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結城昭氏と首都圏の駅前広場で偶然に出会った。
鉄筋職人が着る白い作業服、その胸には黒いマジックで文字が書かれていた。
はじめわたしは芸術関係の人かと思った。
結城昭氏は福島救済のために命をかけている人であった。
プロテスタントキリスト教の伝道者であった。
カトリックもプロテスタントもキリスト教会は全国で東日本大地震大津波被災者のために、全力をあげて活動しているということだった。
80年代後半、わたしは横浜寿町の日雇労働者組合員であった。そこで「キリストは寿町にいる」と現場で必死に活動していたプロテスタント牧師や伝道者の活動、その後姿を知っている。
それは東京・山谷でも大坂・釜ガ崎でも同じであった。
2011年6月23日、わたしは結城昭氏と偶然に出会い、デジタルカメラを起動させた。
現状を聞くことができた。
結城昭氏は直訴状を見せてくれた。
田中正造的行動は仲間に止められたそうである。
命をかけている結城昭氏は
フクシマまでの十字架行進を決行する。
その出発の映像を撮ることをわたしは約束した。
「6・19 すべての原発をとめよう 怒りのフクシマ大行動」のアップロードも
わたしはまだ終了していない。世界の方々に視聴していただくためには、英語の自動翻訳で英語文字を入れなくてはならない。その英語自動翻訳では6月19日を6月11日と、間違ってしまった。時間に追われ急いでは失敗してしまう。
革命とは地道である。
巨大新聞・巨大テレビ、マスメディア、マスゴミ、記者クラブとの最終戦争に突入ているわたしであるが、地の塩をなめながら地道にやっていきたい。
地道に歩行することに、昨日から今日、そして明日がある。
21世紀1年代の現在、田中正造は存在した。
キリスト教者結城昭氏に存在的革命を発見した。
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