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「引きこもり」するオトナたち【第109回】 2012年5月24日 池上正樹 [ジャーナリスト]
引きこもりが“町おこし”を担う!?
高齢過疎の町が実践する先進的取り組み
調査のための調査で終わらせない。その調査結果は、目に見える形で事業に生かす努力をする。
世界遺産の認定も受けた「白神山地」のふもとにある、人口約3900人の秋田県藤里町。そんな山あいにある小さな町の社会福祉協議会が「引きこもり者のパワーを引き出すことで、町はまだまだ変わる」として、町おこしに生かすために行ってきた「引きこもり」実態調査と福祉拠点での取り組みが今、話題になっている。
何しろ、18歳から55歳までの町民1293人の8.74%にあたる113人が、長年、仕事に就けない状態で引きこもっているという数字は衝撃的であり、他の地域でも同じような人たちの存在が埋もれているだろうと推測させるものとなった。
また、こうした引きこもり者の支援のため、同町社協は2010年4月、地域との交流の場で福祉の拠点となる「こみっと」を開設。翌年4月には、宿泊施設「くまげら館」を併設し、引きこもり支援を本格化させた。
こうした「藤里方式」(藤里町社協方式)の経過報告を1冊にまとめた『ひきこもり 町おこしに発つ』(秋田魁新報社)が、このほど出版された。すでに同社には、問い合わせが数多く寄せられているという。
高齢化する過疎の町に埋もれ、
そのまま亡くなった当事者と家族
同書のプロローグには、こんな象徴的なエピソードが紹介されている。
同社協の新入相談員として働き始めた20年前、町の名士であるHさん宅を訪ねた。
高齢のHさんは、息子のNさんと2人暮らしだが、ここ10年ほどはNの姿を見かけたことはなかった。
都会で暮らしていたNさんは、交通事故を起こし、Hさんが家に連れ帰り、人目に悪いからと外出も禁じられていたらしい。
突然、部屋に通された訪問者に、Nさんはおびえて震え、身を縮めた。
「私を覚えている?」
中学時代のNさんを知っていた相談員が、おびえないように話かけたつもりだった。しかし、Nさんは
「ごめんなさい。ぼくはわからないんです。ごめんなさい」
と、頭を畳に打ち付けるように謝り続けた。
次のページ>> 縦割り行政を乗り越え実態把握調査へ
Hさんは、息子を病院の精神科に連れて行ったこと。薬物治療を続けても効果は期待できないが、希望すれば入院を受け入れると言われたこと。通院治療のできる病院を探したものの、結局、治療をあきらめたことなどをぽつぽつと語った。
「とっとと入院させれば良かったのか? そうだな。こんなになる前に、施設か病院に入れるべきだったな」
相談員は、ただ「部屋に閉じこもりきりの生活は良くないと思う」というような話をすると、Hさんは苦笑した。
「どこへ出かける? やつが行けるところはあるのか? 買い物に連れて出ても、不審者だと見られるだけだ」
まもなくHさんは亡くなり、Nさんは精神病院に入院。その数ヵ月後に、病死した。
相談員は、ただただ無力だった。
このプロローグを綴った相談員が、同社協事務局長の菊池まゆみさんだ。
ここには、高齢化の進む過疎の町で埋もれていく「引きこもり」当事者や長期不就労者への支援事業に、5年にわたって取り組むことになった同社協の活動の原点がある。
福祉の縦割り行政を乗り越え
引きこもり実態把握調査へ
なぜ、町内の「引きこもり」者や長期不就労者の把握調査を行ったのか。
高齢者対象の在宅福祉事業を行う側からすると、精神疾患に関わる問題は、医療分野の対象という思い込みが強く、敷居が高い。しかし、
<人口4000人足らずの町で、国の都合で決められた高齢者福祉・障害者福祉の分け方を忠実に守ろうとすれば、不便この上ない>。
一体的に運営することによって、ヒトもカネもモノも効率化が図れるし、町民にとって使い勝手が良いという。
とはいえ、小さな町だから、できるわけではない。
<藤里町社会福祉協議会がソーシャルワーク実践の力量を高める努力を積み重ね、行動してきたからこそのものです>
1人暮らしの老いた母親の家に息子が帰ってきても、仕事が見つからない。
親戚にも近隣にも見捨てられたような老人の家に娘が帰ってくる。そのうち、娘は親の介護に追われ、気がつくと、就職からも結婚からも遠い年齢になっている。
<引きこもり者とは、気の毒な、問題を抱えた、福祉の支援を待っている人たちではなかった。多少の問題を抱えてはいるが、社会復帰に一歩を踏み出すために、何らかの社会支援を必要としている人たちだった>
次のページ>> 厚労省ガイドラインに捉われない藤里町社協の「引きこもりの定義」
「こみっと」と「くまげら館」の事業は、「もしも格安で土地・建物が入手できたら…」という夢物語の案だった。ところが、プレゼンに臨むと、
「町長が苦虫をかみつぶしたような顔で、こみっと構想を了承してしまった」
という。そして、町長はこう、のたまう。
「どうせ、俺が反対したって、やる気で来たんだろうが?」
懸案だった改修工事費と設備備品費も、日本財団の助成金制度で賄うことができた。
こうして同町社協は、福祉制度の縦割り構造を乗り越え、実態調査に着手していく。
厚労省ガイドラインに捉われない
藤里町社協の「引きこもりの定義」
とりわけ面白いのは、同町社協が事業の企画書を携えて、行政や住民らに説明して回るほど大きくなる「引きこもり者って、一体、どんな人?」という疑問だ。
<厚生労働省の作成したガイドラインは、その疑問に答えてくれない。だから、藤里町社協の引きこもりの定義は、広くて大雑把。そして主観的。本人や家族が違うと言えばそれまでだし、本人や家族がそうだと言えば、そうなのだ>
困っているほど、嘘やごまかしが上手になるという。
どこの地域でも普遍的に、家族は当事者の存在を近隣に隠したがるからだ。
実際、住民説明会を終えると、母親に腕をつかまれる。
「誰かウチのことを言っている? ウチの息子はそりゃ、しばらく仕事はしてないけど、でもね、先週も焼肉食べに行きたいって自分から言って、だからみんなで…」
そこで、その母親をこう説得する。
「でもね、お母さん。社協は訪問したいのです。ご本人の声を、ぜひ聞かせてください」
やがて、母親たちは諦めたような顔で、こうつぶやく。
「せっかく来てくれても、多分、ダメだと思う。誰が言っても無理だと思う。それに…」
それでも、つぶやきは無視して、社協の姿勢を説明する。
同書は、こう紹介する。
<伝言も取り次ぎも無用。ただ、第三者である社協から「あなたのことを気にしています」というメッセージを発信させ続けてほしい。
そんな説得の繰り返し。だが、わが子が、世間の定義では「引きこもり」に該当すると認めた途端、涙があふれて、言葉が止まらなくなる>
次のページ>> 今は“普通の若者”が引きこもる時代
普通の若者が引きこもる今、
「引きこもり」を死語にするには?
そして、大事なのは、これまで筆者も発信してきたように、ほんのちょっとしたつまづきで、誰もが「引きこもり」になってしまう、いまの日本の社会の現実だ。
<悲惨さや暗さを伴い、普通ではない、というのが世間での引きこもりの定義。その定義そのものが、本人や家族に、そこまでの我慢を強いている>
<藤里町社協が出会った引きこもり者のほとんどは、普通の若者です>
同書には、菊池事務局長による「独断と偏見に満ちた」という紹介文によって、「こみっと」登録生たちも登場する。詳細は、ぜひ同書を購入して読んでほしいが、こんなところからも、この事業を実現させた事務局長の人柄や行動力、突破力などが伝わってくる。
同町社協の「引きこもり調査の手法」は、あくまでも社協の事業把握のためのニーズ把握調査だとして、こう強調する。
<藤里町社協はこれまでも、ネットワーク活動とニーズ把握と事業実施を、こだわりを持って一元的に行ってきた。そのこだわりの積み重ねがあるから、専門性も技量もなくても、詳細な実態把握ができたと思っている>
とはいえ、ポイントについて、こうも説明している。
<ここで偉そうにソーシャルワーカーとしての技量とか経験とか言っているが、難しいことを言っているつもりはない。利用者を相手に、きちんと訪問の目的や趣旨を伝えられるかどうか、その1点に尽きる。ただ、自分の偏りを自覚できていない場合は、そんな簡単なことさえ困難になる>
ふと、何人かの支援者の顔が頭をよぎる。
多くの人は、何の気なしに引きこもり状態になる。しかし、同書は、こう最後に綴る。
<「こみっと」の実践を試行錯誤で行うほどに、希望が湧いてくる。彼らと一緒に、藤里町の特産品の舞茸をふんだんに使った「白神まいたけキッシュ」を売って、町おこしができるかもしれない>
そして、こう夢は膨らむ。
<この「こみっと」の実践は、20年後、いや、5年後には当たり前になっているかもしれない。
各市町村、どこでも「こみっと」はある。「引きこもり」という言葉は死語になる。(略)力を蓄え、技術を磨いて、再び社会に出ていく時まで、通う居場所がある>
この先進的な取り組みが、全国の市町村にも普及していけば、「引きこもり」という言葉が死語になる日は、必ず来るに違いない。
☆お知らせ☆
5月26日(土)13時30分から東京で、同町社協の菊池まゆみ事務局長とスタッフを囲み、「社会を変える引きこもり調査のはじめかた〜秋田県藤里町の例〜」について話を聞く場をつくりました(先着40名まで)。
詳細はこちらへ
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