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福島第1原発:賠償基準公表 期待の一方で怒りや不安も
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110831k0000m040108000c.html
毎日新聞 2011年8月30日 21時53分(最終更新 8月31日 0時48分)
交通費5000円、宿泊費8000円、精神的な損害を含め一家親子4人で450万円余−−。東京電力福島第1原発事故による被害について東電は30日、賠償の基準を公表した。被災者からは「妥当な額で子供の養育費に充てたい」との期待もある一方、先の見えない避難生活に「苦痛は大きく、きちんとした賠償をしてほしい」という注文も。「取り扱い検討中」とされた畜産農家や観光業者からは怒りや不安の声が漏れた。対象外とされた自主避難者には、独自に賠償を求める動きも出始めている。
◇避難住民「当たり前」、自主避難者は賠償請求も
賠償基準では、月間所得27万円の会社員と専業主婦、子供2人の4人家族の場合、就労不能に伴う損害を含めて本払い額を451万5000円と算定。第1原発から20キロ圏(警戒区域)内の福島県双葉町石熊に自宅があり、家族4人で栃木県佐野市に避難する元原発作業員の男性(37)は「妥当な額。子供2人も小さいので養育費に充てたい」と話す。
「帰郷困難」の可能性が高い3キロ圏内の同町細谷に自宅があり、妻と福島県猪苗代町に避難している会社員、鈴木義明さん(59)は「収入補償は当たり前。帰郷に時間がかかると言われた以上、土地の賠償がどうなるのかを早く示してほしい」と注文を付けた。
警戒区域内の富岡町で飲食店を経営していた坂本雅信さん(63)は、郡山市の仮設住宅に避難して調理師の仕事を探す。「ハローワークに行っても年齢のためか仕事は見つからず、先は見えない。精神的な苦悩も大きいし、東電にはきちんとした賠償をしてもらいたい」と話した。
一方、自主避難者は8月5日にまとまった中間指針と同様、今回も賠償対象外とされ、独自に賠償請求の動きが出ている。福島、宮城、茨城各県などの400世帯余は、転居に伴う引っ越し代や宿泊費など総額約11億7000万円を求めており、支援する弁護士らが12日、東電側に申し入れ書を手渡した。
福島市から東京都内に自主避難した男性は「切迫している状態を東電は認識してほしい。支払ってもらえる範囲で仮払いしてもらうだけでも少しは安心できる」と語った。【伊澤拓也、椋田佳代、和田武士】
◇畜産農家「取り扱いを検討中」に怒り
牛肉の放射性セシウム汚染は国の指針では損害賠償の対象とされていたが、今回の基準では「取り扱いを検討中」に後退。平田村の畜産農家の男性(70)は「賠償の説明を受け書類ももらった。これまでの領収書や帳簿を取っておけば、後で賠償されると聞いていた」と怒りをあらわにした。
村は福島第1原発から南西に約45キロ。男性は約100頭を抱え、出荷できずに餌代などがかさむばかりだという。「出荷制限は解除されたが、福島産の牛肉は価格が3分の1に下がり、豚肉より安い。東電の賠償がなければどうにもならない。農家いじめをしないでくれ」と訴えた。
約1400人の組合員を抱える福島県漁業協同組合連合会(県漁連)は、魚の安全性を確認できるまで沿岸への出漁を自粛中。仮払い分を除く賠償の残額は、11月末までに支払われるが、漁協関係者は「借金がある漁師もいるのに、返済は待ってもらえない」と、早急な支払いを切望する。
いわき市漁業協同組合の矢吹正一組合長は「安全宣言が出て漁を始められたとしても風評被害で売れない可能性がある」と懸念。風評被害の算定方法が固まっていないことも不安を広げている。【浅野翔太郎、銭場裕司】
◇観光業「実績で算定を」
原発から約100キロ離れた会津若松市の飯盛山には戊辰戦争で自決した白虎隊が眠り、普段は修学旅行生や観光客でにぎわう。だが原発事故後、ふもとにある「白虎隊記念館」の4月以降の有料入館者数は前年度の4割まで激減した。
東電は観光業の賠償について「解約・予約控え」を重点的に示したが、記念館は大半が「飛び込み」の客。昨年度の入館料収入は約3000万円なのに対し、震災後にキャンセルした客の入館料は3万円に過ぎず、東電の賠償基準は被害実態を表していない。
早川広中館長は「旅館のように客を迎える準備はいらないので予約の必要はない。過去数年の入館実績で損害額を算定してほしい」と困惑。近隣の土産物店街も客足が激減しており、「予約がいらないのは周りの店も同じ。民事訴訟での決着も辞さない」と憤る。
警戒区域に指定された浪江町で「大友呉服店」を経営していた大友光正さん(62)は福島市の仮設住宅に妻と避難した。
「賠償は当然だが、それ以上にお金では換えられないものを失った」
呉服店は原発から北西に約10キロ、JR浪江駅前の商店街にあり、創業110年の老舗だが、原発事故で町民は県内外に散り散りになり、商圏そのものが消滅した。「100年かけて築いた伝統を一瞬で失った。知らない土地で簡単に営業再開はできない。東電はそこまで考えて賠償してくれているのか」と嘆いた。【竹内良和、島田信幸】
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