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福島県から遠く離れていても、放射性物質は風に乗り、雨に流され、長閑な住宅街を汚染する。福島原発より200km遠方の土から検出された5万ベクレルのセシウム。これは一体何を意味するのか。
■フクシマから200km地点
日本各地で、福島第一原発由来の放射性物質による汚染が進行している。農作物や畜産物の汚染はもちろんのこと、最近では土壌そのものの汚染が懸念されており、各研究機関によって、土壌汚染の実態調査が行われている。放射線計測学を専門とする神戸大学の山内知也教授は、6月下旬、福島市内4ヵ所で土壌の調査を実施。その結果、各地から土1kgあたり約1万6000~4万6000ベクレルの線量を検出した。この数値が意味するところを、山内教授が解説する。
「放射線障害を防止するための法律の基準では、1kgあたり1万ベクレルを超えると、それを扱う人は許可が必要だし、管理区域を設けたり、年に1回の健康診断を受けることが義務付けられる。私が調査した土壌の1kgあたり4万6000ベクレルという数値は、非常に高いレベルの汚染≠セといえます。できる限り早く土を除去しなければいけません」
福島市内の土壌汚染は深刻だと山内教授は言う。しかし、その福島市よりさらに高いレベルの数値が、なんと福島原発から200kmも離れた千葉県柏市で検出されたことが判明した。
JR柏駅西口から約1・2km、徒歩12分ほどのところにある高級住宅街。この街の道端で集めた土を専門の検査機関で検査したところ、土1kgあたりセシウム134が2万3663ベクレル、セシウム137が2万8884ベクレル、合算すると5万2547ベクレルもの放射線量が検出されたのである。
検査機関に土壌の検査を依頼したのは、この街に住む会社員の松岡暁子さんだ。子どもが二人いる松岡家では、原発事故以降、自宅周辺の大気中の放射線量を調べる習慣がついていた。7月のある日、いつものようにガイガーカウンターで大気の線量を測っていたところ、数値がとんでもなく跳ね上がる場所を発見した。いわゆるホットスポット≠セ。
「大気中だと0・4マイクロシーベルトぐらいだったのですが、家の近くの道路脇の土壌にガイガーカウンターを置いたら、7マイクロシーベルト近くに跳ね上がったんです。とんでもない数値です。機器が安い中国製だったので、友人にも声をかけて、違う種類のガイガーカウンターでも測りました。それでも、3機種ともほぼ同様の数値が出ました。これは詳しく調べたほうがいいと思い、その土を採取して、検査機関に送ったのです」(松岡さん)
松岡さんが土を送ったのは、群馬県に本社を置き、農作物や土壌の放射線測定を行っている(株)アレルギー食品検査センター。厚労省による測定マニュアルに準拠した検査を行っており、連日、各地から放射線量を測ってほしいという依頼が押し寄せているという。
同センターから報告書が戻ってきたのは、1週間後。計5万2547ベクレルという数字に、松岡さんは驚きを隠せなかった。
「報告書を見てショックを受けました。このあたりは通学路で、すぐ近くには農園もあるような場所です。そんなところから5万ベクレルを超える線量が検出されるなんて思ってもいませんでしたから」
福島市の土壌より高い線量・5万ベクレル。この数値が意味するものは何か。チェルノブイリでの救援活動を続けている元四日市大学環境情報学部講師の河田昌東(まさはる)は、こう言う。
「私たちは福島原発から30kmほどの南相馬市で土壌の放射線量の測定を行っていますが、この柏市の土壌の汚染はそれとほぼ同じレベルですね。かなり深刻な数字で、チェルノブイリなら強制避難区域になるほどの数値です。現在、われわれはチェルノブイリ原発から70kmほど離れた場所で汚染土壌の浄化作業を行っているのですが、そこの汚染度は土1kgあたり2000ベクレル。柏市から出た5万ベクレルよりずっと低い。それでも、その地域は放射線管理区域に指定されています」
■年間で88ミリシーベルト
チェルノブイリの事故後、旧ソ連は1平方メートルあたり148万ベクレル以上のセシウム137が検出された地域を「強制避難区域」に指定した。その後、ベラルーシが独自に厳しい基準を設け、1平方メートルあたり55万5000ベクレル以上が検出された地域を「強制避難区域」として、約11万人を移住させた。それでも住民は被曝し、多数の子どもたちに深刻な健康被害が出たと報告されている。
では、柏市の土1kgあたり5万ベクレル超という値は、1平方メートルあたりに換算するとどうなるのか。驚くべきことに1平方メートル当たり約340万ベクレルというとんでもなく高い数値が算出される(計算方法については、下記の注参照)。セシウム137だけでも約188万ベクレルで、旧ソ連が設けた強制避難区域の基準を、軽々と超えてしまうのだ。
※各研究機関は土壌1平方メートルあたりのベクレル数に任意の係数をかけて、1平方メートルあたりのベクレル数を算出している。係数は20から150まで まちまちだが、今回は原子力安全委員会が使用する「65」に依拠して計算を行った。仮に係数を「20」にしても、2万8884×20=57万7680ベク レル/平方メートルで、ベラルーシの強制移住区域である55万5000ベクレル/平方メートルを超える
では、人体にはどれくらいの影響があると考えられるのか。放射線防護学が専門で日本大学講師の野口邦和氏は、「これは体への影響を示す被曝線量に換算しても、非常に危険な数値」と警鐘を鳴らす。
「1kgあたり5万ベクレルという値を被曝線量をあらわすシーベルトに換算すると、毎時約10マイクロシーベルトとなります。これがかなり高い数値であることはいうまでもありません。放射性物質は風や雨によって遠くに飛散しますので、福島から離れた柏にもこうした土壌のホットスポット≠ェ形成されているのでしょう。これは放置していい数字ではありません。すぐにも除染すべきです」
現在、政府が定める被曝の許容基準値は、年間20ミリシーベルト。しかし、仮にこの土壌の上で生活すれば、それだけで年間で88ミリシーベルトを被曝することになる。また下水処理施設から検出されている放射性汚泥の場合、1kg当たり8000ベクレルを超過し、10万ベクレル以下の汚泥は、住宅地などから一定の距離を置いた「管理型処分場」にて保管しなければならない。5万ベクレルという数値は、厳重に管理する必要があるレベルなのだ。
■市は黙殺
日本科学振興財団副会長の藤井石根・明治大学名誉教授は、特に子どもたちの健康に影響を与えないかと懸念する。
「放射線の影響はすぐに出なくても、細胞は傷つけられている。それが後に白血病やがんを引き起こす恐れがあります。この道路は通学路にもなっているそうですが、それだと子どもたちがセシウムを含んだ土埃を吸い込み、内部被曝してしまう危険性があるのです」
今回の調査で採取した土は、道路の脇に5cmほど盛り上がっていた土だ。道路の脇の土には、地上に落ちた放射性物質が雨で集まって濃縮されやすいため、そうでない場所の土よりも数値が高くなる。水路などから採った土も同様だ。したがって、今回の5万ベクレルという数値をもって、柏市全域が危険な水準であるとは断定できない。
しかし前出の山内教授は、「セシウムは土壌の表面に集まるので、表土だけを採ると極端に高い値が出てしまう」と留意しながらも、「たとえそうであっても、これだけ高い数値が検出された事実は見過ごせない」と指摘する。こうした場所が発見された以上、住民が安心するには、多くの地域を対象にした検査を実施するほかない。前出の河田氏は「いますぐ行政が動かなければならない」と警告する。
「柏市と同程度の数値が出た南相馬市では、検査や除染など、行政による対応が行われていますが、問題は柏市のような原発から離れた場所にあるホットスポットです。離れているということで注目度も低いため、行政が動かない。しかし、その汚染レベルは、実は福島県内の汚染地域と変わらないわけです。行政は、まずは細かく放射線のレベルを測るべきです。それも大気中だけではなく、土壌検査も行う必要がある」
ところが、当の行政の反応は鈍いと言わざるを得ない。松岡さんがこう明かす。
「検査結果を受け取った後、これは行政にも報告したほうがいいと思い、市の環境保全課と教育委員会に連絡したのですが、環境保全課は『個人で土壌調査とは、偉いですねえ』と感心されておしまい。教育委員会も『学校外のことなので何もできません』と相手にしてくれませんでした」
本誌が市の環境保全課に取材を申し込むと、「大気中の放射線量については、計80ある幼稚園と学校、12ヵ所ある公園で測定を始めていますが、土壌の放射線量については、まだ測っておりません。もしもそれほど高い数値を検出した場所があるなら、必要に応じて調査を検討していくことになるでしょう」(柏市役所環境保全課)
と、現在のところ積極的に調査に乗り出す気はなさそうだ。柏市に限らず、他の自治体も土壌の調査までは行っていないところがほとんどだ。前出の藤井氏は、こう釘を刺す。
「土壌が汚染されていることが判明すると、農作物の風評被害が出るからと恐れて、対応に二の足を踏んでいるというならとんでもないことです。それは隠蔽と同じ。被害者を増やしてしまうだけです」
福島原発由来の放射性物質汚染は、今や全国に広がっている。もはやこの現実から目をそらすことはできない。
「週刊現代」2011年8月6日号より
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