38. 2011年7月21日 19:51:36: IRM24IRQ66
旧ソ連ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所では、1986年4月26日午前1時24分、安全装置の電源を切るなどの規則違反の試験運転が行われ、原子炉が暴走した。これにより炉心が高温になり、溶けて燃え、破壊したのである。発電機のあった建屋が吹き飛び、炉心に配置されていた黒鉛が発火し火災となった。 原子炉の暴走が生じたが、爆発は燃料と冷却材の反応および高温の水素と一酸化炭素が空気と混合したことによるものである。格納容器による防護がなかったため、10日間で2エクサベクレルという多量の核分裂生成物が放出された。急性死亡者数は消防員や発電所職員ら30名、急性放射線障害による公衆の死亡者はなかった。 発電用の炉心は決して核爆発を起こさない。それには2つの理由がある。ひとつは、発電用の燃料のウラン235の濃縮度が数パーセントと低いことにある。爆弾の濃縮度は90パーセント以上である。もうひとつには、発電用の燃料棒の被覆管が薄いために少し高温になると溶けて破れるからである。一方、爆弾では燃料は硬く分厚い金属で包まれており、かなり高温高圧にならなければ壊れない。内部がかなりの高温高圧になって初めて破裂するような構造になっているのである。 もし広島や長崎のような核爆発がチェルノブイリ原子力発電所で起きたなら、半径2キロメートル以内の建物が爆風(衝撃波)でほぼ完全に破壊され炎上してしまう。この場合、おびただしい数の犠牲者が発生することになるのである。広島と長崎の両市の急性の犠牲者数は、数万から10万人である。一方、チェルノブイリでは30人である。 核爆弾と原子力発電所の事故では、どちらも核燃料に原因があるが、災害の様子と規模はまったく異なるのである。したがって、防護と防災の仕方も、一部似ているが、大半は異なる。チェルノブイリ原発事故は核爆発ではなかったのであった。 ソ連の原子炉では、燃えやすい黒鉛を水の替わりに使っている。黒鉛といえば炭であるから、大事故の時には火災になる。一方、日本の原子炉では普通の水を核燃料の周りに蓄えている。これを軽水炉と呼んでいる。水というのは火を消すほうであるから、日本の原子炉はチェルノブイリのような火災にはならない。 ソ連型チェルノブイリの黒鉛炉は、事故で黒鉛が高温になり燃えだしたのである。そのため大火災になり、多数の消防士たちが消火作業にあたった。破壊した原子炉から10日間も放射性物質が大量に環境へ放出された。放射性物質のなかでも、特にヨウ素131という核種が、健康被害の原因となった。 この消火作業で、消防士たちはベータ線による熱傷を受け、全身をガンマ線で被曝したのである。129人の重傷者は、翌27日に、モスクワの専門病院へ収容された。そのうち30人は、致死線量に相当する急性放射線症状を示していた。結果、28人が死亡したが、そのうちの17人は放射線が原因であった。 チェルノブイリ原子力発電所の30キロメートル圏内で生産された牛乳は、放射性ヨウ素により汚染されていたが、出荷され、周辺の町で消費された。この事情は、30キロメートル以遠でも同様であった。 チェルノブイリ原子力発電所の火災とともに噴出した核の灰は気流に乗って広範囲な地域に降下したのである。特にその時に雨の降った地域は汚染した。その地で生産された牛乳は、高濃度に放射性ヨウ素で汚染された。困ったことに、それは消費地へ出荷されたのである。 ヨウ素はホルモンをつくるための必須の元素で、体内へ取り込まれると甲状腺へ蓄積される。特に成長期の子供たちの甲状腺は、放射性ヨウ素で汚染された牛乳により高い線量を受けたのである。甲状腺線量の80%が汚染された牛乳の摂取が原因だったとロシアの専門家が報告している。 放射性ヨウ素131の半減期は8日である。30日も経過すれば、その危険もかなり弱まるのである。ソ連では、当時食糧事情が悪く、汚染された牛乳を流通せざるを得なかったのであろうか。今の日本では考えにくいことである。その他、広範囲に屋内退避がなされなかったこと、そしてヨウ素剤が配布されなかったことが重なり、住民たちの甲状腺が危険な線量を受けてしまったのである。 事故当時の子供たちに、その後甲状腺ガンが目立って発生した。事故前には年間10万人あたり1人未満のまれな病気であったが、事故後に徐々に増加し、数人から10人の発生となったのである。 ウクライナ、ベラルーシ、ロシアでの小児甲状腺ガンは世界保健機構(WHO)の調査報告によれば、2002年までの総数は4000人である。小児甲状腺ガンは外科治療による治癒率の高い病気で、他のガンと比べて転移による死亡も少ないのである。こうしたことから、3カ国でのガン死亡は、2002年までに15人である。 チェルノブイリ原発事故被災者らの全身線量を、6段階区分で説明する。 単位:シーベルト(1シーベルト=1000ミリシーベルト) レベルA:4以上、レベルB:1〜3、レベルC:0.1〜0.9 単位:ミリシーベルト(1ミリシーベルト=1000マイクロシーベルト) レベルD:2〜10、レベルE:0.02〜1、レベルF:0.01以下 事故当日の消防士などの緊急作業員はレベルAおよびBの線量である。この中で、レベルAの緊急作業員28人が急性放射線障害で死亡した。 その後、石棺などを建設した復旧作業員はレベルCである。この人たちは、急性放射線障害は発生しなかった。ただし、白血病や発ガンのリスクを負ったのである。平均0.1シーベルト(=100ミリシーベルト)とすれば、10万人あたり400人に致死ガンが発生することになる。 年齢を重ねると誰でも発ガンの可能性が高まる。いろんな原因でガンになるのである。放射線も原因のひとつである。この種の研究は、レントゲンの発見以来、続けられている。広島原爆の時の半径500メートル以内の生存者78人の線量はレベルBである。1972年から25年間の死亡数は45名で、死亡時の平均年齢は74歳で、顕著な寿命短縮はなかった。 放射線防護学の研究グループは、東京都での核兵器テロ発生を想定し、発ガンによる寿命短縮を予測計算した。レベルBの線量を受けた生存者の平均寿命短縮は4カ月になり、広島と同様な結果で、放射線災害の生存者の寿命短縮は顕著にならないことを示したのである。もちろん健康被害を受けることにはなるのであるが、現状の日本の医療を受けた場合の予測である。 100ミリシーベルト未満の低線量では、致死ガン発生の危険性は実効的に無視できるという説がある。それは広島・長崎の長年の生存者の調査から、顕著な発ガンが見られない事実から言われていることである。 チェルノブイリの汚染地に暮らす線量レベルD(2〜10ミリシーベルト)以下の被災者の平均寿命短縮期間は10日未満と、放射線防護学の研究グループは予測している。チェルノブイリ周辺の3カ国の平均寿命が60歳前後であるので、低線量の被災者たちは、甲状腺以外の発ガンは顕著にはならないと考えられているのである。 WHOでは、この100ミリシーベルト以下の線量に対しても、発ガン数を計算し、指定数に加えている。汚染地の住民の平均線量は7ミリシーベルトであり、この低線量から5000人が、ガン死すると計算した。この低線量被災者に対する推定は、はなはだ疑問がある。2002年までのガン死亡数15人とも矛盾している。 リスクを過大評価し公衆に説明するのは、緊急時にはプラスに作用する。しかし、事故後20年も経過した復興期には、不安を住民に与えるだけである。こうしたマイナス面を、国際機関であるWHOの専門家たちは理解すべきである。 原子力発電所の事故災害では、核爆発は生じない。すなわち、核爆発の特徴である、衝撃波や閃光(熱線など)による災害にはならない。そのため、被害規模として、広島や長崎のような核兵器の戦闘使用による、都市が壊滅することはない。 原子力発電所事故災害は放射線障害になる。環境へ放出された放射性物質の放射能の大きさを比較した場合、チェルノブイリを1とすると、広島(1945年)が3万、ビキニの核実験(1954年)が1400万となる。ただし、広島の空中爆発では、ほぼ100%の放射性物質は高温のため、さらに上空へ昇り、広島市に降下しなかった。 ビキニ環礁での地表核実験では、発生した放射性物質の50%〜80%が海面や島へ降下した。ビキニの実験では、広範囲(およそ100キロメートル四方)に立入禁止となったが、大量の核の灰が風下に降下し、160キロメートル地点のマグロ漁船の第五福竜丸や、190キロメートル地点のロンゲラップ環礁の島民が危険な放射線障害を被った。そのため、ロンゲラップの全身被曝量がレベルB(1〜3シーベルト=1000〜3000ミリシーベルト)となった被災者の7%が甲状腺ガンとなった。一方、チェルノブイリ事故では、世界保健機構が調査した720万人の被災者の0.07%が甲状腺ガンとなった。すなわち、発ガンについても、核爆発災害がより危険であることが示されている。 チェルノブイリ事故後、原子力施設内部に数年間の間に何度も入って調査をしたある科学者がいた。 彼は、総計9000ミリシーベルトの被曝をしたが、元気に生きていると聞いた。この被曝線量値は、瞬時に被曝した場合には、致死量であるが、このように分割被曝では、致死とはならなかった。 この分割被曝の人体影響は、瞬時被曝よりも小さい影響となるようである。 さらに被曝の時間当たりの量、すなわち線量率も人体への影響の仕方に変化を与えると考えられる。 すなわち同じ線量値を、低線量率で被曝する場合は、それを高線量率で被曝する場合と比べて、人体影響は少ないようだ。 生物の高度な修復機能と関係があるのかもしれない。 この問題は、現在放射線生物学の重要なテーマとして研究が続けられている。 |