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【日本版コラム】『大学秋入学』の落とし穴 議論の迷走と状況悪化が危惧される理由
尾崎教授のグリーンビジネスコラム
http://jp.wsj.com/Japan/node_389569
東京大学の「入学時期の在り方に関する懇談会」は、1月18日に発表した中間報告で、秋入学への全面移行を提言した。今後10〜20校を中核として、秋入学に関する協議会が開かれるようである。
私は、普段クリーンエネルギーのコラムを書いて、たまに金融を取り上げているが、今回は現役大学教員、米国大学院留学経験者として、この問題を論じてみたいと思う。
秋入学の「一般的な」メリットとデメリット
まず、東大の中間報告が示した秋入学のメリット、デメリットを整理すると、メリットとして挙げられているのは、主に次の3点である。
1)秋入学導入によって国際的な学期スケジュールに合うので、海外からの留学生や帰国子女が増え、日本人の海外留学も増える
2)高校卒業から大学入学までの空いた期間(ギャップターム)中に、ボランティア、インターンシップ(短期就労)などの「多様な経験」ができる
3)企業の新卒一括採用が多様化するきっかけとなる
次に、デメリットとして主に次の2点が指摘されている。
1)春入学と秋入学が並存すると、就職、入試、大学間交流において混乱が起きる
2)修業期限が延びて親の家計負担が増し、卒業後の年金などにも悪影響を与える
危惧される議論の迷走
これから議論が進むであろうが、正しくないベクトルに沿った制度設計が行われると、いたずらに混乱を招き、学生、大学、企業いずれにとっても不幸な状況になりかねない。なぜなら、上記の論点では、秋入学によって実に多様な目標が想定されており、多くの大学関係者が議論して、効率的な目標に絞ることが困難と思えるからである。また、メリットの中には、本来、秋入学とあまり関係ないポイントが含まれていることが、議論の迷走を危惧するもうひとつの理由である。
コラムの結論を先に示すと、以下のようになる。
1)同じ留学生といっても、短期の学部生、高度な研究に従事する大学院生のいずれを増やすかによってやるべきことが変わる
2)日本人の留学生を増やすことについても同様である
3)ギャップタームがなければ学生は「多様な経験」ができないわけではない
4)秋入学によって新卒一括採用がなくなっても、それが就職状況を改善するわけではない
米国際教育研究所によると、2010〜11年度に米国の大学・大学院で学ぶ留学生の総数は72万3277人であった。国別トップは中国の15万7558人で、日本からの留学生は第7位の2万1290人であった。これに対し、2011年5月時点で日本に在籍する外国人留学生数は13万8075人に過ぎない(日本学生支援機構)。この差を見れば、米国のように日本も海外からの留学生を増やしたいと思うのは納得できる。
海外の大学院生にとって選択対象になりにくい日本の大学
日本が科学技術立国を唱えるのであれば、高度な研究に従事する大学院生を多数集めたいところである。ところが、現実は厳しい。タイムズ・ハイアー・エデュケーション(THE)が昨年10月に発表した世界大学ランキングによると、トップがカリフォルニア工科大学で、上位をハーバード大学、スタンフォード大学、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学などが占めている。アジア最上位のわが東京大学は30位である。THE以外にも様々な大学ランキングがあるが、概ね、英語圏や欧州の大学が上位を占めている。
なぜ、このようなランキングになるかといえば、欧米のマスコミや団体がランキングを発表しているからである。さらに、評価基準が英語圏の大学に有利に作られている。例えば、THEの評価項目は、教育、研究、論文引用数、国際性、産学連携である。これで高い評価を得ようと思えば、研究も教育も基本的に英語で対応しなければならない。特に米国の大学には世界中から優秀な学生が大挙して集まり、当たり前のように英語で教育と研究を行う。英国だけでなく、他の欧州の大学も総じて英語への適応力が高い。
これでは、東大に優秀な研究者が多いといっても、大学全体の評価では欧米に見劣りするのはやむを得ない。中国の極めて優秀な学生が、東大とスタンフォード大学を天秤にかけることは現実的にないのだ。つまり、日本が秋入学に変わっても、それだけでは、優秀な大学院生が海外から集まらないことになる。人事やカリキュラムの国際化という大学にとって極めて困難な本格的構造改革が必要である。
日本ファンになって欲しい短期留学生
これに対して、主に短期留学を目指す学部生は事情が異なる。このような学生は、「日本文化に憧れているから」「アニメが好きだから」「友人や先生に勧められたから」という理由で日本留学を志望する。通常、留学期間は半年〜1年である。この場合、国際的な秋入学に合わせて、留学生が本国に帰っても余計なギャップタームが生じないように配慮することが彼らのニーズに適う。
実は、科目履修に柔軟性を持たせれば、秋入学のままでも短期留学生を集めることができるのだ。米ボストン在住の私の友人(日本人)は、アイビーリーグの大学に娘を通わせているが、娘に日本文化を経験させたいと、慶応義塾大学への短期留学を勧めた。ところが、彼女が志望した慶応の自然科学系の学部に1年留学するには、原則4月〜3月の期間のみ可能で、米国の学期に合わせた9月〜7月(除く夏休み)は設定されていなかった。これでは米国に戻って無駄なギャップタームが生じるので、彼女は日本への留学を断念した。父親である友人の落胆ぶりはいかばかりであったか。
春入学でも秋入学でも、区切りは3月末、9月末なので、留学生の科目履修に柔軟性を持たせれば、現行でも十分に短期留学生を惹きつけることが可能である。逆に、秋入学に変えても、プログラムに柔軟性がなければ、成果は出ないことになる。また、奨学金、寮の提供、英語で生活が基本的にできるということが、入学月と並んで留学生にとって重要だろう。短期留学生は日本の技術力向上には寄与しないが、確実に日本ファンになり、草の根のように日本の国益に貢献してくれるだろう。
美化することが危険なギャップターム
ギャップタームは「大学講義がない期間」である。期間中、学生はボランティア、インターンシップ、短期留学など「多様な経験」を積むが、やむなくそうするのである。それなのに、日本で入学前にわざわざギャップタームを作る必要があるのだろうか。答えは「否」である。大学生には、夏休み、冬休みなど長期の休暇がいくらでもあり、これらの期間を有効に使えば良い。
また、多様な経験は学生自らが選択して行うことに意味がある。人間的に大きく成長するチャンスであるが、学生が自主的に行うからそうなる。昨年来、東北の被災地に出向き、自身の役割を実感した若者が多いだろう。大学が講義と違う活動を奨励して、学生にメニューを紹介するまでは良いが、わざわざ時期を指定して、単位取得という“エサ”まで用意する必要があるのか。まさに本末転倒である。
さらに、ギャップタームを有意義に過ごすためには、ある程度の経済的なゆとりが必要である。この点、学費と生活費稼ぎのためアルバイト三昧で、ギャップタームどころではない学生はどうなるのか。アルバイトと学業を両立させて成長する学生も多いだろうし、ギャップタームにボランティアをしないからといって、非難されるのはおかしい。つまり、ギャップタームをバラ色のものと捉えるのであれば、大いに違和感がある。
付け加えると、学生が在学中に多様な経験をするには時間以外に精神的なゆとりも必要である。この点、就活に時間を取られて講義出席もままならない学生は余計な活動ができない。紙幅の関係上、この問題については多くを語らないが、秋入学によって解決できないことは確かである。また、日本企業的一斉学生採用は悪い面もあるが、良い面もある。米国でも若年失業者の問題は深刻なので、米国型通年採用が問題解決の決め手になるとも思えない。
実は1年を超えるギャップターム
もし、秋入学とギャップタームが現状の日本の大学が抱える問題を解決する魔法の杖と考えるのであれば、大いに疑問である。秋入学、春入学にかかわらず、本質的な解決策を考えるべきである。
大学秋入学が実現し、高校の卒業時期と入社時期が現行どおりであれば、「ギャップタームは最長1年」と言われている。しかし、実際のギャップタームはもっと長いので注意を要する。米国の場合、9月入学であれば、卒業は概ね4年後の5月である。最後の夏休み前に卒業式があるので、日本のように学生は丸々4年間在籍するわけではない。つまり、実際のギャップタームは最長1年4カ月になるのだ。若い時期は、たとえ3カ月でも貴重な成長の時期である。学生にとってやたら無駄な期間を長くしないことが社会の責任である。
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