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日経ビジネス オンライントップ>IT・技術>山根一眞のポスト3・11 日本の力
仙谷副長官「やってくれ!」が一転…JCO臨界事故で助けられなかった無念、再びの悪夢か
2011年7月19日 火曜日
山根 一眞
(前々回『原発作業員「幹細胞採取」なぜ実施されない』から読む)(前回『万能「血液の種」を確保せよ』から読む)
福島第一原発の原子力災害の現場で作業を続けている方たちが、大量に被曝することは「絶対にありえない」とは言い切れない。福島第一原発では、国も電力会社も「絶対にありえない」と言い続けてきたチェルノブイリ原発事故並みの重大事故が起こったのである。
今、大事なことは、これから10年以上にわたり危険な作業を続けねばならない方たちが、大量に被曝しても命が救える可能性のある備えをすることだ。虎の 門病院の谷口修一さん(血液内科部長)のチームは、そのために「自己造血幹細胞」の事前採取をするよう、必死に訴え続けている。
大量被曝すれば救命治療は緊急を要する。
放射線感受性の高い血液細胞が致命的なダメージを受けるため、血液細胞の回復のため、あらゆる血液細胞の基である「造血幹細胞」を移植する必要がある。
大量被曝事故では、骨髄バンクからHLA型(白血球の型)が合うドナーを探し、骨髄液を提供してもらう「同種幹細胞移植」を行う余裕はない。そこで緊急 時の「造血幹細胞」の移植では、まず兄弟のHLA検査を行い、タイプが合わない場合は臍帯血バンクから臍帯血の提供を受けて移植する。出産時のへその緒の 血液には造血幹細胞が多く含まれており、HLA型が一部合わなくても移植できる。
しかし、あらかじめ自分自身の造血幹細胞を冷凍保存してあれば、時間がかかる手順を踏む必要はない。谷口チームは、原発作業員はあらかじめその保存をし ておき、万一の事故の際に、体内に戻す備えをしおくべきだと訴えているのである。自分の造血幹細胞なら免疫抑制剤を使う必要もないため、免疫反応による重 い影響も心配しないで済み、放射線でダメージを受けた白血球は2週間以内に回復する。
事前採取する造血幹細胞(CD34陽性細胞)の数は体重1kgあたり100万個。東京大学医科学研究所f附属病院の湯地晃一郎さんによれば、それは ちょっと色がついた血漿成分とともにグリコの『パピコ』のような樹脂パック数個分ほどの量という。これをマイナス196℃の液体窒素中に置けば半永久的に 保存ができる。
移植した細胞が体を攻撃してしまう
虎の門病院の谷口さんは、福島第一原発の作業員が事前に自己造血幹細胞の採取をしておくべきと訴えている心情をこう語っている。
「福島第一原発の最前線で働いている方たちは、普通なら怖くて入れない現場で、困難な仕事に取り組んでおられるわけです。私たちは、東海村JCO臨界事故で大量被曝をした作業員の方を助けられなかったという痛い経験をしています」
「その治療は壮絶な日々の連続でした。日々悪化していく症状が、放射線によるものなかのか、免疫抑制剤によるものか分からない中で治療を続けなければならなかったんです」
いかつい顔をした谷口さんだが、語る言葉の一つひとつには、原発で作業に取り組む作業員たちへの感謝の思い、そして何として命だけは守ってあげなくてはという人類愛とでも表現したくなる心温かさを感じる。
臓器移植で起こる拒絶反応は体の側が移植臓器を追い出そうと反応するが、造血幹細胞の場合は逆で、外部から入れた細胞が体の側を攻撃する免疫反応を起こ してしまう。これを、「GVHD(移植片対宿主病)」と呼ぶ。そのため免疫抑制剤を使い続けねばならないが、その副作用で皮膚は真っ赤になり、腸管出血や 下痢が続き、それが命を脅かす。免疫抑制剤を必要とする治療は、厳しいさじ加減が求められる。
「JCO臨界事故の被曝患者さんの1人は、このGVHDの所見が腸管にあったと聞いています。3月19日、福島第一原発での命がけの放水作業を行いに帰 京した東京消防庁のハイパーレスキュー隊の隊長さんが、テレビの会見で涙ながらに語っているのを見て、『これはいかん、現場作業員を丸腰で行かせてはいか ん』と感じたんです」(谷口さん)
谷口さんの胸の内では、JCO臨界事故と福島第一原発が重なった。
この日、3月20日(日)に東京電力の広報担当者、原子力安全保安院の国会担当者と連絡が取れたため、作業員が事前に「自己幹細胞採取」をするよう伝えた。
21日(月)は春分の日で祝日だったため、連休明けを待って厚労省の臓器移植対策室にも電話で同じことを伝えた。いずれも、「今、現場で作業をしている人たちを連れてくるわけにはいかないが、新たに作業に向かわれる人に対しては考えましょう」という返答が得られた。
谷口さんが、医療ガバナンス学会の「MRICメールマガジン」(編集長=東京大学医科学研究所・先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部 門・上昌広特任准教授)にその必要性を書いたからか、政治家などからの問い合わせも入り始める。3月26日(土)の夜11時過ぎには、内閣官房の福山哲郎 副長官から携帯に連絡があり、官邸に出向くことになった。
虎の門病院のエントランスに掲示してある理念
翌27日(日)昼、谷口さんは虎の門病院から歩いてい行ける距離の首相官邸に福山副官房長官を訪ねている。また、翌日には仙谷由人副官房長官にも会うことができた。
この2人に谷口さんは、「自己造血幹細胞の事前採取」の必要性を強く訴え、1つの提案をした。
「G-CSFを使う方法では入院が3泊4日かかるが、作業員が3泊4日も入院するのは厳しい。だが、新薬『モゾビル』の皮下注射を併用すれば1泊2日で 採取が可能となる。この迅速な採取方法の選択肢も準備しておきたい。ただし、モゾビルは米国では認可されているが、日本ではまだ認可されていない。それを 使わせてもらう必要があります」
仙谷副長官は、「分かった! やってくれ!」と答える。
モゾビルのような未承認の新薬は、医師が自分で輸入をし治療に使うことは可能であるため、谷口チームは世界中のデータを集め、安全であることを確認し、院内の倫理審査も済ませていた。製薬メーカーからは、必要量を無償提供するという申し出も得ていた。
これで、原発作業員の「自己造血幹細胞」の事前採取の準備が整ったと期待した。
未承認薬を使えば1〜2日に短縮できる
2日後の3月29日(火)、谷口さんは、虎の門病医院の山口徹院長とともに同病院で記者会見を開き、こう伝えた。
【1】 想定外の大量被曝(想定の100〜1000倍程度)に遭った場合も、自分の造血幹細胞が事前に凍結保存してあれば、それを移植することで救命できる可能性があります。
【2】 他人からの造血幹細胞移植後には移植片対宿主病(GVHD)という重い合併症が起こり得ます。自分の細胞ならその心配がありません。
【3】 造血幹細胞採取には従来の方法で約5日かかります。ただ、未承認薬を用いることで1〜2日へ期間短縮することも可能です。
【4】 希望される方は、虎の門病院で自己造血幹細胞の採取と凍結保存が可能です。いつでもご連絡ください。
虎の門病院には、九州大学病院の遺伝子・細胞療法部、豊嶋崇徳准教授のチームも支援に駆けつけていた。その反応は早く、作業員を福島第一原発の現場に投 入しているゼネコンなど4社から問い合わせが入り、大手の1社は虎の門病院に来訪して谷口さんから直接説明を受け、作業員にそれを受けさせる機運が出た。
だが、原子力安全・保安院が「必要ない」と発表したことで、谷口チームの思いはつぶされる。
「作業員への実施を検討していたゼネコンも引いてしまった。できることなら、私は現場に入って彼らのために尽くしたい。でも、私は、この虎の門病院に入 院して白血病や悪性リンパ腫と命をかけて戦っている110人の患者さんから離れるわけにはいかんのです。私にできることは、作業員の方たちを受け入れて、 事前採取することだけなんです。それが、ホントに悲しいことになってしまって……」(谷口さん)
3月25〜26日の前週末頃から、福島第一原発の現場での作業員のあまりの過酷な作業環境が次々と明らかになり始めていた。食事はビスケットと野菜 ジュース、休息は福島第一原発からおよそ18km離れたサッカー施設、J-ビレッジの廊下や階段での仮眠のみ。そして、原子炉建屋に入る時に線量計を身に つけていない者も少なくなかった。
ところで、福島第一原発の事故以前には、作業員が通常の勤務で原子炉建屋内で作業をするときの被曝線量の上限は50mSv/年だった。1時間あたりの許 容線量に直すと、ほぼ20マイクロSv/時という計算になる。だが、厚生労働省は原発事故発生後に100mSv/年に引き上げ、さらに3月15日、経産省 の要請を受けて、250mSv/年と通常の5倍まで被曝してもよいとした。
作業員の不足から1人にできるだけ長時間の作業をさせるためだが、その安全性の根拠が何によるのかは明らかにはされていない。
夜光塗料すら許さなかったチェック体制が
私は2年前、新潟県柏崎刈羽原子力発電所を取材した。原子炉建屋内から出る際には何重もの被曝チェックが行われていて、その厳しさには驚いた。
祖父からもらった腕時計をしていた視察者がそのチェックでひっかかり、調査のためすぐに建屋内から出られなかった、という話を聞いた。古い腕時計に使わ れていた文字板の夜光塗料(ラジウムの放射性物質)が原因だった。前夜に、近くのラジウム温泉に入った人もゲート通過の際にアラームが鳴り、出られなく なったというエピソードも耳にした。
日本の原発は、そこまで神経を尖らせてごくわずかの被曝も防いでいたが、福島第一原発の事故でその厳しさの壁は失われた。
福島第一原発の2度の水素爆発以降、私たちはその推移を凍りつく思いでテレビを通じて見続け、だれもが作業員の安全を祈り続けていた。
ところが、陣頭指揮を執るべき東京電力の清水正孝社長は自宅で1週間寝込んでいた(らしい)。大企業のトップは1週間くらいは寝ないタフさが必須なのに とあぜんとした。あの、乱暴な「事業仕分け」を通じて理工系分野の知識や理解の貧困さが明らかとなった枝野幸男官房長官は、「格納容器は損傷していない」 という原稿を読み続けていた(実際は著しい損傷)。同じく文系出身にもかかわらず原発事故のスポークスマンとして饒舌を重ねていた経産省の西山英彦審議官 は、この国難のさなかに若い女性職員との不倫に熱中、週刊誌に路上キスを目撃され更迭されていった。国、原子力安全・保安院、そして東京電力の対応には、 誰もが怒りを超えて脱力感を味わされ続けた。
その彼らの口から、命を賭して作業に当たっている数千人の作業員の方たちへの感謝と十分な配慮、不安の日々を送る作業員の家族たちへのねぎらいの言葉が語られた記憶はない。
福島第一原発の事故対応に当たった作業員の数は、3月だけでも実に約3700人に上る。東京電力が3514人の作業員の被曝状況の調査を暫定実施し、詳 細評価を発表したのはやっと6月30日になってからのことだ。それによれば、122人の積算被曝量が100mSv(10万マイクロSv)を超えていた。
◇100〜200mSv 107人
◇200〜250mSv 8人
◇250mSv以上 7人(643、678mSvの2人含む)
かつての年間被曝量の上限、50mSv/年とは、いったい何だったのか。
こういう作業環境を「殺人だ」と口にした谷口さんは、チームとともに作業員の受け入れの準備を着々と進めた。
この事前採取は、午後に入院。メディカルチェックの後、午前10時にモゾビルを皮下注射。午前6時にもう1度同じ注射をし、午前9時から採取を開始し、正午には終了。夕方に安全を確認した後、退院だ。
健康保険の対象外であるため、およそ15万円の入院費がかかるが、これは国や企業が負担すべきものだ。5月末に東京電力の清水正孝社長(5月末に社長、 経団連副会長を辞任)の年収が明らかになった。その年収約7200万円で480人分を賄える計算だ(こういう卑しいことは書きたくないが…)。
一方、谷口さんは、「個人の希望者で、費用が壁になっている方は相談してほしい。それよりも、ともかく来てほしい」と呼びかけている。また、日本造血細 胞移植学会の会員にアンケート調査を行い、107の施設が、作業員の「自己造血幹細胞の採取」の実施を行うという回答も得た。福島県内の医療施設でも対応 可能なのである。
準備が整った4月25日、日本学術会議東日本大震災対策委員会が、「原子炉事故緊急対応作業員の自家造血幹細胞事前採取に関する見解」(5月2日一部修正)なるものを公表した。だれもが、「一刻も早く幹細胞の事前採取の実現を!」というアピールだと期待した。
だがそこには、腰を抜かすような見解が述べられていた。
(続く)
山根一眞のポスト3・11 日本の力
経験したことのない巨大災害に見舞われて、人類の歴史とは幾多のカタストロフィーを経験し、それを克服してきた歴史なのだということを筆者は実感 している。「頑張ろう!」と励ましあうことは大事だが、どう頑張ればいいのかの道しるべが求められている。今、何が必要とされ、どんな行動をとるのが望ま しいのか。それぞれの現場に取材して伝えながら提案していく。また、この大災害を、「豊かな文明」のありようを大きく変える時ととらえ、日本が世界でもっ とも力強い国となれることを信じて、そのシナリオを探る。
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山根 一眞(やまね・かずま)ノンフィクション作家/獨協大学経済学部特任教授
1947 年東京生まれ。獨協大学外国語学部卒。科学技術の現場を伝えた週刊誌連載「メタルカラーの時代」を単行本・文庫本で23冊出版、東京クリエーション大賞受 賞。1997年以降、「環業革命」(環境技術による新産業革命)を訴えてきた。阪神・淡路大震災以降、災害・防災もテーマの柱の1つで多くの記事を発表し てきた。NHKキャスター(通算7年)、2001北九州博覧祭北九州市館、2005愛知万博愛知県館、国民文化祭2005福井、各総合プロデューサー。 JAXA嘱託、福井県文化顧問、日本生態系協会理事、日経地球環境技術賞審査委員、講談社科学出版賞選考委員、北九州マイスター選考委員、計算科学研究機 構運営諮問委員などをつとめる。日本文藝家協会会員。『小惑星探査機はやぶさの大冒険』(2010年科学書Best Books1位)のほか『環業革命』『メタルカラー烈伝温暖化クライシス』『賢者のデジタル』など著書多数。 山根事務所
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