http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/748.html
Tweet |
香山リカ [精神科医、立教大学現代心理学部教授]
不安の正体は原発問題。
いま「原発鬱」とも呼ぶべき症状が増加している
nextpage
原発事故によるこころのダメージは、
チェルノブイリよりも日本のほうが大きい
1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故から、奇しくも今年で25年がたちました。事故と健康被害の因果関係はまだはっきりとしませんが、現段階で最も深刻なのは、メンタル面の被害だと言われています。
原発事故の影響を受けていないグループと比較すると、うつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症するケースが明らかに多い。25年前には生まれていなかった、直接事故を経験していない子どもたちにも影響が出ているといいます。事故当時、チェルノブイリ周辺にいた親が精神的に不安定になり、その親から事故の話を聞いた子どもたちの心が不安定になっているというのです。
東京電力が原子力発電を推進するため毎年発行している冊子に、こんな内容の話が書かれています。
「チェルノブイリでは、放射能による被ばくの影響よりも、むしろ精神的な不安のほうが脅威であることが知られています」
事故による健康被害がないことを強調したいための論理展開。そんな思惑も透けて見えますが、ここではその点については言及しません。ただ、原発事故が人々の心理面に与える影響は広範囲に及ぶという考え方は、おそらく間違いのないところです。
チェルノブイリでは、直接被害を受けた地域の人が避難しなければならないというストレスがありました。それと同時に「目に見えない」「いつ来るかわからない」「いつ終わるかわからない」という不気味さによるストレスが大きかったと考えられています。
今回の福島第一原発の事故でも、ストレスの構造はチェルノブイリと同じです。しかし、いまの日本のほうが、心理面に与えるダメージは大きくなるかもしれないと私は考えています。
情報があり過ぎることで、
日本人は強いストレスから逃れられない
理由はいくつか考えられます。
チェルノブイリの事故では、情報伝達手段が少なかった25年前という時代、情報が隠蔽されていた社会主義国家での出来事ということもあって、情報がないことによる恐怖は少なからずあったと思います。ただ、その不安はある意味で限定的だったということも言えるでしょう。
反対に、今回の日本のケースでは、情報があり過ぎることによるストレスが浮き彫りになっています。これまでは、情報が多いほど安心につながると言われていたのに、過剰にあり過ぎるため目を背けることも、逃げることもできなくなっているのです。
次のページ>> 我々は情報の正しい選択ができるか
政府の「大本営発表」を聞いて、すべての情報が公開されていると考える人は、いまやほとんどいないでしょう。けれども、政府や東京電力がどこまで真実を把握していて、どのような情報を隠しているのかは、誰もわかりません。
今回は、改めてツイッターが注目されましたが、そこでもさまざまな情報がまことしやかに流布しています。原子力の専門家の発言を並べてみても、その内容もまちまちです。その情報のうちどれが正しいもので、どの情報に拠り所を置いていいのかがわからないのです。
この点について、多くの知識人はこう言います。
「自分で情報を取捨選択して、自分なりの理解を形成しなさい」
しかし、高度な専門知識を初めて聞き、そのうえ、人によって言っていることが違っていれば、戸惑うのも無理はありません。私たちは、そこまでメディア・リテラシーが高いわけではないのです。現段階では、より正確な情報を見極めることができないことが、人々の大きなストレスになっています。
白黒はっきりさせようというこころが、
かえってダメージを大きくしている
現代の日本社会は、物事の白黒をすぐにつけたがる傾向にあります。
だいぶ前のことですが、田中真紀子さんが次の総理大臣にふさわしいという世論が形成された時期がありました。小泉首相のもと外務大臣になった田中さんは、鈴木宗男元議員との確執などで外務大臣を罷免されます。そのときは、小泉首相の支持率が急落するほど田中さんの人気は絶大なものでした。
しかし、秘書給与横領というスキャンダルが発覚すると、メディアは手の平を返したようにバッシングに走りました。すると、あれだけ持ち上げていた国民も、やっぱりあの人は信用ならないとそっぽを向いてしまったのです。
日本中の期待を集めて政権を奪取した民主党も、鳩山さんの支持率は一気に落としてしまいます。そうかと思えば、菅総理に変わったとたん、何の仕事もしていない段階にもかかわらず支持率が急上昇するという現象が起こりました。
サッカー日本代表「岡田ジャパン」も、ワールドカップに入る直前までは酷評されていて、大会直前にもかかわらず、早く辞めろとまで言われていました。しかし、ワールドカップの初戦カメルーン戦に勝利すると、岡田さんは「名将」に変わりました。あまりにも急激に評価が変わってしまうことに、戸惑った記憶があります。
次のページ>> 白か黒かがはっきりしない問題に弱くなった?
大好きか、大嫌いか。熱狂的に支持するか、そっぽを向くか。現代の日本社会は、あまりにも白か黒かをはっきりさせようと急ぎ過ぎて、振れ幅が大きくなっています。以前なら内閣支持率が3割から4割ぐらいの微妙な水準のまま、国民は不平や不満を言いながらも、白黒つけずにジリジリと見守るという状態がありました。しかし、いまは支持か不支持か、とちらかの極に振れると、一気にその評価が決まってしまいます。
こうした傾向が強まっている日本社会は、どちらに転ぶかわからないけれども、待つしかないという状況に耐えられません。原発事故の問題で言えば、爆発という最悪の事態に陥らない一方で、一気に解決まで進まないという膠着状態が延々と続いています。しかもいつこの膠着状態が動き出すかすらわからない。これでは不安で仕方がないのです。
「目に見えない」「いつ来るかわからない」「いつ終わるかわからない」不気味な状態の行く末を、冷静に見守る耐性のようなものが弱くなっています。今回の原発事故は、現代の日本社会にとって最も苦手な部分に突き刺さる問題になっていて、それが日本人のこころに大きなダメージを与えているのです。
原発事故は、
誰のこころにもある漠然とした恐怖を顕在化した
会社で自分だけいじめられているのではないか。マンションのなかで私だけが嫌われているかもしれない。明確に意識されていないにしても、人間は誰もが何らかの不安や恐怖を抱えているものです。
特別の原因もないのに、そうした考えを増幅させてしまうのが「被害妄想」です。これがエスカレートすると、すべてのものに毒が入っているのではないかと疑う「被毒妄想」も生まれてしまいます。
かつて、最先端のテクノロジーが世の中に出現したとき、自分の妄想を結びつけて考える人が数多くいました、最初はレントゲンです。レントゲンの出現は、医学を劇的に進歩させる一方で、得体の知れない技術によって蝕まれている、レントゲンによって家の中が見られているという被害妄想を抱いた人が増えたといいます。
ラジオの登場は、自分のことが全国の人に実況されているという妄想を生み、携帯電話などの普及によって、電磁波で脳が侵されるという妄想を生み出しました。新しいテクノロジーに遭遇したときに、目に見えない、自分にはコントロールできないという不安から被害妄想を持ってしまう人は、いつの時代にもいました。
有害な物質が大気中に溢れている。飲み水には放射性物質が入っている。今回の原発事故によって、こうした「被毒妄想」に代表される誰もが潜在的に持っている根源的な恐怖が増幅されてしまったのかもしれません。実際に、原発事故が起こってから頭が痛い、吐き気がするといって病院に駆け込む人が増えています。
次のページ>> 多くの問題は、原発の行方がはっきりしない不安から来ている
どう考えても、いま東京にいる人が放射能の直接的な影響で吐き気をもよおすということはあり得ません。これまでは、特殊な一部の人だけが妄想を抱いたに過ぎませんが、この原発事故によって、かなりの数の人が妄想を抱くかもしれないと考えています。
やきもきしながらも、
こころを落ちつけて見守る以外に方法はない
現在進行中の原発問題は、白か黒かという図式にあてはめることはできません。好転したかと思えば、悪い情報が入ってくる。「一進一退」「三歩進んで二歩下がる」というジリジリとした状況は、いまの日本人が最も苦手とするところだと思います。
現代の日本人は、不確定な情況のなかに置かれることに脆弱になっています。やきもきするのが苦手です。もちろん、やきもきしなくて済むなら、それに越したことはありません。しかし、本来、人生には、自分の思うようにならない情況でひたすら待つしかない情況は山ほどあります。恋愛はその典型で、自分が好きになっても、相手がその気になってくれるかわからない。想いを伝えることができても「少し考えさせてほしい」と言われたら、待つしかありません。こういう情況への耐性が、いまの日本社会は脆くなっていることが、今回の原発事故で浮き彫りになりました。
震災後に、こころの不調を訴えて病院に来る方は確実に増えています。またこれまでこころの病を抱えて病院に来られていた方の症状も、震災後悪化しているケースが多いです。仕事で1年後のプランを練る必要に迫られても、そのころの原発の状態を想像することでモチベーションが下がり、思い切ったことができなくなるという人もいます。
また、放射線への恐怖について、夫婦間で危機意識が違うことから、夫を信用できなくなったと訴える方もいます。原発事故に伴うストレスから、気持ちがぎすぎすしていたり、人に対して寛容になれなかったりしているようです。これは「原発鬱」とでもいえるような状態です。症状には人によって差がありますが、多くの人が、原発事故に伴うストレスを抱えていることは間違いなさそうです。
原発事故は、放射線汚染による人体や環境への影響、さらに地域住民の生活へも多大な影響を及ぼす大きな問題です。また、今後の日本のエネルギー政策についても議論され始めています。それらと共に、原発事故に伴い日本で多くの人が甚大な心理的ストレスを抱えている点も、見逃してはいけません。
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
▲このページのTOPへ ★阿修羅♪ > 原発・フッ素10掲示板
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。