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□ 『福島原発事故における被ばく対策の問題ー現況を憂う』
■ 西尾正道:独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター
院長(放射線治療科)
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■from MRIC
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●はじめに
2011年3月11日は日本の歴史上で忘れられない日付となった。大地震とそれによる
津波被害だけでも未曾有の事態であるが、福島原子力発電所の全電源喪失による事態
により原発の「安全神話」は崩壊し、今なお震災復興や事故対策の目途が立たない状
況が続いている。関係者は全力で対応しているが、情報開示不足や指揮の不手際や事
故収拾に向けた不適切な対応もあり、今後の健康被害が憂慮されている。
原発事故による放射性物質の飛散が続く中、地域住民は通常のバックグランド以上
の被ばくを余儀なくされて生活している。私は事故直後に風評被害を避けるために、
3月14日に『緊急被ばくの事態への対応は冷静に』と題する雑文を短期収束を前提に
書いて配信させて頂いた。しかし事故の全容が明らかになり、放射性物質の飛散が長
期的に続くとなれば、全く別の対応が必要となる。6月5日現在の情報をもと、原発事
故を通して見えてきた【放射線】を取り巻く社会的対応や健康被害について私見を述
べる。
●原発事故で判明した「放射線」に関する社会の無理解
原爆被ばく国であり本来は最も「放射線」に対して知識を持っているはずの日本人
の原発事故への対応は、なお混迷している。
事実の隠蔽と会社存続に固辞して画策する東京電力、文系技官が中心で正確な知識
を持ち合わせていない行政、指導力と緊張感を欠如した政府首脳、政争の具に利用し
ようとする政治家達、今まで原発の安全神話を作り上げてきた御用学者や業界人、こ
うした原子力村の人々の姿を見れば、日本に明るい未来を感じることはできない。な
んとも悲しい現実である。
多くの報道機関からも取材を受けたが、社会部などの担当者の知識が乏しいため、
5分でおわる電話取材でも30分となる。これでは詳細な情報や真実は国民には伝わら
ない。本当の使命は真実を伝えることなのだが、パニックとなりかねないことは決し
て報道しないジャーナリストや報道機関。本当にこれでいいのだろうか。しかし現実
の超深刻な原発事故の収拾には、多くの犠牲を払っても実現しなければならない。
●作業員に対する被ばく対応の問題
この2カ月余りの経過を報道で知る限り、住民や原発事故の収拾に携わる作業員の
健康被害について極めて問題がある。事故発生後、早々と作業員の緊急時被ばく線量
の年間限度値を100mSvから250mSvに上げたが、この姿勢はご都合主義そのものである。
250mSvは遺伝的影響は別として、臨床症状は呈しないと言われる線量である。「ただ
ちに健康被害は出ない」上限値である。しかし作業員の健康被害を考慮すれば、やは
り法律を順守した対応が求められる。 そのための法律なのである。
また作業員への衣食住の環境は極めて劣悪であり、人間扱いとは思えない。誰が被
ばく管理や健康管理を担当して指揮しているのか、そのデタラメさは目に余るものが
ある。
自衛隊ヘリによる最初の注水活動「バケツ作戦」では、被ばくを避けるために遮蔽
板をつけ、飛行しながら散水した。遮蔽板を付けるくらいならばその分、水を運んだ
ほうがましであり、最適な位置に留まって注水すべきなのである。この論理でいえば
我々は宇宙から注ぐ放射線を避けるために頭には鉛のヘルメットをかぶり、地面から
のラドンガスを避けるために靴底にも遮蔽板を付けて、常に動きながら生活すること
となる。
医療で部位を定めて照射する直接線(束)からの防護と、空間に飛散した放射性物質
からの防護の違いを理解していない。必死の覚悟で作業している自衛隊員が気の毒で
あった。
また、白い独特の服装を防護服と称して着用させて、除染もしないで着のみ着のま
まで就寝させている光景は異常である。放射線に対する防護服などはない。安全神話
の一つとして、ヨード剤を放射線防護剤と称して、あたかも放射線を防護できるよう
な言葉を使用してきたが、防護服も同様な意味で名称詐欺である。着用すれば、塵状
・ガス状の放射性物質が直接皮膚に接触しないだけであり、防護している訳ではない。
防護服を着たまま寝るよりは、通常の衣服を厚めに来て皮膚面を覆うことが重要であ
り、毎日新しいものに着替えたほうがよほど被ばく線量は少なくなる。放射線防護の
基本的なイロハも理解していない対応である。また通常は13,000cpm(4000Bq/m2)以上
を除染対象としていたが、入浴もできない環境下で、いつのまにか除染基準を100,000
cpmとした。13,000cpmの基準では全員が除染対象となるからであろう。作業当日の被
ばくからの回復には高栄養と安静が最も重要なことであるが、プライバ シーも無い
体育館のような免震重要棟に閉じ込めておくのは、逃げられないためなのであろうか
と疑いたくない。30分もバスで走れば、観光客が激減して空いているホテルで静養で
きるはずである。
被ばく線量のチェックでは、ポケツト線量計も持たせず、またアラームが鳴らない
故障した線量計を渡すなど、下請・孫請け作業員の無知に付け込んだ信じられない東
電の対応である。さらに作業中のみ線量計は持たされても、それ以外は個人線量計も
持たせていないのは論外である。寝食している場所も決して正常範囲の空間線量率の
場所ではないのである。被ばく線量を過小評価してできるだけ働かそうという意図が
見え見えである。また放射性物質が飛散した環境下では最も重要な内部被ばくもホー
ルボディカウンタで把握し加算すべきである。これでもガンマー線の把握だけなので
ある。
原発周辺の作業地域は中性子線もあるであろうし、プルトニウムからのアルファ線
もストロンチウムからのベータ線も出ているであろう。線質の違いにより測定する計
測器や測定方法が異なるため、煩雑で手間暇がかかるとしても内部被ばくの把握は最
も重要なことである。インターネット上の作業員の証言では通常よりは2桁内部被ば
く線量も多くなっているという。このような対応の改善が無ければ、まさに「静かな
る殺人」行為が行われていると言わざるを得ない。
5月24日には1〜3号機の全てで原発がメルトダウン(炉心溶融)の状態であることが
発表されたが、ガンマー線のエネルギーを調べればコバルト-60も放出されていたは
ずである。ウランの崩壊系列からは出ないコバルト-60の検出は、燃料ペレットの被
覆管の金属からの放出であり、メルトダウンしていること は想像できたことである。
今後は膨大なマンパワーで被ばくを分散して収拾するしかない。そのためには多く
の作業員を雇用して、原発建屋や配管などの詳細な設計図や作業工程を熟知させて作
業に当たる必要がある。しかしその準備の気配もない。現在は5千人前後の人達が原
発の収拾に携わっているらしいが、作業員の線量限度を守るとすれば、百倍、千倍の
作業員が必要となる可能性がある。不謹慎であるが、低迷する日本経済の中で、皮肉
にも被ばくを代償とした超大型雇用対策となった。
3号機はMOX燃料であり、ガンマー線の20倍も強い毒性を持つα線を出す半減期2万
4000年のプルトニウム-239も出ている作業環境である。ガンマー線の測定だけでは作
業員の健康被害は拡大する心配がある。揮発性の高い核種であるセシウムやヨウ素は
遠くまで飛散するが、事故現場周辺はウランや中性子線もあるであろうし、被覆材か
らのコバルト-60も出ている。6月4日の報道では1号機周囲で4千mSv/hが測定されてお
り、人間が近づける場所ではなくなっている。
作業員に対して事前に造血幹細胞採取を行い、骨髄死の可能性を極力避ける工夫も
提案されたが、原子力安全委員会や日本学術会議からは不要との見解が出され、事の
深刻さを理解していないようだ。
また放射性医薬品を扱っている日本メジフィジックス社は事故直後にラディオガル
ダーゼ(一般名=ヘキサシアノ鉄(II)酸鉄(III)水和物)を緊急輸入し無償 で提供した。
この経口薬はセシウム-137の腸管からの吸収・再吸収を阻害し、糞中排泄を促進する
ことにより体内汚染を軽減する薬剤である。作業員にはヨウ素剤とともにラディオガ
ルダーゼの投与を行うべきである。このままでは、いつもながらの死亡者が出なけれ
ば問題としない墓石行政、墓石対応となる。
●地域住民に対する対応の問題
地震と津波の翌日に水素爆発で飛散した放射線物質は風向きや地形の違いにより、
距離だけでは予測できない形で周辺地域を汚染した。高額な研究費を費やしたとされ
るSPEEDIの情報は封印され、活用されることなく3月12日以降の数日間で大量の被ば
く者を出した。SPEEDIの情報は23日に公開された が、時すでに遅しである。公開で
きないほどの高濃度の放射線物質が飛散したことによりパニックを恐れて公開しな
かったとしか考えられない。郡山市の医院で は、未使用のX線フィルムが感光したと
いう話も聞いている。また静岡県の茶葉まで基準値以上の汚染が報告されているとし
たら、半減期8日のヨウ素からの放 射能が減ってから23日に公開したものと推測でき
る。
菅首相の不信任政局のさなか、原口前総務大臣はモニタリングポストの数値が公表
値より3桁多かったと発言しているが、事実とすれば国家的な犯罪である。情報が隠
蔽されれば、政府外の有識者からの適切な助言は期待できず、対応はミスリードされ
る。
「がんばろう、日本 !」と百万回叫ぶより、真実を一度話すことが重要なのである。
3月23日以前の国民が最も被ばくした12日間のデータを公開すべきである。
後に政府・東電は高濃度放射能汚染の事実を一部隠蔽していたことを認めたが、
X線フィルムが感光するくらいであるから、公表値以上の高い線量だったことは確か
である。全く不誠実な対応であるが、その後も不十分な情報公開の状態が続いている。
そして現在も炉心溶融した3基の原子炉から少なくなったとはいえ放射性物質の飛散
は続いているが、収束の兆しは全く見えてこない。
日本の法律上では一般公衆の線量限度は1mSv/年であるが、政府は国際放射線防護
委員会(ICRP)の基準をもとに警戒区域や計画的避難区域を設け、校庭の活動制限の
基準を3.8μSv/hとし、住民には屋外で8時間、屋内で16時間の生活パターンを考えて、
「年間20mSv」とした。文科省が基準としたICRP Publication 109(2007)勧告では、
「緊急時被ばく状況」では20 mSv〜100 mSv/年を勧告し、またICRP Publication 111
(2008)勧告では、「緊急時被ばく状況」後の復興途上の「現存被ばく状況」では1mSv
-20 mSv(できるだけ低く)に設定することを勧告している。
政府は移住を回避するために、復興期の最高値20mSvを採用したのである。しかし
原発事故の収拾の目途が立っていない状況で住民に20mSv/年を強いるのは人命軽視の
対応である。
この線量基準が諸兄から「高すぎる」との批判が相次いだ。確かに、年齢も考慮せ
ず放射線の影響を受けやすい成長期の小児や妊婦にまで一律に「年間 20mSv」を当て
はめるのは危険であり、私も高いと考えている。しかし私は、「年間20mSv」という
数値以上に内部被ばくが全く計算されていないことが最大の問題であると考えている。
政府をはじめ有識者の一部は100mSv以下の低線量被ばく線量では発がんのデータは
なく、この基準の妥当性を主張している。しかし最近では100mSv以下でも発がんリス
クのデータが報告されている。
広島・長崎の原爆被爆者に関するPrestonらの包括的な報告では低線量レベル(100m
Sv以下)でもがんが発生していると報告2)され、白血病を含めて全てのがんの放射線
起因性は認めざるを得ないとし、被爆者の認定基準の改訂にも言及している。
また、15カ国の原子力施設労働者40万人以上(個人の被曝累積線量の平均は19.4mSv)
の追跡調査でも、がん死した人の1〜2%は放射線が原因と報告している3)。
こうした報告もあり、米国科学アカデミーのBEIR-VII(Biological Effects of
Ionizing Radiation-VII、電離放射線の生物学的影響に関する第7報告, 2008)では、
5年間で100mSvの低線量被曝でも約1%の人が放射線に起因するがんになるとし、「し
きい値なしの直線モデル」【 (LNT(linear non-threshold)仮説 】は妥当であり、
発がんリスクについて「放射線に安全な量はない」と結論付け、低線量被ばくに関す
る現状の国際的なコンセンサスとなっている。
さらに、欧州の環境派グループが1997年に設立したECRR(欧州放射線リスク委員会)
は、国際的権威(ICRP、UNSCEAR、BEIR)が採用している現行の内部被ばくを考慮し
ないリスクモデルを再検討しようとするグループであるが、先日の報道では、ECRRの
科学委員長であるクリス・バスビーは ECRRの手法で予測した福島原発事故による今
後50年間の過剰がん患者数を予測している。原発から100kmの地域(約330万人在住)で
約20万人 (半数は10年以内に発病)、原発から100Km〜200Kmの地域(約780万人在住)で
約22万人と予測し、2061年までに福島200km圏内汚染地域で417,000人のがん発症を予
測している。しかし計算の根拠とした幾つかの仮定や条件が理解できない点も混在し
ており、予測値は誇張されていると私は感じている。ちなみにICRPの方法では50年間
で余分ながん発症は6,158人と予測されている。さてこの予測者数の大きな違いはど
う解釈すべきなのか。
また、震災前の3月5日に、米国原子力委員会で働いたことのあるJanette Sherman
医師のインタビュー4)では1976年4月のチェルノブイリ事故後の衝撃的な健康被害が
語られている。彼女が編集したニューヨーク科学アカ デミーからの新刊 "Chernobyl
: Consequences of the catastrophe for people and the environment"によると、
医学的なデータを根拠に1986〜2004年の調査期間に、98.5万人が死亡し、さらに奇形
や知的障害が多発しているという。また、ヨウ素のみならずセシウムやストロンチウ
ムなどにより、心筋、骨、免疫機能、知的発育が起こっており、4000人の死亡と報告
している IAEAは真実を語っていないと批判している。これは、(1)正確な線量の隠
蔽、(2)低線量でも影響が大きい、(3)内部被ばくを計算していないため、 と
いった原因が考えられる。この大きな健康被害の違いについても、私は内部被ばくの
軽視が最大の原因だと考えている。
しかし低線量でも被害が大きいことが隠蔽されている可能性も否定できない。ちな
みに原発事故の翌日に米国は80Km圏内からの退避命令を出しており、低線量被ばくの
被害の真実の姿を握っていて対応した可能性もある。
●内部被ばくの問題
白血病や悪性リンパ腫などの血液がんの治療過程において、(同種)骨髄移植の前
処置として全身照射が行われているが、その線量は12Gy/6分割/3日である。しかしこ
の線量で死亡することはない。全身被ばくの急性放射線障害は原爆のデータから、致
死線量7Sv、半数致死線量4Sv、死亡率ゼロの『しきい 値』線量1Svの線量死亡率曲線
を導き出し、米国防総省・原子力委員会の公的見解としている。しかしがん治療で行
われる全身照射12Gy(Sv)では死亡 しない。また医療用注射器の滅菌には20,000Gy
(=Sv)、ジャガイモの発芽防止には150Gy(=Sv)照射されている。こうしたX線やγ線の
光 子線照射では放射線が残留することはない。
しかしα線やβ線は粒子線であり、飛程は短いが身体に取り込まれて放射線を出し
続ける。人体に取り込まれた放射性物質からの内部被ばくでは、核種により生物学的
半減期は異なるが、長期にわたる継続的・連続的な被ばくとなり、人体への影響はよ
り強いものとなる。このため、被ばく時当初の放射線量 (initial dose)は同じでも
人体への影響は異なると考えるべきであり、早急に預託実効線量の把握に努めるべき
である。
したがってパニックを避けるためにCT撮影では6.9mSvであるなどと比較して語るの
は厳密に言えば適切な比較ではない。画像診断や放射線治療では患者に利益をもたら
すものであり、また被ばくするのは撮影部位や治療部位だけの局所被ばくであり、当
該部位以外の被ばくは極微量な散乱線である。内部被ばくを伴う放射性物質からの全
身被ばくとは全く異なるものであり、線量を比較すること自体が間違いなのである。
臨床では多発性骨転移の治療としてβ線核種のSr-89(メタストロン注)が使用され
ているが、1バイアル容量141 MBqを健康成人男子に投与した場合の実効線量は437mSv
であるが、最終的な累積吸収線量は23Gy〜30Gy(Sv)に相当する。一過性に放射線を浴
びる外部被ばくと、放射線物質が体表面に付着したり、呼吸や食物から吸収されて体
内で放射線を出し続ける内部被ばくの影響を投与時の線量が同じでも人体への影響も
同等と考えるべきではないのである。
現在の20mSv問題は、より人体影響の強い内部被ばくを考慮しないで論じられてお
り、飛散した放射性物質の呼吸系への取り込みや、地産地消を原則とした食物による
内部被ばくは全く考慮されていないのである。通常の場合は、内部被ばくは全被ばく
量の1〜2%と言われているが、現在の被ばく環境は全く別であり、内部被ばくのウエ
イトは非常に高く、人体への影響は数倍あると考えるべきである。早急にホールボ
ディカウンタによる内部被ばく線量の把握を行い、空間線量率で予測される外部被ば
く線量に加算して総被ばく線量を把握すべきである。全員の測定は無理であるから、
ランダムに抽出して平均的な内部被ばく線量の把握が必要である。また排泄物や髪毛
などのバイオアッセイによる内部被ばく線量の測定も考慮すべきである。
現在の状況は、自分たちが作成した『緊急時被ばく医療マニュアル』さえ守られて
いないのである。
さらに飲食物に関する規制値(暫定値)の年間線量限度を放射性ヨウ素では50mSv/
年、放射性セシウムでは 5mSv/年に緩和し、しかも従来の出荷時の測定値ではなく、
食する状態での規制値とした。呆れたご都合主義の後出しジャンケンである。これで
はますます 内部被ばくは増加する。ちなみにほうれん草の暫定規制値は放射性ヨウ
素では2000Bq/kg、放射性セシウムでは500Bq/kgとなったが、小出裕章氏によると、
よく水洗いすれば2割削減され、茹でて4割削減され、口に入る時は出荷時の約4割に
なるという。しかし、調理により人体への摂取は少なくなる とは言え、汚染水が下
水に流れていくことにより、環境汚染がすすむことは避けられない。生体に取り込ま
れた放射線は排泄もされるため生物学的半減期や実効 半減期があるが、元素の崩壊
により発生した放射線は物理的半減期の時間のルールでしか減らないのである。
現在、膨大な量の汚染水を貯蔵しているが、これも限界があり、長期的には地下や
川や海へ流れることになるため、日本人は土壌汚染と海洋汚染により、内部被ばく線
量の増加を覚悟する必要がある。
●今後の対応について
現在、医療従事者の約44万人が個人線量計(ガラスバッジ)を使用しているというが、
千代田テクノル社の24万4千人の平成21年度の個人線量当量の集計 報告では、一人平
均年間被ばく実効線量は0.21mSvである。そして検出限界未満(50μSv)の人は全体の
81.5%であり、年間1mSv以下の人は 94.5%である。ガラスバッジの生産に数カ月要す
るとしたら、1mSv以下の23万人分の線量計を一時的に借用して、原発周辺の子供や妊
婦や妊娠可能な 若い女性に配布すべきである。移住させずにこのまま生活を継続さ
せるのであれば、塵状・ガス状の放射性物質からの被ばく線量は気象条件・風向き・
地形条件だけでなく、個々人の生活パターンにより大きく異なるため、個人線量計を
持たせて実側による健康管理が必要である。それは将来に向けた貴重な医学データの
集積にもつながり、また発がんや先天性異常が生じて訴訟になった場合の基礎資料と
もなる。当然、ランダム抽出によりできるだけ多くの人の内部被ばく線量の測定も行
い、地域住民の集団予測線量も把握すべきである。
低線量被ばくの健康被害のデータは乏しく、定説と言い切れる結論はないが、『わ
からないから安全だ』ではなく、『わからないから危険だ』として対応すべきなので
ある。
また環境モニタリング値を住民がリアルタイムで知ることができるような掲示を行
い、自分で被ばく量の軽減に努力できる情報提供が必要である。また測定点はフォー
ルアウトし地面を汚染しているセシウムからの放射線を考慮して地面直上、地上から
30〜50cm(子供)用、1m(大人用)の高さで統一し、生殖器 レベルでの空間線量率を把
握すべきである。
土壌汚染に関しては、文科省は校庭利用の線量基準を、毎時 3.8μSvとしたが、こ
の値も早急に低減させる努力が必要である。そもそもこの値は、ガラスバッジを使用
している放射線業務従事者の年間平均被ばく量の約100倍、妊娠判明から出産までの
期間の妊婦の限度値2mSvの10倍であり、見識のある数値とは言えない。
学校の校庭の土壤の入れ替え作業も一つの対策だが、24時間の生活の中で被ばく低
減の効果には限界がある。
1990年のICRP勧告が日本の法律に取り入れられたのは2001年であり、11年も世界の
流れに遅れて対応する国なので、多少のデタラメさは承知しているが、法治国家の一
国民として為政者の見識なき御都合主義には付き合いきれない。
最後に、私の本音は移住させるべきと考えている。原発事故の収拾に全く目途が無
い状態では長期化することは必至であり、避難所暮らしも限界がある。このままでは
年金受給者と生活保護者も増え、汚染された田畑や草原では農産物も作れず畜産業も
成り立たない。放射線の影響を受けやすい小児や子供だけが疎開すればよいという事
ではない。住民の経済活動そのものが成り立たない可能性が高いのである。
また放射性ストロンチウムの濃度は日本では放射性セシウムの一割と想定している
ため除外され、核種の種類に関する情報も欠如している。ストロンチウム -89の半減
期は50.5日だが、ストロンチウム-90の半減期は28.7年である。成長期の子供の骨に
取り込まれ深刻な骨の成長障害の原因ともなる。
メンタルケアの問題も、毎日悪夢のような事態を思い出す土地で放射能の不安を抱
えながら生活するよりは、新天地で生活するほうが精神衛生は良い。移住を回避する
という前提での理由づけは幾らでもできるが、健康被害を回避することを最優先にす
べきである。5月26日の新聞では土壌汚染の程度はチェルノブイリ並みであると報じ
られたが、半減期8日のヨウ素が多かったチェルノブイリ事故と異なり、半減期30年
でエネルギーも高いセシウム-137が多い福島原発事 故はより深刻と考えている。
政府は土地・家屋を買い上げ、まとまった補償金・支援金を支給して新天地での人
生を支援すべきである。先祖代々住んでいた土地への執着も考慮して、住める環境に
なった時期には、優先的に買い上げた人達に安価で返還するという条件を提示すれば、
住民も納得する。
また、70〜80歳を過ぎた老夫婦が多少の被ばくを受けても「終の棲家」として原発
周辺で住むのも認めるべきである。老人の転居はむしろ身体的にも精神的にも健康を
害するからである。お上のすべきことは正確な情報を公開し、住民に選択権を与え、
支援することである。
今までの政府・東電の対応を見れば、馬鹿かお人好し以外の国民は「絵に描いた餅
の行程表」など誰も信用していない。将来、発がん者の多発や奇形児が生まれたりし
て集団訴訟となる事態を回避するためにも、政府は多額の持ち出しを覚悟すべきであ
る。長い眼で見れば健康で労働できる人を確保することが、国としての持ち出しは少
なくなるのである。なお今後の復興計画の策定に当たっては、高齢社会の医療・介護
の問題も考慮して医療関係者も参画した地域再生計画が望まれる。
●これを機に、ラディカルに考えよう
今回の地震・津波・原発事故は日本社会のあり方に問題を提起した。医療の場面で
もここ数年の医療崩壊とも言える事態は社会崩壊の一部であるという認識に立って対
応する必要があるが、そうした視点でなお議論され対策が行われていない。
原子力利用による電力確保は国策民営として勧められ、地域住民には多額の原発交
付金を与え懐柔してきた。こうした、札束で人心を動かす手法で、54基の原発を持つ
原発大国となった。約30%の電力を原子力発電で賄い、今後50%までその比率を上げよ
うとしていた矢先の事故により原子力行政は根本から見直しを迫られている。そもそ
も原子力を含めたエネルギー政策が真剣に日本で議論されたことはない。政官業学の
原子力村の人達は目先の利益で結びつき、「原発の安全神話」を作り上げ、また不都
合な真実の隠蔽を繰り返してきた。それどころか、使用済みウランの処理の問題も絡
んで、一度事故が起こればより深刻な事態 となるMOX燃料を使用した原発まで稼働さ
せている。
しかし原子力発電の廃炉後の管理や使用済み燃料の保管や事故が起こった場合の補
償まで視野に入れた場合、コスト的にも原発が優位性を持つものではないことが明ら
かになった。しかしIT社会や電気自動車の普及など今後の電力需要は増すばかりであ
り、節電だけでは対応できないことも事実である。脱原発の方向でソフトランディン
グする施策を根本的に議論すべきであろう。米国も1979年のスリーマイル島事故以来、
新たな原発は稼働させていない。
がん医療においても治療成績やQOLの向上ばかりではなく、国民の死生観の共有の
議論を通じて、効果費用分析の視点を導入して、高齢社会を迎えて枯渇する年金や医
療費の問題も議論されるべきである。診療報酬の配分の議論だけではなく、根本的に
考え直すべきである。再生医療も臨床応用の段階となってきたが、生殖医療がそうで
あったように医学的な問題や技術的な課題だけが議論されて、「命」とは、「生きる」
とは、といった「生命倫理」の哲学的な問題は回避されたまま医学技術だけが独り歩
きしている。このままでは原発事故と同様に日本は自然の摂理から取り返しのつかな
い逆襲を受けるような予感を持つこの頃である。この大震災を期に色々な課題に対し
てラディカルに考え直す機会としたいものである。我々医療従事者も改めて、放射線
利用の原則である、正当性・最適 化・線量限度に心掛け診療すべきである。
こうした原子力災害を機に、閣議決定や総理大臣の思いつきでも結構であるから、
『がんの時代』を迎えた緊急事態として、(1)放射線治療学講座の設置による放射
線治療医の育成と、(2)医学物理士の国家資格化と雇用の義務付け、などを発言し
て頂ければ私の心も少しは治まるかもしれない。
文献
(1)Amy Berrington de Gonzalez, Sarah Darby: Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the
UK and 14 other countries. Lancet 363:345-351, 2004.
(2)D.L.Preston, E.Ron, S. Tokuoka,et al: Solid Cancer Incidence in atomic Bomb Survivors;1958-1998.
Radiation Res.168:1-64,2007.
(3)Cardis E, Vrijheid M, Blettner M, et al: Risk of cancer after low doses of ionising radiation:
retrospective cohort study in 15
countries.BMJ.9:331(7508):77,2005.
(4)http://www.universalsubtitles.org/en/videos/zzyKyq4iiV3r/
独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター
院長(放射線治療科)
西尾正道
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