01. 2011年10月02日 23:06:03: Q7zcw8q2Jc
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/23613 南相馬市小高をすぎて、国道6号を南に向かっている時だった。運転席のジローくん(仮名)が左側を指差した。
「ほら、あれ、略奪されたコンビニ」 一見するとどこにでもある普通のコンビニだが・・・。 え? ぼくは戸惑った。被災地では略奪はなかったことになっているのでは?
「ATMが壊されて金が盗まれたらしいス」 広い駐車場にワンボックスカーを入れた。今度も手短にお願いします。国道はパトカーが多いですから。ジローくんはそう言って、また「見張り役」を引き受けてくれた。 セブン-イレブンに歩み寄る。向かって左側の側面のガラス壁が割られていた。人がくぐれるくらいの穴があいている。 破壊されたATM、中身がぶちまけられた商品 頭を中に入れたとたん、何か邪悪な空気が気道に流れ込んできて、胃からすっぱい塊が上がってきた。それは肉や野菜が腐った匂いだった。 私は中で何が起きているか、察知した。コンビニが1軒まるごと腐っているのだ。 破壊されていたATM こういう匂いは殺人事件の取材で経験があった。私はマスクの上から頭にかぶっていた手ぬぐいを巻き、後ろで縛った。そして深呼吸して、鼻から息を吸わないようにして、中に入った。
真っ先に目に飛び込んできたのは、破壊されたATMだった。パネル画面の下の引き出しのような部分(こんな部分が隠れているとは知らなかった)が前に出ている。何か巨大なニッパーでねじ切られたかのように、金属部分がちぎれていた。紙幣か何かを収容していたらしい。空っぽだった。 息が荒くなった。こらえても邪悪な空気が鼻に入ってくるのだ。 そして暑い。カメラを握る指先が汗でぬるぬるした。 床が見えないくらい商品が散乱していた。いや、もう商品ではなかった。スナック菓子の袋が引き裂かれ、カップ麺の容器はちぎれて中身がぶちまけられている。 レジ横に、カップ麺用なのか白い電気ポットがあった。その周辺に、ブルーベリージャムが点々と落ちている。 なぜここにジャムが? よく見ると、それは鳥のフンだった。動物らしい泥の足跡もある。誰かがコンビニのガラスを破って中に入ったあと、鳥や動物が入って食べ物を荒らしたのだ。なるほど、ポテトチップやスナック菓子の袋を破って中身を食べたのはカラスや鳥かもしれない。
商品が床に散乱するコンビニの店内 店内を一周する。ホワイトデーのギフトバッグが手つかずで並んでいる。3月11日の朝刊がそのままになっていた。ひからびて雑巾のように蒸し器にへばりついた肉まん。サラダは溶けてどす黒い液体になっていた。
一見、そこは私の家の近所にあるセブン-イレブンと同じだった。だが入ってみると、それはミイラになったセブン-イレブンだった。 なくなっているもの。おにぎり。サンドイッチ。そしてペットボトルの水やお茶。やっぱり。ペットボトルを盗むのは動物や鳥じゃない。床を見ると、買い物かごに野菜ジュースやコーヒーだけが仕分けられている。持ち出そうとしてやめたようだ。 歯ブラシ。歯磨き。タオル。ひげ剃り。なるほど洗面用具か。これは動物が持ち去るわけがない。人間の仕業である。 そして店内をぐるりと回って雑誌スタンドの前に来て、力が抜けた。数ある雑誌の中で、アダルト本コーナーだけが、きれいに抜き取られて空っぽになっていた。 放射能災害の現場で略奪するものが、エロ本かい! 私は心の中で略奪犯にツッコミを入れた。 なぜみんな防護服を着ていないのか 「タバコ、ありました?」 車に戻ると、ジローくんが言った。見てないけど、あったかも。そう言うと「じゃあ取ってこよう」とカジュアルに言う。やめた方がいいですよ、と止めるも、スタスタ歩いて行ってしまった。 「ぎゃあ! くせえ!」 破れたガラスの前で叫ぶと、ダッシュして戻ってきた。 「くっせえ! なんすか、あれは!」「わ! 防護服までくせえ!」 袖をくんくん嗅いでいる。私はげらげら笑った。悪いこと考えるからですよ。 一刻も早く立ち去ろう。ガラスの破れたコンビニの前で、騒いでいる防護服の2人組はどう見ても怪しい。 誰もいないはずの20キロ圏内で、時々車とすれ違った。警官ではない。がれきや廃材を積んだトラック。老夫婦が軽四輪を運転していたこともある。しかも、みんな平服で、防護服など着ているのは私たちだけなのだ。そういえば、警官もごく普通の制服だ。
「あれは、一時帰宅ですかね」 「さあ?」 2人で首をひねった。一時帰宅なら、20キロラインのちょうど外にある南相馬市の「馬事公苑」に集合してバスで入るはずだ。 「何か商売かな? 許可証をもらんたスね。いずれにせよ」 ジローくんもわけが分からないらしい。これでは一体何のための立ち入り禁止規制なのだ? 線量計を見る。毎時0.2マイクロSv(シーベルト)。これでは福島市や郡山市と同じだ。いまの福島県の感覚では「平常」「やや低め」である。 一体どうなっているのだ。ここは政府が立ち入りを禁止しているゾーンなのだ。福島第一原発から10キロ前後なのだ。逮捕するとまで言っているのだ。新聞やテレビは「線量が高く危険」と取材に入ろうとしないのだ。もしここがそれほど危険なら、福島市や郡山市も立ち入り禁止にしなくてはならない。 学校に吸い寄せられる放射線 もう1カ所立ち寄ったのは、学校だった。「鳩原小学校」と地図にはある。だが、どうもピンとこない。向こうに白い校舎らしい建物が見える。手前にサッカーゴールやブランコが見える。確かに学校らしいのだ。 背丈ほどのセイタカアワダチソウで埋まった小学校のグラウンド が、問題は、自分がいま立っている校門から校舎の間までずっと、背丈ほどのセイタカアワダチソウが埋めていることだ。サッカーゴールの下半分が草原に埋まっている。風でその草原がざわざわと揺れる。
まったく見たことのない風景なので、ここが学校だと言われてもピンとこない。 地面を見ると、自分が立っているのがグラウンドらしいと分かった。が、表面は雨で流れ、塩田のようにひからびている。シカやヤギらしい足跡が点々と続いていた。 線量計を取り出した。毎時1.57マイクロSv。がっくり力が抜けた。いちばん放射線の影響を受けやすい子どもが過ごす学校に限って、線量が高くなる。そんな話は、先立って訪ねた飯舘村でも聞いた。 舗装面では、雨が降ると、地表に落ちた放射性降下物(いわゆる死の灰)を洗い流す。が、校庭やグラウンドは露地なので、降り積もったままになる。地面にしみ込む。校舎は屋根の面積が広く「大きな漏斗」のように雨を集める。雨と一緒に落ちてきた放射性降下物が集まり、雨樋で1カ所に流れ込む。行き先の側溝や水はけ口の線量が高くなる。飯舘村で聞いたのはそんな話だ。
ブランコも登り棒も、セイタカアワダチソウに埋もれていた。日が西に傾き始めていた。私はここを子供たちが駆け回る姿を何とか想像しようとしたが、だめだった。暑さと疲れで頭がぼんやりし始めていた。 モンスターまであと5キロ 南に走った。ジローくんも私も黙っていた。疲れてきた。汗でぐっしょり濡れたズボンが重く冷たかった。 浪江町に入って何分くらい走ったのだろう。ジローくんが突然車を止めた。標識を見ると、もう少しで福島第一原発のある双葉町だった。私はジローくんを見た。ジローくんも私を見た。唇がかすかに動いて、小さな声がした。 「双葉町に入るのは、ちょっと・・・」 私は言葉に詰まった。口にはしなかったが、ジローくんの目には、怯えの色が走っていた。 目の前には、がらんとした無人の国道と街が続いていて、西日が長い影を落とし始めていた。 るるる、というエンジンの音だけがした。外は海底のように静かだった。 もう少し行けば、福島第一原発が見えるかもしれない。いま人々をこれほどの惨事に追い込んでいるモンスターの姿を確かめたい衝動にかられた。しかし、モンスターを見た瞬間、自分だけではなくジローくんの体も危険にさらされるのだ。あと5キロ。 「帰りましょう」 言葉が私の口から出るやいなや、ジローくんはハンドルを反転させてアクセルを踏んだ。そして無言で前をじっと見つめたまま加速した。 遠くにうずくまっている怪物の息づかいが聞こえたような気がした。
私は何度も振り返った。何度も何度も。ジローくんも私も、ずっと黙ったままだった。 20キロ圏の外に出る検問では、警官は私たちに関心すらないように形式的にチェックをした。 そのすぐ前を、自転車に乗った子供や、イヌを連れたおじさんが行き交っていた。 「日常の世界」に戻ってきたのだ。 福島県にあった別の惑星 何だか夢を見ていたような気がして、後ろを振り返った。検問の向こう側には、雑草に埋もれた無人の世界が、確かにあった。 4時間、私はどこか違う世界に行っていた。この日本、この福島県にある土地なのに、その姿はまるで別の惑星のような異質な記憶になって頭にこびりついていた。 どこか別の惑星にある、日本そっくりの街。そんな感じなのだ。 路肩に車を止めて防護服を脱いだ。蒸された体が外気に触れて、ひんやりした。 法律上は、これも立派な「低レベル放射性廃棄物」である。原発では放射線マークつきの黄色いドラム缶に入れて保管するような「危険物」なのだ。ジローくんはそれを無造作にビニール袋に突っ込み、後部座席に投げ込んだ。 「それ、どうするの?」 「ちゃんと捨てときます」 そう言ってニヤリと笑うと、ジローくんはワンボックスカーにもたれ、たばこをふかした。私はすっかりぬるくなった「おーいお茶」を飲み干した。 疲れた。街路樹の葉っぱが色づいて、はらはらと散っている。そこにも降下物がつもっているのだろう。その下を子どもが自転車で走り抜けた。 かつてなら炉心そばのような線量の区域にいた私は「被曝者」なのか? 靴の裏には放射性物質が付いているのか。これを履いたまま東京の自宅に帰っていいのか? ふと不安にかられて、線量計を確かめた。出発した時とほぼ同じ、毎時0.2マイクロSvだった。
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