http://www.asyura2.com/11/genpatu12/msg/219.html
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東京電力が5月16日に公表した事故発生直後の資料集をぼつぼつと読んでいる。
面白いものもあれば、アリバイ的に出しているだけのようなものもある。とにかくボリュームがあるので、なかなか完読には至らない。
資料のなかに、「事故を「レベル7」まで深刻化させた政府・東電の大罪:2号機圧力抑制室損壊は事故対策チームの極めて深刻な失態」という投稿に関わる内容があったので紹介させていただく。
原子力安全・保安院の「東日本大震災の影響について」
http://www.nisa.meti.go.jp/earthquake_index.html
に、掲載されている資料:
「原子炉等規制法に基づく東京電力株式会社からの報告内容 (5月16日に報告のあった福島第一原子力発電所の事故に係る事故記録等)」
http://www.nisa.meti.go.jp/earthquake/houkoku/houkoku.html
のなかに、緊急時冷却系・主蒸気逃がし安全弁・格納容器ベントに関する操作実績がまとめられた「7.各種操作実績取り纏め 」(http://www.nisa.meti.go.jp/earthquake/houkoku/files/7_sousajisseki/f1_7_Sousajisseki.pdf)というドキュメントがある。
その3ページ目にある表組みのなかに、「A原子炉隔離時冷却系(RCIC)の操作実績」という項があり、それによると、2号機で作動した緊急時の冷却である隔離時冷却系(RCIC)は、
● 3/11 15:02 RCIC手動起動
● 3/11 15:28 RCICトリップ(L−8)
● 3/12 02:55 RCIC起動状態を確認(現場吐出圧力)
● 3/12 04:20〜05:00
RCIC水源を復水貯蔵タンクから圧力抑制室に切替
● 3/14 13:25 RCIC停止(推定)
という経過をたどっている。
2号機S/Cは、このあと3月15日午前6時10分ころ損壊し、今回の事故で最大量の放射性物質を大気中に放出した。
そして、汚染水に関しても、大量かつ高濃度での流出につながっていった。
(S/C損壊がなくとも全炉心メルトダウンに至っていれば遅かれ早かれの話だと考える方もいられるかもしれないが、最後に説明するが、S/Cに水が補給され続ければRCICが作動し続けた可能性もあるので、とにかくダメだったとは今のところ言えない)
資料の記述で興味深いのは、「RCIC水源を復水貯蔵タンクから圧力抑制室に切替」を行ったのが、3月14日の午前4時20分から午前5時にかけてというところである。
「[2号機圧力抑制室(サプレッションチェンバー)はどうして壊れてしまったのか?] (その2)」という投稿で、
隔離時冷却系は、「全交流電源喪失時でも緊急停止した電子炉の蒸気を利用して駆動できる仕組みを持ち、まずは復水貯蔵タンクに溜まっている水をポンプアップして原子炉圧力容器に注水する。
そして、2,500m3くらいの容量と思われる2号機の復水貯蔵タンクが空になると、次にはおよそ2,800m3と思われる圧力抑制室に蓄えられた水を炉心冷却材として汲み上げることになる。
事故当時の福島第一2号機の復水貯蔵タンクに実際にあった水の量はわからない。
隔離時冷却用ポンプの定格流量は2号機クラスで100m3/h程度と思われるが、復水貯蔵タンクと圧力抑制室を合わせておよそ5,300m3の冷却材(水)は、53時間で枯渇することになる。 」
と書いた。
今回の資料でS/Cのプールの水を使い始めた日時がわかるので、それを当てはめてみると、S/Cプール水を汲み上げ始めてから56時間くらいでRCICが停止したことになる。
それをもとに、RCICによる原子炉への注水量を算出すると、2800/56=50で毎時50m3(50トン)と推定できる。
また、最初に使われた復水貯蔵タンクに溜まっていた水の量は、3月11日15:02からずっと使われていたと仮定すると、50(推測注水量)×14(時間)=700m3だったと推定できる。
※ 2号機のRCICは水位推移から、トリップがあったとしても停まっていた時間は短く、計器異常で動作が確認できなかっただけだろうと考えている。
このことから、事故後の2号機の炉心冷却は、2号機のS/Cプールにほとんど依存していたと言える。
水源を切り替えた3月12日午前5時以後、2号機の格納容器やS/Cに注水があったという情報はまったくないので、2号機のS/Cプールは貯蔵水をぐんぐん減らしてゆき、その結果の一つとして、14日午後1時25分に冷却水の枯渇でRCICが停止したと思われる。
その後、2号機原子炉の水位もみるみる低下し、14日16:34から消火系を使った注水が試みられているが(当該資料P.7とP.9)、同時に注水を可能にするため原子炉の圧力を下げようと主蒸気逃がし弁(SRV)操作が行われている(当該資料P.3RCICのすぐ下の項)。
※ 2号機の原子炉水位は、13:25からほぼ4時間後の17:12にダウンスケールになっている。
SRV操作とは、原子炉の圧力を下げるため高温高圧の蒸気を原子炉からS/Cにパイプを使って吹き出すものである。
圧力抑制室は、蒸気を冷却するプールの水があってはじめて機能する装置である。
そうであるのに、60気圧Gから70気圧Gの高圧蒸気が水が枯渇したS/Cに吹き出されたのである。
スペースシャトルに興味がある方ならご存じかもしれないが、スペースシャトルの打ち上げ時には、発射台の横にある貯水槽から大量の水が噴射点の床に注がれ、点火されたエンジンが生じる衝撃波を吸収する仕掛けになっている。
ロケットブースターの衝撃波で地上の設備が破壊されないよう、大量の水で衝撃波と高温ガスを吸収している。
S/Cは構造物としては、15気圧程度まではぎりぎり耐えるとされている格納容器よりも弱いものと言われている。
プールに水が蓄えられているからこそ、S/CはSRV操作にも耐えて役割を果たせるのである。
今回の事故で2号機は、14日16:34から複数回SRV操作が行われている。
18:00頃には原子炉の圧力低下を確認しているが、SRVが閉まってしまい、また圧力が上昇、21:20にSRV2操作で減圧を行い、そのあとも、SRV駆動用空気圧や空気供給ラインの電磁弁の励磁維持の問題でSRVの閉鎖と開放がされている。(当該資料:P.3)
官邸が公表しているプラントデータでも、2号機の原子炉圧力は、3月14日昼頃から15日明け方にかけて、
● 12:30 61気圧G
● 17:12 73気圧G
● 19:03 6気圧G
● 22:40 4気圧G
● 23:54 6気圧G
● 00:45 18気圧G
● 01:53 6気圧G
● 03:00 6気圧G
● 06:12 6気圧G
と推移している。
また、原子炉のSRV操作の影響で、S/Cと関わりが深い格納容器の圧力も、それまで4気圧程度であったものが、最高使用圧力5気圧を超える7気圧台に上昇している。
このことから、今回の原発事故で大気中には最大の放射性物質を漏出させた2号機S/C損壊は、水がなくなったS/Cに高圧蒸気を吹き付けるSRV操作を行ったことで起きたと判断できるだろう。
そして、そのことは、RCICの水源をS/Cの水に借り換えた3月12日午前5時に2号機の“格納容器”に注水を始めていたり(この時点の格納容器圧力は1気圧程度)、格納容器の圧力が3気圧程度であった13日の午前中に注水を始めていたら、S/Cプールにも水が補給されたので、S/Cの損壊はなかったと言える。
※ 参照投稿
[2号機圧力抑制室(サプレッションチェンバー)はどうして壊れてしまったのか?] (その2)
http://www.asyura2.com/11/genpatu9/msg/550.html
「事故を「レベル7」まで深刻化させた政府・東電の大罪:2号機圧力抑制室損壊は事故対策チームの極めて深刻な失態」
http://www.asyura2.com/11/genpatu9/msg/549.html
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