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中国を使ってインドを引っぱり上げる = 「隠れ多極主義」の戦略 ( 田中 宇) http://www.asyura2.com/10/warb3/msg/125.html
http://tanakanews.com/100217india.htm 2010年2月17日 「オバマはブッシュと違うんだ」と言われて1年あまり経ったが、今回のQDRは冒頭に「米国は戦争中の国である」と、相変わらず「有事体制」を強調している。「有事だから、米政府が歪曲報道をさせたり、盗聴や拷問、裁判なしの無期拘束をやっていいんだ」という言い訳に使えるようになっている。相変わらず米軍の中心課題は「アフガニスタンやパキスタンでのアルカイダとの戦い」という「闇夜の枯れすすき(を幽霊と思って全力で戦うこと)」であり、本質的にはブッシュ政権の時と変わっていない。「インターネット上の攻撃者との戦争」という新たな「枯れすすき」も準備されている(ネット上の攻撃者はアルカイダと同様に正体不明で、実は米イスラエルの軍関係者だったりする)。米国は軍事的、財政的に、力の浪費を延々と繰り返し、自滅に向かっている。 (Quadrennial Defense Review) (If You Could See America Through China's Eyes) ▼「米国は、中国よりインドに台頭してほしいのだ」 以上は今回のQDRに対する私の見方だが、インドでは別の見方がなされている。QDRはインドについて「世界の出来事に対し、しだいに大きな影響力を持つようになっている」と評価し「インドは軍事力を増強しているので、インド洋とその周辺の地域に対して安全保障網を提供する立場になる」と予測している。 (US gives India policing power in the Indian Ocean) QDRは、インドだけでなく中国も台頭していると指摘し「世界最大の人口を持つ中国と、世界最大の民主国家であるインドの台頭が、国際政治システムを変容させていくだろう」と分析している。「中国が発展し、国際社会で指導力を拡大することを米国は歓迎する」とも書いてある。しかしQDRは、インドに対して好意的な評価に終始しているのと対照的に、中国については「軍事拡大や政府内の意志決定のやり方に関する情報公開が不足している」と批判している。インドのマスコミはこの点を重視して「米国は、中国よりインドに台頭してほしいのだ」という解釈を報じている。 (US more at ease with India's rise than China's ascent) インド洋の要衝の地であるインド領のアンダマン、ニコバル諸島の周辺海域では、インドを筆頭にインド洋周辺の12カ国の海軍が集まって合同軍事演習(Exercise Milan 2010)が行われ、インド海軍の司令官(Nirmal Verma)が2月5日に記者会見した。席上、米国のQDRにインドが地域安全保障の主導役になると書かれたことついて問われた司令官は「インドは、インド洋地域の警察官や安保主導役になるつもりはない。主導役ではなく、他国と対等な関係を希望している」「今回の海軍演習は、天災や人災(海賊など)に備えるもので、中国など、どこかの国に対抗するものではない。中国を敵視していない」と答えた。 (Naval Chief Nirmal Verma explains Milan 2010: India does not want to be regional cop in Indian ocean) この発言は、インドにとって中国が脅威でないという意味でなく、インドに支配されたくないインド周辺諸国に配慮して発せられた謙遜だった可能性がある。この発言を受けて書かれたインドの新聞の論評記事は「インドは、インド洋地域の主導役と見られたくないかもしれない。だが、インド洋地域の安全保障を守らねばならないという課題は間違いなく存在する。インドがインド洋を守らなければ、インド洋は中国の裏庭にされる」と指摘している。 (India looks to play facilitator's role in Indian Ocean Region) ▼インド洋に積極進出する中国 米政府は昨年9月、中国とロシア、北朝鮮、イランを、米国にとって脅威になる4つの国として列挙する政策を発表し、中国は軍事拡大と資源獲得競争で米国の脅威になっていると指摘した。同時期には、軍事問題で権威ある米共和党系のランド研究所が「中国と台湾(米国)が戦争した場合、以前なら米台が制空権を取れたが、中国が軍事技術を磨いた結果、米台と中国は台湾海峡の制空権で互角となった。すでに水際の地上戦では中国が有利との結論が出ており、制空権の喪失によって米台は唯一の軍事的優位を失う」とする報告書を出した。 (US lists China, Russia as its main challengers) (Why China Military Watchers Got It Wrong) 昨秋の地球温暖化問題での米中の齟齬、今年1月末からのグーグル問題、米国から台湾への武器輸出、ダライラマとオバマの会談予定、人民元の切り上げ問題など、米中間の確執が深まっている。ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)は、オバマが昨秋に訪中して胡錦涛と会った後の記者会見で、チベットに対する中国の国家主権を認めると明言するなど、チベット問題の根幹となる原則論において中国に譲歩してしまい、中国側が「オバマは譲歩するので、チベット問題で強く押せば中国の主張が通る」と思い、ダライラマとオバマの会見に強く反対するようになったと指摘している。チベット問題で中国が米国に強硬姿勢をとるのは、米国側の(私から見ると意図的な)失策の結果というわけだ。WSJの指摘通りなら、中国はもうチベット問題で米国に譲歩しない。 (Fixing Obama's Tibet Bungle) 中国はここ数年、インド洋地域に積極的に進出しており、それもインドを苛立たせている。中国は、ミャンマー、パキスタン、ネパール、スリランカといったインド周辺の国々を支援し、これらの国々は合計で、中国との貿易額がインドとの貿易額を上回った。スリランカのラジャパクサ大統領は、自分の出身地域(Hambantota)にコンテナ港を作ろうと構想し、インドに持ちかけて断られた後、中国から満額回答の事業参加を得たため、一気に親中国になった。中国は、鉄道網を持ちたいネパールに対しては、チベットのラサからカトマンズまで鉄道を延伸する計画を持ちかけている。 (India Worries as China Builds Ports in South Asia) こうした中国のインド洋進出と、米中関係の悪化を見れば、インド人が「米国は中国ではなくインドの台頭を望んでいる」「インド洋を中国に渡さず、インドがインド洋の覇権国になろう」と考えるのは当然といえる。 ▼インド洋の海賊退治の主導役に選ばれた中国 しかし現実を詳細に見ると、米国は、インドではなく中国がインド洋の覇権国であってもかまわないと思っているのではないかと感じられる。その象徴は、インド洋西岸のソマリア沖(アデン湾)で起きている新事態だ。そこでは、ほとんど報道されないうちに、米国と中国が「同盟軍」を組んでしまうという、前代未聞の展開が始まっている。これまで欧米が率いてきたソマリア沖の海賊退治の多国籍軍体制(SHADE、Shared Awareness and Deconfliction)の主導役として、1月末に中国軍が加わり、米英中心の合同軍(CMF)、EU諸国海軍(EU NAVFOR)、中国軍という、米欧中の三極体制で海賊退治が行われることになった。 (China joins US, EU anti-piracy operation) インド洋の北西、ソマリア沖とイエメン沖の間のアデン湾は、欧州の地中海からスエズ運河を通って、インド洋、マラッカ海峡、中国・日本方面に向かう重要な国際航路の一部で、毎年3万隻の船舶が航行する。この海域では1990年代から続くソマリア内戦の影響で海賊が跋扈していたが、08年から海賊行為がひどくなった。 中国は08年末からソマリア沖に3隻の軍艦を派遣し、これまで欧米主導のSHADEの枠外で、中国籍などの商船を護衛してきた。中国が共産党政権になって以来、米英が主導する多国籍軍に中国軍が入るのは初めてであり、多国籍軍の主導役に中国軍がつくのは史上初めてである。 中国は従来、アデン湾の奥にあるジプチの港のフランス軍基地を借りて補給をしていたが、今後は周辺に独自の補給港を基地として借りたいとも表明している。中国は、米欧の承認を得て、インド洋に海軍基地を持とうとしているわけだ。すでに中国は、インド洋の諸島国モルジブのマラオ島に、航路管理用の基地を1999年から持っており、インドは以前から、これが中国の潜水艦基地に発展すると疑っている。(日本と同様、インドのマスコミは中国の脅威を誇張する傾向があるが) (Maldives: Emerging Theater of Great Game) インド洋地域で最大の国はインドである。中国は、インド洋地域の国ですらない。中国とインドは、いずれも08年秋からソマリア沖の海賊退治に参加し、派遣している軍艦は2隻ずつである(遠方から来ている中国勢は、補給艦1隻を入れて合計3隻だが、戦力としてはインドと同じ2隻)。中国海軍は387隻の艦隊を持ち、155隻を持つインド海軍より大きいが、中国は空母を持っていない(インドは英国から譲渡された古い空母を持っている)。 全体として、中国がインドより海軍力ではるかに勝っているわけではない。それなのに、世界の主要国がすべて参加している海賊退治連合軍SHADEの中で、欧米と並ぶ主導役として選ばれたのは、近くの親米的なインドではなく、遠くの反米的な中国だった。このことからは、前回の記事に書いた「米国の中枢にいる人々は、中国を怒らせ、脅威を感じさせて、米国に対抗して軍事拡大する方向に引っぱり出し、世界を多極化したい」という流れが感じられる。 (米国の運命を握らされる中国) ▼米国による「引っぱり出し作戦」 中国がインド洋に進出しようと考えたこと自体、米国による「引っぱり出し作戦」に引っかかった結果だったとも考えられる。日本も中国も、中東から原油やガスを買い、インド洋にタンカーを航行してエネルギーを輸入している。日本のような対米従属の国は、米軍がインド洋を守っているので、自国の軍隊をインド洋に出さなくても航路(シーレーン)が守られているが、中国は違う。 米国は、1989年の天安門事件以来、中国を「倒すべき敵ではないが、同盟相手でもない」という宙ぶらりんの地位に置いている。米国は、中国に巨額の米国債を買ってもらう半面、2007年にはインド、日本、豪州、東南アジア諸国を誘って「中国包囲網」を形成するかのような軍事演習を行うなど、隠然と中国を敵視する気配をみせている。この微妙な関係の中で、中国は、中東から原油を輸入し、欧州に工業製品を輸出するために通らねばならないインド洋の航路を、米国に頼らず自国の軍事力で守らねばならない立場に置かれている。 中国包囲網は冷戦時代にも形成されていたが、当時の中国は、海路を使った輸出やエネルギー輸入によって経済成長している今とは全く異なる、内向的な「自力更正」の戦略をとっており、海外航路の確保は重要ではなかった。 07年当時、日本は自民党の安倍政権で、米国が日豪インドと組んで中国包囲網を形成するかのような動きを見て「この先何十年も対米従属を維持できる」と大歓迎した。しかしその後、中国が台頭すると、米国はその分譲歩してアジアで中国の地域覇権を容認し、世界の多極化を進めてしまった。結局、米国が日豪インドを誘って中国包囲網を形成するかに見えた動きは、米国が中国に脅威を感じさせ、中国が朝鮮半島や東南アジア、インド洋での自国の影響力を拡大し、中国が出てきた分だけ米国が引っ込む「隠れ多極主義」の戦略であり、日本やインドはそれに乗せられていた観がある。 米軍は、いずれ沖縄や韓国から出てグアム以東に引っ込む。インド洋の西のソマリア沖では、欧米と中国が対等な立場で航路を守るSHADEの体制ができる。今後出現しそうな新世界秩序において、米国の影響圏の西端はグアム島で、そこからスエズ運河までが中国の影響圏になりかねない。 ▼いずれインドも地域覇権国に とはいえ、話はここで終わりではない。この話と、冒頭に書いたQDRで米国がインドをインド洋地域の覇権国に引っぱり上げたがっていることとを組み合わせて考えると「次の次の世界秩序」が見えてくる。 インドは、日本と同様、米国から誘われて喜んで「中国包囲網」の片棒を担いだ。だが、包囲網に対抗して中国がインド洋に進出し、米国が中国に対して意外な譲歩を示し、インド洋が中国の海になりそうな新事態が立ち上がってくると、インドは中国に対抗してインド洋の地域覇権国になる道を歩まねばならなくなった。その状況下で、米国は、インドがインド洋の覇権国を目指すことをQDRの中で奨励し、インドの台頭にお墨付きを与えた。 中国は、インド洋の覇権をとるためではなく、米国主導の中国包囲網によって中国の商船がインド洋を通れなくなる脅威を感じ、対抗してインド洋に出た。インドがインド洋の覇権を目指しても、それが中国に敵対するものでなければ、むしろ中国商船の航路をインドが守ってくれる安上がりな体制として、中国はインドの覇権を容認するだろう。東南アジアや中央アジアは、中国が影響圏として意識する地域だが、インド洋はその外にある。 ソマリア沖の海賊退治の国際連合軍の主導役は、米英と欧州と中国という今の体制から、欧州とインドの体制へと変化するかもしれない(そのころ米英は財政破綻し、インド洋から撤退しているかもしれない)。こうした流れを米国の多極化戦略としてみると、米国はまずインドや日豪を誘って中国包囲網を形成して中国をアジアの覇権国として引っぱり出し、次に中国の脅威を使ってインドをインド洋の覇権国として引っぱり出そうとしている。 インドが地域覇権国になるには、パキスタンと和解して安定的な関係を築くことが不可欠である。印パが敵対している限り、インドは米英中心主義の「テロ戦争」の枠内から出られない。だからインドは最近、国際会議の場などパキスタン代表と接触する機会があるごとに会合し、印パで外務次官級の交渉を開始することになった。 (US welcomes Indian offer of talks with Pakistan) だが、印パが交渉を開始しそうになった2月13日、インドのムンバイで爆弾テロが起こり、インドの右派(対米従属派)は「パキスタンのしわざだ」と声高に叫び出し、印パの和解交渉を壊そうとしている。この流れは、小沢一郎が米国衰退後を見越して中国と戦略的関係を結ぼうとした矢先に、官僚機構やマスコミの対米従属派が、小沢潰しと中国非難に全力をあげた日本の状況と似ている。 (India Avoids Attack Blame, Rebuffs BJP Call to Suspend Talks) 印パの和解については、イスラム主義が勃興するパキスタンで、現政権が倒されずにいつまで持つかという問題もある。アフガニスタンのNATO軍は、南部のタリバンの拠点の町マージャを攻略しているが、タリバンのゲリラたちはNATO攻略の間、武器を隠して自宅に引っ込んでいるだけで、NATOが「マージャを平定した」と宣言して撤退し、代わりにやる気のないアフガン人の軍隊や警察がマージャの治安を守るようになったら、再びタリバンが出てきてアフガン軍を蹴散らし、マージャを取り返すだろう。 (Afghan Offensive Is New War Model) (US Poised to Commit War Crimes in Marjah) このNATOの不毛な戦略は、タリバンに対するアフガン人の支持を増やすばかりで、最終的にNATOはタリバンと和解しなければならないだろう。すでにNATOはタリバンとの間で、戦争と交渉の両面戦略に入っている。NATOから和解交渉の相手と認められたタリバンは、政治的にさらに強くなる。タリバンはパキスタンにも広範な組織を持っているので、タリバンが強くなるほど、パキスタンの現政権が倒される可能性も強くなる。つまり、インドにとってパキスタンとの和解は、時間との競争でもある。その一方で、もしパキスタンがイスラム主義化された場合、中国とインドは、自国へのイスラム主義の浸透を防がねばならないという同じ立場に置かれ、共闘できる。
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