60. 2011年5月23日 18:59:13: nQGyrMiGN6
*広島・長崎の原爆被害と放射線 「放射線の影響」が「放射線の害」あるいは「放射線障害」となって現れるのは、大量の放射線が防護もなく放射される事故が発生したときに、ほとんど限られることとなった。 ひとくちに放射線の事故といっても、まず実験室などで予期しない放射線を浴びたといったケースから始まる。放射線を扱いはじめたばかりの頃には、技術者や医師が予期できなかった影響を受け続けて、ついには障害を発生させたという事例も数多い。 しかし、なんといっても歴史的に最も有名な放射線障害にかかわる事故(といより事件)は、広島と長崎に投下された原子爆弾によって発生した、放射線の被曝による影響といってよいだろう。 1945年8月6日、広島市の上空に投下された原子爆弾によって、死亡した人の数は114,000人を数える(当時、広島市には約350,000人がいたと推定されている)。 長崎に原子爆弾が投下されたのはその3日後の8月9日で、70,000人の生命が奪われた(当時の長崎市には約240,000人がいたがいたと推定されている)。 当時のこの二市にかかわる記録映画を見ただけでも、その被害の凄まじさは言語を絶するものであるのがわかる。 この出来事をを歴史的にどう評価するかとなると、実に様々な側面をもった出来事だけに、軽々しい表現は避けなければならない。しかし、放射線影響の研究に関していえば、たいへん貴重なデータを提供したという事実を認める必要がある。 本来なら起きてはならない事態だけに、理論による計算や小規模な実験では得ようのない現象を目の前に展開させた。それらの調査や観察によって知られた内容は、放射線の影響や素顔を明らかにする、重要な手掛かりを与えてくれることになった。多くの人々の生命によってあがなわれた、貴重な科学的資料なのである。 実際に、広島と長崎の二つの都市へ原爆が投下されたあと、いわゆる「原爆の被害」に関して、多くの追跡調査とそれにもとづく分析がなされてきた。いまでも追跡調査や分析が続けられているものも多い。 核分裂によって発生した放射線の正体はどのようなものか、そして、その放射線が人々に与えた影響とはー。 その影響についても、被爆後まもなく現れた早発障害の詳しい原因、ずっと先になって現れる晩発障害の具体像、ともに初めて明らかにされる解析内容となった。 そこで明らかになったひとつの事実は、「原爆は放射能によって人を殺傷する」という一般的に広がっているイメージが、必ずしも的を得た理解ではないことだ。 放射能という言葉は「放射線を出す能力」をさすから、「原爆の放射能による被害」とは原爆が爆発(核分裂)を起こしたときの放射線、分裂によって生まれた放射性物質から出た放射線、これらの放射線によって受けた被害と読み直してもよいだろう。このような原爆にかかわる放射線が人々を襲って殺したのは事実だとしても、放射線によって広島では十万人以上の人が死んだというのは、正しい認識ではないということがわかったのだ。 *ヒロシマ原爆の被害の実態とは ヒロシマ原爆の核爆発によって生じたエネルギーが、どのような姿をもって人々を襲ったか。前代未聞のできごとだけに、その実態をつかむまでには時間が必要だった。 さまざまな調査やシュミレーション研究などの結果、原爆の爆発によって放出されたエネルギーの50%、つまり半分は猛烈な爆風となり、35%は熱エネルギーとなったのがわかった。 爆発によって数十万気圧という超高圧がつくられ、周囲の空気が瞬間的に大膨張することで爆風が生まれた。その風速は、爆心地付近で秒速280メートル、3.2km離れた地点でも秒速28メートルという想像を絶する猛烈なものだった。 また、爆発で発生した火の玉は瞬間的に数百万℃にもなった後、表面の温度が7,000℃の火球となって、地面や周辺を熱照射する。この熱によって、爆心地から1.2km以内の人は致命的な熱傷を受けることになった。 こうして、原爆エネルギーの85%が爆風と高熱になって、人々に大きな被害を与えたのであった。そして、爆発エネルギーの残りの15%にあたる部分が、放射線のエネルギーとなって放出された。 まず爆発とともに、核分裂で生じる中性子(線)とガンマ線が、上空の爆発点から降り注いだ。つづいて、核分裂によって生まれた新たな放射性物質が崩壊を起こして、アルファ線やガンマ線、ベータ線が放出される。また、中性子が地上の建物などに衝突して生み出した、放射性物質からの放射線も含まれた。 これらの内容は、日米が合同でつくった原爆放射線を評価する検討委員会などで長年検討された過程においてわかってきたことである。ヒロシマ原爆の多大な被害は、まず原爆エネルギーの85%を占める爆風と高温によって引き起こされ、残り15%のエネルギーをもった放射線の影響が加わった。 この事実をふまえることで、放射線の影響に関する調査と研究が、より具体的かつ正確にすすめられることになった。人間は、どの程度の放射線量まで平気でいられるか、どのあたりの量から要注意としなければならないのか、大きな手がかりを与えてくれたのである。 *原爆の放射線による障害 ヒロシマ原爆によって浴びせられた放射線の量は、爆心地からの距離や遮蔽物の有無などによって異なり、数ミリシーベルトから6,000ミリシーベルト以上までと幅が広い。平均では約160ミリシーベルトとされている。 この放射線による被害の度合い、つまり重症度は、ほぼ浴びた線量によって決まる。ある程度以上の量の放射線を浴びると症状が出はじめ、線量が多くなるにしたがって症状の種類が増え、その症状も重くなる。 原爆の場合、爆風と高熱による被害が大きかったため、映像記録などの「被爆のありさま」としては、外見もわからないほど焼け焦げた無残な遺体が多い。これは前述のように熱風によるものであり、放射線による障害としては(程度の差こそあれ)他の被曝ケースと質的に変わるものではない。 大量の放射線を浴びた人の急性の症状(影響)としては、まず脱力感、吐き気、嘔吐などが現れる。そして数日のうちに発熱、脱毛、下痢、喀血、吐血、血尿などが見られる。また、骨髄組織が損傷を受けることから、赤血球や白血球の減少も目立つようになる。 こうした症状は、基本的に放射線の量が多いほど顕著となり、その後の体調変化も異なってくる。細胞やDNAが受けたダメージの程度によって、臓器としての損傷の深刻度も異なり、どのような経過をたどるのか決まることになる。 その条件を大まかにいえば、まず急性の症状の経過について、二つのケースに分けられる。 まず、細胞に修復力や増殖力があれば、時間とともに回復する。この場合、まったく後遺症のようなものが残らないことも珍しくない。放射線そのもは体内に蓄積したり毒のようになって体内に残ることがないのだから、一時のダメージから完全回復する可能性も高いのだ。 もし細胞の修復力や増殖力が弱ければ、臓器の損傷は深刻なものとなる。障害が回復するまで身体がもつか、あるいは障害に耐えて生命を保てるか、または耐えられなくなるか。あまりに大量の放射線を浴びれば、全身にわたって細胞がダメージを受けての死亡ということもありうる。 *晩発的影響と遺伝的影響への誤解 障害の種類にはもうひとつ、被曝から何年もたった後に、おもに遺伝子関係に現れる晩発障害(晩発影響)がある。これは、放射線を浴びたときDNAや染色体が傷つき、細胞の修復はできたが遺伝子レベルに異常が残った。その結果が突然変異となって、時間の経過とともに症状として明らかになったもの、と考えられる。 白血病や各種のガンがその代表で、ヒロシマ原爆の調査でも被爆者にガンが多く見られるとの報告がある。そして、もうひとつ目立つのは胎内被爆者と幼少期被爆者に特有の障害が見られること。胎児のときに被爆した人には知能発達遅延が、幼児のときに被爆した人には成長や発育の遅滞が見られるという。「分裂がさかんな細胞ほどダメージを受けやすい」という放射線の影響を思い出してもらえば、理由がわかるはずだ。 しかし、同時に、放射線の影響は「非特異的」であることを思い出してほしい。他の原因によってもガンは発生するし、個人の遺伝的な特性によって発ガンしやすかったり発病にいたらなかったりする。つまり、ある以上の放射線を浴びた場合、ガンが確率的に発生しやすくなる。しかし、この量を超えたらガンになるという「しきい値」は存在せず、放射線量が増えるほど「ガンの可能性は高くなる」としかいえない。 もちろん、多量の放射線を浴びたら必ずガンになるというものでもない。その点で脱毛などのような「確定的影響」とは異なる性質をもっている。そして、障害の発生確率の問題であるから「確率的影響」と呼ばれている。 繰り返しになるが、放射線を浴びるとガンになるという表現は正しくない。放射線を浴びるとガンになる確率が高くなるというのが、確率的影響を語る時の正しい表現なのである。 ところで、原爆の晩発影響として心配される障害のひとつとして「遺伝性の障害」がある。ひとくちにいえば、原爆被害者の子供には先天的な異常や染色体の異常が出やすくなる、といわれてきたのであった。 その理由は、放射線によって遺伝子の突然変異が起きるのだから、生殖細胞の遺伝子に突然変異が起きる可能性も高いはずだ。すると、被爆者から生まれてくる子供にも、精子や卵子を通じて遺伝子レベルの異常をもつ子が多くなるはずだ、というものだった。 ところが、事実は違った。 いくつもの調査研究グループや調査プロジェクトが、追跡調査や疫学調査によって被爆した人々の遺伝的な影響を迫ったのだが、現在のところ影響ありとする特別なデータは見つかっていない。 一方で「親が被爆者だから子供にも影響が出る」と考える人も多いが、それは想像という根拠のないものをもとにいうのではなく、現在も続けられている、科学的な研究の結果にもとづいて判断されるべきものである。 このたぐいの誤った想像からくる解説に最も苦しめられたのが、被爆者の人々とその子たち。被爆したというだけで、その子が社会的な差別を受けて、就職や結婚などでも大きなハンディを背負わされてきた。それも過去の話ではなく、現在でも受けているというのが実情だ。これだけでも、放射線の影響について意味なく怖がるほうが、よほど社会的に恐ろしいことだとわかるのである。 *放射線の人体への影響(単位:ミリシーベルト) 100:全身被曝、これより低い線量では放射線影響は確認されていない 500:全身被曝、白血球の一時的減少 1,000:全身被曝、吐き気、倦怠感(10%の人) 3,000:局部被曝(皮膚)、脱毛 3,000〜5,000:全身被曝、50%の人が死亡 5,000:局部被曝(水晶体)白内障、(皮膚)紅斑 7,000〜10,000:全身被曝、死亡
|