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反原発を公然と名乗ると、マスコミ、科学者からも、研究成果を否定、人格までを誹謗中傷する猛烈な攻撃にささされる。
米国では、ジョン・ゴフマン博士は、低線量でも人体への危険性があることを実証したとたん、ローレンス・リバモア研究所の副所長を解任され、米原子力委員会を追放、様々な誹謗中傷にさらされたらしい。
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http://pfx225.blog46.fc2.com/blog-entry-386.html さんのブログより転載
あんまり朝日新聞と大熊由紀子に腹が立つから、読み終えた市川先生の本から抜粋して、ここに報告しておく。
朝日新聞と大熊由紀子は、汚染水に突っ込んどけ。
事実を曲げた記事
1978年8月に出された前述の“プレスレリーズ68号”は、当初さほどの効果はなく、どの新聞も取り上げなかった。内容がお粗末だったからであろう。11月15日になって、「朝日新聞」(東京)が夕刊の社会面トップ記事として、紙面のほぼ半分をさいて、「ムラサキツユクサ悲しからずや。「検出器だ」、「いや違う」。原発論議で過熱」という見出しで、“ムラサキツユクサ論争”を紹介した。ただし、この記事は、“論争”に対して中立的な内容のもので、「ムラサキツユクサの花言葉は「尊重する」と結んでいた。この社会面記事では、“プレスレリーズ68号”の効果は、まるでなかった。むしろ、読者に、ムラサキツユクサの実験結果の存在を周知させる”逆効果“をもっていた。3日後の18日昼前、埼玉大学理学部の私の研究室に朝日新聞科学部の大熊由起子記者から電話が入った。同記者は、「どうしても今日中にお会いしたい」という。取材であるから浦和に来るのかと思ったら、時間の都合で来れぬという。そこで、翌日から2日間、敦賀に講演に行く予定の入っていた私は、21日夕刻同記者と会う約束をして電話を切った。ところが、間もなく再び同記者から電話があり、「21日から四日市に行くので、ぜひ今日中に」という。私は同夜、有楽町の朝日新聞社東京本社に出向くことにした。
私は、大熊記者に約2時間半にわたって、ムラサキツユクサとそのデータ、物理的計測器との違い、推進論者の”否定論“に対する反論などを説明した。場所は、朝日東京本社に近い、にぎやかな喫茶店の二階であった。別れ際に、「草稿を書いたとき、もう一度連絡します」と私に約束した。しかし、その後何の連絡もないまま、日は過ぎた。
12月7日、たまたま私の誕生日であったが、いつもより少し朝寝坊をして「朝日」の朝刊に目を通した私は、大熊記者の記事を見つけた。驚きというより、怒りが全身に走るのを覚えた。前夜、埼玉大の学生寮の集会で原発の話をして、寮生たちと遅くまで討論した疲れが、一瞬にして飛んでしまった。
大熊由起子記者は、同日付「朝日新聞」(東京)の科学欄に、「”反原発の武器“ムラサキツユクサ。本当に生きた検出器か。専門家は否定的」との見出しで、”反ムラサキツユクサ“記事を書いていたのであった。同じ記事(一部追加)は、やはり同記者の名で、12月9日付「朝日新聞」(大阪)の解説欄「ニュースの視点」にも、「ムラサキツユクサは”検出器“か。専門家は否定的。”本物“に比べ不正確」との見出しで掲載された。
朝日新聞、とりわけその科学部の原子力推進擁護が、他紙に比べて目立っていたことは、定評のあるところであった。その意味では、朝日新聞科学部による“反ムラサキツユクサ宣伝”にいまさら驚くことはなかった。しかし、何しろ巨大な”社会の公器“(同新聞が好んで用いる言葉で、とくに購読料値上げの際に強調される)に虚偽をまことしやかに書かれたのであるから、その影響は計り知れなかった。しかも、それまで、ムラサキツユクサの実験については、他紙がどんなに大きく取り扱おうと、一貫して無視し続けていた朝日新聞であるだけに、その”特待”記者が突然“異例”の記事を書き、しかも、その内容が故意に事実を曲げたものとあっては、とうてい放置できるものではなかった。私は、早速、いくつかの月刊誌などに、大熊記者を糾弾し、これに反論する文を寄せた。
大熊記者の記事は、前述の原子力安全研究協会主催の討論会の”結論“と、日本原子力文化振興財団の”プレスレリーズ68号“の”曲げた紹介“に基づき、さらに私からの取材を曲げて引用する、悪意に満ちたものであった。彼女は、これを朝日新聞の”科学記事“あるいは”解説記事“として、「朝日」の名で一般に広め、ムラサキツユクサを”否定“し、私を”異端の徒“として葬り去ろうとしたのであった。
たとえば、私たちの基礎実験でも、前述の農水省放射線育種場の山下室長らの実験でも、気温が高いほど突然変異率が低下するという結果が得られていたが、原発周辺で観察された突然変異率の上昇は、高温時、つまり突然変異率が低下するはずの時期に起こったのである。ところが、大熊記者は、原発周辺でのこのような予期に反する結果には故意に触れず、単に「温度の低下によっても突然変異率がはね上がる」と書いて、読者に誤解を与えようとしていた。
また、同記者は、「1000ピコキューリー以上のヨウ素131が雄しべの毛につかないと(突然変異で)検出できない(東大農学部の山口教授の実験)」として、ムラサキツユクサの感度が劣っていると書いたが、これも事実を曲げたもので、山口教授らは、それ以下のヨウ素濃度について実験していなかったのである。
さらに、ムラサキツユクサの感度を、10ピコキューリーを検出できるというゲルマニウム・リチウム半導体検出器と比較したが、これも筋違いの比較であった。そもそも私がムラサキツユクサの利点を強調していたのは、体外被曝と体内被曝を合わせてその生物学的影響を直接知ることができるからであって、同半導体検出器のように放射線のエネルギーや放射能の強度を測ったり、原発周辺で用いられている熱蛍光線量計のように空間ガンマ線量を測定したりするためではなかったのである。物理的計器では、どうあがいても生物学的影響は測れない。大熊記者の筋違いの比較は、何がなんでもムラサキツユクサに難クセをつけ、これを“否定”しようとするものであった。
難クセをつけたのは、ほかにもあった。同記者は、「1976年の(中国の)核実験後、ムラサキツユクサの突然変異率は統計学的に有意な上昇を示さなかった」と書いたが、事実は、私が彼女に十分説明したように、このとき、原発周辺でも、原発から遠く離れ対照地点でも、同様に突然変異率の上昇が起こっており、このため原発周辺での値が対照地点に比べて高くなかったにすぎなかったのである。大熊記者は、このことに故意に触れず、私たちの実験の信頼度を落とそうとしたのである。彼女の主張が通るとすれば、それは、核実験降下物が原発周辺にのみ降るという場合だけなのであった。
大熊記者は、このほか、「いま“ムラサキツユクサ作戦”が流行している」とし、「この作戦の”参謀長“」の私自身がムラサキツユクサの「科学的限界を認めている」と書いた上に、私が「市民運動は、”原発側のデータには疑問があるぞ“というだけでよく、ムラサキツユクサのデータはそれ以上のものではない」と言った、とさえ書いたのであった。「流行している」、「”参謀長“」などの表現は、彼女自身の偏見に満ちた姿勢をよく表していたが、それ以上に、私の発言を意図的に曲げて引用した悪意がとくに顕著であった。私が彼女に語った、「ムラサキツユクサは、体内被曝を含む積算線量の生物学的影響を検知する生物測器であり、そのデータは、積算線量の生物効果の指標であって、瞬時瞬時の物理的(空間)線量を直接表すものではない」との説明が、「科学的限界を認めている」となり、同じく私の「住民がムラサキツユクサを使って”原発側の物理的測定値は生物効果とずいぶん違うぞ“といえば、”安全だ“として原発を設置した側に問題を解明する義務があり、住民側には本来立証責任はない」との発言が、前述のように「それ以上のものではない」と言ったと曲げられたのである。よほど曲がったペンでないと、こうは書けなかったであろう。
このように、大熊記者による「朝日」記事は、明らかに原発擁護のため、事実を曲げ、問題点をすり替え、私を“異端者”ときめつけ、是が非でもムラサキツユクサを、“否定”し去ろうとする意図をもつものであった。このような偏見に満ちた、事実を歪曲した記事を、しかも個人攻撃の形で書いた大熊由起子記者と、それをあえて掲載した朝日新聞の行為は、戦前の“アカ狩り”と同質の、言論の暴力以外の何ものでもなかったのである。
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