http://www.asyura2.com/11/genpatu13/msg/825.html
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http://alcyone.seesaa.net/article/213569438.html
著作権処理済み。
http://www.kagakueizo.org/2011/01/post-332.html
1985年 27分 (カラー)
【製作者の声】
1966年12月から建設が開始した東京電力の原子力発電所。原子力発電の仕組み、建設工程を詳細に記録した劇場上映用映画。この時代、映画館で盛んに上映されていたことが伺える。
この作品は埼玉文化振興基金助成金によりデジタル化、配信
↓
NAGAOKA Yoshiyuki(フリーランス記者)
https://twitter.com/#!/dokuritukisya/status/80686418791374848
これらの映画を見て、何とも切ない気分になった。ほかでは考えられないほど安全には注意を払っている、この地方は過去数百年、地震や台風、津波などの大きな被害を受けたことがない、防波堤があらゆる波にも堪えられるよう実験をしたとか、原発の“安全性”を宣伝しておきながら、この有様だ。
NAGAOKA Yoshiyuki(フリーランス記者)
https://twitter.com/#!/dokuritukisya/status/80686632151416832
ほかの地域の人間なら仕方がないが、「福島原発の建設」の映画では、曲がりなりにも自社の原発が立地する町なのに、双葉町や大熊町の読み方も間違えるいい加減さも非常に気になった。東電の地元に対する理解もこの程度だったということなのだろう。
NAGAOKA Yoshiyuki(フリーランス記者)
https://twitter.com/#!/dokuritukisya/status/82138792244428800
科学映像館にもうひとつ興味深い映画があった。「原子力発電の夜明け」
http://www.kagakueizo.org/2009/03/post-76.html
(66年、40分、企画・第一原子力産業グループ)。東海村にできた日本初の原発の建設の過程を描いたものだ。出力はかなり小さかったはずなのに、巨大な建造物だったことに驚く。
NAGAOKA Yoshiyuki(フリーランス記者)
https://twitter.com/#!/dokuritukisya/status/82139302355673089
「原子力発電の夜明け」は、文部省や原子力委員会が推薦したのは当然としても、日本PTA全国協議会とともに、東京都教職員組合や日本ジャーナリスト会議までもが推薦していた。「原子力(核)の平和利用」なる幻想を、当時の「革新」側の一部も積極的に共有していたことを確認できたのも収穫だった。
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