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生活保護のリアル みわよしこ【第10回】 2012年8月31日みわよしこ [フリーランス・ライター]
健常者の5倍に上る障害者の生活保護受給率 貧困率はなんと56%
困窮する彼ら・彼女らを手助けする支援者たちの本音
地方に住み、生活保護を受給している障害者たちは、生活保護受給者の中でも最も立場の弱い人々である。この人々の支援者たちから見て、生活保護とはどのような存在なのだろうか? どのように運用されることが望ましいのだろうか? そもそも、障害者にとっての「自立」とは何だろうか?
今回は、健常者中心の社会からは見えづらい生活保護の意義を、障害者の支援者たちを通じて明らかにしたい。
最大の問題は、
生活保護から脱却する道筋が見えないこと
根本あや子さん(63歳)。特定NPO法人「サンネット青森」理事(代表)。青森市生まれ。都会に憧れて東京の大学に進学し、横浜市役所の福祉部門に20年勤務した後、青森にUターン。1999年、市民団体「サンネット」を設立し、精神障害者のためのオープンスペースを開所。現在の「サンネット青森」へと発展させた。
Photo by Yoshiko Miwa
「生活保護は、必要な時に受けられて、必要なくなったら出られるというふうに、行き来ができるのがいいなあ、と思ってるんですよ」
こう語るのは、根本あや子さん(63歳)。青森県青森市で、精神障害者の居場所であり作業所でもある「サンネット青森」を運営している(前回参照)。
「サンネット青森」の利用者である精神障害者の相当数は、生活保護を受給している。負傷や病気のために働けない傷病者と異なり、障害者は基本的に、一生にわたって障害者のままだ。障害が認定されて障害者手帳が交付されるための条件の1つは、「症状の固定」である。治癒の見込みがある間は、原則として、障害者手帳は交付されない。では、障害者たちは、どのようにして生活保護から「出られる」のだろうか?
「生活保護から脱出するというモデルが、青森ではなかなか見えないんです。特に、精神障害があって生活保護を受けた場合に、『そこから抜けてもやっていける』という道筋が見えません」
青森市内の貸し店舗やオフィスビルは、空室率がかなり高い。不況の影響が伺える。
Photo by Yoshiko Miwa
2011年、青森県の完全失業率は、6.1%であった。全国平均の4.6%に比べると、数字だけでも求職の困難さは明確だ。2010年(注1)、青森県の生活保護率は、2.08%。同年の全国平均1.52%に比べると、やはり、かなり高い。
また青森県は、最低賃金が生活保護水準以下となっている自治体の1つでもある。就労の機会が少ない上に、十分な収入を得られる機会も少ない。生活保護利用者が増えるのは、必然といえば必然である。
では、障害者の経済状況は、現在どうなのだろうか? 障害者ゆえに、健常者より恵まれている可能性があるのだろうか? それとも、より劣悪なのだろうか?
(注1)
その年の生活保護に関する公式統計は、翌年の秋ごろに公表される。2012年8月30日現在、2011年の統計結果は、まだ公表されていない。
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障害者の貧困率はなんと56%
就労推進どころか実態把握も不十分な障害者の経済状況
ハローワーク青森(青森市)。多数の求人者が訪れ、入りきれないこともあるという。
Photo by Yoshiko Miwa
結論から言うと、障害者の多くは非常な低所得状態にある。「親族に扶養される」「生活保護を受給する」以外には、生計の道がない。何らかの事情で親族の扶養を受けることができない場合には、生活保護を受給することが、生きるための唯一の選択肢だ。
そもそも、障害者の所得については、信頼できる調査が非常に少ない。その数少ない調査結果の1つ(注2)によれば、2010年、健常者の可処分所得の中央値が224万円とされているのに対し、障害者の所得(注3)の中央値は50万円〜100万円の間に位置していた。同年、健常者の貧困率(注4)が16%であったのに対し、障害者の貧困率は56%であった。
障害者がこれほど貧困であれば、障害者の生活保護受給率は高くなるのが自然だ。同じ調査によれば、2009年、健常者の生活保護受給者比率は約1.7%だったが、障害者では9.3%であった。健常者の約5倍である。
ハローワーク青森に掲示されている求人。フルタイム雇用でも、月給11万円〜14万円程度の求人が目立つ。職種は介護・建築作業が多い。
Photo by Yoshiko Miwa
収入が50万円〜100万円の範囲にある障害者は、障害基礎年金を受給し、さらに作業所などでの福祉的就労で報酬を得ている例が多いと推察される。ちなみに、福祉的就労に対しては、最低賃金法は適用されない。しばしば「生活保護費より安い最低賃金」が「生活保護費を抑制すべし」の根拠とされるが、福祉的就労の報酬は、その最低賃金より低いのだ。2010年度、作業所の工賃月額の全国平均は、約1万3000円であった。
障害児も義務教育を受けるのが当然となったのは、1979年のことであった。1973年以前に生まれた、現在およそ40歳以上の障害者たちは、義務教育すら受けていないことが少なくない。就労の数多くの前提が欠落している状態で就労を求められているのが、多くの障害者の現実である。
(注2)
2012年4月に発表された「障害のある人の地域生活実態調査の結果(第一次報告)」による。調査を行ったのは、障害者作業所の連絡会である「きょうされん(旧称:共同作業所全国連絡会)」。
(注3)
障害年金を含む。障害基礎年金は、最高の1級で年間983,100円(単身者の場合)。
(注4)
年収が、同年の貧困線(日本人の可処分所得の中央値である224万円の1/2、112万円)未満である人々の比率。「平成22年国民生活基礎調査」(厚生労働省)による。
次のページ>> 社会の余裕のなさが障害者のところまで降りてきた
社会の余裕のなさが
障害者のところまで降りてきた
青森市中心部、商業地域周辺の風景。通行する車両が多くないので、道路が広く見える。
Photo by Yoshiko Miwa
根本さんは、青森県青森市で生まれ、高校卒業までを青森で過ごした。その後、東京の大学に進学し、卒業後は長年、福祉職として横浜市役所に勤務していた。寄せ場として有名な寿町のある地域で、福祉事務所に勤務していたこともある。生活保護の裏も表も深く知る上に、高齢者福祉・障害者福祉でも豊かな経験を持つ、福祉のベテランだ。
「精神科病院を退院しても地域に居場所のない精神障害者たちの居場所を作ろう」と、青森市に戻ってきた根本さんは、首都圏の大都市とは全く違う「貧困」を見る。
「生活保護がうんぬんというより、生活に困っている人がたくさんいて。良いか悪いかは別として、親の年金で子どもが食べていたり、障害を持った子どもの年金で親が食べていたり」(根本さん)
地方ならではの貧困があり、そこでの暮らしを「家族福祉」が下支えしている。
「あるいは、野菜や魚をあげたりもらったりとかの助けあい。特に郡部では、そういったことが日常的にあります。暮らし方に、現金に換算できない面があって、それが生活保護を受けないで暮らす貧しい人々を支えているところもあります。生活保護費や最低賃金の金額がどうこうというより、助けあって暮らしていかなくてはいけない地域の貧しさですね」(根本さん)
その根本さんは、障害者の就労を推進する昨今の動きを、単純に「障害者も社会参加することは良い」とは考えていない。
「『能力を生かして、自己責任で頑張れ、困るのは自分の能力のせいだ』という考え方が、障害者のところまで降りてきたってことじゃないでしょうか。社会が、そこまで余裕をなくしているんですよね」(根本さん)
では、どうすればいいのだろうか。何ができるだろうか。
障害者就労支援に期待していない
障害者作業所を運営する障害当事者
生活保護にまつわる問題に関して、
「次の選挙で自民党が勝ったらダメですね。自民党以外にしっかりしてもらわないと」
と明快に語るのは、佐野卓志さん(57歳)。愛媛県松山市で、精神障害者のための作業所「ルーテル作業センター ムゲン」を運営している。
次のページ>> トラブルだらけの毎日を「良いこと」と捉えるワケ
http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
愛媛県松山市、「ルーテル作業センタームゲン」のWebサイト。精神障害者が運営する、精神障害者のための作業所である。
Photo by Yoshiko Miwa
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「ムゲン」には、作業所の前身時代から数えると、既に20年に及ぶ歴史がある。精神科病院を退院したが、トラブルを起こす可能性が高く一般的な作業所に受け入れられない人々を、積極的に受け入れている。ちなみに佐野さん自身も、統合失調症を持つ精神障害者である。福祉の専門家である「サンネット青森」の根本さんとは対照的だ。
政策の問題は、結局は政治にしか解決できない。しかし、
「民主党、あそこに希望を持ったのはダメでしたね」(佐野さん)
それでは、どの政党に投票すれば、社会保障の後退を食い止められるのか。政権を取れば、それで済むわけではない。各省庁との調整を行い、政策を形にすることは、与党と言えども容易ではない。
佐野さんは、厚生労働省が近年「工賃倍増5カ年計画」などで推進する障害者の就労支援に対しても、
「大した成果を上げられずに、終わると思います」
と厳しい視線を向ける。
佐野さんの運営する「ムゲン」には、現在、概ね30人程度の利用者がいる。その半数以上が、生活保護を受給している。働きたい利用者は、古い着物の加工や機織りなどの仕事をして工賃を得ることができる。中には、一般就労が可能になる人もいる。一般就労した人は、20年間で3人だそうだ。
その佐野さんが、重視しているのは、人間関係の力だ。
「ムゲンは、一番大変な人が利用者として来ますから、もう、毎日、大変ですよ。人間関係、トラブルだらけです。職員どうしのトラブルもあります。でも、トラブルが起きるって、それだけ『本音が出てる』ってことですよね」(佐野さん)
問題は、トラブルが起こることではなく、トラブルを通じてどのような体験をするかである。
「僕は、どちらかというと、トラブルを『良いこと』と捉えています。トラブルの後、間を取り持って人間関係を修復して元通りにすることを目指しています。一回のトラブルで人間関係は切れることが多いですから、そうではない、強い人間関係を体験してもらいたいと思っています」(佐野さん)
結局のところ、できることは、社会や政策に働きかける努力を放棄しないこと。その一方で、就労のずっと手前で障害者が抱えている数多くの欠落を、1つ1つ埋めていくこと。そういった地道なことの数々でしかなさそうだ。
次のページ>> 「生活保護を選択する」という自立の始め方
「生活保護を選択する」という
自立の始め方
「サンネット青森」の利用者・スタッフミーティングの様子。熱気があり、雰囲気は明るい。
Photo by Yoshiko Miwa
「サンネット青森」の根本さんは、障害者が生活保護を受給することを「自立の始まり」と考えている。
障害者の多くは、若い時期には親などの家族と同居している。親に充分な収入があれば、就労できなくても生きていける。30代でも親から小遣いを貰い、不自由なく生活ができる。しかし、障害者本人の自尊感情にとって、好ましい状態ではない。本人にも、親に対する心苦しさがある。
いずれ、親は退職し、年金生活に入る。本人は「いつまでも親に扶養されているわけにはゆかない」という現実を意識せざるを得ない。といっても、経済的自立を目指すことは困難な現実がある。
「障害があって収入がなければ、親との関係を考えるときに、どこかで自立するときに生活保護を考える。それは『当然だろうな』と思います」(根本さん)
そこで重要な問題は、生活保護受給者としての生活を、本人がどう考えるかだ。
「生活保護には、『お金に困っているから受ける』で済まないものがありますよね。生活保護を受けることに対する道徳的な何かとか、スティグマ(烙印)とか、生活保護の世界に押し込まれるような圧力とか」(根本さん)
生活保護の住居扶助を利用して住むことのできる民間アパートが、親の家よりも快適なことは少ない。生活保護を受給したことが理由で、できたはずの結婚ができなくなるかもしれない。
「それでも『自分は生活保護で、自分の力で頑張る』と決意するのが、障害者の自立の始まりなんじゃないかと思います」(根本さん)
人を分断しようとする力に抗いつつ
根本さんは現在、障害者の就労支援について「受け止め切れない」という思いを抱いている。
「労働市場での能力のある/なし」で障害者が区分されたら、次には「就労できる障害者/就労できない障害者」の分断が起こるだろう。いずれは、障害者が「生活保護を必要としない障害者」「生活保護を必要とする障害者」の2つに分断されてしまうかもしれない。
次のページ>> 終戦直後よりも「今のほうがより生きづらい」
青森市役所。訪れた時は、七夕の飾り付けがされていた。
Photo by Yoshiko Miwa
昭和24年に生まれた根本さんは、終戦直後の経済的困難を知っている。電灯は、一家に一個しか許されない時代があった。米も、自由に購入できるわけではなかった。世帯ごとに「米穀通帳」があり、許された量しか購入できなかった。不自由だった。そして、誰もかもが貧しかった。
しかし、根本さんは「今の方が、より生きづらいのでは」という。
現在、自分が失敗すること、敗北することは、自己責任で招いた結果とみなされる。本当はそうではないとしても、貧困になってしまったら、誰に言われなくても「自分の能力のなさが招いた結果」と考えてしまいがちだ。「能力主義」「自己責任」「自己選択」「自主」……どれも、資本主義社会のもとでは、当然であり、好ましいものとみなされている。「頑張ればなんとかなる」という文化。裏返せば「なんとかならないのは頑張らなかったからだ」という文化だ。そして、精神的にも経済的にも追い詰められた人々が、精神科へと流れこんでいる。
今、最も必要な力は、「助け合う」を形にできる力。根本さんは、そう考えている。
青森市役所の裏口。建造物の老朽化が目立つ。
Photo by Yoshiko Miwa
「助け合う」相手を、自分と同じような人に限る必要はない。たとえば、生活保護受給者にとってのケースワーカーは、敵対的な存在と考えられやすい。しかし、主張すべきことは主張し、「何ができないか」「何をするのが大変か」について理解を求めていくことはできる。精神障害者の「できない」「大変」は理解されにくく、「ワガママ」と誤解されやすい。だからこそ、福祉行政の窓口にいるケースワーカーに、繰り返し話していかなくてはならない。支援者は、それを代弁しない。ただ付き添い、本人が言うのを応援する。
関係が良好でない親族、過去に自分に虐待を加えたことのある親族への扶養照会も、同様である。黙っているのが、一番いけない。事情を話し、止めてもらわなくてはならない。
そのような努力を繰り返すうちに、最も身近な福祉行政の窓口であるケースワーカーが、自分の理解者になるかもしれない。ケースワーカーと生活保護受給者は敵対関係ではなく、協力関係を作ることができるかもしれない。それも「助け合う」の1つの形だ。
激しい変化の中、個人が生き残りのためにあがいたところで、できることは多くない。しかし、強い人間関係のある社会・助け合える社会を作り、その中で自分も生き残ることは、個人レベルで努力を続けるよりも、はるかに容易であろう。
社会を作るには、個人単位の努力だけではなく、制度の力が不可欠である。次回は立法に関わる国会議員・政策秘書を通して、現在の生活保護制度にどのような力と可能性があるか、どのような問題があるかを考えてみたい。
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バックナンバー一覧
• 第10回 健常者の5倍に上る障害者の生活保護受給率 困窮する彼ら・彼女らを手助けする支援者たちの本音 (2012.08.31)
• 第9回 「お金」に悩みながら、生きる意味を探る 生活保護に支えられて暮らす精神障害者の日常 (2012.08.24)
• 第8回 貧困の世代間連鎖は止められないのか 「江戸川中3勉強会」25年目の夏に見た 生活保護世帯の子どもたちの現実 (2012.08.17)
• 第7回 生活保護受給者と直接かかわる福祉事務所の “お役所仕事”どころではない日常 (2012.08.10)
• 第6回 餓死・孤立死が頻発する現在の日本で、 生活保護制度を改悪してもよいのか? (2012.08.03)
http://diamond.jp/articles/-/24052
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