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「キタキツネ」といえば、北海道の野生動物のひとつとして有名だ。野生動物なので、本来、人間とはあまり遭遇しないものだが、筆者の相場氏はクルマを運転中に出会った。しかもその姿を見て、違和感を覚えたという。その理由は……。
今月初旬、新作漫画の取材のため、私は北海道を自家用車で走り回った。ウマい食べ物や広大な自然を満喫する中、1つだけ強烈な違和感にとらわれた瞬間があった。違和感の根源は、キタキツネ。北海道観光のガイドブックなどでお馴染みの野生動物だが、彼らの姿を通して、私は人間の残酷な一面を垣間みた。道民の皆さんには馴染みのある話題かもしれない。だが、1人の旅行者として大きな驚きを感じたので記してみる。
**** 人をおそれぬキタキツネ
キタキツネと遭遇した日、私は知床半島の宿を発ち、次の目的地である釧路湿原を目指してハンドルを握っていた。北海道北東部の山道を経て、一大観光地である屈斜路湖の周辺を走っていたときだった。道路脇に小動物が見えた。
自家用車のスピードを緩めると、動物がゆっくりと動きだす。キタキツネの子どもで、豆柴と同じくらいの大きさだ。
後続車がないことを確認した私は、ハザードランプを灯し、停車した。すると、子狐がどんどん近づいてくる。
テレビや観光ガイドブックで見た光景が目の前にある。そんなことを考えていると、子狐が一段と距離を詰め、あっという間にクルマのドア横までたどり着いた。観光ガイドの類いに、こんな注意書きがあったことを思い出す。
「キタキツネにはエキノコックスという寄生虫が存在するケースが多い。キタキツネを媒介してエキノコックスが人間の体内にも入り、長期間かけて寄生虫が肝臓などの臓器を食い破る」――。
クルマの窓を開けて子狐を見る。もちろん、触ったりはしない。この間、東京で知人に預けてきた愛犬のことが頭をよぎる。ちょうど体の大きさは同じくらい。人なつこそうな目線もどこか似ている気がする。だが、眼前にいるのは、紛れもない野生動物だ。
同時に、子狐と目があった瞬間、私は強烈な違和感に襲われた。目の前にある光景は、自然と人間が近いということではなく、人間がキタキツネを手なずけてしまった結果だと悟ったからだ。
利口な子狐はエサをもらうため、国道に現れた。停車した私からもエサがもらえるものだと判断していたのだ。全く人間とクルマを恐れる素振りがない。子狐を驚かせぬよう窓を閉め、クルマをゆっくりと発進させた。ルームミラー越しに見ていると、後方から中型の観光バスが見えた。
バスは私と同じように停車した。だが、次の瞬間、数人の観光客が窓からなにかを投げたのが見えた。スナック菓子か、あるいは果物か。判別はできなかったが、子狐は懸命に路面に落ちたエサを追っていた。
**** 冬を越せない
キタキツネと遭遇した日の夕刻、私は釧路湿原に近い民宿に入った。ロビーの書架には、湿原の野生動物を撮った写真集が入っていた。女将さんにこの日接した事柄を話してみた。話を切り出した途端、女将さんが顔をしかめた。
「お客さんみたいに感じてくれる観光客は残念ながら少数派です」
聞けば、この宿に泊まる客のうち、相当な数の人がキタキツネに遭遇した際、エサをあげてしまうのだという。
「キタキツネは本来肉食性なので、スナック菓子やおにぎりで体を壊してしまう個体が多くて」
本来、キタキツネは野鼠などを食べているという。だが人間が食べるスナック菓子は塩分や糖分が強く、キタキツネにとっては下剤に近い刺激の強い食物だとか。
「疥癬(かいせん)と言う皮膚病にかかって、毛が抜けてしまうキツネが最近急増中です」
この病気にかかれば、毛が抜け落ち、やせ細ってしまうという。
女将さんの表情がさらに曇った。私が道東を訪れたのは8月初旬。首都圏は連日猛暑日を記録していたが、この地は20度程度。朝晩は15度以下になる。冬はいうまでもなく氷点下であり、マイナス20度超の日が続く。
こうした過酷な冬の時期に、毛が抜けてしまったキタキツネがどうなるかは想像に難くない。私は撮影した写真を女将さんに見てもらった。
「病気になりかかっているようですね」との答え。
女将さんが子狐の尻尾を指し、言う。
「キタキツネの尻尾は本来、太くてふさふさしているんです。でも、雨中で毛がしぼんでいることを割り引いても、この子の尻尾は明らかに細い」
全国各地の観光地で、ニホンザルやキツネ、あるいは鹿などに興味本位でエサを与える人は少なくない。だが道ばたに、無警戒で動物たちが現れることは、不自然極まりないことなのだ。この他にも、釧路に住むベテランのネイチャーガイドからもこんな話を聞いた。
「この辺りのキタキツネはクルマを恐れなくなった。観光客なら物珍しさからスピードを緩めるが、地元民は緩めたりしない。接触事故で死ぬ個体も増えている」
**** カワイイ
キタキツネを目にした瞬間、ほとんどの人がそう感じるはずだ。クルマに寄ってくれば、なにかをあげたいという気持ちにもなるはず。だが、その行動自体が、野生動物をゆっくりと殺す行為であることを改めて感じてほしい。
細くなってしまった子狐の尻尾の写真を見つめていると、女将さんが地元紙のスクラップを見せてくださった(参照リンク)。旅の思い出にエサを上げる……これが野生動物と自然を殺すことになる。キモに銘じてほしい。
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