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急接近:纐纈一起さん 原発の安全性担う国の委員を辞めた訳は?
http://mainichi.jp/select/opinion/approach/
毎日新聞 2011年8月13日 東京朝刊
<KEY PERSON INTERVIEW>
地震学者の纐纈一起(こうけつかずき)・東京大教授が、東京電力福島第1原発事故を受け、原発の耐震安全性を検討する国の作業部会の主査と委員を7月末に辞任した。国の安全審査への信頼が崩れ去った今、何を思うのか。岐路の地震研究はどう変わるべきか。【聞き手・八田浩輔】
◇震災で科学の限界痛感−−東京大地震研究所教授・纐纈一起さん(55)
−−辞任した理由は。
◆ まずなぜ引き受けたかということからお話しします。原発への批判が多いことは大震災前からわきまえていました。ただ、作業部会の委員になった07年には国内54基全てが既に造られており、こうした原発の耐震安全性を改めて検討することは、税金で地震を研究する者の責務と考えました。引き受けるからには、科学的に正しい耐震安全性が適用されるよう信念の下、努力したつもりです。しかし、東日本の太平洋沖で全く想定外のマグニチュード(M)9・0の超巨大地震が発生し、信念の根拠となるべき科学に限界があることが明らかになった。この現実を考え、職を退くのが適当と思った次第です。
−−原発の「過小評価」は以前から指摘されていました。チェック体制は健全だったと言えますか。
◆ 54基の原発が造られた当時の審査は、記録を見ると正直、いいかげんだったと感じます。原発の耐震安全審査は、原子力安全・保安院の権限で行われ、必要に応じて招集される作業部会の意見は「審査の参考」という位置付けです。作業部会ではこの位置付けの中で全力を尽くしました。例えば、福島原発の地震・津波対策について、09年6月に「(869年の)貞観地震を考慮すべきではないか」との当時としては非常に先進的な指摘が委員からありました。東電はいろいろと言い訳をして「考慮する」と答えませんでしたが、保安院には貞観地震を審査で考慮することを認めさせました。その後、考慮した揺れの審査は行われましたが、2年近くたっても津波の審査は始まりませんでした。このように作業部会の意見を放置したことは保安院の責任です。
−−保安院はなぜそうしなかったのでしょう。「やらせ」問題も表面化しました。
◆ 私が主査を務めた間、保安院の担当者は公正だったと思います。しかし、「院内には非常に保守的な(原発)推進派がいて大変だ」と愚痴を聞いたことがあります。辞任後ですが、やらせのような問題も明らかになり、実態は分かりませんが裏切られた気持ちです。
−−貞観地震の想定規模はM8・4でした。福島原発で対策を取っていたとしても事故は起きたのではないでしょうか。
◆ これこそ科学の限界です。もっとも最近の研究でM8・4とされたのですから、M9・0とは想定できなかった。しかも、M9・0の地震が今年3月に起きるとは地震学者を含めて誰も思っていなかった。
−−大震災を想定できなかったのは地震学の限界ですか。
◆ 地震学は実験ができない制約の大きい科学で、過去に起こったことが把握できていない事象の予測は困難なのが現状です。これが限界だと思います。地震が起こる理論がきっちりできていれば、こうした予測は可能になるはずですが、そのレベルに達していない。
−−これからの地震研究はどうあるべきですか。
◆ この限界をふまえ、古文書や津波堆積(たいせき)物を含む地質学的な調査など過去の地震の把握に注力すべきです。国の地震調査研究推進本部では、海底地殻変動の観測を優先する議論があります。それはそれで重要ですが、最優先は過去の地震の把握です。一方で、津波警報の改善に役立つような観測には同じ優先順位を与えるべきだと思います。
◇最大の揺れ・津波、考慮を
−−原発の耐震指針の改定も避けられないと思いますが。
◆ 科学的に予測する最大の揺れ「基準地震動」とは別に、立地を問わず、過去最大の揺れと津波を同じ重みをもって安全性を考慮するよう改めるべきだと思います。過去最大というのは、原発の敷地でこれまでに記録したものではなく、日本、あるいは世界で観測された最大の記録を視野に入れることが重要です。ただそれに経済が耐えられるかは地震学者が述べることではないですが、重要な問題です。政治や行政、あるいは国民が直接決めることだと思います。
−−事故を受け、改めてこの国に原発は必要と考えますか。
◆ 基本的にはやめていくべきだと思います。世界最悪の地震国ですから。大震災の最大の教訓は、どんなに一生懸命に科学的に耐震性を評価しても、それを上回るような現象が起こる国だと分かったことです。それを考えれば、これから起こるすべての現象に備えられるような原発は造れないと思います。
−−大震災と事故前後で、科学者の社会的責任について考え方はどう変わりましたか。
◆ 以前も内心は科学の限界に不安はありましたが、残念ながらあえて発言することはなかった。しかし、今回のような事態をふまえれば、むしろ成果だけでなく限界も併せて伝えることが一層重要だと心境が変わりました。この教訓に基づけば、日本国内どこでも、今回の規模の地震が起きる可能性があることを伝えていかざるを得ません。
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■ことば
◇原発の耐震安全審査
06年の耐震指針改定に伴い、経済産業省原子力安全・保安院が電力会社に既存原発の再評価を指示。再評価は、専門家を集めた保安院の作業部会(WG)の意見を参考に、想定の地震や施設の安全性などに問題がないか、保安院が審査する。
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■人物略歴
◇こうけつ・かずき
東京大大学院理学系研究科修了。理学博士。専門は応用地震学。原発の耐震安全評価では07年から「地震・津波、地質・地盤合同WG」委員、09年6月から同主査を務めた。
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