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記者の目:原発の防災対策=平野光芳(大阪社会部)
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20110520k0000m070158000c.html
毎日新聞 2011年5月20日 2時27分
東京電力福島第1原発事故では、原発から最大47キロ離れた福島県飯舘村も、住民全員が避難を求められる「計画的避難区域」に指定された。従来、国や自治体が原発の防災計画を立てるのは半径10キロ圏までだったが、福島第1の事故では、避難範囲は防災計画を大きく超えて広がった。電力会社が唱えてきた「原発は安全」という前提が崩れた以上、全国の原発周辺で、放射性物質が長期間、大規模に広がる可能性を考慮した防災計画の再構築が急務だ。
「テレビでは原発が爆発する映像が映っているのに、国や東電からは何の情報提供もない。電話も通じず、何をどうしたらいいのか分からなかった」。福島県葛尾村の松本允秀(まさひで)村長(73)は事故直後の困惑を語る。山あいの村は、ごく一部が20キロ以内の避難指示区域(後に立ち入り禁止の「警戒区域」)にかかったが、大半は原発から20〜30キロ圏内で、原発の防災計画の対象外。事態悪化が予想される中、事故から3日後の3月14日夜、村独自の判断で、急きょ全世帯に自主避難を要請した。
ところが、防災計画がなかったため、避難先は確保できていなかった。約40キロ離れた福島市の公園駐車場を集合場所に指定し、村がバスを用意したが、家畜の牛を放置できないと家にとどまる人もいるなど混乱した。
国は翌15日に20〜30キロ圏内に屋内退避を指示、25日に自主避難を促し、4月22日には30キロ圏外を含む同村全域を「計画的避難区域」として全村民1600人に避難を求めた。村の決定は結果的に国の指示を先取りしたわけで、情報が極めて限られた中で、安全を最優先に考慮した判断だった。それにしても、国が大規模事故を想定した防災計画を立てていれば、これほど混乱することはなかったはずだ。
◇10キロ圏外避難 国が「必要ない」
従来の防災計画が甘かったのは明らかだ。国の原子力安全委員会は、米スリーマイル島原発事故(79年)を受け、80年に原発の「防災指針」を策定。原発からおおむね10キロ圏内を「防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲」(EPZ)と定め、この区域の各自治体が指針を基に防災計画を立てている。住民の被ばくを抑えるためのヨウ素剤の備蓄▽被ばく者の受け入れ可能な医療機関の整備▽避難できるコンクリート建物の確保▽緊急時の避難、連絡体制整備−−などだ。
国は従来「ほとんどあり得ない事故が起きても10キロ圏外では避難・屋内退避は必要ない」と強調してきた。86年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故では、30キロ圏の住民が避難したが、日本政府は「安全性が十分ではない原発で起きた事故で、日本で同様の事態は極めて考えがたい」と決めつけてきた。
福島原発事故で最大47キロ離れた飯舘村の住民全員が避難対象となった現実を見れば、原発から50キロ圏の避難や屋内退避を想定する必要があるのは明らかだ。放射性物質の拡散は気象条件に大きく左右され、必ずしも同心円状には広がらない。福島では原発の北西方向で放射線量が高く、飯舘村もこの方角だった。
埼玉大の谷謙二准教授(人文地理学)の試算では、福島原発事故を教訓に対策範囲を50キロに拡大すると、圏内の人口は全国で1207万人。従来の10キロ圏内で想定された71万人の17倍に跳ね上がる。
現存する10キロ圏内の防災計画見直しも必要だ。国が昨年10月に浜岡原発で行った総合防災訓練は、原発から2キロまでの住民が6〜7キロ離れた公民館に避難するという想定だった。しかも原発事故時の防災拠点となる「オフサイトセンター」は、原発からわずか約2・5キロ。福島でも同センターは原発から約5キロしか離れておらず、事故4日後に退避命令が出て閉鎖された。なぜこんな近距離に防災拠点を置いたのか、理解に苦しむ。
◇20キロ圏内の訓練 全員参加は困難
私は05〜08年、福井県敦賀市で原発から11キロの場所に住み、周辺7基の原発の取材を担当した。防災訓練はあったが、せいぜい原発近くの一部集落が参加する程度。福島で事故が起きた後、仮に敦賀でも同じようなことが起きたら自分はどうやって逃げたかと頭の中でシミュレーションしてみたが、「365日24時間、自力で確実に避難できる」とはとても思えなかった。
福島では20キロ圏が立ち入り禁止の「警戒区域」になっているが、敦賀市の河瀬一治市長は「原発から20キロ圏内の全員が参加する訓練は無理。一自治体では対応できない」と苦悩する。
福島の事故を受けて、京都府や鳥取県など一部の自治体は、独自に防災計画の範囲拡大などを検討し始めているが、自治体任せで済む問題ではない。国は一刻も早く防災指針の見直しに着手する必要がある。
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