日中対立の再燃(2) 2010年10月1日 田中 宇http://tanakanews.com/101001japan.htm
この記事は「日中対立の再燃」の続きです。 9月29日、ロシアのメドベージェフ大統領が、極東地域を訪問中に、北方領土を訪問するつもりだと表明した。本来は、その日に北方領土を訪問する予定だった。悪天候のため飛行機を飛ばせず、やむを得ず延期したが、近いうちに必ず訪問すると発言した。メドベージェフが北方領土を訪問したら、ロシアの大統領として初めてとなる。(Medvedev's Kuril Islands Visit Threatens to Exacerbate Dispute With Japan) この日、ロシア極東が悪天候だったのは事実だ。樺太周辺に強い低気圧があった。だが、メドベージェフが本気で北方領土を訪問するつもりだったかどうかはわからない。メドベージェフの今回の極東訪問の主目的は、北京など中国を訪問し、ロシアの石油ガスを中国に送るパイプラインや精油所の竣工など、中露間の経済関係を強化することだった。中国との関係を使って、沈滞しているロシア極東経済に新風を吹き込むのが、近年のロシアの国策だ。メドベージェフが北方領土を訪問すると発言したのは、尖閣諸島問題で日本との対立を強めた中国を応援する目的で、日本を牽制してみせた感じだ。(2010年9月28日の天気図)(中国の内外(3)中国に学ぶロシア) メドベージェフは今回の訪中で旅順(大連市)も訪れ、日露戦争の激戦で戦死したロシア兵をまつる墓に献花するとともに「中露関係の結束は固い」と演説した。これらの言動も、日本に対する牽制という感じがする。(China-Russia Ties 'Sealed by Blood': Medvedev) メドベージェフの訪中に合わせて、中露は9月29日、第二次大戦の戦勝65周年を記念する共同声明を発表した。声明は、日本の過去の中国進出(侵略)を批判するとともに、戦争の歴史を歪曲する動きが今もあることを非難した。その部分は日本を名指ししていないが、間接的な日本批判である。中露が声明を出すことを決めたのは9月21日で、当時はまだ、尖閣諸島で捕まった中国漁船の船長が日本で勾留されていた。この声明も、ロシアが中国との関係を強化する目的で、共通の敵だった日本を標的にした観がある。(Sino-Russian statement to mark 65th WW2 anniversary) 中露は声明で「ともに日本の中国侵略と戦った」ことを強調したが、実際には、ソ連は戦後、中国東北地方で、鉄道レールや発電機、大型機械類など、中国のインフラ資産をごっそりと自国に持ち逃げする火事場泥棒を働いており、中国人は今もそれを根に持っている。歴史を自分たちに都合の良いように解釈するのは、日本も中露も英米も同じである。 日本の前原外相は、駐日ロシア大使を呼びつけ、メドベージェフが北方領土を訪問したら日露関係は大きく悪化するので訪問しないよう求めたが、ロシア側は前原の傲慢さを非難しつつ拒否している。ロシアは1990年代、極東開発に日本の資本や技術を入れたがっていたが、今では日本の代わりに中国が資本や技術を入れてくれる。ロシアの石油ガスも、日本ではなく中国に売ることで、すでに話がついている。半面、日露間の経済関係は全く進展していない。(Tokyo to Medvedev: Don't visit disputed isles) 以前なら、日本が経済利権をちらつかせることで、北方領土に対するロシアの強硬策をいくらか抑止できたが、もう今はそうではない。今のロシアで話題になっていることは、中国の対外貿易の2%しか占めていない中露貿易を、どうやって増やすかである。ロシアから見ると、日本は衰退していく国である。米国の覇権が弱まる中で、中露が結束して南北から日本を領土問題で威嚇する構図が出来上がっている。最初に喧嘩を売ったのは、領土権主張を日中双方で棚上げしたトウ小平との約束を破棄し、国内法で中国漁船員を逮捕した日本の方だから、自業自得の観がある。(Needed: A breakthrough with China) ▼ロシアと関係改善してから中国と敵対すべきだった 日本が中国と対立するなら、その前にロシアと関係を改善しておかねばならないというのは、何年も前から警告されていた。自民党の安倍晋三が首相だったときの外交顧問だった元外務省の岡崎久彦氏(対米従属派)は、安倍政権時代の07年の時点で「(08年の)北京五輪後に中国の脅威が強まるだろう。日本は、その前に北方領土問題を片付けて、外交上縛られている両手(中露)のうちの片方を自由にする必要に迫られるかもしれない」と書いている。しかし、岡崎の忠告は生かされなかった。日本はロシアと和解せず、中国の台頭に対して脆弱なままだった。(Entente to balance China, By HISAHIKO OKAZAKI) 安倍の次の麻生太郎首相も、一時は北方領土問題を解決しようとしたが、北方領土問題で一歩も譲歩してはならないという国内プロパガンダに阻まれ、何もできなかった。ナショナリズムのプロパガンダマシンは、動かすのが簡単だが、止めるのが困難だ。しかも米国のタカ派は、隠れ多極主義者に入り込まれていて、日本がロシアと和解しようとする動きを妨害するとともに、上海協力機構などでの中露結束を誘発した。自民党は、中露が結束して日本に敵対してくる現状を、民主党政権のせいにしているが、歴史的に見ると、ロシアに対して無策で終わった自民党の責任の方が大きい(米国タカ派の傀儡でしかない前原外相も、かなり浅薄だが)。 日本は、準備不足で脆弱なまま、台頭する敵に喧嘩を売ってしまい「飛んで火に入る夏の虫」になっている。それは、中国と対峙して希土類(レアアース)の輸出を制限されてしまったことでも起きている。世界の希土類供給の97%を占める中国が、希土類の輸出を抑制し始めたのは昨年末のことで、日本が中国と敵対したら、中国が希土類の輸出制限で反撃してくることは、事前に見えていた。(Concern as China clamps down on rare earth exports) とはいえ、日本の製造業界は2年前から希土類を備蓄しており、日本国内には1年分の備蓄があるといわれている。中国が希土類の対日輸出を止めても、すぐに大騒ぎする必要はなかった。米国の軍備の主要部品の中には、希土類を中国に100%依存しているものがあり、中国から輸入できない分を、日本の民間備蓄に頼っているという。この点は、日本より米国の方が脆弱だ。(Tokyo to Medvedev: Don't visit disputed isles) 今回の日中関係の希土類をめぐる大騒ぎを見ると、日本の民主党内や官界で、日本をもっと中国と敵対させて米国の対中包囲網に協力したい反中勢力(外務省など)と、中国との敵対を抑止して関係改善したい親中勢力(財界など)の影響力が交錯し、プロパガンダマシン(マスコミ)の操作をめぐって暗闘状態になっていることが感じられる。希土類で大騒ぎするのは、親中派による過剰宣伝ではないか。 中国の税関当局は、輸出品に関する検査を選択的にやっているが、従来は上海などから日本に輸出される物資のうち、検査の対象は10%程度だったのが、尖閣騒動後、40%前後に上がったという。これも隠然とした対日制裁であるが、奇妙なのは、日本がこの分野でやられっぱなしであることだ。日本が本気で中国と対峙するつもりなら、日本から中国に輸出する製品の税関検査を隠然と厳しくして対抗すべきだが、日本は何もしていない。(China-Japan Feud Takes a New Turn) 日本人の多くが中国を嫌いなら、メイドインチャイナと記された中国製品をすべてボイコットする国民運動を起こすべきだが、それも行われていない。中国製品ばかり売っている100円ショップやユニクロを徹底的にボイコットすれば、少なくとも国民的に象徴的な反中国運動となる。日本の物価は上がり、年金生活者や若者が困るが、嫌いな中国と戦うためには仕方がない。日本社会が中国製の安価な製品への依存を強めるほど、日本は中国に対して脆弱になる。 実際には、この手のボイコットが具現化するとは考えにくい。日本のプロパガンダマシンによる反中国の動きは、中国を打ち負かすことが真の目的ではなく、日本がアジア重視の方に引っ張られないようにするための、対米従属策の一部でしかない。だから、中国に対して日本が脆弱になった方が、中国と本気で対立することなく、日本人の中国嫌いの意識だけ永続でき、むしろ好都合だ。 そのような視点から見ても、日本が短期間ながら中国と本気で敵対した今回の尖閣騒動は、従来の日本の「本格対立を避けつつ嫌中国の火を日本国内で燃やす」という姿勢と大きく異なる。前原あたりが米国からそそのかされ、突っ走ったと思える由縁だ。(前原は扇動役ではなく、火消し役だったという報道があるが、マスコミはプロパガンダ機構の一部であり、うそのリークを平気で鵜呑みにして報じることを忘れてはならない) ▼無防備のまま中国に喧嘩を売って負けた日本 日本では、今回の尖閣紛争を、中国側から仕掛けた事件と見る向きが強いが、これも騙し絵だ。今回の事件は、日本側から起こしたものである。本記事の前編に書いたように、尖閣諸島について日中間に存在する顕在化している合意は、1978年に日中平和友好条約を結んだとき、トウ小平の提案で、日中が尖閣諸島の領土紛争を50年間棚上げすることで合意したという、一点のみである。領土紛争の棚上げとは、日中双方が、相手との紛争になるような領土権の主張をしないことだ。(日中対立の再燃) 尖閣諸島の領海内で、日本の海保が中国漁船を拿捕し、船員を日本の法律で裁くと日本政府が宣言し、船長を送検した時点で、日本は尖閣に対する領土権を主張したことになる。双方の国内ナショナリズムに駆られた人々が強硬なことを言い、それに流されざるを得なくなって、双方の政府が「尖閣(釣魚台)はわが国固有の領土だ」「領土紛争など存在しない」と言っている分には、78年の合意の範囲内と考えられる。だが、中国人船員を日本の法律で裁くと宣言するのは、合意を破棄したことになる。 衝突に関してどうみても中国漁船の方が悪い場合でも、日本政府は、日本の法律に基づいて処分すると宣言せず、中国政府に対して外交的に苦情を言い、船員を中国に送還して中国側で処分を行わせれば、日中合意の範囲内だった。日本が「国内法で裁く」と宣言し、尖閣問題の日中合意を破棄する行為をしたので、中国政府は対抗的に、中国にいたフジタの社員を逮捕した後「国内法で裁く」と宣言して見せたのだろう。日本は、自国がやったことと同じことを、悪い冗談的に、中国からやり返されたわけだ。 これまで日本政府は、尖閣に関する78年の日中合意を守ってきたので、ナショナリズムに駆られる人々から「弱腰」と非難されてきた。この非難は一理ある。日本政府にとって、日中合意を破棄する戦略は、必ずしも悪いものではない。中国に勝つ勝算があるなら、日中合意を破棄して尖閣の領海や経済水域に入ってくる中国船をすべて拿捕・起訴するのも良い。しかし、それをやるなら、対米従属派の岡崎久彦が警告したように、先にロシアと和解して、外交力を高めておくべきだった。日本が今回、何の準備もせず日中合意を破棄してしまったのは、稚拙で自滅的である。 日本の政府や与党内で、中国との敵対を強める戦略をあらかじめ練った上での行為なら、こんな稚拙な展開になっていなかったはずだ。それで私は、当時国交相として海保の担当だった前原外相が、米国中枢の誰かからそそのかされ、クーデター的に中国船員の逮捕をやったのだろうと推察している。結局、クーデターは完遂できず、船長を起訴する前に、政官財の各所にいる親中派から抑止が入り、菅政権は船長を起訴前に保釈して中国への帰国を許した。 日本では、中国当局が福建省などの漁民を組織して、尖閣の領海に100隻以上の漁船を送り込み、魚を乱獲するという極悪非道なことをやっていた、と考えられている。それは、あり得ない話ではない。しかし前編の記事に書いたように、尖閣の周辺海域は、日中漁業協定の範囲外で、何の協定も存在しない。領土紛争は棚上げされてきたので、日本側が中国の漁船を拿捕できず、操業を黙認するしかない。日本側も多数の漁船を繰り出して漁をするぐらいしか対抗策はない。 もし尖閣の海域について日中漁業協定を結ぶとしたら、それは「日中双方の漁船が、相手国に許可をとらずに自由に操業して良い」という「暫定措置水域」になるはずだ。それ以外の日中交渉妥結の方法がないからだ。つまり、協定を結んでも、中国漁船が日本の許可を得ずに漁をしても良い海域にしかならず、海保が中国漁船を拿捕・起訴できる状態にならない。(日中対立の再燃) ▼振り出しに戻った日本 海保が拿捕したのは一般の中国漁船ではなく、漁船を装った中国農業省傘下の武装した監視船だったという説も出た。そうだとしたら、そのことが当局の調書に載るはずだし、それを発表すれば日本側は一気に有利になり、中国が悪いという話に持っていけた。そうなっていないということは、海保が拿捕したのが一般の中国漁船だったと考えた方が自然である。一般の漁船なら、海保船より航行速度が遅いだろうから、海保船が漁船を追い詰め、体当たりを誘発して拿捕した可能性が高くなる。 中国側が強硬なのは、中国軍の強硬派が台頭し、胡錦涛ら文民の指導者もそれに流されているからであり、中国の脅威は強まるばかりだ、という見方がある。たしかに、中国軍は強硬姿勢を強めている。だがそれは、米国が扇動した結果である。 以前の記事「中国軍を怒らせる米国の戦略」に書いたように、隠れ多極主義の米国は「米国は第2列島線(グアム島)まで撤退するので、中国は第1列島線(黄海、東シナ海、南シナ海)の外縁線まで影響圏を拡大して良い」といったん中国に通告し、中国側をその気にさせた。その後、米国は、黄海に空母を入れると言ったり、南シナ海の南沙群島問題でベトナムを応援したり、前原らをそそのかして東シナ海で日中対立を先鋭化したりした。中国軍は欲求不満を募らせ、共産党中央に「米国に譲歩するな」と圧力をかけるようになった。米国は、中国をアジア覇権国の方向に引っぱり出している。(中国軍を怒らせる米国の戦略) 今回日本が起こした尖閣騒動は、中国のナショナリズムを扇動してしまい、人民解放軍など中国政界の強硬派を力づけている。台湾を反日の方向に押しやり、台中を結束させてしまった。前原らは、米国の隠れ多極主義者(ネオコン)に、アジア多極化(中国強化)のためのコマとして使われた。米国側は、日本が持つ対米従属の欲求を逆手に取って、日本が嫌がる中国強化・アジア多極化・米国撤退への道を進めた。米国の隠れ多極主義的な面を軽視(無視)してきた日本の対米従属派の自業自得である。 今回の尖閣騒動は、外務省が日本の対中国外交から外されることにつながるかもしれない。前原は、国交相として尖閣騒動を引き起こし、おそらく米国の推挙(米国から菅首相への圧力)によって外相になった。外務省の人々は、前原を押し立てて中国敵対路線を走ることで対米従属を強化できると喜んだだろう。しかし、これは米国の罠だった。 日本には、中国と本気で敵対する準備が全くなかった。財界や政界、官界の各所にいる親中派が結束して官邸に強い圧力をかけ、前原らのクーデターは、中国船長の起訴前に頓挫させられ、船長は帰国を許され、菅首相は、前原や外務省を迂回して、細野前幹事長代理を中国に送り込み、関係修復を開始した。尖閣騒動について国民に謝罪せざるを得なくなった菅は今後、少なくとも対中外交において、前原や外務省を使いたくないだろう。例外的に、外務省の中でも「世界は1極から多極の時代に移りつつある」と明確に述べている民間起用の丹羽宇一郎中国大使は、官邸と直結する形で、中国側とのパイプ役として活用されるかもしれない。(「専門家外交」の時代終わった=丹羽宇一郎中国大使インタビュー) 対米従属派の前原や外務省が干されることは、その分、小沢一郎の影響力が復活することになりそうだ。日中関係を好転させるには、小沢に頼むのが最も早道だからだ。米国が対米従属派を暴走させて失敗させたおかげで、多極派の小沢が復権するという、どんでん返しが起きている。やはり米国は、すごいことをする国である。(▼小沢一郎の新冊封外交) 対米従属派は、尖閣騒動を通じて、沖縄の近くで日米と中国の対立関係を強め、普天間など沖縄の米軍基地を維持するつもりだったと考えられるが、対米従属派の策略が失敗したため、沖縄の米軍基地を維持する方向の政治力学が減少した。尖閣騒動の中国船長釈放から4日後の9月28日、沖縄県の仲井真弘多知事は、これまで曖昧にしていた普天間基地に対する自らの方針について「県外移転を求める」と初めて表明した。([知事「県外」明言]これで民意は定まった)(仲井真知事 県外移設要求 知事選へ転換 政府配慮も) 沖縄では今年11月に県知事選があり、現職で基地容認派だった仲井真知事と、県外移転要求派の伊波洋一市長との戦いになると予測されている。対米従属派の尖閣クーデターが成功し、沖縄近海で日中対立が激しくなっていたら、沖縄県民も「中国の脅威があるので、県内に米軍基地が必要だ」と思う傾向を強め、仲井真が姿勢を曖昧にしたままでも、当選する確率が高まっただろう。しかし、尖閣クーデターが失敗したことで、日中対立扇動の流れは止まり、仲井間は選挙戦を有利にするために「県外移転」を主張せざるを得なくなった。(Okinawa Governor Changes Stance to Demand Marine Air Units Be Moved Off Island) 昨秋の民主党・鳩山政権の成立から約1年がすぎ、政官界での暗闘の末、日本の対米従属をめぐる状況は、昨秋の振り出しに戻った観がある。暗闘のため国是が定まらず、国民の間に政治不信が湧いているが、不信を抱くのは衆愚である。戦後60年、日本の根幹をなしてきた対米従属策を続けるかどうかの闘いなのだから、簡単に決着がつくわけがない。プロパガンダ(マスコミ)が暗闘に絡んでいるので、状況が国民から見えないのも不思議でない。マスコミの記者たちは、自分たちこそ「事実」の「現場」にいると思っているが、彼らが政官界から見せられている筋書きには、たっぷり騙しが入っている。マスコミ人のほとんどは、そのことに気づく嗅覚がないくせに「現場」にいない人をさげすむ慢心した間抜けである(間抜けにならないと出世できない)。「マスゴミ」と呼ばれて当然だ。見えない中での洞察が不可欠な状況になっている。 |