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死が身近になると、ふるさとへの愛郷がつのる。
おーるさんがなくなった3月21日、わたしは今年、越えることができるのだろうか?
人にとって死は天命である。
おーるさんはネットに体をはり最後までネットに託し死んでいった。
そしてネット葬式が実現した。
おーるさんのふるさとは「いわき市」であった。
おーるさんが死んで訪れたことがある。
昨年の七月、いわき反原発デモにも参加した。
いわきは福島県であるが会津藩ではなかった。独自独特な藩であった。
ネットの向こう側という言説がある。
わたしはそれは、2012年の現在、幻想であると思っている。
問題意識がある人間は、すでに1990代初期からパソコン通信をやり、1995年からインターネットをやっている。
死が身近になると、ふるさとへの愛郷がつのる。
日向山(ひなたやま)。
父は根源の力をふりしぼり、樹木を倒し、樹木の根を地中から掘り出し、畑を開墾した。
父のそばで、母も根源の力をふりしぼり、畑を開墾した。
この記憶がわたしのふるさとであった。
寺山修司演劇の白石征先生から
「おまえには父の血の系譜が見ない」と
言われたときがある。
わたしの父、血の系譜は社会であった。
死が身近になると、ふるさとへの愛郷がつのる。
ふるさとの駅を降りるとき、ふるさとは思想だった。
そして、ふるさとは父であり母であった。
ふるさとはわたしの身体の命としての血だった。
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