http://www.asyura2.com/10/social8/msg/818.html
Tweet |
経済・時事生活保護のリアル みわよしこ
働き盛りの生活保護は本当に許されないのか 急増する稼働年齢層受給者を待ち構える「高い壁」
この数年、世帯主が稼働年齢で、障害者・傷病者・ひとり親世帯のどれにも該当しない生活保護受給世帯が増加している。厚生労働省統計では「その他世帯」とされる世帯である。「その他世帯」は、2000年には生活保護受給世帯の7.4%であったが、2010年に13.5%、2011年に16.2%と増加する一方だ。
今回は、「働けるのに働かない」「仕事を選びすぎ」などと批判されがちな「その他世帯」、それも働き盛りの単身者の生活と仕事を紹介したい。その批判は、当たっているのだろうか?
「再就職はできたけれども…」
ラブホテル清掃員として働く今の迷い
吉田さんの住むアパート。老朽アパートだが、内装は整備されている。概ね四畳半程度のワンルームに、小さな台所とユニットバスがある。
Photo by Yoshiko Miwa
吉田信之さん(仮名・42歳)は、今、迷っている。約1年間にわたる就職活動を経て見つけた現在の仕事を、続けるべきなのだろうか? それとも、早めに辞めるべきなのだろうか? 生活保護受給を続けるべきなのだろうか、それとも生活保護から脱出するべきなのだろうか?
吉田さんは現在、清掃会社に勤務している。待遇は正社員だ。手取り月給は18万円。交通費も支給される。
額面だけを見れば、東京都で現金として支給される生活保護費(生活扶助+住宅扶助)13万7400円を上回る。しかし、会社は労災保険料・雇用保険料・健康保険料・厚生年金保険料を支払っていない。健康保険料と厚生年金保険料を自分で支払うと、約4万3000円。実際に手元に残る金額は、13万7000円。生活保護水準より、やや低くなってしまう。
とりあえず現在は、再就職してまだ2ヵ月。労使とも「互いに様子を見る」という感じだ。ずっと、この仕事を続けられるかどうかは分からない。吉田さんは現在も、生活保護の受給を続けているが、全収入を福祉事務所に申告している。生活保護費に加え、基礎控除額の28950円が手元に残る。合計で約16万円となる。病気やケガの際には、福祉事務所に医療券を申請し、医療扶助で治療を受けている。就職したからといって、健康保険料や医療費の自己負担に耐えられるだけの経済力が得られるようになったわけではない。むしろ逆かもしれない。
吉田さんの仕事は、2人の同僚とともにラブホテルに派遣されての清掃だ。主に「休憩」と「休憩」の間の部屋のクリーニングとセッティングを担当している。繁盛しているラブホテルでは、客が出ていくと同時に、次の客が入る感じである。クリーニングとセッティングの所要時間は2〜3分。長くても5分程度という。その「長くても5分」の間に終わらせなくてはならない仕事の内容は多岐に渡り、量は膨大だ。備品の点検・シーツの交換・アメニティの整備・冷蔵庫の飲み物の補充……。
勤務形態は、正午から翌日の正午までの24時間連続勤務。仮眠時間は、一応は存在するが、多忙な時には「仮眠」などとは言っていられない。勤務明けとその翌日は休日になる。休日が多く見えるが、変則勤務は非常に肉体的な負荷が高いものである。
次のページ>> 不安定就労を繰り返すしかなかった青年時代
吉田さんは「体力が足りない」と思い、「慣れなくては」と思う。とにかく、やっと見つけた今の仕事で「なんとかがんばろう」という気持ちはある。働けることのありがたさは痛感している。でも、迷っている。「辞めた方がいいんだろうか?」と。
生活保護からは、脱出したい。ときどき、過去に経験のある自動車工場の期間派遣時代を思い出す。給料は良かったし、生活コストはそれほど必要ない。「また、戻ろうか?」とも思う。けれども、具体的に戻れる見通しがあるわけではない。戻れたとして、向こう何年続けられるかは分からない。
先の見通し? そんなことは考えられない。先のことを考える余裕なんか、ない。向こう1年〜2年を生き延びることを考えるだけで、精一杯だ。
不安定就労を繰り返すしかなかった青年時代
吉田さんの持っている服は、このハンガーにかかっているものと、小さな衣装ボックス1つに入っている分で全部だ。バザーなどで中古衣料を安く購入している。
Photo by Yoshiko Miwa
吉田さんは、1969年に関東で生まれた。父はサラリーマン。パートで家計を助ける母との間に、男児が2人。吉田さんと、2歳上の兄だ。典型的なサラリーマン家庭であった。現在は、家族と連絡を取り合うことは、ほとんどない。「連絡がないので健在と思う」そうだ。
高校3年生の時、吉田さんは高校を中退してしまった。実家の居心地が悪いと感じられるようになり、18歳になると同時に住み込みの仕事を探した。最初の仕事は、寮のある居酒屋の皿洗いだった。
その後、20代で塗装工となるが、吉田さんが25歳の時、1991年のバブル崩壊が発生する。建築・建設業周辺では、仕事を続けることも見つけることも困難になった。
吉田さんは、バザーなどで1個数十円のサングラスを買い、その日の気分に合わせてかける。ささやかなおしゃれだ。
Photo by Yoshiko Miwa
30代の吉田さんは、さまざまな仕事を転々とする。まず、配送会社でアルバイトの仕事を見つけた。運転免許を持っていない吉田さんの仕事は、仕分け・トラックの積み下ろしなどである。その後は5年間ほど、自動車工場の期間派遣で、3ヵ月・6ヵ月の契約を繰り返しながら働いていた。「とにかく、給料がよかった」という。月給は30万円。
自動車工場で仕事を見つけるのが難しくなると、個室ビデオDVD店の店員となった。その後は、ネットカフェに宿泊し、日雇いアルバイトを繰り返す。しかし、仕事が見つかるとは限らない。その日暮らせるかどうかも心もとない日が続いた。「とりあえず働かないと食べられないから」、仕事を選ぶ余裕もなく、見つかった仕事に従事して報酬を得た。2008年のリーマンショック、2008年末の「派遣切り」の時期には、建築現場の掃除・片付けの仕事についていた。
そうこうするうちに、栃木県の山間部の山荘の清掃・片付けの仕事を見つけた。住み込みで、正社員待遇である。働き始めて数ヵ月後のある日、山荘周辺を散歩していて脚をくじいた。脚はなかなか治らない。仕事を辞めて、東京都内のネットカフェに戻るしかなかった。
次のページ>> 「生活保護があってよかった」
クリスチャンである吉田さんは、教会でもらったパンフレットを大切にしている。小さなテーブルの上には、日用品と一緒に教会の機関誌が置かれていた。
Photo by Yoshiko Miwa
その時、吉田さんはネットカフェの店舗に置いてあった貧困者支援団体のビラを見て、生活保護について知った。
どう考えても、今すぐに、また働くのは無理だ。クリスチャンである吉田さんは、ときどき礼拝に顔を出している教会の神父にも相談してみた。「どうしたいですか?」という神父の問いに、吉田さんは「できれば一から出直したいです」と答えた。神父は「それなら、お手伝いします」と言った。
しかし、すぐに生活保護を申請したわけではなかった。吉田さんは、なるべく生活保護を受給することなく、なんとか自力で頑張ろうとしたのである。まず、社会福祉協議会の相談所で「つなぎ資金」を申請した。しかし手続きが長引き、手持ちの現金が底をつきそうになった。緊急時に無料で宿泊できる東京都の宿泊所に1週間だけ宿泊し、時間を稼いだ。その間も「働かなくては」と考え、仕事を探そうとした。できれば住み込みの、できれば正社員待遇の仕事を。しかし、履歴書に書く「現住所」はなかった。
吉田さんは、宿泊所のスタッフの勧めで、福祉事務所に相談に行った。ケースワーカーから見ても、困窮は明らかだった。そのケースワーカーは、
「すぐ働くのではなくて、1ヵ月か2ヵ月、落ち着いて考えてみたら?」
と言い、生活保護の申請を受理した。
2010年末、吉田さんは生活保護受給を開始した。しばらくは山谷の「宿屋さん(簡易宿泊所)」の2畳の部屋に仮住まい。ほどなく、アパートを見つけて入居することができた。
落ち着いた生活の基盤を手に入れた吉田さんは、歯科に通院しはじめた。それまでは、虫歯を治す余裕もなかったのだ。吉田さんは生活保護について、
「ありがとうございました。あってよかった」
と、実感をこめて語る。
職歴の空白と転職回数がネックに
再就職への厳しすぎる道のり
2011年春、一息ついた吉田さんは、ハローワークで就職活動を開始した。業種は、清掃に絞った。過去に清掃の仕事をしたことがあったので、「これならできそうだ」と思えたという。履歴書を送った会社は数十社。面接を受けることができたのは、そのうち十社程度であった。
次のページ>> ハローワークで就職先を探すのが難しい理由
懸命に就職活動を重ねる吉田さんのもとに、不採用通知ばかり届く日々が1年近くも続いた。
Photo by Yoshiko Miwa
拡大画像表示
面接で問題になることは、いつも同じだった。まず、最近の数ヵ月は職歴が空白になっている。生活保護を受給しているからであるが、それが問題になる。また、
「今まで何をしていましたか?」
と経歴を聞かれるのだが、転職回数が多いことが問題になる。場合によっては、40歳を超えている年齢も問題となる。そして、結局は不採用となってしまう。
ハローワークの再就職講座も受講した。しかし、主な内容は、もともと正社員だったが不況で失業した人のための再就職ノウハウだった。吉田さんのような経歴の持ち主の再就職に適した内容ではない。個別対応をしてほしいところだが、そのための体制は充分ではない。吉田さんは「行き間違えた」と感じた。めげることなく、散歩で体力を落とさないように注意し、ボランティアに行ってフリーマーケットの運営の手伝いをしたりしながら、「仕事をする」という感覚を維持した。
その間も、就職活動は続けていた。面接では、
「今後の方針をある程度決めて、『これがしたい』『これができます』と話すんですけど、相手からは自分で考えているのと違う厳しさを話されるんです」
という感じで、なかなか再就職成功には結びつかない。しかし、そこから気づきを得て、次の面接では同じ失敗をしないように注意した。吉田さんは
「気を付かせてもらえたところもありました」
と感謝している。
ボランティアへの参加は、仕事がなかった時期の吉田さんにとって、社会とのつながりを取りもどす貴重な機会だった。でも、生活保護受給者への義務化には、吉田さんは反対だ。
Photo by Yoshiko Miwa
拡大画像表示
また、資格を何1つ持っていないという問題にも直面した。そこで、ポリッシャーの講習を受け、その実績を履歴書に書けるようにした。吉田さんによれば、清掃の資格は、
「多少は、持っていないよりは良いこともある」
という。今後も、清掃に関する資格取得は続けようと考えている。
数ヵ月後、吉田さんは、ハローワークで就職先を探すのをやめた。無料の求人情報誌に、就職できる可能性の高い求人情報が掲載されているのではないかと考えたのだった。吉田さんの読みは正しく、清掃会社に正社員としての雇用を得ることができた。
ハローワークで紹介を受けることができるのは、労働法などの法規を順守する前提の求人ばかりである。だから、労災保険料は当然ながら支払われる。正社員待遇であれば、社会保険料などの法定内福利厚生も完備が原則である。万一、求人情報と実際の待遇に差異があったら、ハローワークに相談すれば、是正される可能性がある。
無料の求人情報誌に掲載されている求人も、あからさまに労働法に違反していることは多くない。しかし、実際に雇用された後で「労災保険料が支払われていない」「『社保完』と書いてあったが、社会保険料は実際には支払われていない」「掲載されていた給料が手取りではなく税込だった」といった問題が明らかになることは少なくない。ハローワークで見つけることのできる悪条件の求人より、さらに悪条件なのだ。
吉田さんは、約1年間にわたる自分の就職活動を振り返ってこう語る。
「最初、こんなに時間がかかると思っていなかったんですよ。短い時間でなんとかなると思っていたんです。でも、見つかる仕事は、日雇いやバイトばかりなんです。それでは今までと同じ事の繰り返しだから、正社員の仕事を探しました。でも、正社員として働くためには技術が必要です。自分で『すぐに働ける』と思っても、働けるところはないんですね。何回か面接を受けてみて気がついたんですが」
次のページ>> 「閉じこもってないで、話してみてください」
吉田さんは今でも、無料で配布されている転職情報誌を入手しては、自分に適した求人を探している。
Photo by Yoshiko Miwa
労災保険にさえ加入していない現在の勤務先。しかし吉田さんは、大きな不満を抱いていない。
「バイトとして考えたら、最低賃金じゃないし」という。
今は、再就職ができたことに感謝しており、
「働くのを第一条件にして、そこから何かを見つけられれば」
と考えている。しかし、長く勤務し続けることが可能だとは思えない。今は、
「働けるようなら働いていこうと思っているけれど、2〜3ヵ月働いて、それから就職活動をしようという気持ちもあります。すごく迷っています。辞めた方がいいんだろうかとも思います」
と、迷いで一杯だ。約1年間の就職活動の末に見つけた新しい仕事が、生活保護から脱出することもできないほど悪条件だったとなれば、少なくとも、そこに中長期的な将来を見出すことは困難なのが当然だろう。
バザーや新古書店などで、転職・就業維持に役立ちそうな書籍を安価に入手して、自分の市場価値を少しでも高めようと吉田さんは懸命だ。
Photo by Yoshiko Miwa
そんな吉田さんは、自分と同じような境遇にある人々に、こう言いたい。
「僕も頑張らなくてはいけないけど、閉じこもってないで話してみるといいんじゃないでしょうか? 話のできる人を見つけて相談してみると、今まで自分で気が付かなかったところに、気がつくんじゃないかとも思いますよ。いろんな人とかかわり、いろんな見方を教えてもらって、知らないことを教えてもらって、それから自分がまた考える。こういうことが、とても大切だと思います」
苦境にあるときには、世界が自分に孤立を求めているように思えてしまったりしがちだ。そういう時、自分を追い詰めているように見える問題の1つ1つは、自分自身の就職であったり、職場の人間関係であったり、ごく私的な家族問題であったりするかもしれない。でも、その背景には、社会の歪みや矛盾がある。社会全体の問題に、1人で立ち向かえるわけはない。だから、苦境の時ほど、連帯が大切だ。連帯できるかどうかは、しばしば、生存できるかどうかを決めるほど重大である。
本連載の第2回〜第5回では、生活保護受給者自身の率直な話を紹介した。次回からは、生活保護制度や生活保護受給者を支える立場の人々の日常や思いを紹介し、より多面的に、生活保護の「ありのまま」の姿を捉えることを試みたい。
「生活保護のリアル みわよしこ」の最新記事 バックナンバー一覧
第5回 働き盛りの生活保護は本当に許されないのか 急増する稼働年齢層受給者を待ち構える「高い壁」 (2012.07.27)
第4回 3日徹夜当たり前のデザイナーが「過労うつ」に 精神疾患を抱える生活保護受給者の自立へのジレンマ (2012.07.20)
第3回 “自業自得”で支援を打ち切っていいのか アルコール依存症者の日常から探る生活保護の必要性 (2012.07.13)
第2回 妻の浮気相手への傷害で服役、ホームレスに 高齢生活保護受給者のギリギリの暮らしと思い (2012.07.06)
第1回 【新連載】 生活保護費削減なら国民全員が貧困化する可能性も!? 急増する生活保護にまつわる「よくある誤解」 (2012.06.29)
http://diamond.jp/articles/-/22165
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。