜10bではなく、海抜20bの敷地にしたら、その高さまでくみ上げる動力費、つまり電気代がうんとかかる。幹部からは“電力会社は電気をつくるところで、電気を使うところじゃない”と言われた。要するに、運転コストを判断して海抜10bにした」
その結果、1号機から4号機まで海抜10bの高さに。津波対策で国の明確な基準がなかったことが、東電の“利益優先”姿勢を許すことになりました。
建設費下げろ
当時、福島第1原発の建設を担当した豊田正敏元東電副社長が、本音を語った記録があります。場所は、旧科学技術庁原子力局長を務めた故・島村武久氏が主宰する非公式の「研究会」(94年夏)。
「原子力発電所とか再処理工場の建設費を下げることが一番重要なんです。それと稼働率を上げるということ」「(原発の経済性を考えるのは頭の)隅じゃない…真ん中ですよ」
野田佳彦首相は衆院予算委員会で、日本共産党の志位和夫委員長の質問にたいし、「事故原因の究明、徹底調査がすべてのスタートの大前提」と答弁。「そうした究明等を終えたあとに再稼働の総合的判断を政治がおこなう」と公言しました。
今回取り上げた敷地の高さをふくめ、すべての原因究明をおこなうのかどうか―。その姿勢が厳しく問われます。
◇
“利益優先”の東電の姿勢―。さらに追跡します。
(6面につづく)
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(1面のつづき)
安全よりコスト/津波対策軽視、重大事故でも運転継続
「しんぶん赤旗・日曜版」2011年10月9日号 6面
「福島第1原発の現場では、常に安全性よりもコストが優先された」
そう語るのは、同原発に所属した経験を持つ東電元幹部です。
「コスト優先」は、1面でふれた建設当初の敷地の高さだけではありません。津波での引き波対策では―。
原発の津波対策で土木学会は2002年、「原子力発電所の津波評価技術」をまとめました。これを受けて、東電は津波に対する安全評価を見直しました。マグニチュード8.0の地震による津波を想定し、津波の最大高さを5.7b、引き波時の下降水位をマイナス3.0bとしました。
前出の元幹部は明かします。「引き波で水がなくなると、くみ上げるための海水ポンプのモーターが焼き切れ、原子炉の冷却水喪失の事態にもなりかねないことが問題になった」
そのため、現場からは引き波対策の工事が提案されました。
海水ポンプの取水口を囲むように堰(せき)をつくり、引き波になっても堰に一定量の海水がたまる仕組みにする―という案でした。
しかし、幹部の態度は「冷ややかだった」といいます。
引き波対策求める現場の声に幹部は…/工事には多額の費用かかる
「こういわれたよ。『だいたい、津波で取水できないほどの引き波になるのか。工事には多額の費用もかかる。もし、工事中のトラブルで原発が止まるような事態になれば誰が責任を取るのか』と」(東電元幹部)
結局、引き波対策として東電がやったことは、費用のかからないマニュアルの変更だけでした。
国会質問でも
この問題は、日本共産党の吉井英勝衆院議員も06年3月、国会で取り上げ、福島第1原発の1〜5号機は4bの深さまで下がる引き波となると冷却水を取水できなくなると指摘。原発の冷却機能が失われる現実的な危険があると警告しました。
それでも、政府や電力会社はまともな津波対策をとりませんでした。
「経済性」の名のもとに、無理な利潤追求もおこなわれてきました。
福島第2原発でも―。
1989年1月6日、同原発3号機で警報が鳴り、東電は同7日に原子炉を手動停止しました。脱落した再循環ポンプの部品が原子炉内に流入するという重大事故。その後、1年10カ月にわたり運転がストップしました。
日本共産党の調査で、事故5日前の1月1日にすでに異常振動が発生し、警報が鳴っていたことがわかりました。同原発にいた東電元幹部は当時の状況を明かします。
「早い時点で現場は、運転を停止すべきだ、と所長に判断を仰いだ。しかし所長の指示は、運転を停止せずに何とかしろだった」
背景にあるのが、原発の稼働率を上げること。火力発電所と比べてももうかることをみせつけることで、原発を推進したのです。
原発の寿命も延ばしました。
原発の税法上の減価償却は運転開始から16年で計算されます。16年より長く運転すればするほど発電単価が安くなり、もうかるというカラクリです。
長く運転し老朽化すれば、材料に放射線による劣化がおこります。しかし、国は安全性を確認できれば60年の運転も可能としています。実際、福島第1原発で事故をおこした原発は、運転から30年以上40年近くたった老朽原発ばかりでした。
前出の元幹部は警告します。
「社内では『原子炉は70年でも、100年でも大丈夫だ』というむちゃな声も出ている。安全性無視の姿勢が根本から問われている」
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【関連エントリー】
以下のエントリーで島村武久・元科学技術庁原子力局長が主催した「原子力政策研究会」のことがかなり詳しく取り上げられている。
<ETV特集>シリーズ 原発事故への道程/前編 置き去りにされた慎重論
<ETV特集>シリーズ 原発事故への道程/後編 そして“安全”は神話になった
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