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日本の国柄の復興 藤原正彦さんに聞く:経済偏重脱し真の教養を 国語磨き価値を自覚
日本中が惻隠(そくいん)の情で満たされた
東日本大震災と原発事故。円高と、ギリシャの財政破綻に端を発したユーロ危機。民主党政権も足元がもたつき、日本全体を自信喪失ムードが覆っている印象が否めない1年だった。6年前、ベストセラー「国家の品格」で日本のあり方を世に問うた数学者・作家の藤原正彦さん(68)は、今の日本と日本人をどう見立てるのだろうか。11月末、紅葉が美しい東京・井の頭公園近くの仕事場を訪ねた。
「東日本大震災の瞬間は『日本人の誇り』の最後の数枚をここで書いていました。揺れるテーブルに左手でつかまりながら。津波が来るというテレビ報道が気がかりでしたが、コーヒーを原稿にこぼしながら、1時間ほどで書き上げた。ただ数学者の悪い癖で、何日も何カ月も物事を集中して考える習慣が身についています。地震と津波の全貌が明らかになってからは報道にくぎ付けで、しばらく一切の文章が書けなくなりました」
「不幸中の幸いだったのは、日本中が惻隠の情で満たされたこと。全国からボランティアが駆けつけ、福島原発に行く東京都の消防隊員に『日本の救世主になって』と送り出す“武士”の妻がいます。欧米のメディアは連日、大地震のニュースを取り上げ、日本人の忍耐、勇敢、冷静、秩序、献身を称賛しました。どの国ともあまりに違うからです」
大震災からの復興は変革の大きな契機になるという。
「ここ20年くらいは新自由主義が跋扈(ばっこ)し、生き馬の目を抜く経済社会で惻隠などにこだわっていては負けてしまう、という風潮でしたから、日本中が喪に服したことに感銘を受けました。ただ、桜の季節になっても花見客が少なく、3月末に癒やしのため出掛けた温泉もガラガラ。過剰な自粛で日本経済が沈んでしまう。そこで4月中旬に週刊誌のコラムでドンチャン騒ぎの復活を訴えました」
「一方で世界を驚嘆させたのが、政治の無力です。世界に誇る日本の技術力、経済力を持ってすれば復興は一気呵成(かせい)にできる。ところが政権に国策も都市計画もないから復興が進まない。渦巻く惻隠の情を背景に、怒とうのごとく復興すべきなのに。国の無力と無責任、危機感ゼロの現状にショックを受けています」
今の世界経済は隔壁なきタンカーだ
父・新田次郎氏に「卑怯(ひきょう)者は武士として許さん」と厳しく育てられた。弱者がいじめられていたら助けよ、と。そんな武士道精神から、効率万能の新自由主義には批判的な立場をとってきた。
「大学1年の時にケインズを読んで感動しましたが、1990年末に日本人エコノミストの書いた本を読んでフリードマンの新自由主義を知り、『とんでもない』と直ちに感じました。ヒト、モノ、カネが自在に世界を駆け巡り、規制をなくして自由競争を追求することは一見、論理的で美しいが、強者と弱者の格差を広げ、世界を一色にする。地球は色々な民族、言語、衣装、ダンス、歌など多様性が素晴らしいのに、効率重視で世界を経済だけのために設計すれば、地球は意味のないただの星になってしまいます」
「リーマン・ショックからギリシャ危機、ユーロ危機にいたる原因の大半はデリバティブ(金融派生商品)にあり、ギリシャ人の怠惰が原因ではない。デリバティブは確率微分方程式という高度な数学を用いた経済理論にのっとったものです。京大名誉教授の伊藤清先生の定理から出発しており、そんな形で応用されたことは当人も心外だったようです。その不良債権は膨大で、ギリシャという小さな穴が開いただけで世界経済が沈没し始める。タンカーは1カ所の破綻が全体に及ばないよう幾つも隔壁を設けますが、今の世界は隔壁なきタンカーと呼ぶべき状況です」
「日本は80年代に『一億総中流社会』という世界の夢を成し遂げた国です。バブルの崩壊後、終身雇用や年功序列を核とする日本的経営が制度疲労を起こしていると指摘されました。だが、そこには欧米の嫉妬と羨望があったと思います」
日本の「国柄」を情緒で復興する
「最近、講演に行くと、『これまで日本は恥ずかしい国と思っていた』という感想をよく聞きます。明治以降アジアでさんざん悪いことをしてきた、江戸時代は士農工商の階級社会だった、と否定的な歴史観が多い。戦後教育のゆがみを実感します。ニュルンベルク裁判も東京裁判も戦勝国による裁判で、公平と言えない部分があります。AP通信が発表した20世紀最大のニュースは『広島・長崎への原爆投下』でした」
「幕末から明治にかけ欧州からやってきた人々が多くの文章を残しています。どんな野蛮国かと思っていたら、ふんどし姿の車夫が木陰で立ち読みしている。貧しい武士を金持ちの商人が尊敬する。そんな現実に驚いてしまった。そして『日本は貧しい。しかし、みんなが幸せそうだ』と」
「新自由主義は20年ほどで行き詰まった。共産主義と同様、イデオロギーは美しいが、人間の本性と合わない。私はなぜ日本が経済偏重の国柄になったかが不思議です。教育界や経済界は小学校から英語とIT(情報技術)教育を充実しないと国際競争に負けると言いますが、何より大切なのは国語。そして日本が命をかけてでも守る価値のある国との自覚を持つことです」
「そのためには小学校時代から本を読む習慣をつけることが大事です。先人の知恵や歴史を知り、叙情的な小説、文学に浸ることが真の教養や大局観、歴史観の形成につながります。私だって日ごろ95%は利害得失を考えています。残る5%でいい。それをもののあわれや惻隠、懐かしさなど情緒で埋めてほしい。それが国柄を復興する道です」
(編集委員 嶋沢裕志)
ふじわら・まさひこ お茶の水女子大名誉教授。1943年旧満州(中国東北部)生まれ。東大理学部数学科卒、同大学院修士課程修了。理学博士。作家の新田次郎、藤原てい夫妻の次男。「若き数学者のアメリカ」(日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、「遥かなるケンブリッジ」「国家の品格」「日本人の誇り」など著書多数。
[日経新聞12月17日夕刊P.5]
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