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記者の目:重大時期迎える原発問題の危機管理=中井和久
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20110714k0000m070140000c.html
毎日新聞 2011年7月14日 0時14分
原子力発電所をめぐるこの4カ月の経過は、羅針盤なき航海のようだ。東京電力の説明は二転三転して不信感を抱かせ、政府の対応は行き当たりばったりで関係者を右往左往させ、九州電力からは「やらせメール」問題が飛び出す……。こうした危機管理がうまくいかない原因は、判断する際の物差しがしっかりとしていないからだ。これから、事故収束・再出発へ向け重大な時期に入る。組織も個人も、しっかりと羅針盤を据え付け直す必要があると思う。
◇持つべき羅針盤は誠意と戦略
「11歳の長男が『福島県にいる子どもは、どうせ実験材料なんでしょ?』って言うんです」。若い同僚は、同県内で開かれた放射線に関する説明会の取材で、ある母親の言葉に絶句してしまったという。こんな不幸な事態を一刻も早く適切に収束させるためにどうすれば良いのか、自戒を込めて考えてみたい。
◇自信持ち家族に話せる行動か
実は、東京電力に「羅針盤」はある。原発のトラブル隠し(02年)の反省に立って「企業倫理遵守(じゅんしゅ)に関する行動基準」が定められ、虚偽データ報告の発覚(07年)を経てさらに改定が加えられた。そのマニュアルには、三つの自己チェックポイントが示されているという。
<その行動は、家族・友人に“自信を持って”話すことができるものですか?>
<その行動は、お客様や地域社会の方々から見て、問題のないものですか?>
<あなたは、“目先の利益”や“その場しのぎの対応”に目を奪われていないと自信をもって言えますか?>
これは社員が携帯するカードにも記され、常に自問自答する仕組みだという。
まさにこの3点は、危機管理の土台を示す。「組織の論理」を優先させるなという教えだ。こうした考え方がきっちりと守られていれば、国会をも巻き込んだ「海水注入問題」のドタバタ劇はなかったろうし、メルトダウン(炉心溶融)状態にあるとの見方を示すまで2カ月もかかったりしなかったと思う。
九州電力玄海原発2、3号機の運転再開に関する佐賀県民向け説明番組を舞台にした「やらせメール」問題も、大黒柱たる原子力部門の論理を最優先させたために起きたといえる。原発を不安視する世論が高まり、ただでさえ慎重にことを運ぶべき時期であるのに、発電再開容認の意見を投稿するように求めるメールを大量に送信してしまうという脇の甘さだ。発覚するリスクも考慮しないような、なりふり構わない行為にみえるだけに、事態は深刻なのかもしれない。
きれい事でメシは食えない−−と反発するむきがあるかもしれないが、危機管理の世界で、この誠実さは常識だ。JR西日本福知山線脱線事故の調査報告書案が事前にJR側に漏れていた問題(09年)。同社のコンプライアンス(法令順守)特別委員会が出した最終報告書も、「その行為は、家族や親しい人に悲しい思いをさせませんか」と自問することが、「確実な羅針盤」になると強調している。考え方は、同じなのだ。
さて、わが菅直人内閣。例えば、放射性物質の拡散予測を早く公表しなかったことは家族や友人に自信を持って話すことはできないだろう。電力会社と同じように、組織の論理を優先するあまり住民への誠実さを欠く行為だった。
そのうえ、情報を隠す政府と印象づけてしまっており、二重の意味で失敗だったと言わざるを得ない。これは結局、情報公開という戦略がしっかりと定まっていないことを示している。
◇針路定まらずに戦術に走る愚
原発対応をめぐる現内閣の問題はここにある。原発再開問題でも、ストレステスト(耐性試験)の位置づけをめぐり、閣内対立があらわになる。これは、原発再開という難テーマに関する戦略が定まっていないのに、ストレステストという戦術だけが先行して表に出てしまうから、混乱が生じるのだ。
戦後初と言っていい重大な事故であり、過去の経験やマニュアルが通用しない事態なのだから、今までは、ある程度の混乱は仕方がないし、誰がやっても百点満点の対処はできなかったかもしれない。
しかし、事故収束への手順を示した工程表が近く新段階に入り、来年にかけて、避難している地元の人たちにいつ、どうやって帰宅してもらうのかが焦点になってくる。新たなエネルギー政策をどう構築するかも待ったなしだ。
そんな重大局面を迎えるいま、電力会社には誠意、政府には誠意に加えて戦略という羅針盤が必要だ。そうしないと、私たちは冒頭に紹介したような子供たちへの責任を果たせないと思う。(東京科学環境部)
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