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東葛地区(千葉県)の放射能汚染、その後の対策はどうなったか
――福島原発震災 チェルノブイリの教訓(13)
http://diamond.jp/articles/-/13191
2011年7月20日 坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]:ダイヤモンド・オンライン
千葉県の東葛地域6市(松戸、野田、柏、流山、我孫子、鎌ヶ谷)の空間放射線量がほかの関東各地より一桁高いことはすでによく知られている。この地域に隣接している茨城県南西部、東京都東部、埼玉県東部、千葉県の市川市以南もやや高い(0.2μSv/h毎時0.2マイクロシーベルト以上)。観測されたデータについては各市のホームページで報告されているし、それらをまとめた地図も本連載第10回「実態がわかってきた関東平野の放射能汚染」で紹介したとおりだ。
野田市だけが市独自の放射線量限度を決め、対策を打ち出している。「独自」とはいっても、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告である一般公衆の被曝限度1mSv/y(年間積算量1ミリシーベルト)を基準にし、文科省が「1日8時間屋外にいる」という仮説で割り返した0.19μSv/h(毎時マイクロシーベルト)を限度としたもので、制度上もっとも妥当な方策である。
ほかの関東の自治体は「国の問題だから、国が基準を設けるべきだ」として一向に動こうとしていなかった。
野田市を含む東葛6市は共同で東葛地区放射線量対策協議会を設立し、統一した計測機と条件で観測し、そのデータをもとにして専門家3人の見解を得て、方針を発表した。7月8日のことである。全文は各市のホームページで公開されている。
よく読んでみたのだが、どうにもわかりにくい。これは放射線専門家の意見がバラバラであるためだろう。
「ICRP2007年勧告」が最新の指針だが、まだ日本の国内法制度に反映されていないため、専門家が自説をバラバラに述べているため、市民が混乱しているということは連載第6回「学校の放射線許容量はなぜ迷走しているか」で報告したとおりである。
国内制度に反映されていないものの、日本ではICRP勧告が唯一の指針であることは間違いないのである。したがって、専門家もICRP勧告に準拠して発言すればそれほど違いが出るわけではないはずなのだが。
「東葛6市の空間放射線量に関する中間報告及び今後の方針」と題された文書は、7月8日に東葛地区放射線量対策協議会から公表された。
「調査結果と今後の方針」からポイントを紹介しよう。
【調査結果概要】(筆者が抜粋)
@ 東葛地区の空間放射線量は、0.65μSv/hから0.08μSv/hのあいだだった。
A 文科省の基準である3.8μSv/hよりかなり下である。
B 除染を行なう文科省の基準である1μSv/hも下回った。
C 専門家の見解では、土壌に降下したセシウム134と137によりもたらされている。
D 専門家の見解では、外部被曝による発ガンの有意な増加は考えられない。
E 生活実態に合わせた被曝量は、1mSv/y(年間1ミリシーベルト)を超過しない。
ひとつずつ検討しておこう。
まず@だが、やはりかなり高い数値となっていることが確認された。文科省のモニタリングポスト(千葉県市原市)では、だいたい0.044μSv/hだから、これを平時とすると2倍から10倍以上高いことになる。
AとBは毎度おなじみの数値だが、この3.8μSv/hより下回れば安全なのではなく、3.8μSv/hにいたれば避難するレベルである。福島県の学校でこの数値が基準とされたが、保護者の反対運動により、現在は1μSv/hで除染へ公費支出とし、年間1mSvを目指すことになっている。あくまでも目標は年間1ミリで、これは福島県も千葉県も同じだ。
Cはあたりまえ。Dは後述するとして、Eはおかしい。文科省基準の3.8μSv/hは、20mSv/y(年間20ミリシーベルト)を、一日8時間屋外にいることを前提として毎時に割り引いた数値である。年間1ミリを目指すならば、3.8μSv/hを20で割った0.19μSv/hが時間当たりの許容限度になる。野田市の基準はこの0.19μSv/hである。東葛地区では多くのポイントで年間1ミリシーベルトを超えることになる。
しかし、「年間1ミリは超えない」という。よく読むと「生活実態に合わせた」と書いてある。文書には「生活実態」の定義が記載されていないが、「毎日新聞」(7月9日付)が「小学生は1日3時間半、保育園児は2時間20分屋外にいると仮定した場合」と報じている。つまり、文科省基準の「屋外8時間」を大幅に短縮させたから年間1ミリに達しないとしているわけだ。なんのことはない。前提の屋外時間を変えてしまったのである。
この「生活実態」はまったく新たな基準である。0.19μSv/hを超えている地域では、屋外時間は文科省基準より少ないという実態を反映させたということだろうが、ややこしい。むしろ、屋外にいる時間を、たとえば夏休み中は一日最長4時間とか、年内は3時間半などとする提案をしたほうがわかりやすいのではないか。
次に、調査結果と専門家の見解を踏まえた行政の【今後の方針】である。
@ 引き続き空間照射線量の調査を継続する。
A 生活実態調査に基づき、個々の施設の年間被曝量を推計して管理を徹底する。
B 管理の基準は、ICRP勧告をもとに、学校、保育園、幼稚園等の施設において1mSv/yを目標にする。
C 相対的に放射線量の高い区画を把握し、低減策を検討する。
D 各施設の実情をもとに優先順位を定め、費用対効果を勘案して取り組む。
@はあたりまえ。AとBは、前項と同様、「生活実態」に合わせて年間1ミリを超えないようにする、ということだ。簡単に言うと、文科省基準の「1日8時間屋外」で0.19μSv/hを許容限度にすると大半の地域でオーバーしてしまうので、屋外時間を現実に合わせて2時間から3時間と計算すれば、年間1ミリ以内におさまるとしているわけだ。
市民の側から見ると、屋外時間を「生活実態」に合わせて制限する必要がある。「生活実態」どおりの時間が日常ならばいいが、それ以上になる場合は家庭で判断することになる。そう読めば、この「方針」は理解しやすいだろう。
Cはそのとおりで、福島市などでは実証実験が進んでいる。東葛地区の自治体でもすでに実験が行なわれているようだ。Dの「費用対効果」は、たぶん後述する専門家の見解を受けて書いた項目であろう。
専門家3氏の見解が添付されているので、これも見ておこう。やはり、ICRPの勧告をそれぞれの解釈で述べておられるので、三者三様となっている。
まずA氏(公開された文書では署名が付いている。本稿では署名はあまり意味がないので3氏をABCとする)。
A氏の見解のポイント(筆者がまとめた、以下同)
・ 観測された数値は最高で0.5μSv/h程度と、福島の1μSv/hより低い。
・ 1960年代に大気圏核実験が行なわれた時期には現在より1万倍高かった。
・ 福島県民は千葉県民のこの騒ぎをどう思うか。
・ 年間1ミリシーベルトの公衆被曝限度は、放射線管理施設の基準で、安全と危険の境界ではない。
・ 特別の場合は年間5ミリシーベルトまで許されている。5年間平均で年間1ミリを超えないという規定はない。
・ 非常時は年間20ミリ−100ミリシーベルト、事故収束時は1ミリ−20ミリシーベルトの範囲が適用される。
・ 東葛地区で除染の必要性はない。気になるならば、特に高い数値を示す場所だけ除染すればいいが、いずれにしてもこのようなことに多大な費用をかけるのは問題だ。
A氏は、福島より一桁低いのだから騒ぐ必要はない、一般公衆の被曝限度量は特別な場合には年間5ミリまで許されているので、まったく問題ない、という。これは初耳なので、『ICRP2007年勧告』を読んでみた。次のように記載されている。
「計画被ばく状況における公衆被ばくに対しては、限度は実効線量で年1mSvとして表されるべきであると委員会は引き続き勧告する。しかし、ある特別な事情においては、定められた5年間にわたる平均が年1mSvを超えないという条件付で、年間の実効線量としてより高い値も許容される。」(★注@)
どう読んでも5年間で5ミリを超えない範囲で、年間被曝量が1ミリを超える事態を容認する、と読めるが、どうなのだろう。筆者が誤読しているのか、A氏が間違っているのか、どちらかである。筆者が誤って理解しているのならばご指摘いただきたい。
またA氏は、福島より低いのだから我慢せよ、とも言っている。福島ではA氏が述べているように、緊急時の下限、収束時の上限である年間20mSvを基準にして避難するかどうかを決めているが、一般公衆の目標は年間1mSvであることに変わりはない。緊急事態だから年間1mSvへ低減させるために時間がかかるのである。
東葛地区は原子力災害を宣言された地域ではない。したがって、平時の年間1mSvが適用され、これに向けて行政は努力すべきではないのか。福島のペースに合わせるべきだ、という意味なのだろうか。地域による対策の差は当然あるものだと思うが、どうだろう。
「費用対効果」とはなんだろう。除染対策費用は、市民の厚生を最大化するものだと思うが、何と何を比較しているのだろうか。夏休み花火大会の費用対効果と比べたらどうか。
次にB氏の見解のポイント。
・ 2キロメートルメッシュで選定された代表点について早期にデータをそろえ、市民への情報公開を急ぐこと。
・ 学校、幼稚園、保育園、公園などは選定の優先順位を決めて細かく観測する工程表を作成し、市民へ公開すること。
・ 市民向けの情報交換会、勉強会を数多く開催すること。
これは、もっと調査して公開せよ、と言っているわけだが、特にコメントする内容ではない。
最後にC氏の見解のポイント。
・ 東葛地区の空間放射線量では発ガンの有意な増加は考えられない。
・ 東葛地区の放射能汚染の現状は、ただちに住民の生命を脅かすものではないが、住民の被曝線量を低減させるための努力を続けるべきである。
C氏はていねいに放射線の基礎知識を語り、上記の結論を導いている。「被曝線量を低減させよ」という見解はそのとおりだと思う。
「発ガンの増加は考えられない。」という見解については、だいたい放射線の専門家は「統計的有意性はない」というのである。
これも連載第6回で詳述したが、累積100mSv以上を健康に対する確定的影響、100mSv以下を確率的影響という。つまり、100mSv以下はよくわからないのである。放射線がDNAを損傷することはわかっているが、長期間に及ぶ低線量被曝の影響は、ほかの要因による罹病と区別がつかなくなるのでよくわからないという。
影響はあるが、よくわからない。したがって、1960年以来、ICRPは公衆被曝の限度量を厳しくしてきた歴史がある。といってもICRPより厳しい基準を考えている欧州放射線リスク委員会(ECRR)という民間団体もある。ICRPがもっとも厳しいわけではない。
C氏の見解(文書)によると、100mSv/yで致死的発ガンの発生確率は0.005%増加、1mSvはその百分の一で0.00005%となる。東葛地区の最高は0.65μSv/hだから、この確率で計算すると0.00029%の増加になる。10万人で29人だ。ガンの自然発生頻度は0.3、つまり10万人で約3万人なので、全体で3万29人に増える計算になる。この程度は「統計学的に有意な増加とは言えない」という結論になる。
異を唱える専門家もいる。とくに医師だ。10万人で29人だから、100万人では290人である。東葛地区だけの推計だ。この地区は100万人以上の人口を抱えている。
この計数を統計的に無意味でも医学的に無意味とはいえないする医師もいる。たとえば現在は松本市長(長野県)の甲状腺専門医、菅谷昭氏である。
菅谷氏は、放射線の許容限度や食品中の規制値どころか、それ以下のいかなる微量であろうと被曝は可能な限り避けるべきだという。チェルノブイリ周辺で5年以上も小児甲状腺ガンを治療してきた人である。
ガンは一人ひとり、そしてその家族の大きな問題になる。放射線対策はやりすぎるくらいやるべきだ、というのである(★注A)。
自治体にとっては、放射線対策を過剰なくらい最大限に、そして迅速に実行することが市民の生活を守ることになると思う。
放射線学者による「費用対効果」論は、ICRP勧告にもよく登場する文句だ。一般公衆に関しては、除染や避難のコストと我慢するコストを比較しているようだ。我慢するコストのほうが低く、除染や避難が高くつくから、限界いっぱいまで我慢するほうが社会全体の費用は低くなるということだろう。
保守的な専門家A氏でさえ、高い放射線量を計測したポイントだけ除染すればいい、とも言っている。これは側溝や水路などを指していると思うが、0.19μSv/hを超える地域を抱える自治体は、野田市のように自力で考えて横並びを脱し、できることから始めたほうがいい。そのほうが市民の支持も得られ、市民全体の雰囲気も前向きになって、全体に健康を取り戻せる。費用対効果も十分だと思う。少なくとも、花火大会のコストと比較しても費用対効果は高いはずである。
※「福島原発震災――チェルノブイリの教訓」シリーズの過去記事はこちら
(1)チェルノブイリの教訓を生かせ
(2)子どもの甲状腺被曝検査の継続を
(3)ソ連政府はどのように収束させたのか
(4)汚染食品のデータをどう読むか
(5)「クリーンエネルギー原子力推進」をだれが言い出したのか
(6)学校の放射線許容量はなぜ迷走しているのか
(7)菅首相の「浜岡原発停止要請」は唐突ではない
(8)足柄のお茶はなぜ汚染されたか 関東平野の放射能汚染状況
(9)旧ソ連政府は現在の日本政府より住民の安全サイドに立っていた
(10)実態がわかってきた関東平野の放射能汚染
(11)除染を急げば大幅に放射線量は減少する
(12)汚染水漏洩を防止する地下遮蔽壁はいつできるか
注@ 『国際放射線防護委員会の2007年勧告』(p60,日本アイソトープ協会、2009)
注A 菅谷昭『新版 チェルノブイリ診療記』(新潮文庫、2011)、菅谷昭『子どもたちを放射能から守るために』(亜紀書房、2011)
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