http://www.asyura2.com/11/genpatu15/msg/342.html
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福島第一の原発事故が現在行形ということもあり、原発推進派も、「原発は安全」とは言い切れないからか、国民に原発の存続を納得してもらうための理屈が変わってきた。
従来からの理屈で今もなお使われているのが、温暖化対策=CO2削減問題と発電コスト問題であろう。
日本で今なお大きな政治課題になっているCO2削減については、地球が本当に温暖化に向かっているのか?温暖化の原因は人類がはき出してきたCO2なのか?などの疑問符が打たれていることを脇におくとして、エネルギー変換効率が30%ほどで70%近くを海水の温めに浪費していることや原発の建造・燃料製造・廃棄・後処理で排出されるCO2の量を考えたとき、原発を温暖化対策の切り札のように扱うのはあまりに理不尽であろう。
(余談だが、NHKはBS3でさっき放送した「コズミックフロント」という番組で、「迫り来る太陽の異変」では、これからの太陽の活動レベルが17世紀後半に見られたマウダー極小期と同じ状況になり、地球が寒冷化に向かう可能性を取り上げていた)
発電コストの問題は、少なくとも原発に利があるわけではないこと、核燃料サイクルを真顔で考えるととんでもないコストになることが明らかになっているためか、原発代替分の「LNG購入費」に存在は続ける原発の費用(核燃料費+原発減価償却費)を加えた金額を“追加コスト”とすることで、原発を停めると電力料金がとてつもなく高くなると脅かす破廉恥さを見せている。
最近耳にする新しい原発擁護の理屈は、「日本が原発をやめても、中国や韓国が原発を続けるから同じだ」と「原発をやめたら江戸時代の生活に戻る」というものだ。
この二つは、これまでのCO2削減や低コストを言い分にしてきた擁護に較べると、あまりにも悲しいというか、劣悪な知性を感じさせるものだ。
NHKのシリーズ原発第3回の討論会に出演した北大の奈良林教授も、今日午後にNHK教育テレビで放送された「TVシンポジウム震災後の日本経済を展望する」に出演していた関西電力秋山元会長も、日本は原発をやめるべきではないという理屈の一つとして、ともに、「日本が原発をやめても中国や韓国が原発を続けるのだから危ないのは同じだ」というロジックを使っていた。
(NHK教育テレビの「震災後の日本経済を展望する」は、今井敬・奥田碩・御手洗冨士夫と経団連・日経連の歴代会長と小泉元首相がパネリストの中心で司会は田中直毅氏という布陣で、まさに日本経済と国民経済を押しつぶしてきたひとたちの勢揃いという観があった)
奈良林教授の前にもテレビで誰かの口から同じロジックを聞いたときは笑うしかなかったが、連発で同じロジックを使われると黙っているワケにもいかないので取り上げた。
彼らが言いたいのは、日本が原発をやめたとしても、地理的に近い韓国や中国で原発が稼働していれば、事故が起きたとき、偏西風もあり放射性物質が日本にも飛来し被害を受けるから意味がないということだろう。
しかし、放射性物質の飛来を認め、原発を維持したいという気持も理解したうえでも、旧帝国大学の教授や名だたる企業の社長・会長そして関西経団連の会長まで歴任した人物としてはあまりに恥ずかしい論理である。
関西電力の秋山顧問については、会長時代、美浜原発で死亡事故が起きてもきちんと責任を取らなかったくらいだから、幼児性とも言える論理で原発推進を叫んでも恥ずかしくも何ともないのかもしれない。
「日本が原発をやめても、中国や韓国が原発を続けるのだから危ないのは同じだ」と言うのなら、日本のどこで原発を稼働させるにしても、日本全土の人々に同じように被害を及ぼす可能性があるのだから、原発の建設や稼働については国民全体の同意を得る必要があるということになる。
福島第一の事故が及ぼしている放射能汚染を考えればわかるが、気候や地形による変異があるとしても、事故を起こした原発からの距離が被害の濃淡を分ける基礎になっている。
韓国や中国の人々にも原発からの離脱に動いてもらいたいが、韓国や中国で事故が起きるのと、日本国内で事故が起きるのでは、放射能汚染の度合いが違うことは明瞭である。
「日本が原発をやめても、中国や韓国が原発を続けるのだから危ないのは同じだ」と平然と言う奈良林教授や秋山顧問は、「原発は立地地域住民だけではなく日本国民みんなに同じように害を及ぼす危険性があるので、ある一つの原発であっても国民みんなの合意のもとに稼働や建設を行う」と主張して欲しいものだ。
もう一つの「原発をやめたら江戸時代の生活に戻る」は、BSフジのプライムニュースに出演していた与謝野経済財政担当相が原発の必要性を説くために使っていた話である。
“脱石油”なら少しはわからないではないが、脱原発で江戸時代に戻れるはずもない。
石油や天然ガスそしてウラン鉱石が本当にいずれ枯渇するのなら、否応なしに「モダン江戸時代」的生活スタイルが求められることになるだろう。
だからといって別に“暗黒”の生活になるわけではなく、今よりも快適にできる可能性もある。
脅し文句なのかどうかわからないが、「原発をやめたら江戸時代の生活に戻る」という口説き文句で原発を存続できると考えるような政治家に、財政や経済全般を考える職責を担っては欲しくはない。
昨日お昼にテレビ東京で放送していた「田勢康弘の週刊ニュース新書」に再び話題を集めている『東電OL事件』の著者である佐野眞一氏が出演していた。
田勢氏も3・11を契機に宗旨替えをして脱原発の意向を示しているが、佐野氏は、より厳しく昨今の日本の精神情況を分析していた。
佐野氏は、「3・11が我々に示したものを、すぐに、また閉じようとするような精神の劣悪な劣化は“精神の瓦礫”である。国民にはいいひとがいるが、それを支配する層というか、政官業というか、政治家・官僚・経済人の振る舞いが変わらないことに怒りを感じる」と語っていた。
※ 参考投稿
「関西電力・秋山前会長 退職金10億円の非常識 [ゲンダイ]」
http://www.asyura2.com/0601/hasan47/msg/294.html
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