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**** AKBの劇場公演の重要性
最近はAKBについて色々分析されているが、多くにおいて成功の要因に動的な面があげられる。総選挙に代表されるようにファン参加型、次々サプライズがあり、ファンも一緒に楽しめるような仕掛けになっているなど。確かにこのような動的な面がAKBの魅力の大きな要因である。
しかしあまり指摘されないのが静的な面の重要さだ。AKBが体育会系の縦社会としてしっかりした骨組みを持っていること。これを支えているのが自分たちの劇場を持っていることが大きい。
一般にはテレビでみる選抜メンバー16人の活動がAKBだと思われているが、その裏でいまもAKBは毎日のように劇場公演を行っている。人気メンバーは忙しくて出られないことが多いために残りのメンバーを中心に行われている。これらもとても重要なAKBの活動、というか、AKBのもっともベースを支える活動だ。
小さな小屋であるがファンと特設対面して反応をもらえる。このために歌、踊りを練習する。劇場で公演することで、テレビに出られないメンバーも毎日、充実した日常を送ることができる。それとともに、新たなメンバーが次々入り、そこで先輩の背中を見て、多くを学んでいく。そこで体育会系の上下関係が生まれる。選抜メンバーに選ばれたいとは思っているだろうが、それとともにエンターテナーとして学んでいく。
**** なぜ前田が絶対的エースだったのか
人気メンバーは単にアイドルとしてかわいいだけではない。この組織の中でメンバーからも人望があるものが選ばれていく。というのは、ファンもまたAKBという縦社会の組織のことをよく知っていて、またその一員であるという気持ちが強く、かわいいからという次元を越えて、組織の中の人望的な魅力がある、尊敬できることによって推していく。組織として知り尽くした中で、まるで生活をともにする部活の仲間のような感覚で選抜が選ばれていく。
なぜ前田があれほど人気があり、絶対的エースと呼ばれたのか。一番かわいいわけでも、歌がうまいわけでも、しゃべりができるわけでもない。ファンでない人にはわかりにくいのはこのためである。
今回の卒業中継を見てわかるのは、前田がAKBという組織から尊敬されていることだ。初期メンバーであり、秋元Pがセンターとして選んだなどの環境もあるが、結果的にメンバーにとっても、そしてAKBファンにとっても、組織の中の尊敬できるメンバーであり、あこがれの先輩であり、精神的なリーダーとなった。
**** 前田が卒業し父不在となった
最後の最後が劇場で迎えるというのもAKBの精神性を表している。この場所が原点、私たちの場所である。そしてこのホームにすべてのAKBメンバーはなにも知らないところから立ち、先輩の背中をみてレッスンに励み、ファンと接して、多くの経験を積み上げてきた。
AKBの動的な面がネットと密接に関連して、ファン参加型の新しいダイナミックなメディア戦略との面をもつ一方で、劇場と中心とした、とても古風なホーム(場所)に根ざした縦社会によって、支えられている。このことは結構語られないAKBも成功の要因だ。
モー娘。にしろ他のアイドルのエースが卒業するときとは全然違ったと思う。劇場でメンバーが声をかける場面は、ある意味で宗教的でありやくざ的でさえあった。
前田はある意味でAKBの父親だった。中心で寡黙に座り耐えていた。高橋は子供たちの面倒見がよい母親である。このような父は精神的な支柱であり、象徴であり、単にポストエース以上のものだ。エースは大島、渡辺がなれるかもしれないが、おそらく前田に変わる父にはなれないだろう。
**** さしこ的新たな方法論
もし前田卒業後にAKBの第二章という区切りがあるなら、このような静的な面がかわるのかもしれない。前田が卒業し、父不在となり、さらに地方に広がり、動的な面は拡大していく。第二章はこのような新たな状況によって始まるだろう。
その中で、指原は第二章を象徴するメンバーではないだろうか。 彼女がのし上がったのはいままでのAKBの尊敬を中心とする人気ではない。まさにネットをうまく使い、さらにヘタレというわかりやすい演出で、TVお露出を増やすことで、一気に人気メンバーの仲間入りをした。そしてスキャンダル騒動によって、さらにメディア露出が増えた。ある意味で異端児である。
もはや静的な尊敬のシステムではなかなか下位のメンバーがメディアに露出できなくなっている。その中でさしこの方法論は若いメンバーには魅力的に写るだろう。これからはさしこ的な方法論が目指されるだろう。
しかし前田の壮行会で見せたようにさしこは前田を深く尊敬し、AKBの静的な尊敬システムを知り大切にする世代でもある。ファンもさしこが先輩たちへの尊敬を持ち続けて先輩たちにかわいがられていることをよく知っている。
若い世代がAKBの静的な構造を飛ばしてただメディア露出を追いかけたとき、AKBというシステム自体が維持されるのか。たとえば島崎や光宗がメディア露出が多いわりに総選挙で振るわなかったのはこのためだろう。彼女たちはまだ尊敬されていないのだ。
ファンがAKBへ感じる魅力はそのダイナミズムだけではなく、その根底にあるAKBという尊敬の関係性である。そのベースがしっかりあるからこそ、AKBのダイナミズムがおもしろい。
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