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産経新聞 7月2日(土)7時55分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110702-00000103-san-soci
東京電力福島第1原発事故の発生から4カ月近くがたつが、事態収束の見通しは立っていない。土壌や農水産物からの放射性物質の検出が続き、多くの人が健康被害に対する漠然とした不安を抱える中、日本学術会議(会長代行=唐木英明東大名誉教授)は1日、「放射線を正しく恐れる」をテーマに、低線量の放射線被曝(ひばく)による健康への影響や国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告などの国際基準について緊急講演会を行った。
日本学術会議は昭和24年に設立された国の特別機関。約84万人の科学者を代表する会員210人が、政府に対する政策提言や世論啓発を行っている。
緊急講演会は、放射性物質に関する情報があふれ、多くの国民の不安を解消するために開かれた。特に100ミリシーベルト以下の低線量被曝をめぐっては、発がんなどのリスクを示す科学的なデータがなく、専門家の間でも意見が分かれている。
唐木氏は「放射線に対し、正しく恐れるのではなく、恐れすぎという風潮がかなりある。放射線のリスクはどの程度のものなのか、理解していただく必要がある」と話した。
この日、講演したのは大分県立看護科学大の甲斐倫明教授(放射線保健)や日本アイソトープ協会の佐々木康人常務理事ら4人。
会場からは「子供への(放射性物質の)影響はどの程度あるのか」といった質問が出され、講演者の一人は「10歳の場合、成人に比べ2〜3倍のリスク」と回答。「ICRPの国際基準には子供や妊婦への影響も盛り込まれている」などと説明していた。
放射線の影響の中でも、低い放射線量を浴びた場合の発がんリスクについて考えたい。重要なのが被曝したときの年齢だ。発がんには長い時間がかかり、生活習慣などいろんな要因で引き起こされるからだ。被曝年齢が10歳だと、成人に比べて2〜3倍のリスクがある。
年齢に加え、最も重要なのが浴びた放射線量だ。広島、長崎の原爆データでは横軸を線量、縦軸を発がんリスクとしてグラフ化すると、右肩上がりの直線型になる。つまり線量が高くなれば、発がんリスクは比例して高くなる。ただ低線量である100ミリシーベルト以下では、統計的に影響が出たというエビデンス(証拠)がないため、発がんリスクの判断は難しいというのが世界的な共通認識だ。
このように100ミリシーベルト以下ではデータがないため、生物学的実験データなどから科学的な推論をするしかなく、いろんな理論が作られている。例えば、しきい値型理論。つまり線量が低くなると、ある時点でリスクがまったくなくなるというもの。また線量が低くなると、ある一定の時点から発がんリスクがなくなり逆に健康に効果があるというホルミシス型もある。
低線量被曝では、ほかにも多くの理論があるが、科学的データが十分とはいえない。わが国を含め国際的に多く利用されているのは科学的データに基づく直線型理論。「何ミリシーベルトまで浴びていい」というのではなく、できるだけ線量は少なくすることが重要だ。
【プロフィル】甲斐倫明 かい・みちあき 大分県立看護科学大教授、国際放射線防護委員会(ICRP)委員。専門は放射線保健・防護、放射線リスク解析。医療被曝のリスク論など放射線防護の基本問題を研究。大分県出身、56歳。
ICRPは国際放射線医学会(ICR)の委員会として1928年の設立当初、放射線を扱う医療従事者の安全を確保するために放射線防護に関する勧告を行った。しかし、科学技術の進歩や大気圏核実験による放射性物質の放出などを受け、公衆の被曝や医療被曝を含むすべての被曝を対象にした防護基準の策定にあたっている。
最新のICRPの防護基準(2007年)は、3つの原則に基づいている。
第1には、個人や社会の利益が被害を上回るときにだけ被曝が正当化されること。第2は、被害と利益の両方を勘案し、リスクの総和が最も小さくなるように防護活動を最適化すること。
そして第3は、平時には個人の被曝線量に限度を設定すること。
緊急時には、単に線量を低減することだけでなく、さまざまな要因を考慮し、できる限り、被曝線量を低くする必要がある。
ICRPの07年勧告は、最適化の線量基準を(1)年間1ミリシーベルト以下(2)同1〜20ミリシーベルト(3)同20〜100ミリシーベルト−の3つの枠で示し、今回のような事故時では年間20〜100ミリシーベルトで対応するよう勧めている。これを受け、政府は年間累積放射線量が20ミリシーベルトを超える恐れのある地域を計画的避難区域と定めた。
今回の事故はまだ収束のめどが立っていない。しかし、各分野の専門家、行政が横断的に協力し、被災者代表も交え、汚染の事後処理にあたる必要がある。
【プロフィル】佐々木康人 ささき・やすひと 日本アイソトープ協会常務理事。専門は放射線医学、核医学。東大医学部放射線医学講座教授や国際放射線防護委員会(ICRP)主委員会委員などを歴任。東京都出身、74歳。
放射線を浴びてがんになる確率は、主に広島、長崎の原爆被爆者のデータから出ており、1千ミリシーベルト浴びると、がんになる確率が5・5%上がるといわれている。政府が定める計画的避難区域は、年間の放射線量を積算すると20ミリシーベルトに達する可能性がある地域。50年間住み続けた場合、被曝線量は1千ミリシーベルトとなり、がんのリスクは1年あたり0・11%の増加となる。
喫煙のリスクと比べるとどうか。非喫煙者のがんの危険度を1とすると、喫煙者の危険度は1・6倍に上がる。平均的な喫煙のリスクを放射線に換算すると、年間32ミリシーベルトとなる。つまり、年間20ミリシーベルトの地域に住んだとしても、リスクは喫煙より小さいといえる。
非常時の状況をリスクで理解し受容できるかどうかは、個人の判断に任せていいのではないか。子供が心配なので避難したいという人、家畜がいるので残りたいという人、両方の判断があっていいと思う。
また、汚染された土壌についても、土の廃棄量が少なくて済む処理方法を考える必要がある。現在、放射性セシウムは土壌表面に沈着しており、表面の数センチをはぎ取るのが理想的。ヒマワリを植えて吸収させるという話もあったようだが、深く根を張るので表面のセシウムは吸収できず、あまり意味がない。
はぎとった土は国が処分場所を定め、地下水への移行が少ないことを実験で確認した上で、至急処理すべきだ。
【プロフィル】柴田徳思 しばた・とくし 日本原子力研究開発機構客員研究員、東大名誉教授、総合研究大学院大名誉教授。専門は原子核物理、放射線計測、放射線防護。東大原子核研究所教授などを歴任。東京都出身、69歳。
過剰なストレスが健康を害する一方で、適量であれば好影響を与えるという「ホルミシス効果」がある。適度な運動やインフルエンザワクチンなどの予防接種もこの効果を用いて免疫力を向上させている。
国連科学委員会が定める低線量(200ミリシーベルト未満)の放射線被曝についてもこの効果があるといえ、科学的に実証されつつある。
マウスを用いた実験で、500ミリシーベルト(人体では200ミリシーベルトに相当)の放射線を1回照射した場合、細胞に悪影響を与える活性酸素の発生を抑制する「抗酸化機能」が向上。脳細胞膜の弾力性が高まるなど老化の抑制に効果があったほか、糖尿病など生活習慣病の抑制も認められた。
また、岡山大は三朝(みささ)温泉(鳥取県)にラドン温泉療法施設を設置し、人体に対する影響を研究している。ラドンはウランが核分裂し、放射線を出した後にできる気体の放射性物質で、放射線量は1時間当たり0・008ミリシーベルト程度。日常生活で被曝する放射線量の約100倍となる。
膝関節症の患者に約40分のラドン熱気浴を1日おきに約1カ月間続けた場合、関節の痛みや炎症が改善した。老廃物の排出促進や抗酸化機能の向上、損傷したDNAの修復能力も高まった。
だが、これらは研究段階にあり、放射線防護の観点では、発がんリスクをできるだけ抑えるため、「放射線被曝は少ないほどよい」とするICRP勧告を守るべきだ。
【プロフィル】山岡聖典 やまおか・きよのり 岡山大大学院教授。専門は放射線健康科学、生体応答解析学。低線量放射線による生体防御機能の活性化など、生体への有益効果(放射線ホルミシス)について研究。岡山県出身、55歳。
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