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全原発耐性テスト 再稼働、突然「待った」
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毎日新聞 2011年7月7日 東京朝刊
◇首相「安全委に聞いたのか」 経産相「今さら何言っている」
政府は6日、全原発を対象に新たに安全性を点検するストレステスト(耐性試験)を行うと発表したが、経済産業省原子力安全・保安院は6月、定期検査中の原発は「安全」と宣言したばかり。方針変更の背景には、原発再稼働を急ごうとした海江田万里経産相に対し、脱原発に傾く菅直人首相が待ったをかけたことがある。政府の迷走は立地自治体や国民の不信を高める。九州電力玄海原発(佐賀県)などの再稼働が遅れるのは必至で、夏場の電力不足懸念が一段と強まりそうだ。
「原子力安全委員会に聞いたのか」。6月29日に玄海原発の地元に再稼働を要請した海江田氏を待っていたのは、首相の厳しい言葉だった。安全委員会の了解を取っていないことをなじる首相に対し、海江田氏は「安全委員会を通すという法律になっていない」と反論。首相は「それで国民が納得するのか」と再稼働に反対する姿勢を鮮明にした。
しかし、海江田氏が6月18日に行った安全宣言に首相は「私も全く同じ」と同調していた。突然、はしごを外された海江田氏は鳩山由紀夫前首相らに「首相の独走」を報告。「もう頭に来た。今さら何を言っているんだ」と怒りをぶちまけた。
首相が中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の停止要請を発表したのは5月6日。その時点で「ほかの原発は別」というのが政府内の共通認識で、経産省は夏の電力不足を回避しようと立地自治体が最も理解を示している玄海原発の再稼働に照準を合わせ、説得に動いた。
海江田氏の要請を受け玄海町は7月4日、九州電力に再稼働への同意を伝えた。「古川康知事が要望する首相との会談が実現すれば再稼働できる可能性が高い」(経産省幹部)状況までこぎつけたところで、ブレーキをかけられた。脱原発を続投の原動力にしている首相が、自ら再稼働要請する場面を作りたくなかったとの見方もある。
現行制度は経産省原子力安全・保安院の検査で再稼働の是非を判断する仕組みになっている。だが、首相は「(東京電力福島第1原発事故で)一番失敗した役所が自分で作った基準で『はい、安全です』なんて通用するわけないだろう」と周辺に語り、安全委員会を所管することになった細野豪志原発事故担当相をストレステストに関与させることにした。首相は6日の衆院予算委で、海江田氏の安全宣言を事前に了解していたかを聞かれ「本人に聞いて」と否定。海江田氏も「事前にということはない」、安全委員会の班目春樹委員長も「事前に見ていない」と述べ、経産省の独断を印象づけるやりとりとなった。
ストレステストについて首相周辺は「動かすための基準か、将来的に止めるための基準かを考えた方がいい」と再稼働ありきの経産省をけん制。「首相は脱原発を掲げて8月に衆院解散・総選挙に踏み切るのではないか」との臆測も広がる。【田中成之、野原大輔】
◇電力需給さらに逼迫
「定期検査中の原発の再稼働が遠のいた」。政府のストレステスト実施発表に、電力各社や産業界では夏の電力不足への懸念が高まった。テストの詳細はこれからだが、EUの場合、半年程度かかっている。原発再稼働の遅れで電力9社のうち北海道と中国を除く7社の今夏の供給予備率(発電能力がピーク需要を上回る割合)は適正水準(8〜10%)を大きく下回る公算で、夏場の電力需給が一層厳しくなるのは確実だ。
玄海原発の早期再稼働を期待していた九州電力は「政権維持に脱原発を利用している」(幹部)と官邸への不信感さえ示す。九電は、6月の保安院の「安全宣言」をテコに佐賀県玄海町と同県から7月中旬にも玄海原発の再稼働容認を取り付け、夏場の電力供給予備率を13%強に高める考えだった。だが、政府の方針変更で思惑は崩れ、予備率は3・5%に低下する見通しだ。
発電量の5割を原発に頼る関西電力もショックが大きい。定検で停止中の原発4基の再稼働が見通せない上、今月20日前後に新たに2基が定検に入る。8月が猛暑なら、ピーク需要は3138万キロワットに上る見込みだが、供給力は3049万キロワット。東京電力や東北電力と違い、罰則付き電力使用制限令ではなく、自主節電(昨年ピーク需要比15%減)を採用しているだけに、夏の電力不足への危機感は強い。代替火力用の燃料確保や、中国電力からの融通などを進めるが、来年2月までに定検と再稼働の遅れで原発全11基が停止しかねない状況だ。
全国で稼働中の原発17基のうち、今夏に7基が定検入り。他の運転中の原発も次々と定検を迎え、原発再稼働が実現しなければ、来年5月には原発54基が全て停止する。経産省は「テストで住民の安心感が高まれば、再稼働も円滑になる」(幹部)と強調。「原発を稼働したままのテストも可能」(資源エネルギー庁幹部)と説明するが、中途半端なテストでは地元の反対を強めかねない。東日本大震災に伴う今夏の節電には熱心な産業界も「電力不足が長期化すれば、工場の海外移転が加速する」(自動車メーカー幹部)と空洞化を懸念する。【和田憲二、横山三加子、太田圭介】
◇EUが実施の先例 専門家「テストより訓練大事」
一般にストレステストは、製品の性能以上の負荷(ストレス)を与えた場合の限界を確認する試験を指す。
欧州連合(EU)が6月から始めたストレステストは、福島第1原発事故を受け導入された。域内の全143基の原発が、想定を上回る地震や洪水といった災害、航空機墜落に耐えられるかどうかを統一基準で評価する。
具体的には全電源や冷却機能が失われた場合、メルトダウン(炉心溶融)など過酷事故に至るかどうかを調べる。検査は、自国と他国の規制機関による二重チェックで、安全性の向上を図る。年内に中間報告、来年6月に最終報告が提出される。
日本の原発の安全審査では、過去の地震や津波を基に行われてきた。過酷事故は可能性が低いとして、その対策は事実上、電力各社の自主取り組みに任されていた。
原子力安全委員会は6日、経済産業省原子力安全・保安院にストレステストの手法と実施計画を1週間程度で作るよう求めた。各原発の対策の点数化が念頭にあり、安全委の班目春樹委員長は「これまでは安全か否かだった。数値化で原発がどこまで安全かを客観的に示せる」と話す。
一方で、EUの原発の多くは、内陸の河川沿いに立地し津波を重視していない。日本のように複数の原子炉が集中しておらず、どこまで参考にできるか不透明だ。エネルギー総合工学研究所の内藤正則部長は「福島事故では、過酷事故対策が実行できなかった。ストレステストより現場の訓練が大切だ」と話す。【中西拓司、岡田英、比嘉洋】
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