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<インタビュー>司法と原発/原発差し止め判決を下した元裁判官・井戸謙一さん
「朝日新聞」 2011年6月2日付 朝刊 13面
裁判官は「素人」 世論や専門家に迎合する誘惑
国の政策を否定する訴えは認めにくい。司法にはそんな印象がつきまとう。原発はその代表格だが、志賀(しか)原発2号機をめぐる訴訟で裁判長を務めた井戸謙一さんは「原子炉を運転してはならない」と言い渡した。なぜ異例の判決に踏み切ったのか、なぜ裁判官は国策に寄り添いがちなのかを聞いた。
――「炉心溶融事故の可能性もある」「多重防護が有効に機能するとは考えられない」。2006年の判決で指摘したことが、福島第一原発で現実になってしまいましたね。
「まさにそうです。愕然(がくぜん)としました。三陸沿岸では貞観(じょうがん)地震(869年)の大津波があったことが指摘されています。長い地球の歴史から見れば、わずか千年前に起こったことは、また起こりうる『具体的危険』だと思います。原発という危険なものを扱う以上、当然、備えるべきです。東京電力がまともに対応しなかったのは信じられません」
――志賀原発の訴訟でも、被告の北陸電力が危険性を小さく見積もろうとしていた印象は?
「感じましたね。国の言う通りやってるんだからどこが問題なのか、という姿勢でした」
「原発近くを走る断層帯について、政府の地震調査委員会は全体が44キロ一度に動く可能性があり、想定される地震はマグニチュード(M)7・6と公表しています。被告は独自の調査で、断層は別々にしか動かないから想定はM6・6だと主張しました」
「どちらが正しいかはわかりません。ただ、多くの地震学者が『M7・6』と言うのであれば、念のためにそれを前提とするという謙虚な姿勢になって当然だと思うんです。甘い想定で『安全だ、安全だ』と声高に言っても、その主張に乗るわけにはいきません」
■ ■
――原子力政策に限らず、「国策」に反する判決は多くありません。裁判官が法務省に出向し、行政訴訟で国側の代理人をする人事制度もあります。司法の構造的な問題ではないでしょうか。
「人事交流は、マイナスだけではありません。裁判官は行政内部の事情をよく知りません。原告を勝たせたときに、行政にどれほどの影響があるか見えないので、慎重になりすぎてしまう。法務省に出向してみると、原告勝訴でも行政は対応できるものだとわかります」
「多くの裁判官は、まじめに仕事をしていると思います。しかし、慎重な人が多いのも事実です。裁判官が世論の後追いをしていては裁判官の存在意義がありませんが、世論からまったく自由であるとは言えません。一部の人たちが強く反対していても、国民の大多数が原発を受け入れている段階で『危険だから止めろ』という判決は、かなり勇気が必要かもしれません」
――志賀原発の訴訟では、国の耐震設計審査指針の評価が大きな争点になりましたね。
「裁判官は原発の素人です。その私たちにもわかるようにと、膨大な証拠が出されます。それを熟読し、原子力発電の仕組みの基礎から理解していくわけです」
「指針は『立派な肩書』の方々の見解をもとに作られています。それに基づいて設計・建設されているから『原発は安全』というわけです。一般論で言えば自分で決断ができないときに、肩書のある人たちの見解に沿ったほうが無難かな、という心理が働く可能性があります。専門家の言っていることを間違いだと判断するのは勇気のいることです。立派な肩書の方々に賛同しておいたほうが、あとで『あれは間違いだった』となっても、あまり非難を受けないんじゃないか。そういう心理状態になることもありうると思います」
――判決では耐震の指針に疑問を投げかけて、差し止めを命じました。「立派な肩書」で判断してしまいたくなったことは?
「その誘惑はあったかもしれない。陪席の2人と合議して決めるうえで、事前に裁判長として自分の意見をまとめなければなりません。多くの学者が集まって作った指針そのものが不十分である、と私のような素人が判断するのですが、ロジックの参考となる判例はありません」
「住民ら原告の主張を整理しつつ自分でも論理の構成を考え、よしっ、という確信が持てるまで、ずっと悩みました。その過程で、無難な結論への誘惑もあったのではないかと思います」
――判決では、危険がないことを立証する責任は北陸電力側にある、とされましたね。
「過去の判例でも一応、安全性についての立証責任は被告にあるとしているのです。ただ、原発が国の指針に適合していることさえ立証すれば、被告の立証責任は尽くしたとされる例が多かった。原告側がそれでも危険があると主張するのなら自分で立証しなさいというのです。羊頭狗肉(くにく)だと思いました」
「被告側は重要な資料を全部持っています。そもそも、原発という大変危険な施設を抱えている。『安全に運転できます』というのですから、最後まで被告側に立証させるのが公平だと思いました」
国策に背く判決 汗噴き出し眠れず 司法の独立守った
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――2号機は、判決の9日前に営業運転を始めたばかりでした。
「原発訴訟は社会的注目度が違います。電力会社は大変な損害をこうむるし、電力供給計画にも影響を与えることになります。原発は全国的な問題ですから、他の原発訴訟や今後の建設への影響も大きい」
「一番、プレッシャーを感じていたのは言い渡しの2カ月ぐらい前でしょうか。陪席裁判官から判決文の原案を受け取り、詰めの作業にとりかかってからです。布団の中で、言い渡し後の反響を考えていると真冬なのに体中から汗が噴き出して、眠れなくなったことがあります」
――相当な重圧ですね。
「最後は、結論はこれしかないとの確信があったので気持ちは落ち着いてました。いくら世論と乖離(かいり)していても、少数者の言い分にすぎなくても、主張に合理性があると思ったら認めなければいけません。原告が主張するような事故が起き、被曝(ひばく)という具体的な危険があるかどうか。その主張を判断するだけです」
「被告である電力会社の背後に原発を推進する国がいる、という構造は意識しますけど、判決には何ら影響を与えません。結論として原告の主張が認められるとすれば、国策に反していても原告勝訴とする。それが裁判官の仕事です」
――周辺住民の利益と公共の利益。バランスをどう考えましたか?
「通常運転による放射能の放出程度なら公共の利益の方が重いという判断もあり得ると思います。しかし、電力会社は個別の故障しか想定していません。想定を超える地震が起きた時には緊急停止が働かないおそれもある。住民の受忍限度に収まるとは思えません」
■ ■
――判決後に同僚から「ほされるぞ」と言われたそうですが……。
「冗談めかして言われた話です。あの前年には住基ネットの違憲判決を出しています。国策を否定する判決が2件続き、重要な事件を抱えた部署には配置されなくなるのでは、と。実際には人事で冷遇されたということはありません」
「初めて違憲判決にかかわったのは93年、大阪高裁の参院定数訴訟です。陪席の主任裁判官として判決文の原案を書きました。言い渡し当日の朝は気負って、早めに登庁したんです。ところがですね、裁判官室の中はふだんと同じように時間が流れるんです。裁判長らはいつものように雑談をしていて、私一人が緊張している。『時間ですね、じゃあ行きましょうか』。そう言って、法廷へ向かう。それだけのことなのに、ものすごく感動したんですよ。『ああ、これがnemurezu なんだ』と」
――後輩たちにメッセージを。
「どこからも、何の圧力もなく、主張と立証だけをもとに裁判官3人だけで相談し、淡々と判決を言い渡す。自分がいずれ裁判長になったときは、そういうふうに仕事をしたいと思っていました。原発訴訟もそうですが、訴えをどこにも聞き届けてもらえず、司法に一縷(いちる)の望みをかける例が多い。それを正面から受け止めて、救済すべきものはきちんと救済する。そこに本来、裁判官のやりがいはあります。司法は、市民の最後の砦(とりで)であるべきです」
(聞き手・磯村健太郎、山口栄二)
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いどけんいち 54年生まれ。神戸や甲府などでの勤務を経て、02年から06年まで金沢地・家裁部総括判事。この春に依願退官、滋賀県彦根市で弁護士登録。
◆キーワード
<原発訴訟> 原発は危険だとして、各地で国や電力会社を相手取った訴訟が行われてきた。しかし、これまで確定した原発訴訟では、すべて住民ら原告が負けている。
志賀原発2号機(石川県)については住民らが北陸電力を相手に金沢地裁に提訴。06年の判決は原発の運転差し止めを認めた。稼働中の原発では唯一の事例だが、高裁で原告が逆転敗訴し、昨年、最高裁で確定している。
福井県にある高速増殖原型炉「もんじゅ」の設置許可をめぐる訴訟では名古屋高裁金沢支部が03年、国の安全審査に「見過ごせない誤りや欠落」があるとして地裁判決を取り消し、原告勝訴を言い渡した。最高裁で逆転敗訴。
【写真説明】
「世論は変わりました。今後、思い切った判断を出しやすくなると思います」=滋賀県彦根市、伊藤菜々子撮影
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