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"地方にある多くの商店街はさびれ、買物弱者が増えている
6月中旬、ある大手紙の一面に巨大小売り企業の新戦略を扱った記事が載った。記事を一読した瞬間、私は嘆息した。記事自体に目新しい要素はなかったが、その内容が大きな矛盾を抱えていたからだ。
巨大企業の戦略は確かに大きなニュース素材に他ならない。だが、その記事を書く前に素朴な疑問は沸かなかったのか。今回の本稿は、自説を交えながら、経済記事とその裏側を読み解く。
●誰がその原因を作ったのか
私が思わず息を吐き出したのが、6月17日付の日本経済新聞朝刊の記事だ。
『ネットスーパー イオン全国展開 一四年度メド 即日で宅配』
日本一の小売り企業であるイオンに関する記事を要約すると、このような感じになる。
イオンは2014年度をめどに、ネットスーパーを全国展開する。宅配業者と連携することで、近隣に小売店がない「買い物弱者」向けに、ネットで受注した商品を全国津々浦々まで届ける、というもの。
実はこの記事の前に、共同通信もほぼ同じトーンで記事を配信している。2011年9月8日だ。
『イオン 過疎地でも即日宅配へ ネットスーパー広域化』
過疎地域の多い東北でネットスーパーを展開するというのが主旨。2011年11月から青森県でサービスをスタートし、2013年3月までに東北6県をカバーするというもので、イオンはこの戦略を東北以外でも進めていく方針だと共同は伝えていた。
私が想像するに、イオンの広報担当者がこうした方針をレク、あるいは個別に記者を呼び、記事の素材として提供したのだろう。
先の日経の記事は、翌日の情報番組の新聞コーナーなどで大きく取り上げられた。月曜日の朝は紙面が薄く、目玉記事が少ないからだ。チャンネルを替えるごとに、各局のキャスターが日経記事を紹介していたことをご記憶の向きも多いはずだ。
さて、ここからが本題。なぜ私が嘆息したかその理由を明かす。まずは日経の記事から引用する。
『農林水産省の推計によると、生鮮品を扱う店まで五〇〇メートル以上の距離があり自動車を持たない買い物弱者は九一〇万人……』
東京などの首都圏、あるいは大阪、名古屋等の大都市圏に住む読者にはピンとこないかもしれないが、全国の地方都市の多くで商店街が疲弊し、いわゆる“シャッター街”化に歯止めがかからない状態が続いている。
一方で、こうした都市や街の周辺、高速道路のインター脇、あるいはバイパス沿いには、全国展開する大手小売業者が展開する巨大なモールやショッピングセンターがひしめき合う。全国どこに行っても同じような景色しか見えない。
ネットスーパー事業は、イオンだけでなく、他の大手小売業も注力する分野だ。最大手の新戦略は立派なニュース素材であり、文字通り一面で掲載する価値がある。だが、これを地方や過疎地の消費者の視点で考えてみてほしい。
ここからは私の持論だ。
全国の地方都市で「500メートル以上の距離」を、「クルマで移動せねばならない」ような状況を作った原因は、こうした大手小売業の過剰とも言える進出競争が原因ではないだろうか。
多くの地方都市の商店街を破壊したあと、今度はネットスーパーで買い物弱者を補完するというのは、あまりにも企業の視点に立脚し、地方の買い物弱者を軽視しているのではないか。つまり、企業側のレクにのみ依存し、買い物弱者を生んだ素地が一切合切すっ飛ばされている、と私の目には映るのだ。
大手小売り各社は、電機メーカーや通信会社と組み、お年寄りでも扱いやすい専用注文端末などを用意し、買い物弱者をフォローしているが、これとて矛盾していると私はみる。500メートル圏内のかつての商店街が機能していたならば、お年寄りでも徒歩で買い物に出かけることができたはず。かさむ荷物があれば、顔馴染みの店主や店員さんが運んでくれた。
日経、あるいは共同のどの世代の記者が2つの記事を書いたのかは知り得ない。だが、2つのニュースには、地方の商店街、あるいは買い物弱者の言い分という要素がすっぽりと抜け落ちている。極言すれば、企業の言いなりとなった広報記事だと私の目には映ってしまう。
●『震える牛』の著者として
今年2月、私は『震える牛』(小学館)を刊行した。地方都市が破壊された経緯や架空の巨大小売り企業の内実を描き、多くの読者の支持を得た。
今回のコラムは、同作の著者として、どうしても小言を言いたくなったのだ。
この小説を書く前、シリーズ物のミステリー執筆のために3年程度東北6県をくまなく回った。この間、大手小売業が地方を壊していった経緯を、地元商店主や1人暮らしの老婆、あるいは地元自治体関係者や地方紙のベテラン記者たちからつぶさに聞いた。
もちろん、全国チェーン企業だけが地方都市衰退の原因ではない。高値での土地売却に色気を出した地権者、街作りに無関心だった自治体などと要因は複雑に絡み合う。だが、私が得た感触の中で、最大の原因は先に触れたように巨大小売業の過剰進出だったのだ。
私自身、地方都市に暮らす両親を持つ。最近も巨大小売業の店舗網再編により、買い物弱者になりかかっている。とても他人事ではないのだ。
最後に東北地方の日本海側にある港町の事例を紹介する。
人口約6万人のこの港町には、某大手企業が展開する中規模スーパーがある。このスーパーの進出により、「市内のメーンストリートがほぼシャッター街になった」(地元商工関係者)。
私はこの街を6回訪れているが、街の中心部のスーパーの周囲には客待ちのタクシーが列をなす。市内の買い物難民であるお年寄りたちが、タクシーで店を訪れ、そして買い物を済ませたあとは、再びタクシーで帰宅するのだ。
だが、近々、この中規模スーパーは閉鎖され、「近隣の町村、隣接する他県との中心点に、巨大モールが建設される」(同)という。
タクシーで買い物を強いられている老人たちの大半は年金生活者だ。この街から新規施設までの距離は10キロ超となり、とてもタクシーで往復できる距離ではない。
先の2つの記事に照らせば、こうした買い物弱者を救済することが、大手小売企業の新戦略だ。
だが、彼らがネット通販を使いこなせるとは私には思えない。タブレット型の簡易型とて、ネット環境の整備から始めねばならず、年金生活者に一層の負担をかけるものだと私は考える。
戦略という名の企業の都合で、日本全国の買い物弱者たちはまた振り回されることになる、そう予想するのは、あんな小説を描いた私だけの妄想だろうか。
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