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福島原発「偽装請負」的作業現場における「危険なインセンティブ」
危険な作業員には東電、国から十分な補償を
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/8578
2011年06月15日(水) 山崎 元「ニュースの深層」:現代ビジネス
Webマガジンのわれらが『現代ビジネス』に対する、紙の兄弟誌ともいうべき週刊誌『FRIDAY』の6月24日号を見てみよう。
脇の甘い代議士の不倫現場とされる生々しい写真など、本能的な興味を惹く記事もあるが、重大で且つ注目すべきは、東京電力福島第一原子力発電所の事故に関する現在進行形の惨状を伝える「『大量被曝者は100人を超えている!』 4000ミリシーベルトの地獄」という記事だ。これは是非読んでみて欲しい。
福島第一原発では、把握されている被曝だけでも続々と限界を超えつつある作業員がいて、東京電力自身が十分には「把握できていない」としている内部被曝を含めると、多数の原発作業員が健康上深刻なリスクに晒されている。ひいては、この問題が、今回の事故の収束自体を不可能にしかねないリスクを孕んでいる。
一方、事故の拡大防止と収束のためには、作業の継続が是非とも必要だ。しかし、この場合、作業員が将来白血病などの放射線被曝に由来する健康被害に遭う可能性が小さく無い。
そして、現在の原発作業員の多くは、東京電力の正社員ではなく、同社の協力会社に雇用された社員なのだが、将来彼らの健康が損なわれた場合の補償に関して、東京電力の広報部は、「協力会社の社員の方々については、それぞれの会社が定める規定があり、当社の把握するところではありません」(p22)と答えたという。
尚、「協力会社」というのは東電に限らず大企業が通念的には「下請け会社」と呼ばれるような会社に対して使う独特の言葉で、上下関係を打ち消して「協力」という言葉をことさらにあてた政治的配慮のニュアンスがある。
かつて、巨額の広告費支出を差配したはずの東京電力広報部の精鋭が取材に答えたのだろうから、事実関係に誤りはあるまい。彼らは、本当に、協力会社の労災補償の詳細を把握していない可能性が大きい。
また、協力会社の社員に対する労災の補償が東京電力の負担だとすると、東電ほどの一流会社が彼らにとっての潜在的なコストであるその内容を知らないということはまずあり得ない。労災の際の補償は、少なくとも第一義的には、協力会社の負担なのだろう。また、これは推測だが、東電社員が同様の労災に遭った場合よりも金銭的にはたぶん少額だろう。
そうだとすると、東電と協力会社との契約は、一定の業務内容を東電から協力会社が請け負う「請負契約」だと考えるのが自然だ。
東電の立場で考えると、請負契約であれば作業員は必要に応じて雇ったり解雇したりすることが可能だし、特に実質的な解雇が容易であり、正社員をクビにする場合のような法的リスクや経済的コストを心配せずに済む。協力会社の社員を請負の形で原発作業に当たらせることが出来るなら、彼らは、東電にとっては大変好都合な存在だ。
ところで、福島第一原発にあって、東電社員ばかりではなく、協力会社から派遣されてきた社員も「東京電力の指示に従って」作業を行い、同社の管理(安全管理も含む)の下で仕事をしているということではないだろうか。未曾有の事態であり、大きな危険を伴う今回の現場にあって、そうでなければ、作業員の安全は確保できないだろうし、効率も悪いだろう。
だが、作業の指示は東京電力で、労災の際の条件は作業員が所属する協力会社の規定によるという条件は、原発作業員にとって「危険!」なのではないか。
■「偽装請負」と何が違うのか
この問題を考えるにあたっては、2006年に当時の日本経団連会長輩出企業であったキヤノンなどを巻き込んで大きな問題になった「偽装請負」に関する議論が参考になる。
当時、偽装請負として問題になったのは、主に大企業の工場などの現場にあって、大企業から業務を請け負う形の契約を結んだ所謂下請け企業で雇われた社員が、大企業の社員の指示と管理(安全管理等を含む)の下で働くことだった。
大企業の側から見ると、請負契約に基づいて下請け企業から派遣される労働者は、大企業の正社員よりも賃金が安く済むことが多かったし、何よりも、必要が無くなった場合にコストがほぼゼロで不要とすることができる点が好都合だった。加えて、労働者の労務管理の責任や社会保険のコストなどは派遣元の下請け企業の負担なので、この点のコスト削減効果も大きかった。これは、今回の東京電力の場合と同様だ。
しかし、労働者の側から見ると、特に製造業の現場のような労働環境では、直接の責任を持たない会社の社員の指揮に従うことで、安全や健康の管理面で懸念があったし、たとえ大企業の正社員と同じ内容の労働に従事していても、不安定な雇用と安価な賃金で働かなければならないことに大きな不利感があった。
こうした問題があるために、法的には、偽装請負は違法とされている。
しかし、偽装請負による労働力の調達は、問題になった企業以外でも広範囲に行われていた。
ある現場では、「発注元の指示で働く」という条件を形式上回避するために、指示を与える発注元の社員の声を労働者は直接に聞かずに、形式上下請け会社のマネージャーが間に入って指示を伝えるようにするといった、労働条件としてはかえって危ないのではないかと思えるような規制くぐりが行われた(一部の企業では、労働者が、後ろを向いて、「指示を与える様子」を聞くケースもあった)。
今回、事故を起こしてからの福島第一原発の作業現場は、かつて問題になった偽装請負と照らし合わせると何が同じで、何が異なるのだろうか。
■問題は「作業の危険性」にある
東京電力は、かつての偽装請負問題を知っているだろうから、何らかの違法にならない方策を講じているのだろう(そのわりには、広報部の発言は脇が甘い印象だが)。筆者は、東電の違法性を指摘したい訳ではない。
かつての問題と今回の福島第一原発が、敢えてちがうと言えば、かつての偽装請負問題では正規・非正規の「格差」の文脈で、請負契約の下で働く労働者の身分・賃金(社会保険も含む)の不利が問題視されたのに対して、今回は作業の危険性がより大きな問題である点だ。
福島第一原発の作業現場は、通常の製造業の作業現場よりも、かなり危険の大きな職場だろう。作業員が、将来、白血病などの放射線被曝に由来する疾患に罹る可能性がある。会社にとっては、将来の補償が発生する可能性がある。現場のマネージャーは当然このことを考えておかなければならない。
東京電力社員である現場管理者にとっては、より危険な作業に対して、東電の社員よりも協力会社の社員を充てることが経済合理的だ。
補償が必要な労災が発生した場合、東電社員に対しては東京電力が多額の補償金を支払わなければならないが、病を得たのが協力会社の社員であれば東電には同様の補償金の支払いが発生しないからだ。
■マスコミも漬かる「偽装請負」
報道によると、福島第一原発の吉田昌郎所長は、フェアで毅然とした現代の侍のような人格者であるらしいから、このような処置を今回の現場で行うとは想像しにくい。しかし、いつまでも吉田所長が指揮を執り続けるとは限らないし、吉田所長とて東京電力の社員である。労働者にとって危険なインセンティブ(経済的誘因)が働いていることは厳然たる事実である。
東電に原発作業員全てを正社員として雇用せよと強要することは、東電自身にとっても、あるいは他の電力会社への影響を考えるとしても、非現実的だろう。しかし、実質的に東電の指揮下で起きた労災に対しては、東電の規定並みの補償を行うことを義務づける(あるいは、東電が自主的に決めて発表する)ことは、勤務の実態にかなっているのではないか。
また、そもそも、深刻で事故が起こった危険で特殊な現場で働く作業員に対しては、国から感謝金的名目で何らかの支出があってもいいのではないか。
『フライデー』(6月24日号)には、東電がベントの際にミスをして水素爆発を招いた疑いがあることも報じられている。
物理的にも経済的なインセンティブの上でも危険な状況で働いている協力会社の作業員の労働条件にはもっと注目すべきだし、おそらくは改善が望ましい。
尚、偽装請負の問題は未だ解決にほど遠い。
たとえば、早い話が、マスメディアも偽装請負的な雇用慣行にどっぷり浸かっている。出版社正社員の編集長の指揮の下で編集プロダクション所属のライターが記事を書いていたり、テレビ局正社員のプロデューサーの下で番組制作会社所属のディレクターやAD(アシスタント・ディレクター)が忙しく使われたりしている。
使う側の会社にとってのメリットは前記の通りだが、雇われる側にとっても、仕事がないよりは、たとえ大手メディア正社員の半分の給料であっても仕事がある方がましなのだ。だから、偽装請負はなかなか無くならない。
最終的には、安全・健康などの管理・責任と、行き過ぎた正社員の雇用保護の問題の、別々に解決を要する二つの問題に行き着くように思われるが、この問題の根は深い。
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