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中国の対日外交を読み解く:カギは「網民」の民意
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中国メディアは放射能漏れ報道を避けているのか?「日本の放射能漏れは最近なんでニュースにならないの?」といぶかる網民
2011年5月19日 木曜日
5月11日、中国最大の検索サイト「百度(Baidu)」で、「日本」と入れてみた。
3月11日の東日本大震災が発生するまでは、「日本」という文字を打ち込みかけただけで、「日本動漫(アニメ・マンガ)」「日本電影(映画)」「日本動画片(アニメ)」「日本地図」「日本雅虎(Yahoo)」……といった候補がズラッと出てきていた。
3月11日以降は「日本大地震」「日本地震最新消息(情報)」「日本核泄露(放射能漏れ)」「日本沈没」……と続き、最後に「日本動漫」がようやく出て来る状況に変わっていた。
いつの間にか姿を消した放射能漏れ報道
ところが、である。
5月11日午前10時に同じ百度検索で「日本」と打ち込むと、いきなり「日本動漫」という候補が出てきた。次が「日本電影」で、「日本動画片」「日本地図」……と続き、終わりの方にようやく「日本核泄露」「日本大震災」があるのだ。
ちなみに、その中の「日本核泄露」をクリックすると、「日本放射能漏れに関する最新情報」という大きな項目が出てきた。その中の一つに「日本の放射能漏れは今どうなってるの? なんで最近ニュースにならないの?」という書き込みがあるのを発見した。百度掲示板だ。
確かに――。
中央電視台(中央テレビ局、CCTV)は、震災が発生した当初、NHKの映像をそのまま用いて、日本と同時刻にニュースを放映していた。まるで同時中継をしているかのようだった。特集も組み、原発事故も詳細に報道していた。ネットは、どのウェブサイトも、「マグニチュード9.0巨大地震」などと題した特集をトップページの最も目立つ場所に配置していた。だからこそ、本連載(5月11日)に書いたように、日本人と知るとタクシーの運転手が乗車拒否をしようとするほど過剰反応を示していたのだ。
ところが、そう言えば、テレビもネットも、いつの間にか国際問題の焦点を「リビア」に移している。特集番組も「リビア」が目立つ。NATOが民間人を爆撃して死亡させたニュースとか、NATOが加わっても、カダフィ側をなかなか倒せないのは、どういうことだといった「冷笑」が垣間見られる。特に、アメリカのあいまいな態度への「皮肉」も散見される。「皮肉」とは「民主主義を標榜するアメリカが支持した政権を、民主勢力が倒した」という構図を指している。特に「西側には“石油利権”への思惑があるのが歴然としている」という論調が目立つ。
「日本の放射能漏れは、なんで最近ニュースにならないの?」
さて、百度掲示板の中には、何が書いてあるのだろうか。
その項目をクリックしてみると、「誰か知ってる?」という質問に対して、回答のような書き込みが並ぶ。
・ 和諧されたのよ、きっと。真相を知ることはできないわ。(「和諧社会」とは現政権のスローガンで、「調和のとれた社会」という意味だが、網民たちは政府のネット検閲により情報や書き込みが削除されることを「和諧された」と称している。「和諧」と同じ発音の「河蟹」という文字を当て、「ネット情報が削除されたことを「河蟹されちゃった」というパロディで表現する。)
・ そう言えば、ここのところすっかり放射能漏れに関するニュースがなくなってるわね。あまりに損傷が激しくて、制御できなくなってしまったんじゃないの?
・ (あまりに危険で)誰も検査に行くことができない状態なんじゃない?
・ 2番目のチェルノブイリになったのよ。
・ ニュースがなければないほど、状況がそれだけ悪いってことじゃないの? それは官製メディアの原則でしょ?
そう言えば、原発事故に関する日本の報道について、「日本も中国と同じ程度に官製メディア報道しかしないじゃないか」という批判がひところ目立っていた。特に東京電力が発表する情報の不透明さに対する不信感は、日本全体への不信感につながり、低濃度放射能汚染水を海に排出した時にピークに達した。
どの大手サイトにも数十万から数百万に及ぶ書き込みがあり、日本への不満が満ち満ちていた。
・ 海は人類の大海だ。日本にはそこに「毒」を流す権限はない!
・ 日本は何というモラルの低い国なのか! 世界各国は日本に賠償を求めるべきだ。
・ なぜ自分たちの過ちを、他の国の人に背負わせるのか?
・ 地震や津波が壊滅に追いやったのは家屋ではない。日本という国への信頼だ。原発事故が起きるまでは、日本の技術や、死を恐れぬ武士道精神は世界の敬意を集めていた。しかし、東電幹部は末端の作業員だけを置き去りにして「危険な現場」から逃げようとした。そして今、自らを犠牲にして他人を救うのではなく、他人を犠牲にして自社の利益だけを守ろうとする東電、他国を犠牲にして自国だけを守ろうとする日本の化けの皮が剥がれてきた。壊滅状態になったのは、日本への信頼なのだ。
・ 日本の技術も地に落ちた。もし本当に優秀な技術を持っているなら、なぜこのような原発事故を起こしたのか。事故処理が、なぜここまで後手に回り、制御を失ってしまっているのか。おまけに近隣諸国の同意も得ずに、放射能汚染水をいきなり海に排出した。これは国際法に違反する行為だ。
・ 全世界が日本の救援のために必死になっている時に、日本は他人の生活を脅かすことに必死になっている。何という悲しい、悪辣な民族なのだ!
・ 日本よ、この地球上から消えされ!
こうした激しい抗議がネット空間を熱くしていた。
その「熱さ」が、ふと消えている。百度掲示板の網民たちのやり取りは、そういった変化を敏感に表しているものと受け止めていいかもしれない。
海産物に対する放射能漏れの影響を懸念する声
「日本放射能漏れに関する最新情報」の中には、この百度掲示板以外に、私の興味をそそった項目があった。それは「浙江省の海産品は日本の放射能漏れの影響を受けない」というタイトルの項目である。
「日本の放射能漏れは我々が食べる水産品に影響を及ぼしてないか?」という質問に対して、海洋漁業局の副局長が5月9日、2011年浙江省水産品管理工作会議で「影響を受けない」と回答。次のように説明した(杭州網―毎日商報)。
「なぜなら、太平洋の海流には一定の規則があり、黒潮(暖流)と親潮(寒流)は日本の東部、北緯35度と45度の海域で混ざった後、西から東に向けてアメリカ西海岸の方向に流れていくからだ。ここのところ、我が国は日本からの水産品を輸入禁止にしているので、市場に出回っている水産品のほとんどは国産だ。従って、浙江省の海産品は安全なのである」
日本の放射能汚染の影響を完全否定した上で、最後に「食品添加物や残留薬物に関しても審査を強化しているので安心してほしい」とつけ加えた。
食品添加物に関して、ここのところ、ネットをはじめとする多くのメディアが警告を発している。
黄色い花がついたキュウリは新鮮か?
5月15日には「スイカ畑が地雷の陣地に?」というタイトルの記事が人の目を奪った。
江蘇省の農村で、爆発したスイカが大量に地面に転がっている写真を掲載している。スイカをより大きく、そしてより甘くする「膨張甘味剤」を大量に用いたために、スイカが熟する前に爆発してしまったのだという。
その日、中央電視台のニュースキャスターは「皆さんはキュウリを買う時に、先端に黄色い花がまだついたままになっているのを新鮮さの目安として選びますよね?」と怒りを込めたような声を張り上げた。
ふと画面を見ると、「そうでしょうか?」というキャスターの声とともに、やたら大きな(長さも直径も7〜8センチはある)黄色い花を付けた、か細いキュウリが映し出されている。
「花がついてれば、それでいいという考えは捨てましょう。これは新鮮さをアピールするために、花を長く持続させる薬剤を使ったキュウリなのです。その薬剤を使いすぎたため、肝心のキュウリの部分は成長が止まっています。あなたはこれを食べたいですか?」
彼女の指とほぼ同じ長さしかないキュウリを一つ持ち上げてカメラに近づけ、キャスターはもう一度、顔一杯で怒りを現わしていた。
おお――。
放射能汚染海産物をウンヌンしている場合ではないではないか。
その日のネットには、「中国の悪性リンパ腫の急増は、食品添加物が原因の一つか」というニュースも大々的に流れていた。5月14日に開かれた第12回中国抗癌協会が発表したそうだ。
抑え目な放射能漏れ報道は、何を警戒しているのか?
ここのところネットには、日本の原発事故に関して「中国不要軽描淡写了(中国は当たり障りのないことだけを書くな)」(「写」は「書く」の意)という、網民による書き込みが散見される。
例えば5月14日、日本の報道によれば、福島第1原子力発電所1号機で燃料棒が溶け落ちる、いわゆる「メルトダウン」が起きていたことが明らかになった。その原子炉建屋の地下には、大量の水がたまっていることも確認されている。この水は、格納容器から漏れた高濃度の放射性物質を含む汚染水である可能性が高い。
事故当初から予想されていたはずなのに、そこまでは行ってないだろうという楽観的期待に基づいて東京電力は最初の「工程表」を発表している。さらに、原子力安全委員会はメルトダウンがあるだろうと認識していたのだから、その認識を政府も委員会自身も自ら無視したと言っても過言ではない。政府と東電の対応は「欺瞞」あるいは「隠蔽」と言われても仕方ないだろう。
これは普通ではない、大変な事態だ。
このような大きなニュースを、中国では、中央電視台もネットもあまり報道しようとはしていない。一人の作業員が亡くなられたことだけを繰り返し取り上げている。しかも、その原因が放射能によるものか否かは、今のところ不明だという注釈を毎回つけている。
つまり、ネットの書き込みにある「軽描淡写」現象があるように、筆者にも感ぜられるのだ。
その原因は、中国の原発開発にマイナスの影響を与えるからという側面があるかもしれない。自国民を刺激して放射能に対する過剰反応を招くことは中国の原発開発にとっても決して良いことではないのである。だから「和諧」された可能性は否定できないだろう。
だが、もしかしたら、「汚染というなら、中国の農薬汚染や食品添加物汚染はどうなっているのか」という反論を避ける意味もあるのだろうか。
地震発生の初期段階ですでにメルトダウンに関して知っていたにもかかわらず「隠蔽していた」として、韓国は日本政府のやり方を批判している。それでも中国の中央電視台は、10秒間ほど、炉心溶融に関するニュースを客観的に述べただけだった。
あるいは、これはひょっとすると、5月21日からの温家宝首相訪日への配慮なのかもしれない。
本連載の第1回でも触れたように、温家宝首相は親日家として知られている。今回も、同首相が被災地の宮城県女川町を訪問したい意向を示していることを、中央電視台が何度も報道している。本連載第8回(5月11日)で述べた、中国人研修生を救った佐藤水産の佐藤充専務がおられた町だ。
もしそういう配慮が背景に流れているとすると、逆に深い感動を覚えずにはいられない。
きっと複数の要素が絡んでいるにちがいない。
その中の一つに、日本ではあまり知られたいないことがある。それは日本の防衛省防衛研究所が4月7日に公開した『中国安全保障レポート』に対する中国側の見方だ。
次回は政治体制改革を唱える温家宝首相の訪日と、中国の対日観をまとめてみたい。
遠藤誉さんの新刊発行!
『ネット大国中国−−言論をめぐる攻防』
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本書は、規制と検閲を強める政府と網民との攻防を活写するとともに、ネット世代である「80后(80年代生まれ)」の考え方を分析する。
役人の腐敗や貧富の格差拡大が深刻化する中国で、ネット言論は“民主化”を達成するのか?
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本書は、日経ビジネスオンラインの連載「中国の対日外交を読み解く:カギは「網民」の民意」「ネットは「中国式民主主義」を生むか?」執筆をきっかけに、遠藤誉さんが取り組んだ現代中国考察の成果だ。
このコラムについて
中国の対日外交を読み解く:カギは「網民」の民意
中国において、ネット社会がその存在感を増している。国内の社会不満に対する告発はもちろん、対日外交政策も4.2億に上る「網民」(ネット市民)の意見を無視して進めることはできない。
尖閣問題に伴う反日デモは「愛国主義教育」で育ってきた若者がネット空間からリアル空間に飛び出したものだし、ハノイ日中首脳会談キャンセルも、網民の反発を恐れた結果だ。ノーベル平和賞につながった「08憲章」もまたネット空間に放たれたものであり、APEC首脳会議でようやく実現した日中首脳会談における胡錦濤国家主席のこわばった表情の背後にもネット世論への配慮がちらつく。
この連載では、9月以降に起きた日中間の出来事に斬り込み、中国ネット社会の民意がどう影響したかを読み解くとともに、今後の日中関係を展望する。早くから中国のネット言論に注目してきた著者の鋭い論考に期待したい。
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著者プロフィール
遠藤 誉(えんどう・ほまれ)
1941年、中国長春市生まれ、1953年帰国。理学博士、筑波大学名誉教授、東京福祉大学・国際交流センター センター長。(中国)国務院西部開発弁工室人材開発法規組人材開発顧問、(日本国)内閣府総合科学技術会議専門委員、中国社会科学院社会学研究所客員教授などを歴任。
著書に『ネット大国中国――言論をめぐる攻防』(岩波新書)、『チャーズ』(読売新聞社、文春文庫)、『中国大学全覧2007』(厚有出版)、『茉莉花』(読売新聞社)、『中国がシリコンバレーとつながるとき』『中国動漫新人類〜日本のアニメと漫画が中国を動かす』(日経BP社)『拝金社会主義 中国』(ちくま新書) ほか多数。2児の母、孫2人。
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