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最近、10年来の歴史の勉強が完了したなう。
明治維新、秀吉の正体、家康二人説等々、裏の歴史、真実の歴史ばかり研究してきたが、そんな話がかすんでしまう、びっくり仰天の結論(「真実の倭人興亡史」)に自分自身驚いている。
加治木義博先生に感謝。
落ち着いたらブログにまとめようっと。
それにしても戦後のGHQによる焚書坑儒で本当の日本の歴史が葬られ、トンデモ説として無視されてきたのは悲しいこと。
戦前早くから進められてきた「スメル学会」や「バビロニア学会」の成果も伊藤博文の意向を受けて唱えられた末松の「ジンギス汗=義経説」も日本の東アジア拡大を助けるものとして抹殺された。
戦後、八切止夫氏が木村鷹太郎、濱名寛祐の著書を次々復刻したが、八切止夫氏を継いだ鹿島昇氏が朝鮮人史観・偽史史観を強調しすぎたため、本当の歴史がかすんでしまった。
天皇騎馬民族説、天皇朝鮮人説や日本=百済説を唱える、反天皇学説は悠久の「倭人(ウバイト)の歴史」を踏みにじる誤りだ。
天智天皇は新羅の武烈王(金春秋)かもしれないが、生まれは鹿児島。南九州「熊襲=日本」の王。
決して朝鮮人ではありません。日本と朝鮮が分離するのは、天武が天智朝を倒した以降。
「春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山 持統天皇」
=新羅絶え、白衣(新羅の象徴)干したり、奄美・鹿児島のヤマ王(天武)
鹿島説と加治木説を綿密に比較すると結論は驚くほど一致するが、鹿島説は徹頭徹尾、中国=オリエント翻訳説、天皇朝鮮人征服王朝説を唱え、列島史を抹殺するので、違和感がある。
歴史は祖先の業績を子孫が大切に残したもので、翻訳ではありません。楔形文字は漢字に、粘土板は竹簡・紙に変わったが、家宝として伝えた歴史書は、遥かなるスメルからインドやマレー半島を経由して、遠い日本列島にたどり着いた倭人が残した遺産です。
可汗(カガン)は鏡(カガミ)・・・・(「契丹古伝」)
朝鮮語や中国語・モンゴル語で王様や神をカガミ(鏡)とは言わない。
朝鮮=アシタで、朝をアサと読むのは何語でしょうか?
日本は孤立した国ではなく、朝鮮も、中国、モンゴルも血を分けた兄弟の国で、民族移動の結果です。
東アジアの対立を助長する鹿島説と東アジアの一体・同根を唱える加治木説・・・
多くの方が、日中韓を分断し、東アジアの対立を煽る「ウリジナル」史観から抜け出して、早く本当の歴史にたどり着くことを祈ります。
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