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原田正純さんインタビュー
NHK BS 100 年インタビュー「原田正純」
2008年2月28日に放送
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NHK教育 ETV特集「水俣病と生きる〜医師 原田正純の50年」
2010年5月16日放送
原田正純さんドキュメンタリー(前半) 投稿者 open_box
原田正純さんドキュメンタリー(後半) 投稿者 open_box
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http://kumanichi.com/news/local/main/20120614005.shtml
300人参列し原田正純さん「お別れ会」(熊本日日新聞)
2012年06月14日
水俣病研究の第一人者で、11日亡くなった医師、原田正純さんのお別れ会が14日、熊本市の斎場であった。県内外の各界から約1300人が参列し、胎児性水俣病に光を当てた功績をたたえ、常に弱者に寄り添った優しさをしのんだ。
喪主の妻寿美子さんは「もう一度水俣に行きたい。患者さんに会いたいと言っていた」と療養中の原田さんの言葉を紹介。作家の石牟礼道子さんは「会うたびに伸びやかな気持ちになった」と話し、手向けの詩を朗読。大阪市立大の宮本憲一名誉教授は「原田さんがいなければ、水俣病は権力の手で隠されたかもしれない」と弔辞を述べた。
「患者に学ぶ」が持論だった原田さん。胎児性患者の坂本しのぶさん(水俣市)は「これから誰に相談したらいいのか分からない」と声を詰まらせた。胎児性患者の長女を亡くした1次訴訟原告の上村好男さん(同)は「今日は1次訴訟を提訴した日。天国で先生に声をかけてもらい、娘も笑っているでしょう」と話した。
カネミ油症五島市の会事務局長の宿輪敏子さんは「水俣病もカネミ油症も救済が進むよう、天国で後押ししてください」と呼び掛けた。会場には、原田さんが生前繰り返し聴いていたポルトガルの民族音楽が流れ、参列客全員で献花。調査で訪れたカナダなど海外からの弔電も相次いだ。
参列した水俣病患者の緒方正実さん(水俣市)は「『頑張れば正義が勝つんだから』という先生の言葉に救われ、行政と闘う覚悟を決めた」と振り返った。三池炭鉱の炭じん爆発でCO(一酸化炭素)中毒患者となった夫の看病を続ける清水栄子さん(荒尾市)は「何でも相談でき本当に頼りにしていた」。ノンフィクション作家の柳田邦男さんは「暮らしや社会に入り込んで、何をすべきか探った医師。本当のヒューマニストだった」と悼んだ。(石貫謹也、楠本佳奈子)
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